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忌み子編
5.剣聖の影
しおりを挟む武器庫には壁一面にずらりと剣が並んでいた。東西南北いろいろな国から取り寄せられた、異邦の奇妙な装飾が施されたものもあれば、一般的で実用的な軍事品も多数ある。
「ど、れ、に、し、よ、う、か、なー」
アルはそれをひとつひとつ入念に物色している。追われる身としてはいささか悠長な行動に思えるが、アルとしては既に生き延びたも同然という思いだった。
剣聖に剣を与えるとはすなわち鬼に金棒なり。
だけどせっかくこの身体を得て初めてまともな剣を手にするのだから、しっくりくるものを選びたかった。
「お、これは……なかなか……」
アルが手にしたのは、剣聖エルフォの剣――エルマキドゥクスのレプリカだ。エルマキドゥクスのレプリカはこの世に五万とある。観光用の模造刀から、実践用のものまで。それだけ剣聖の剣というのは特別で、みなが憧れるものなのだ。
「これは数あるレプリカの中でもかなり出来がいいぞ……。本物と比べても素人じゃわからないくらいだ……。カイべルヘルト家め、いったいいくら積んだんだ……?」
素振りしてみると、先ほどの剣よりはるかに馴染みがいい。やはり前世で使っていただけあって、この形が一番しっくりくるようだ。
「これがあれば百人力だ」
適当に武器庫内にあったベルトに剣をさして、出口へと向かう。
外から入ってくるただならぬ気配を感じて、アルの足が止まった。
(一、二……二人か……。挟まれてるな)
殺気から人数を把握し、心構えができたところで、再び出口へ歩き出す。
武器庫から一歩出たすぐそこの壁に、二人の刺客が潜んでいた。壁に背を張り付かせ、アルが出てくるのを今か今かと待っていたのだ。
「死ね!」
――ブン!
刺客の剣が、アルが出てくるタイミングに合わせて、斬りこまれた。それはちょうどアルの首の高さに狙いを定めており、並みの人間ならそれで斬首されていただろう。
アルはそれをリンボーダンスの要領で器用に避けた。
「なに!?」
「だがこれでどうだ!」
もう一人の刺客が、次はアルの足元めがけて剣撃を放つ。のけぞった体勢からジャンプなどでこれを避けることは不可能だ。
「甘いな!」
アルは普通に避けることはせずに、リンボーダンスの体勢からそのままブリッジの体勢に移行した。地面に手をつき、その勢いで今度は足を宙に放る。
そしてそのまま見事に無傷で武器庫を抜け出た。
空振りに終わった二本の剣は武器庫入口の壁に刺さったままだ。
「なんという身のこなし!?」
「どうする?お兄さんたちの剣壁に刺さっちゃったけど、まだかかってくる?」
「あたりまえだ!舐めるなよクソガキ!!」
刺客の男たちは腰にさしてあった別の剣を抜いた。
「ほう……スペアか。ぬかりないな……」
「馬鹿め!こっちがメイン武器だ!」
「俺の帝都で学んだカリズマン式剣術奥義をみせてやるぜぇ!!」
男たちはいっせいにアルに襲いかかってきた。
アルも剣を抜き、それに応戦する。とりあえず攻撃を受けては衝撃を横に流し、応酬を繰り返す。
屋敷の中庭に、甲高い金属音がこだまする。
二本の剣撃を、小さなアルが器用に受け流すものだから、男たちも敵ながらあっぱれといった感じで驚いた。
「ほう……子供のくせになかなかやるな……」
「あなたも……田舎貴族の使用人にしては、なかなかやりますね……!」
アルはそれを称賛とは受け取らずに皮肉で返した。
(こいつ……僕と剣を交えておきながら、実力差をまるでわかっていない……。ド素人だな……。もう一人のほうは……まあさすがに気づくか……?)
アルがもう一人の男に目をやると、さっきまでの涼しい顔が、みごとにひきつっていた。
剣での戦いというものは、お互いが本気で殺しにかかれば、ものの数秒で決着がつくものだ。例外があるとすれば、互いの実力が真に拮抗しているときと、どちらかが圧倒的に強者かつあきらかに手を抜いているばあい、のみである。
「おい、だめだ……お前、ちょと行って援軍を呼んで来い」
「へ……?なんでだよ!?二人でこのまま攻め続ければあとちょっとで崩せるだろ」
言われたほうの男は本気でわかっていないという様子で困惑した。
「あのー敵に塩を送るみたいであれなんですけど……その人の言ってること、ちゃんと聞いたほうがいいですよー」
仕方がないのでしびれを切らしたアルが親切に教えてやった。
「なんでだよ……!」
「だから……あんたたち二人では僕を倒すことができないって言ってんだよ……!」
アルの言葉に相方が頷いたものだから、男は信じられないと思いながらも、事のしだいを理解した。
「ま、まじで言ってんのか……。このガキがそんなに強いってんのか……」
「ああ、事実だ。目的はわからんが、俺たちはこのガキの手の上で遊ばれてるようなもんさ……。さっきから息一つ乱れてないし、あきらかに手を抜いてやがる」
「くそ……それに気づけなかった自分が情けないぜ……。じゃあ俺は援軍を呼びに行ってくるが……お前ほんとに一人でこのガキとやりあうつもりかよ!?大丈夫なのか……!?」
「俺には奥の手があるから大丈夫だ、気にせずいけ!それに……こんな猛者と一対一でやりあえる機会もそうそうないってものよ……!!」
(へー……男らしいとこ見せてくれるねぇ……。まあそれ負ける前の前振りにしか見えないんだけどっ……)
刺客の片割れが援軍を呼びに行ったので、アルと男の一騎打ちとなった。
「おい、援軍呼びにいかせてよかったのかぁ?あんま舐めてっと、取り返しのつかん目にあうぜ!?」
言いながら男の剣撃が重さを増した。
「なぁに、ちょっと僕もあなたと一対一で手合わせしてみたくなってね……奥の手があるんだろ……?」
「っは……!どこまでも舐め腐ったガキだぜ!いいだろう見せてやるさ!これがカリズマン式剣術だ!」
男の剣の型がさっきまでとはまるで別人のように変化する。カクカクしたモーションはとらえどころがなく、全体的に隙が無い。
直角に無造作に繰り出される剣撃は、まるで舞踊か儀式のようだった。
さらにそれが加速していってどんどん攻撃の手をはやめてくる。
(ほう……これがカリズマン式剣術……!たしかに、僕が剣聖だったころの主流の剣とは別物のようだ……)
「だがもう見切った……!」
「なに……!?」
「そこだ……!」
アルが男に向かって、不用心にもいきなり突きで距離を詰める。するとその突きは、みごとに男の剣の軌跡をからめとり、男の剣をはじいた。
――バキッ!
男の剣が宙を舞って地面に落ちる。
「なんということだ……これほどはやくカリズマン式剣術を見破るとは……!」
「ようは見せかけなんだよなぁその剣。目新しい型だとは思うけど……ちょっと芸がないかなー。ま、思ったよりは楽しめたよ」
(新しい剣術にも興味が湧いてきた……。きっと僕が転生する前とは大きく違っているだろう……)
「だ、だが……そうはいってもなにか秘密があるはずだ……。私が修行してきた剣は、そんなにお粗末なものではないはずだ!」
男は絶望の表情で、縋るようにアルを見た。それもそのはず、男にしてみれば、長年研鑽を重ねてきた、信じてきたはずの剣術が、齢九歳の少年に一瞬で打ち砕かれたのだから。
「うーん、まあなんにも詮索しないで、誰にも話さないってんなら……いいかな……?」
「お願いだ!頼む!俺は自分が負けた理由を知りたい……!」
「えーっとね……話せば長いんだけど……カリズマンってのは……タリス・カリズマンのことだろ……?あの、赤髪の……」
アルの頭の中には剣聖時代の知り合いである赤い髪の少年の姿が思い浮かんでいた。今生きていればすっかり見違えて立派になっているはずだ。
「ああ、いかにも!俺の師匠はタリス・カリズマン先生その人だ……!」
「いやー実はタリスは僕の弟子なんだよね……あはは……まあアイツも立派になったもんだねぇ……弟子を持つようになるなんて……それにオリジナルの剣術まで編み出すなんて……まあちょっと魂胆が見え透いててアレだったけど……」
男は鳩が豆鉄砲を食ったように静止した。思考停止、理解不能、といったようす。
「へ……?は……?あんたが俺の師匠の師匠……?」
「ま、そういうことだから、またタリスに会うことがあったらよろしく言っといて……!」
アルはそう言い残して男に背を向けた。男はもうそれ以上は追ってくるようすもない。
アルの腰に収められた剣聖エルフォの剣――エルマキドゥクスが太陽を反射して、ギラっと光った。その剣は、まるで初めからアルのものだったかのように、さもあたりまえにそこにすっきり収まっている。剣は持ち主が誰かを心得ているようだった。
「なぁーんだ……そりゃあ俺なんかが相手になるわけねぇわな……。初めはよくある剣聖のレプリカだと思って気にしてもいなかったが……。ありゃ持つ人が持ってこそのもんだな……」
男はアルの背を見送りながら、ひとりごつ。
◇
アルが去ってしばらくして、使用人を呼びにいった男が帰って来た。
「おい、あのガキはどこ行った……?」
アルに一騎打ちで敗れた男が、答えた。
「すまねぇ……俺は敗れちまった……あのガキは西に向かって去っていったぜ……」
「そうか、もういい。お前はゆっくり休め。俺たちは西に向かって追ってみる!」
男はそう言い残すと援軍を連れてアルの行方を追った。
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