6 / 56
忌み子編
6.ゴブリンを斬る!
しおりを挟む一方のアルはというと、カイべルヘルト家の屋敷を出て、北へ直進していた。
つまり、男が仲間に教えた「西」という方角は、嘘だったのである。
これは勝者へのある種のリスペクトか、はたまた師匠の師匠であるという縁を重要視してのものか……それはわからないが、とにかくあの使用人の男はアルに支援したのだ。
カイべルヘルト家の北には屋敷の裏手すぐに高くそびえ立つ崖があり、その上には深い森林地帯が広がっていた。
アルはその深い森が、追われる者としては絶好の隠れ家になると考えたのだ。
(とにかく行く当てもないし……これからどうしたものかな……なにはなくとも、とりあえず食料調達だな……)
こういう森にはたくさんの動物が住んでいるはずだから、狩りさえできれば食料には困らないはずだ。だがそれ以上に、危険も多かった。
まず、動物といっても、おとなしく狩られてくれるようなものばかりではない。彼らとて、生きるために必死に抵抗してくるはずだ。
それになにより、最も危険なのが、魔獣や魔物といった、通常の動物類とは一線を画す存在だ。
彼らは体内に、通常の動物よりも多くの魔力を有するので、子供の力ではなす術もない。
だが通常の子供と違うのは、アルも同じだ。アルには剣聖としての知識、技術、記憶、経験が備わっているのだから。
「……っ!」
迷いなく進んでいたアルの足が急に止まった。
「ゴブリンだ……!」
アルの遥か前方に、ゴブリンの集団が見えた。森林の中を、一直線に隊列を成して行進している。
ゴブリン一体の戦闘力は、ちょうど九歳の子供に等しい。だがそれが刃物を持って本気で襲い掛かってくるのだから普通の大人でも恐怖する。さらにそれが集団となれば、村一つ簡単に壊滅させうるほどの脅威となる。
もちろん人間もそれに対抗する手段は持ち合わせているのだが……。
とにかくゴブリンは相応に危険な存在なのだ。
「どうするかな……」
いかにアルといえども、ゴブリン一小隊をまるまる相手にするのはごめんだった。それに、今は逃亡の身、いつカイべルヘルト家の使用人が追いかけてくるかもわからない。
なるべく目立ちたくないというのが本音だった。
「そうだ……!」
アルの頭に一つのアイデアが浮かぶ。そしてそれを実行するための姿勢に移った。
ゴブリンたちはまだアルに気づいていないので、とりあえず近くの茂みに身を隠して観察する。
緑色の少年たちがひとりまたひとりとアルの目の前を通り過ぎていく。
(……いち……に……さん……し)
それを数えているうちに、やがて最後のゴブリンが通り過ぎた。
(よし……全部で三十匹)
最後のゴブリンの後ろに、アルもそのまましゃがんでついていく。不思議とゴブリンはそれに気づかない。
魔物や魔獣は魔力を司る器官が発達しているので、他の動物に比べて、目や鼻ではなく魔触覚とよばれる器官で魔力を察知することで、世界をとらえている。
体内に一切の魔力を持たないアルのことなど、彼らからすれば無機物も同然なのだ。
森林にはごくわずかな道しか整備されていなかったが、ゴブリンたちのよく使うルートは、草が踏まれていくらか通りやすくなっていた。
ある程度歩いていると、アルの目の前のゴブリンの頭と、その前のゴブリンの頭とが、ちょうど重なった。そしてその前の、そのまた前のゴブリンの頭も重なった。
つまり、完全な直線になって歩いていたのだ。これは森林の中ではめったにないことだ。
だがアルはこの時を待っていた。
(……よし!いまだ!)
アルは腰にさしてあった愛剣、エルマキドゥクスをさやから抜くと、目の前のゴブリンの首に直角に切り込んだ。
「ギギ……!?」
死角からの突然の攻撃に、最後尾のゴブリンは驚いて声を漏らした。が、その時にはもうアルの次の攻撃が始まっていた。
一直線にならんだゴブリンの頭を、次々と切り落としていく。
ゴブリンの隊列の横を走って、走って、通り過ぎざまに首を斬る。
「ギギ……!?」
「ギ……!?」
「ギギィ……!?」
「ギギャアギャア……!?」
後ろから悲鳴があがり、それを聞いて振り向いたときには、そのゴブリンの首も地に落ちているのだ。
アルの一太刀は一瞬にしてゴブリン三十匹の息の根をとめた。
「……ふぅ……さすがに腕が重いな……」
首を落とすにはかなりの力がいる。剣聖の剣さばきをもってしても、それは同じことだ。ましてアルは剣に魔力を込めて威力を増幅させることができないのだから、すべて自分の腕力で補わなければいけない。
「これは筋トレでもして鍛えた方がいいな……」
アルは自分の女の子みたいに細い腕をみて言った。
24
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる