一粒の弾丸

如月エイリ

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追憶

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「父ちゃん!」

「父ちゃんと呼ぶな!アンちゃんと呼べ!」

 と幼いあきに言ったのは、彼の名付け親であった男であった。



「アンちゃん…」

 夜。適当な寝床を確保し、2人は横になっていた。

 自分に寄り添いながら眠る子供の寝息を確認しながら、あきは自分に与えられた銃を見つめていた。

 その銃は、幕府の重要機密であり、かつ…あきの名付け親から受け継いだものだった。

 重要機密であるが故に、その銃には、自爆ボタンがあった。どうしても守れない時は、銃は破壊しなければならなかった。

 あきは、銃口を月に向けながら、じっと押し黙っていた。

 名付け親は、あきという名前をくれた後に、死んだ。その時の記憶はない。

 しかし、銃を最後に渡してくれたことだけは覚えていた。

 そして、最後の言葉も…。 

「XXXより…長生きしろよ。あき」

 しかし、その最後の言葉を覚えているのに、その時の名付け親の顔だけがぼやけていた。


「ああ…」

 あきは、引き金に指をかけると、頷いた。

「心配するな。もうすぐ、アンちゃんより、長生きになるよ」

 自然と微笑むと、あきは銃を懐にしまい、起き上がった。

 仕事の時間である。




 夜が明けた。

「アンちゃん」

 目覚めた子供のそばには、いつのように、あきが眠っていた。







「このところ、幕府の要人が殺される事件が多発している。その動きから見て、下手人は1人ではありません。何故、野放しにされているのですか?」

 江戸城の松の廊下を歩く旗本は、前を歩く上司にきいた。 

 上司は目を細めると、

「野放しではない。だが…止まることはないのかもしれぬな」

城の外に広がる空に、目をやった。

「流れはな」

  





「アンちゃん」

 町の外れを歩く武士。

 その前から、あきと子供は手を繋いで歩いてくる。

 薄汚れた2人の子供に気づき、武士は少し顔をしかめたが、進路を変えることなく、歩き続けた。

 当然のこととして、あき達は、武士に道を譲った。

 端によけ、武士が通り過ぎた瞬間、あきは懐から銃を取りだし、頭に向けて、引き金を引いた。

 頭を狙う撃ち方は、あきの名付け親の殺し方を見て、あきが自然と覚えたものだった。

 殺した後は、あきは振り向かない。子供の手を引き、歩き続けた。

 今回は町中であった。処理班はすぐに来る。 辻斬りとして、処理する為に。

 外れを抜けると、笠を被った武士が立っていた。次の指令の為であった。

「…」

 無言で頷き、あきはそのまま、次の仕事に向かった。

「アンちゃん」

 手を引かれながら、子供は言った。

「はらへった」





 再び仕事を終えたあきの前に、また笠を被った武士が姿を見せた。

「忙しいな」

 しかし、今度は仕事ではなかった。

 武士とあき達は、町中を抜け、街道にある茶屋に向かった。

「名前は、決めたのか?」

「まだだ」

 武士の問いに、あきは即答した。隣では、子供が団子を頬張っていた。

「早くした方がいいぞ」

 武士は、茶を啜った。

 三人から少し離れた席に、女と男の町人がいた。

「聞いたかい?もうすぐ、異人が攻めてくるらしいよ。なのに、お上は及び腰らしいよ」
「しっ!」

 女の話を、男は人差し指を立てて、止めた。 

 そして、目で遠くの席に座る武士の背中を示した。

「名前は、残る。証しとしてな」

 武士はそう言うと、じゃり銭を席に起き、そのまま茶屋から離れた。

「名前ねえ」

 あきは、ため息をついた。

「アンちゃん」

 団子を食べ終わった子供がきいた。

「名前って何だ?食べものか」
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