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忌み子編

7.村を救え

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 三日ほど森林を彷徨っただろうか……アルはもうずいぶん遠くまで来ていた。ほとんど実家から出たことがなかったアルにとって、今世一番の遠出といえる。

「うーん……そろそろ森を抜けてもいいころだと思うけど……どんだけ広いんだ……この森」

 燻製にしたゴブリンの腕をかじりながら、独り言をこぼす。

「……ん?なんか煙臭いな……」

 そう思ったアルが上を見上げると、たしかに黒煙が上がっているのが見える。

「ここからそう遠くない場所だな……気になるし、行ってみよう」

 黒煙に向かって進んでいくと、なにやら話し声が聞こえてきた。そしてそれは煙の出どころに近づくにつれ、大きく、はっきりと聞こえてくる。

「さあ!さっさと食料と女をよこしな!」

「うちにはもうなんにもありません!はやく出ていってください!」

 声の正体は、盗賊の男と、それに襲われている村人のものだった。黒煙は誰かが助けを求めて上げたものか……もしくは盗賊がなにかに火を放ったかだろう。というのがアルの見立てだった。

 それほど人口の多くない村のようで、みたところ家も十軒にも満たない。アルはしばらく茂みに身を潜めてそれを観察していた。

(盗賊は全部で六人……まあいざとなれば僕一人でも倒せるかな……)

 村人たちが村の中心に集まり、それを盗賊が取り囲んでいるような形。盗賊たちの目的は食料と女ということだったが……この村にそれほど物資があるとは思えない。というのがアルの正直な感想だった。

「さぁ……!こっちにこい!」

 盗賊の一人が、ある女性の腕をつかみ上げ、命令した。女性の反対側の手には、小さな女の子の手が握られている。見たところアルの同年代の少女だ。

 女性もその娘と思われる少女も、たいそう綺麗で、盗賊たちがまっさきに目を付けたのも納得の美人だった。

「や、やめてください……!」

「ママ……!」

「大人しくしねぇと、そっちのガキからやっちまうぞ!」

「やめて!それだけはどうか!」

 その光景に見かねたアルは、考えるより先に、飛び出していた。

「やめろ!」

 森の中から突然、栗色の美少女(?)が現れたので、盗賊たちも村人も一瞬動きが止まって、目を丸くして驚いた。

「おい、ガキ!いまから楽しいところなんだよ……!それともお前も混ざりたいのか?げっへっへ」

 盗賊たちが一同ゲスな笑いをこぼす。

「その人を離せ!」

「ぎゃっはっは!その人を離せ!だってよ!てめぇみてえなガキがなに息まいてやがんだ!」

 盗賊がそう言い終わると同時に、彼の右手が地に落ちた。

「……あ?」

 男は自分の身に起こったことをしばらく理解できないでいた。不思議と痛みも遅れてやってくる。男がアルのほうを見ると、アルの手には剣が握られており、それでやっと状況を理解した。

「ぎゃああああああああああ!!!!このガキ!いきなり俺の手首を切りやがった!!」

 男はあまりの痛みに立っていることができず、地面に尻をつけ、見方がそれを支えた。

「どうやったんだ……?いま、誰かあの子が剣を抜くのが見えたか?」

 村人の一人が驚いて言った。みないちように顔を見合わせるも、だれも頷くものはいない。

 よくわからないが、アルの登場を僥倖とみなし、村人たちの顔に生気が戻る。

「僕は、手を離せといいましたよね?それを無視したのはあんたたちのほうだからね……?」

 アルは剣を再び構えて、盗賊たちににじり寄る。

 手を切り落とされた男が恐怖のあまり座ったまま後ろに下がった。そして仲間たちに命令をくだす。

「馬鹿野郎!お前ら、なにボーっと見てやがんだ!いいからそのガキを殺せ!」

「そうだ!殺せ!うおおおお」

 残りの盗賊たちがいっせいに襲い掛かる。

「いやーやっぱり盗賊ってだけあって、ぜんぜん剣の扱いがなってないなぁ……。そんなんだから盗賊やるはめになってるんだろうけど……。ちょっと粗削りにもほどがあるよ。正直言って、隙だらけ……」

 アルはやれやれといった感じで愚痴りながら剣を交える。

「なにをごちゃごちゃいってやがんだ……!戦いに集中しやがれ、このガキ!」

「こういうことさ……!」

 アルが勢いよく剣を一振りすると、盗賊たちの身体が後ろに吹き飛んだ。

「うお……」

 吹き飛んだまま、壁や地面にぶち当たり、男たちの身体は数か所の骨折を負った。

「てめぇ……いま何しやがったんだ……?」

 起き上がれなくなった盗賊たちが、それでもなんとか起き上がろうとしながら、アルに問いかけた。

「え?なにって……僕はただとてつもなく強い力・・・・・・・・・で剣を一振りしただけですよ?」

 アルがこのくらいなんでもない、あたりまえだ、というふうに言ったもんだから男たちは理解に苦しんだ。

「……は?」

「だから……剣を振ると、弱い風が起きますよね?それをめちゃくちゃ強い力でやったってだけなんだけど……。わからなかったかな……?」

 アルは皮肉たっぷり、されど無邪気に笑ってみせた。

 盗賊たちはようやく実力差を理解したみたいで、あきらめてその場に寝転んだ。骨が折れていてはどのみちなす術がない。

「くっそぉ……なんつーガキだ……」

「おお……!」

 傍観していた村人も、感嘆の声を漏らす。

「てめぇら……!なにあきらめてやがる!骨折れても、内臓飛び出してでも戦え!」

 最初に手を斬られた男が、ぼろぼろの身体でわめく。

「いやーむりですって……あのガキ、めちゃくちゃ剣の腕がある。それに、あとはアイツ・・・にまかせときゃいいんですよ……」

「……っ!くそっ……仕方ねえ、アイツ・・・だけが頼みの綱だ……」

 盗賊の会話を不思議に思ったアルは、近くの村人に尋ねた。

「アイツって……?」

「それが……奴らにはもう一人仲間がいて……もうちょっとで帰ってくるはずなんだが……そいつがもうとにかく腕の立つやつで……君もはやく逃げた方がいい……俺たちはもう十分助けてもらったよ……」

「ふーん……まあ逃げないけどね……」

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