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蛙の君
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「ねぇねぇ! タロタロ!『湖畔の貴婦人』さんって誰か知らない!」
とある日、夕飯が終わりのんびりしていた時、唐突にトンボが出した話題の反応はまちまちだった。
太郎はキョトンとした顔でトンボに視線を送り、お茶を飲んでいたナイトさんは特に気にした様子もない。
カワズさんは一人黙々と怪しげな魔法陣をいじり倒していて、そもそもあまり聞いていないようだった。
「……知らないけど?」
太郎が答える。するとトンボは残念そうに肩を落とした。
「そっかー。って! タロ、パソコンの管理人でしょ! なんで知らないの!」
「いや……全部のユーザー把握とか、そんな事してないし」
太郎はパソコンを作り出した魔法使いとして名を知られている。しかし作ったからといって、プライバーシーの保護は必須である。
そこでようやくトンボは納得してあきらめたらしい。
「そうなんだー……。知ってたらみんな喜んだのに。最近友達にものすごく聞かれるんだ、『湖畔の貴婦人』さんって誰?って」
「へぇ? そんなに有名なんだ?」
またしても聞きなれない名前に太郎が尋ねると、トンボは大げさに手を広げて頷いた。
「うん! 好きな子結構いるみたい! お話を自分のブログで上げてるんだけど、正体は謎に包まれてるんだって!」
それはそうだろう、ブロガーは基本匿名である。
しかしブログに物語を上げるとは。
この世界では間違いなく画期的な部類に入る行為は、着実に注目を集めていると言うわけだ。
そんなことまで始まった異世界のネット事情に、太郎は感慨深げに頷いていた。
「おお~。ついにそんな人まで現れたか。そう言うことなら俺もちょっと気になるけど……カワズさんなんか知ってる?」
「ちょっと待て! 今いいところじゃから! 奥義 “蛙天昇波”専用魔法陣が完成するところなんじゃ……!」
「……カワズさんが一体どこに向かおうとしているのか最近俺にも見えないよ。なに? 世紀末覇者にでもなりたいの?」
カワズさんは、やはり言葉にしても胡散臭い研究の手が離せないらしい。
これはダメだと太郎は早々に諦めた。
この時カワズさんの頭には、実はある顔が頭をよぎっていたが、それだけだった。
「それで? どんな内容?」
「そうそう! それがね!」
太郎が仕切り直してそう尋ねると、トンボは楽しそうに話し始める。
しかしトンボが笑顔で発した言葉は確実に食卓に波紋を落とすことになった。
「湖の畔にひっそりと建つお屋敷の令嬢と、美しい騎士達のハイトク的な日々を綴ったお話!」
太郎は厳しく表情を変え。ナイトさんはお茶を噴き出す。
そしておもむろに最初に反応を示したのは太郎である。
「ほほう……背徳的ってトンボちゃん……そいつはエロイのかい?」
「まあ、エロイですよ。全部じゃないけど」
「……その質問は露骨すぎるのでは?」
ナイトさんの冷ややかなツッコミに太郎は若干狼狽えていたが、言い訳はトンボちゃんの演説にさえぎられてしまった。
「まぁでも。これが読んでみると面白いんだよねー。美しい騎士達は日々、命を狙われるお嬢様を守ってるうちにね? お互いに惹かれあっていっちゃったりするのね?」
「……うぉおい! エロってそっちかよ! まさか山なし、オチなし、意味なしとか言うんじゃないだろうな!」
「どれもあるんじゃない? だから面白いんだってば。特に女の子達の間で相当はやっててね! コメントも毎日すごいことになってるって!」
過剰反応する太郎にトンボは怪訝な顔をするが、太郎はもどかしそうにしばらく葛藤した後、ため息交じりに諦めたらしい。
「ぬぐ……腐ってやがる、早すぎたんだ。まぁ、なんつうかスケさんが中心で配っている手前、パソコンユーザーの女性率高めだからなぁ……」
こっそりと太郎が俺のせいじゃないと三度ほど呟いたのを、カワズさんは耳に入れていた。
「でもでも! ちゃんと男女の恋愛もあるから、男の子でも楽しめると思うよ? 基本、騎士はみんなお嬢様好きだし!」
「へー……。うん、まぁ新たな文化が芽吹くのは悪いことではないはず……いや、でも、しかし」
トンボちゃんのはずむ声を聴いているうちに、太郎は葛藤が見え隠れするものの新たなジャンルが開拓されるのは悪い事じゃないと開きなおったようである。
そんな太郎の態度に気をよくしたトンボちゃんはさらに饒舌になった。
「でもね、ちょっとわたし的に気になることがあるんだよね」
「何それ?」
「うん、それがね? お嬢様がピンチの時に必ず助けに来る『蛙の君』ってキャラクターがいるんだよね」
「蛙とはまたマニアックな……」
だがその名前を聞いた太郎は、ん?っと片眉を上げる。
カワズさんもピクリと「蛙」という言葉に反応した。
トンボは太郎の表情を確認してクククと笑い。矢継ぎ早にその『蛙の君』とやらの事を説明し始める。
「名前の通り大きなカエルみたいなキャラなんだけどね。最初はお嬢様も醜い蛙ってバカにしてたの。でも本当に危ない時には身を挺して自分を助けてくれる蛙の姿にちょっとドキドキしちゃったりしてるわけ!」
「へー……その蛙の君とやらは、なぜか重要ポジションを与えられているわけだ……ナンデダロウネ?」
「そうなんだよねー。作品最大の謎ダヨー」
とってつけた様な台詞が白々しい。
チラチラと太郎の視線が動く。
トンボのそれもだいたい似たようなものだった。
ナイトさんもなんとなく説明の意図するところを察したのか、さりげなくカワズさんに視線を送っている様だった。
カワズさんは視線を回避するため、いじっている魔法陣に没頭しようとするが、効率が上がったことで完成間近だった魔法陣は無情にも完成してしまった。
「……」
「とにかく美形の騎士そっちのけでいいとこかっさらうからね『蛙の君』。チャットで毎日論争だよ。さすがに蛙はないとか。でもこの蛙の内面に引かれているからこそ、周りの騎士達の誰に最終的になびくかわからなくなって面白い! とか。
うちの女王様はお嬢様のキスで蛙の君の呪いが解けて美少年に戻る展開を推してる」
「楽しんでるなぁ……ってか女王様多趣味だね」
「おかげで、未だかつてないほど妖精郷は活気にあふれてるよ?」
「そりゃあ結構な事なんだろうけど」
女王様の動向の方に食いついた太郎を、トンボちゃんはまぁまぁと両手で制す。
「まぁいいよ。このまま女王様の行く末について語らうのも面白そうだけど、今はいいよ」
「……ほんとに貴女は命知らずですね」
ただ自分達の女王を何の呵責もなく肴にするトンボに呆れるナイトさん。
どうやら都合の悪いことは聞こえないトンボは、腕を組んだままテーブルの上に着地すると、意味ありげに人差し指を立てて歩き回る。
「それよりはっきりさせたいのは『湖畔の貴婦人』さんの正体を知っているであろう人物だよ」
回りくどく本題に入ったらしいトンボに、太郎も相槌を打った。
「まぁ、スケさん達が配ってないのなら、俺達の誰かが知っているだろうね」
「そう……そして湖畔の貴婦人さんがこの小説を始めたのが割と最近だっていう所も大事だよね。最近タロは旅をしたかな?」
「いや、残念ながら。でも一台パソコン置いて来たって話は聞いた気がするなぁ」
誰に投げた言葉なのか、太郎のセリフは棒読みである。
するとトンボちゃんがピタリと歩みを止め、推理風に自分の額を指先で小突く。
絶妙なタイミングでガシャリと照明がトンボを照らしたのは、完全に悪ふざけ以外の何物でもなかった。
「わたしもね、女王様から情報をいただいては来ていたのさ。でもこういう画期的なネタを提供するのは誰かさんが一番有力なんじゃないかって説があったのがタロなんだけど……」
だがそう告げられた瞬間、スポットライトが消えてなくなってしまった。
割と鋭く聞きとがめたのは太郎だ。
「……ちょっと待った? 誰が誰だって?」
「だからタロが『湖畔の貴婦人説』がひっそりと囁かれていたのですよ」
「そ、そんなばかか! お、俺は女の人が好きだからな! 本当だからな!」
あらぬ疑惑にあまりに動揺しすぎた太郎は、何を思ったか近くにいたナイトさんに抱き着いた。
「~~~ぎゃぁ!!」
そして不意打ちを食らったナイトさんはいきなりの事態に完全に頭がショートした。
がたりと無理にその場を飛び退くと足を滑らせて、テーブルの角に頭をぶつけたのだ。
「ナイトさんが死んだ!」
「すんません! 大丈夫!?」
驚くトンボちゃん。
太郎も咄嗟に助けられなかったのは、悲鳴がショックだったからじゃない。
断じてである。
しばらく机に崩れたナイトさんは突っ伏したまま動かなかったが、そのまま数秒後、どうにか力なく手を振っていた。
「い、いえ。これしきのこと……大したことではないので、私の事は放っておいてお話をどうぞ……」
その手はどうか放っておいてほしいと言っているようだったので、トンボちゃんはやれやれ話を続けた。
「……そう言うわけで。さっきの感じからタロは白としよう。今の混乱具合でまた怪しくなっちゃったけど」
「……もう勘弁してくれ」
「まぁいいよ。で、第二の候補だよね。実はこっちがわたしの本命なんだ。ついこの間、女王様の所に文献を見せてくれと尋ねてきた人物。彼が持って行ったのは湖の文献。さらに言うならちょうどその文献を借り受けて冒険に行った前後から、この物語は始まった……」
「……もうなんかよくね? 蛙の君なんて露骨な名前付いてんだから、絶対カワズさんがなんか知ってるって」
「あぁん! もう! タロの意地悪ぅ!」
「さっきのお返しです」
ぺろりと舌をだしてトンボと戯れる太郎はその漫才を早々に切り上げる。
そして一転して二人で息を揃えると、今度は興味津々でカワズさんに詰め寄った。
「で?」
「どうなの?」
太郎とトンボは好奇心で輝く宝石の様な瞳であった。
カワズさんがちらりと振り返るが、相手にしたくない類のそれだとそう思うくらいには暑苦しい。
「……どうと言われてものぅ」
口元を押さえるカワズさんは悩んだ風に言葉を選んだ。
まぁここまでくればだいたい察しはつく。
実体験に基づいた物語はさぞかしリアリティがある事だろう。
だが誰かは察しがつくものの、なんで自分が『蛙の君』なんてことになっているかなど皆目見当もつかなかった。
何かインスピレーションの元になったのは確かだろうが……。
カワズさんの視界にはニヤニヤと下品に笑う二人組の顔が映る。
その表情は、まぁお世辞にも愉快にとはいかない顔だった。
カワズさんはそんな二人の顔を眺めた後、やっとすくりと立ち上がる。
「……えーっとのぅ、タローや? ちょっとそこに立ってくれるかの?」
「「うんうん!」」
「蛙天昇波!!!」
「ぬぐお!」
瞬間、不意打ちで恐ろしい威力を秘めた掌打が、見えないほどの速さで太郎に叩き込まれた。
衝撃を余すことなく伝え、体内で乱反射させる特殊な魔法を組み込んだ一撃は、常人には必殺の一撃となること請け合いだ。
もちろん実験台になった太郎には無駄だが、それでもその体を浮かせ、トンボちゃんを器用に巻き込んだ威力は申し分ない。
カワズさんはふぅと息をつき、破壊力に満足すると、懐のメモに『威力大、ただし使用は太郎に限る』と注意書きを書きこんでおく。
そしてさっと手を上げて感謝を告げた。
「実験台感謝じゃ! それと湖畔の貴婦人じゃったかのう? そのことはわしゃよう知らんよ? じゃあこの話終わりっつーことで!」
カワズさんがとった策は、『うやむやにして逃亡』の一手である。
「今のはやばいだろう! 俺じゃなかったら死んでたぞ!」
「……ちぃ、逃げられたか」
復活した太郎が文句を言った。
目を回したトンボはその逃亡する背中を見送ると、悔しげに唸っていた。
しばらくして洗い物が終わったクマ衛門が戻って来たが、そんな惨状を見て。
「がう?」
と、首をかしげたのも無理からぬ事である。
とある日、夕飯が終わりのんびりしていた時、唐突にトンボが出した話題の反応はまちまちだった。
太郎はキョトンとした顔でトンボに視線を送り、お茶を飲んでいたナイトさんは特に気にした様子もない。
カワズさんは一人黙々と怪しげな魔法陣をいじり倒していて、そもそもあまり聞いていないようだった。
「……知らないけど?」
太郎が答える。するとトンボは残念そうに肩を落とした。
「そっかー。って! タロ、パソコンの管理人でしょ! なんで知らないの!」
「いや……全部のユーザー把握とか、そんな事してないし」
太郎はパソコンを作り出した魔法使いとして名を知られている。しかし作ったからといって、プライバーシーの保護は必須である。
そこでようやくトンボは納得してあきらめたらしい。
「そうなんだー……。知ってたらみんな喜んだのに。最近友達にものすごく聞かれるんだ、『湖畔の貴婦人』さんって誰?って」
「へぇ? そんなに有名なんだ?」
またしても聞きなれない名前に太郎が尋ねると、トンボは大げさに手を広げて頷いた。
「うん! 好きな子結構いるみたい! お話を自分のブログで上げてるんだけど、正体は謎に包まれてるんだって!」
それはそうだろう、ブロガーは基本匿名である。
しかしブログに物語を上げるとは。
この世界では間違いなく画期的な部類に入る行為は、着実に注目を集めていると言うわけだ。
そんなことまで始まった異世界のネット事情に、太郎は感慨深げに頷いていた。
「おお~。ついにそんな人まで現れたか。そう言うことなら俺もちょっと気になるけど……カワズさんなんか知ってる?」
「ちょっと待て! 今いいところじゃから! 奥義 “蛙天昇波”専用魔法陣が完成するところなんじゃ……!」
「……カワズさんが一体どこに向かおうとしているのか最近俺にも見えないよ。なに? 世紀末覇者にでもなりたいの?」
カワズさんは、やはり言葉にしても胡散臭い研究の手が離せないらしい。
これはダメだと太郎は早々に諦めた。
この時カワズさんの頭には、実はある顔が頭をよぎっていたが、それだけだった。
「それで? どんな内容?」
「そうそう! それがね!」
太郎が仕切り直してそう尋ねると、トンボは楽しそうに話し始める。
しかしトンボが笑顔で発した言葉は確実に食卓に波紋を落とすことになった。
「湖の畔にひっそりと建つお屋敷の令嬢と、美しい騎士達のハイトク的な日々を綴ったお話!」
太郎は厳しく表情を変え。ナイトさんはお茶を噴き出す。
そしておもむろに最初に反応を示したのは太郎である。
「ほほう……背徳的ってトンボちゃん……そいつはエロイのかい?」
「まあ、エロイですよ。全部じゃないけど」
「……その質問は露骨すぎるのでは?」
ナイトさんの冷ややかなツッコミに太郎は若干狼狽えていたが、言い訳はトンボちゃんの演説にさえぎられてしまった。
「まぁでも。これが読んでみると面白いんだよねー。美しい騎士達は日々、命を狙われるお嬢様を守ってるうちにね? お互いに惹かれあっていっちゃったりするのね?」
「……うぉおい! エロってそっちかよ! まさか山なし、オチなし、意味なしとか言うんじゃないだろうな!」
「どれもあるんじゃない? だから面白いんだってば。特に女の子達の間で相当はやっててね! コメントも毎日すごいことになってるって!」
過剰反応する太郎にトンボは怪訝な顔をするが、太郎はもどかしそうにしばらく葛藤した後、ため息交じりに諦めたらしい。
「ぬぐ……腐ってやがる、早すぎたんだ。まぁ、なんつうかスケさんが中心で配っている手前、パソコンユーザーの女性率高めだからなぁ……」
こっそりと太郎が俺のせいじゃないと三度ほど呟いたのを、カワズさんは耳に入れていた。
「でもでも! ちゃんと男女の恋愛もあるから、男の子でも楽しめると思うよ? 基本、騎士はみんなお嬢様好きだし!」
「へー……。うん、まぁ新たな文化が芽吹くのは悪いことではないはず……いや、でも、しかし」
トンボちゃんのはずむ声を聴いているうちに、太郎は葛藤が見え隠れするものの新たなジャンルが開拓されるのは悪い事じゃないと開きなおったようである。
そんな太郎の態度に気をよくしたトンボちゃんはさらに饒舌になった。
「でもね、ちょっとわたし的に気になることがあるんだよね」
「何それ?」
「うん、それがね? お嬢様がピンチの時に必ず助けに来る『蛙の君』ってキャラクターがいるんだよね」
「蛙とはまたマニアックな……」
だがその名前を聞いた太郎は、ん?っと片眉を上げる。
カワズさんもピクリと「蛙」という言葉に反応した。
トンボは太郎の表情を確認してクククと笑い。矢継ぎ早にその『蛙の君』とやらの事を説明し始める。
「名前の通り大きなカエルみたいなキャラなんだけどね。最初はお嬢様も醜い蛙ってバカにしてたの。でも本当に危ない時には身を挺して自分を助けてくれる蛙の姿にちょっとドキドキしちゃったりしてるわけ!」
「へー……その蛙の君とやらは、なぜか重要ポジションを与えられているわけだ……ナンデダロウネ?」
「そうなんだよねー。作品最大の謎ダヨー」
とってつけた様な台詞が白々しい。
チラチラと太郎の視線が動く。
トンボのそれもだいたい似たようなものだった。
ナイトさんもなんとなく説明の意図するところを察したのか、さりげなくカワズさんに視線を送っている様だった。
カワズさんは視線を回避するため、いじっている魔法陣に没頭しようとするが、効率が上がったことで完成間近だった魔法陣は無情にも完成してしまった。
「……」
「とにかく美形の騎士そっちのけでいいとこかっさらうからね『蛙の君』。チャットで毎日論争だよ。さすがに蛙はないとか。でもこの蛙の内面に引かれているからこそ、周りの騎士達の誰に最終的になびくかわからなくなって面白い! とか。
うちの女王様はお嬢様のキスで蛙の君の呪いが解けて美少年に戻る展開を推してる」
「楽しんでるなぁ……ってか女王様多趣味だね」
「おかげで、未だかつてないほど妖精郷は活気にあふれてるよ?」
「そりゃあ結構な事なんだろうけど」
女王様の動向の方に食いついた太郎を、トンボちゃんはまぁまぁと両手で制す。
「まぁいいよ。このまま女王様の行く末について語らうのも面白そうだけど、今はいいよ」
「……ほんとに貴女は命知らずですね」
ただ自分達の女王を何の呵責もなく肴にするトンボに呆れるナイトさん。
どうやら都合の悪いことは聞こえないトンボは、腕を組んだままテーブルの上に着地すると、意味ありげに人差し指を立てて歩き回る。
「それよりはっきりさせたいのは『湖畔の貴婦人』さんの正体を知っているであろう人物だよ」
回りくどく本題に入ったらしいトンボに、太郎も相槌を打った。
「まぁ、スケさん達が配ってないのなら、俺達の誰かが知っているだろうね」
「そう……そして湖畔の貴婦人さんがこの小説を始めたのが割と最近だっていう所も大事だよね。最近タロは旅をしたかな?」
「いや、残念ながら。でも一台パソコン置いて来たって話は聞いた気がするなぁ」
誰に投げた言葉なのか、太郎のセリフは棒読みである。
するとトンボちゃんがピタリと歩みを止め、推理風に自分の額を指先で小突く。
絶妙なタイミングでガシャリと照明がトンボを照らしたのは、完全に悪ふざけ以外の何物でもなかった。
「わたしもね、女王様から情報をいただいては来ていたのさ。でもこういう画期的なネタを提供するのは誰かさんが一番有力なんじゃないかって説があったのがタロなんだけど……」
だがそう告げられた瞬間、スポットライトが消えてなくなってしまった。
割と鋭く聞きとがめたのは太郎だ。
「……ちょっと待った? 誰が誰だって?」
「だからタロが『湖畔の貴婦人説』がひっそりと囁かれていたのですよ」
「そ、そんなばかか! お、俺は女の人が好きだからな! 本当だからな!」
あらぬ疑惑にあまりに動揺しすぎた太郎は、何を思ったか近くにいたナイトさんに抱き着いた。
「~~~ぎゃぁ!!」
そして不意打ちを食らったナイトさんはいきなりの事態に完全に頭がショートした。
がたりと無理にその場を飛び退くと足を滑らせて、テーブルの角に頭をぶつけたのだ。
「ナイトさんが死んだ!」
「すんません! 大丈夫!?」
驚くトンボちゃん。
太郎も咄嗟に助けられなかったのは、悲鳴がショックだったからじゃない。
断じてである。
しばらく机に崩れたナイトさんは突っ伏したまま動かなかったが、そのまま数秒後、どうにか力なく手を振っていた。
「い、いえ。これしきのこと……大したことではないので、私の事は放っておいてお話をどうぞ……」
その手はどうか放っておいてほしいと言っているようだったので、トンボちゃんはやれやれ話を続けた。
「……そう言うわけで。さっきの感じからタロは白としよう。今の混乱具合でまた怪しくなっちゃったけど」
「……もう勘弁してくれ」
「まぁいいよ。で、第二の候補だよね。実はこっちがわたしの本命なんだ。ついこの間、女王様の所に文献を見せてくれと尋ねてきた人物。彼が持って行ったのは湖の文献。さらに言うならちょうどその文献を借り受けて冒険に行った前後から、この物語は始まった……」
「……もうなんかよくね? 蛙の君なんて露骨な名前付いてんだから、絶対カワズさんがなんか知ってるって」
「あぁん! もう! タロの意地悪ぅ!」
「さっきのお返しです」
ぺろりと舌をだしてトンボと戯れる太郎はその漫才を早々に切り上げる。
そして一転して二人で息を揃えると、今度は興味津々でカワズさんに詰め寄った。
「で?」
「どうなの?」
太郎とトンボは好奇心で輝く宝石の様な瞳であった。
カワズさんがちらりと振り返るが、相手にしたくない類のそれだとそう思うくらいには暑苦しい。
「……どうと言われてものぅ」
口元を押さえるカワズさんは悩んだ風に言葉を選んだ。
まぁここまでくればだいたい察しはつく。
実体験に基づいた物語はさぞかしリアリティがある事だろう。
だが誰かは察しがつくものの、なんで自分が『蛙の君』なんてことになっているかなど皆目見当もつかなかった。
何かインスピレーションの元になったのは確かだろうが……。
カワズさんの視界にはニヤニヤと下品に笑う二人組の顔が映る。
その表情は、まぁお世辞にも愉快にとはいかない顔だった。
カワズさんはそんな二人の顔を眺めた後、やっとすくりと立ち上がる。
「……えーっとのぅ、タローや? ちょっとそこに立ってくれるかの?」
「「うんうん!」」
「蛙天昇波!!!」
「ぬぐお!」
瞬間、不意打ちで恐ろしい威力を秘めた掌打が、見えないほどの速さで太郎に叩き込まれた。
衝撃を余すことなく伝え、体内で乱反射させる特殊な魔法を組み込んだ一撃は、常人には必殺の一撃となること請け合いだ。
もちろん実験台になった太郎には無駄だが、それでもその体を浮かせ、トンボちゃんを器用に巻き込んだ威力は申し分ない。
カワズさんはふぅと息をつき、破壊力に満足すると、懐のメモに『威力大、ただし使用は太郎に限る』と注意書きを書きこんでおく。
そしてさっと手を上げて感謝を告げた。
「実験台感謝じゃ! それと湖畔の貴婦人じゃったかのう? そのことはわしゃよう知らんよ? じゃあこの話終わりっつーことで!」
カワズさんがとった策は、『うやむやにして逃亡』の一手である。
「今のはやばいだろう! 俺じゃなかったら死んでたぞ!」
「……ちぃ、逃げられたか」
復活した太郎が文句を言った。
目を回したトンボはその逃亡する背中を見送ると、悔しげに唸っていた。
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タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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