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第8話 貿易の話

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 会食しながら、私は純粋に疑問に思ったことを問いかける。

「リシアンさんたちは王子さまと、その親衛隊なんですよね? それなのにどうして、そんな偉い方たちが直接、この森を視察に?」

 私の作った料理を食べながら、リシアンさんが答える。

「僕たちの国は、それほど兵の数も多くなく……我々が一番強いくらいなんですよ。それに、森の中ということもあって、少数精鋭で」

「ああ、なるほど……。それにしてもリシアンさんは王子なのに、危険を顧みずに、自ら国民のために動くなんて……」

 組織ニューオーダーズのみなさんだったら、考えられないことです。
 まさにリシアンさんは彼らとは対極に位置する方ですね……。
 きっと国民からの信頼も厚いのでしょう。

「実は……それにも理由があって、僕たちの国にはこれといった資源がないのです。ですので、この森の瘴気がはれた理由を突き止めることは、まさに死活問題にかかわるのです。ですがダメですね……エルキアさんがすでにこの森の領主だとは……知りませんでした」

「え!? いやいや、私は別にこの森を占有しようだなんて思っていませんよ!?」

 確かにこの森はもともと、我々エルフ族のものですけど……。
 それとこれとは話が別です。
 何百年も前の土地の所有権を今更主張しようだなんて思っていません。
 別にリシアンさんたちがこの森の資源を活用することに、なんら異論はありませんよ。

「いえ、どのみち、この森を我々が利用することは不可能だとわかりました。この森のモンスターは我々にとっては強すぎます。正直、瘴気がなくなったところで、手に負えないのだと思い知らされましたよ……」

 なるほど……たしかに、ここのモンスターは前にも増して、凶暴凶悪ですからね……。
 きっと長年、森を覆っていた瘴気のせいもあるのでしょう。
 以前なら、もっと住みやすい土地だったのですが。

「でしたら……私がこの森の資源を活用できるようになったら、いずれ資源をやり取りしませんか?」

「えぇ!? そんなこと! いいんですか?」

「ええ、構いませんよ。まだまだこの国は私一人だけですので、すぐにとはいきませんが……」

「それはぜひ! お願いします! ですが先ほども言った通り、我がルキアール王国には誇れるような資源はなにもなく……。取引と言っても、どうすればいいのか……」

 ルキアール王国ですか……。
 ここ一帯の土地は、この森を含めて、瘴気のせいでやせた土地が広がっていました。
 ですから、これといった資源がないというのも仕方のない話です。

「それでしたら大丈夫ですよ。あなた方にとっては不要なものでも、私にとっては有益なものもあるかもしれませんし。いずれ、こちらからお邪魔して条件のすり合わせをしましょう」

「それはいいですね! ありがたいです。エルキアさんにとって有益なもので、我々にとって不要なもの……そうだ! 我々は人的資源を提供することならできますよ! 我々の国では人口過密と貧困が社会問題化していて……失業率も高く、労働者が余ってしまっているのです。不甲斐ない話ですが……」

「そうなんですか……。それはいいお話ですね。考えておきます。また、施設が整ったら詳しいお話を」

 私とリシアンさんは、親衛隊のみなさんがいることも忘れて、すっかりこれからのお話に夢中になってしまっていました。
 そんな私たちを眺めていた親衛隊隊長のへギムさんが、急に口を開きます。

「ずいぶん楽しそうですねぇお二人さん。密会の相談ですかい?」

 へギムさんは茶化すようなそぶりで、リシアンさんの身体を肘で小突きました。

「ち、ちがうぞ! お、俺はエルキアさんと国同士の代表としての話をだな……!」

「エルキアさん、きっとリシアンはまたエルキアさんに会えるから、嬉しくて乗り気なんですよ!」

「お、おいへギム! ほんとにやめろ! 俺は仮にも王子だぞ!? すみませんエルキアさん……こいつがおかしなことを……」

 本当に、彼らは仲がいいですね……。
 王子と親衛隊という関係性なのに……いや、だからこそ、信頼関係が大事なのでしょうかね。
 でもリシアンさんが、また私と会いたいと思ってくれていたとしたら……それは嬉しい話です。
 私はもうずっと、一人で生きていくと決めていたせいで、人とのかかわりを拒絶して生きていましたから……。

「ですがリシアンさんも、こんな私とそんなふうに茶化されたら、お嫌でしょう?」

「え? どうしてですか……?」

「だって、ホラ。私はエルフなんですよ?」

 私は自分の長い髪をかきわけ、その風変わりな耳を露出させます。
 エルフ――人間族からすれば、薄汚い亜人族。

「だからどうしたんですか? 確かに、エルフの方は初めてお会いしましたが……?」

 リシアンさんたちは、本気でなんのことかわかっていないようです。
 都会の人々は、エルフと聞くだけで眉をひそめるというのに……。
 組織ニューオーダーズの面々も、内心では私のことを軽蔑していました。
 歴史の中で、エルフはさんざん悪者に仕立て上げられてきましたからね……。
 ですが、彼らは――。

 きっと辺境の小国であるせいで、組織ニューオーダーズの思想が入り込んでいないのでしょうね。
 亜人差別については、私もさんざん手を尽くしたのですが……。
 やはり組織内の亜人は私ひとり……どうしようもありませんでした。

「ありがとうございます……」

「そんな! 泣かないでくださいよ」

 もう、誰も失いたくない――。
 そんな思いから、人と向き合うのを恐れていました。
 ですが彼らといると、不思議とそんなことも忘れてしまいます。

「私も……リシアンさんとまたお会いできるのを楽しみにしていますよ!」

「え、エルキアさん……」

 リシアンさんは顔を真っ赤にして俯いてしまいました。
 あらら……。
 意外と恥ずかしがり屋さんなのでしょうか。

「ま、そういうわけだから、エルキアさん……俺たちの王子をよろしく頼みますよ!」

「は、はい……へギムさん。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

 ルキアール王国はここエルムンドキアの数少ない隣国です。
 これからも仲良くしていきたいですね。
 彼らのような純粋な人たちとなら、上手くやっていけるような気がします。





 一夜明け、彼らはルキアール王国へと帰っていきました。
 去っていく彼らを見送ります。
 遠くから、リシアンさんが手を振り、大声で――。

「エルキアさん、次にお会いしたときは必ず、お礼をしますので!」

「気にしないでくださーい! こちらも、久々に楽しかったですから!」

 また落ち着いたら彼らの国にもお邪魔してみましょう。
 そのときには、私ももっと彼らのことが好きになるかもしれません――。
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