一粒の弾丸

如月エイリ

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「この国の行き末を考え、我々は一つにならなければならない!その為には、無能な幕府ではなく、天子さまを」

 茶屋の二階で、密会する地方から来た武士達。

 その部屋の戸を開けたのは、数人の子供達であった。彼らの手には、銃が握られていた。子供でも、人を殺せる武器として。





「太平の世を数百年保ち続けた我々が、終わる訳はない。そう思わぬか?平治」

 役所に戻り、笠を脱いだ武士に、上司がきいた。

「…」

 平治はこたえない。

「我々は、いつも通りすればよい。道具は、ある。やつらは何人でもおる」

 上司はにやりと笑い、

「我々はただ、道具を使い、始末させるだけだ」

平治に向かって歩き出した。

「そう言えば、1人…。使用期限の切れる道具があるようだな」

 そばで足を止めると、平治の耳元で言った。

「破棄しろ。道具は道具のままでいなければならない。それは、お前もわかっているはずだ」

「はい」

 平治は静かに、頷いた。





「名前ねえ~」

 あきは、悩んでいた。

『俺の名前は、確か…秋につけたからだったな』

 手を繋ぐ子供を見下ろし、

『今、秋だしな…。同じようにはつけれねえなあ』

 ため息をついた。

「アンちゃん。でっかい船!」

 次の仕事の命があるまで、2人は海が見える丘まで来ていた。

「あの船は、どこにいくの?」

 子供の質問に、あきは適当にこたえた。

「異国じゃないか」

「異国ってどこ?おいらもいけるのか?」

 目を輝かせ、船を見つめる子供に、あきは嘘をついた。

「ああ…。大きくなったらな」

「じゃあ。いっしょにいこうね。アンちゃん」

 子供は、にこりと笑った。


「あき」

 船を見つめる2人の後ろに、笠を被った平治が姿を見せた。

「名前を決めたか?」

 平治は、幸せそうな2人の背中に目を細めた。

「おっさんか」

 あきは振り返り、

「まだだ」

とこたえた。

「そうか…。では」

 平治は笠に手をやると、さらに深く被り、

「今すぐつけろ。それが、最後の仕事になる」

目を地面にやった。

 すると、それが合図となり、あきの周りから数人の武士が姿を見せた。

 そして、二人の武士が近づき、戸惑うあきの手から、子供を引き離した。

「おっさん!なんだ、これは!?」

「アンちゃん!」

 引き離された子供は、他の武士によって、平治のもとに連れて来られた。

 平治は、包みを子供に渡した。

「アンちゃんと仕事の話がある。これを食べて、お前は待っていろ。すぐに迎えに来るからな」

 そして、子供の頭を撫でる平治の姿を見て、あきは大きく目を見開いた。

「思い出した!」

 最後に見た名付け親の姿。

 あの時、今のように握り飯を貰ったのは、自分であったと。

「待て!」

 武士に手を引かれ、遠ざかっていく子供を見ながら、走り出そうとするあきに、平治は静かに銃口を向けた。

「名前を決めるまで、待ってやる。あき」

「お、おっさん!」

「お前の名付け親も最後まで、決めれなかったな」

 平治は、無理に笑った。

「あ!」

 あきは、思い出した。

『あいつより、長生きしろよ。あき』

 そう自分に言ったのは、名付け親ではなかった。

 平治であったのだ。

 あきという名前の由来を、自分に教えてくれたのも、平治であった。

「おっさん!」

 あきも銃を取りだし、平治に向けた。

 その動きを見て、刀に手をかける周りの武士に、平治は言った。

「やめろ。こいつは撃てない」

「撃てるぜ!」

 あきは、平治を睨んだ。

「子供はどうする?」

「な!」

「自分はどうなっても、構わない。しかし、子供はどうする?」

 平治は敢えて、銃口をおろした。

「な、何だと!?」

 あきは絶句した。

「お前達に何故、幼い子供がつけられるのか。その理由の一つは、幼き頃から殺しを学び、抵抗力をなくす意味がある。もう一つは、お前達に対してだ。もし、我々を裏切る場合に、子供は人質になる」

「俺は、あんたらを裏切ったか?」

 あきの手が、震えた。 

「十までと、期間が決められている。幼き頃から、殺しをしているお前達は、危険だ。だからこそ、自我が芽生え、我々に逆らう前に処分する。それが決まりになっている」

 平治は、淡々とこたえた。

「おっさん!」

「早く名前をつけてやれ!」

 平治は再び、銃口を上げた。

「こうやって、俺の親も殺したのか!」

 あきの目から、涙が流れた。

「そうだ」

「俺達は、何だ!」

「道具だ。幕府を…徳川の世を支える為のな」

「ふざけるな!」

 引き金を引こうとするが、あきの脳裏に、子供の笑顔が浮かんだ。

「あき…。早くしろ」

 平治は、ゆっくりとあきに近付いていく。

「おっさん…。だったら、俺に言った…長生きしろは、なんだったんだよ」

 あきは、涙の為に、平治の姿がぼやけて見えた。

「それは、俺とあいつの願いだった。しかし、俺は…役人だ。徳川の世を守らなければならない」

「く、くそ」

 あきは、銃口を下ろした。

「名前を決めろ」

「名前は、かいだ!海と書いてな!」

 あきは、覚悟を決めた。

「いい名だ」

 平治は微笑み、引き金を引いた。

「く、くそ!海!」

 銃声が響いた。

 それも二発。

「え」

 あきは、痛みのないことに気付いた。

「生きろ!あき!」

 平治が撃ったのは、あきのそばにいた武士達だった。

「海といっしょにな!」

 平治は、周りにいる他の武士に銃口を向けた。

「おっさん!」

 あきは、顔を上げた。

 そして、反射的に状況を理解したあきは、銃口を武士達に向け、発砲した。

「ここはいい!海のもとにいけ!」

「おっさん!」

 あきは発砲しながら、海のもとに走った。

 少し離れた場所で、1人の見張りとともにいる海の姿を見つけ、あきは何度も引き金を引いた。

「アンちゃん!」

 見張りを殺すと、あきは海を抱きしめた。

「お前は、今日から海だ。お前の名前だ」

「海?」

 握り飯を頬張りながら、首を傾げる海の頭を撫でると、あきは命じた。

「この辺で隠れていろ!アンちゃんは、やることがある!」

 そして、平治のもとに戻った。




「裏切りものが!」

 銃を撃ちつくし、刀に変えた平治を、四方から斬りつける武士達。

「おっさん!」

 駆け付けたあきは、正確に武士達の頭を撃ち抜いた。

 1人を一発で始末するあきの腕前を見て、血塗れの平治はフッと笑った。

「流石だな」

 ゆっくりとその場で、崩れ落ちる平治のそばに、あきが駆け寄った時には、敵は全滅していた。

「おっさん!」

 倒れた自分を抱き上げるあきに、平治は微笑んだ。

「本当は…お前の親の時もしたかった。しかし、俺は役人だ」

「おっさん!」

「だが…時代が変わる。もうすぐ、お前らの様な道具はいらなくなる」

「どうして、俺を…助けた」

「幕府内は今、疑念の嵐になっている。道具に名前をつけさせる俺も…おかしな目で見られていた。近い内に、俺も…うっ」

 平治は、血を吐いた。

「おっさん!」

「あき…。江戸から離れろ」

「おっさん!も、もしかしたら…あきって名前は…」

「俺は学がないな…。そんなのしか思い浮かばなかった」

 平治は最後の力で、あきの頬に手を伸ばし、

「でも、いい季節だ。来年もきっとな…。長生きしろ」

微笑みながら、息を引き取った。

「お、おっさん!」

 あきは、平治の体を抱き締めた。

 涙は枯れていたが、心の中の涙は止まる事がなかった。





「アンちゃん」

 数分後、海のもとに戻ったあきは、銃を渡した。それは、平治が持っていたものだった。

「こいつは、生きる為の道具だ。俺達が生きる為のな」

 あきは、銃を海の懐にしまわせると、手を取った。

「だが、俺達は、道具じゃねえ」

「アンちゃん?」

 海は、首を傾げた。

「行くぞ!」

「どこにいくの?」

「そうだな」

 あきは、前を見つめ、

「海の向こうでもいくか」

微笑んだ。

「船でか!」

 目が輝く海。




 その後、彼らがどうなったのはかは、わからない。

 しかし、道具でなくなった彼らが、どうなろうか…。

 それは、自由である。


 終わり。
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