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プロローグ 言葉世界はなぜ死んだか

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 俺の名は言葉ことのは世界せかい
 俺はいつものように、夜遅くまで自部屋でゲームに興じていた。
 俺はいわゆるニート、引きこもりであった。
 それも筋金入りのニートである。

 まあ、そうなってしまったのにはいろいろわけがあって、それらを全部説明しているとあまりにも長くなってしまうのだが。
 とにかく様々な事情により、俺は29歳になってなお、実家でニートをやっていた。
 決して前向きな理由で引きこもっているわけではなく、まさしく最底辺の人間と言って差し支えなかった。
 なんら望みはなく、希望もない。
 社会不適合者という言葉が、俺という人物を表すのに一番最適だった。

 俺が家から出ることはめったにない。
 だが、その日はどういうことか、家から出ようという気になったのだ。

「コンビニでもいくか……」

 買い置きしていたお菓子やエナジードリンクが切れていることに気づき、重い腰を持ち上げる。 
 親に任せてもよかったが、やはりお菓子やドリンクのチョイスは自分でしたいという思いがあった。
 引きこもりとはいっても、たまにこうやって深夜にコンビニに買い出しにいくくらいのことは自分でやれる。

 普段はコンビニに出かけるのが精いっぱいで、本格的に外出しようとすると、吐き気がする。
 電車にでも乗ろうものなら、パニック発作まっしぐらだ。
 
 知り合いに会うのが怖いので、自転車でわざわざ少し遠めのコンビニまで行く。
 なんといっても実家暮らしだから、うっかり学区内で過去の同級生とかに会ってしまうと、会わせる顔がない。
 とはいっても、同級生の顔なんてお互いに覚えちゃいないだろうが。
 念には念をというのが俺のモットーだ。

 コンビニにはほとんど人がいなかった。
 アルバイトの従業員も若い女性が一人だけ。
 俺は安心して買い物をしはじめた。

 ありったけのジャンクなお菓子を籠に詰め込み、レジまでいこうとしたそのときだった。
 急に侵入してきた黒ずくめの男が、レジの女性に刃物を向け、叫んだ。

「おい、金を出せ! 死にたくなければなぁ……!」

 まずいところに居合わせた。
 運が悪い。
 俺が最初に思ったのは、自分の身の心配だった。
 いやいや待て、しかし今実際に危険な目にあっているのはレジの女性ではないか。
 だがここでレジの女性を守るためになにか行動ができるような人間ならば、こう何年も引きこもってなどいないのである。
 大人しくしていよう、そう決意したそのときだった。
 ふと、女性の名札と顔が目に入る。

 そして、俺は気づいてしまった。
 レジの女性が、自分の知り合いだということに。
 知り合いとはいっても、ほぼ一方的な知り合いになる。
 彼女はそう、俺の大学のころの同級生であった。

 名前はかえでかすみ
 大学時代、俺が一方的に思いを寄せていた相手だ。
 しかし直接話したことなどはほとんどなく、向こうがこちらを認識しているかすら怪しい関係性。
 なぜ彼女がこんなところでバイトをしているのか、そんなことはどうでもいい。
 今重要なのは、昔の思い人が命の危機にさらされていて、自分にはそれを助けることができるということだけだった。
 気づいたときには、俺は走りだしていた。

「うおおおおおおおおおおおおお……!!!!」
「…………!?」

 刃物を持った男にタックルをかます。
 ……が、しかし。
 筋金入りの引きこもり生活で衰えた筋肉、体重、なにからなにまで、俺という男は貧弱であった。
 男はすこしひるんだだけで、びくともしない。
 刃物男のほうは体格もよく、おそらくは体育会系。
 ラグビーでもやっていたといわれれば納得。

「なんだぁ? てめえ……! 死ね……!」
「うぼぉあ……!?」

 威勢よく飛び出したはいいものの、俺はそのままなすすべなく、刺されてしまったのである。
 急所に近い部分を刺され、一撃でほぼ虫の息。
 痛みを我慢しながら、最後の力を振り絞って、俺はレジの向こうにいるかつての思い人に叫んだ。

「楓さん……! 逃げて……!」

 俺はその場に倒れながら、男の足首をつかんでいた。
 手のグリップ力だけは、この数年でも衰えていない。
 なぜなら、ゲームと日ごろの【自主規制】ではグリップ力がものをいうからだ。
 名前を呼ばれた楓は、困惑しながらも、その言葉に従う。
 裏口から、コンビニの外へ。
 おそらくは一度離れて警察を呼ぼうとしているのだろう。

「っく……離せよ……!」
「だめだ……! 絶対に離さない……!」

 刃物男は怒りに任せて、さらに数回俺のことを切りつけた。
 俺が力尽きて手を離すと、男はそうそうと逃げだした。
 
 俺はそのまま意識を失った――。
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