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偽りの瞳

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「…」

ユーテラスの中で、コウは考え込んでいた。温かな液体に全身が包まれていると、知らずに心が落ち着いてきた。

(交渉といっても…この中から出た瞬間、僕は無力になる。アルテミアの中にいながら、話せないかな?)

そんなことを考えていると、格納庫内にアナウンスが響き渡った。

「オリジナルフィギュア内にいる少年!本艦草薙にいるクルーは、あなたを拘束し、危害を加える気はありません
。オリジナルフィギュアの愛され人は、一国の代表以上の存在になります」

そこまで、マイクに向かって言った後、有馬は息を吐いて、少し間をあけてから音量を上げた。

「愛され人が本人の寿命や病気以外で、死んだり傷ついた場合!オリジナルフィギュアは暴走します!それをとめることができるのは、他のオリジナルフィギュアのみです!本艦一隻では、止められません!ですので…」

再び間をあけると、マイクに叫んだ。

「爆弾を抱え込んだのは、こっちの方なんだよ!さっさと、女の中からでてこいや!」

口調を荒げた有馬を見て、城戸は眉を寄せた。

「し、司令…」

「まったく!」

有馬はマイクのスイッチを切ると、頭をかいた。

「テラのやつらは、オリジナルの怖さを知らないから、大胆にできるのよ!もしフィギュアが暴走した場合、核兵器よりもおそろしいことになるのに!」

有馬は、髪をかき乱した。黙っていれば、どんな服も着こなす美人なのだが、イラついているときの彼女は鬼のようであった。

「しかし、司令」

呆れながらも、城戸がきいた。

「あのオリジナルフィギュアは、起動したばかりで、動きも素人。いくら強力といっても、こちらのフィギュア達で対処できませんか?」

城戸の言葉に、有馬は思い切り顔をしかめ、横目で睨んだ。

「素人が乗ってるから、何とかできたのよ!いえ、素人というよりも、人間が乗ってるから、オリジナルフィギュアは暴走せずに制御できているの。それは、他のオリジナルフィギュアも同じ…。一説によると、15年前のレクイエムの世界侵攻は、愛され人が傷つけられたからといわれているわ。だから、最初に攻撃したのが、韓国朝鮮に中国」

「え!だったら、個人の感情で世界が滅んだですか!」

目を丸くする城戸から、有馬は視線を外した。

「個人?違うわ。神の癇癪よ」

呟くようにそう言うと、有馬はブリッジの窓から海を見た。









「ったく…」

オーストラリア近海にあった軍事施設を殲滅した陸奥は、すべての活動が停止した瓦礫の上でたたずんでいた。

もう動くものもない。

蕪木睦美は、陸奥から降りると、自らが行った一方的な破壊の結果を無表情で見つめていた。焼けた臭いも死臭も、何もかも全て慣れすぎていた。

「どうやったら、できるのかな。俺1人を残すなんてさ」

陸奥の下で、下敷きになっていたオバマの中から、レーンが這い出してきた。

「あんたの腕よ。そんなガラクタで、よく陸奥とやりあえたわね」

蕪木は振り向かずに、そう答えた。

「やりあえた?傷一つもつけることができなかったけどね」

レーンは、自分に背をむけている蕪木の背中に銃口を向けた。

「でも、あんたなら傷つけられそうだ」

「やめなさい!」

蕪木はゆっくりと振り向くと、レーンではなく、その向こうの陸奥を睨んだ。

赤く目を光らせていた陸奥の動きが、止まった。

「フッ」

レーンは笑うと、銃口を下げた。

その様子を見て、蕪木は腕を組んだ。

「合格よ。あんたのフィギュアの操作能力の高さを実感したわ。同レベルのフィギュアに乗っていたら、あたしでも勝てなかったでしょうね」

「光栄だね。すべての海を制する魔女に誉められるのわ」

レーンは銃を捨てると、陸奥を見上げた。

「さすがは、黄金の鳥の弟にして、我が弟ね」

蕪木の言葉に、レーンは肩をすくめて見せた。

「よしてくれ。あんたのとこは、俺のことを認知していないし、兄も俺の母親がアジア系とは知っているが、日本人とは知らない。それに、あんたと年も変わらない」

レーンは両目のカラーコンタクトを外した。ブルーアイズから、黒目に変わった。

「どうやら父親方の血が濃いようで、あまりハーフとは言われないよ」

レーン・ウォーターズ。白人としての父と日本人の母を持つ男。母は正妻ではない。その為、厳格なる蕪木家では、レーンの存在は認められていない。

「あんたの兄さんの機体を見たわ。大した腕ね」

蕪木はレーンの目を見つめた。

「だけど、兄さんの機体では、世界を変えられない。6番目を狙っていたけど、他に取られた」

「だったら、あたしからこいつを奪ったらいい。あんたが、こいつの愛され人になればいい」

「そいつはごめんだよ。姉さん」

レーンも、蕪木の目を見つめ、

「その他大勢の日本人と…いや、他のオリジナルフィギュアの乗り手と違い、あなたは日本人だけが世界を支配する世界を望んでいない。だからこそ、あなたが陸奥に乗っている。世界を自由に旅することができる…こいつを」

その後、再び陸奥に目線を移した。

「だからといって、あたしは日本軍のトップの1人よ」

蕪木は、歩き出した。

「俺だって、半分は日本人だ!」

自分の横を足早に通り過ぎた蕪木に、レーンは叫んだ。

「今回のことは、兄さんに言っていない。日本人として!いや、あんたと俺の母親の子供として、俺は!力がほしい!」

レーンの目から、涙が流れた。

「この世界に、いや!人間に違いなどないということを教えてやりたい!」

レーンの言葉に、蕪木は目を瞑った。すると、脳裏にやさしく笑う母親の姿と、その母親の腕の中で眠る赤ん坊の姿が浮かんだ。

「そういえば…今まで、あんたにプレゼントはあげたことなかったわね」

蕪木は、足を止めた。

「さっき、俺が乗ってた機体には、いろいろくれたけどね」

レーンの皮肉に、蕪木は微笑んだ。

「あんたの才能は多分、母からね。父と結婚する前は、優秀な自衛隊員だったようだし」

そういうと、蕪木はどこからか取り出した封筒をレーンに投げた。

「これは?」

掴んだことを確認すると、蕪木は前を向いた。

「今までの誕生日をまとめてプレゼントするわ。それでも、多いかもね」

そのまま、陸奥の中に消えた。

「レーン…。あんたは、今日ここで、戦死した。その覚悟があれば…チャンスはあるかもね」

起動した陸奥は、踏みつけていたオバマを切り裂くと、その場から海中に消えた。粗悪品であるオバマのコアを、オリジナルフィギュアが捕食することはない。


「姉さん」

レーンは、陸奥の移動で発生した風に煽られながらも、封筒の中身を掴み、微動だにしなかった。

彼の手の中に、あったものは…一枚のIDカードであった。
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