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1巻
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しおりを挟むプロローグ
その世界には、不思議な力を操る者たちが存在していた。
彼らは身体の中を満たす魔力を使い、様々な現象を引き起こすことができた。
炎を操り、すべてを焼き尽くし。
水を操り、すべてを潤し。
風を操り、すべてを切り裂き。
大地を操り、すべてを包み込む。
生きとし生けるものの精神すら操るそれは、まさに奇跡の力。
それを、人は魔法と呼ぶ。
そしてその魔法を誰より自在に操り、誰より探究する者を、畏敬の念を込めて――。
――魔法使いと呼んだ。
これから始まる話は、ある魔法使いにまつわる物語である。
物語ではあるが……。
彼は、少し変わった魔法使いである。
そのことは、まず言っておかねばならないだろう。
1
俺、紅野太郎は魔法使いである。
黒髪黒目の日本人、ジーンズと黒いシャツはトレードマーク。……として定着しているのかどうなのかは微妙である。
そう、俺はこことは別の世界からやってきた異世界人だ。
こっちに来た当初は苦労があったものの、今はそれなりに楽しみながら魔法使いをやっている。
そんなこんなで俺は、今日もマントに身を包み、この世界をふらふらと旅していた。
「あーいやよかったよかった、無事に話がまとまって……」
本日の成果に、ほっと胸をなで下ろす俺。
というのも、魔法で作り出したパソコンを一台配ることを今日のノルマとして課していたからだ。
パソコンの普及活動はもうずいぶん続けていて、異世界なのにすでにネットワークが機能しているくらいには広まってきた。
地道な活動の成果が出てきたことは、素直にうれしい。
だがそれはそれとして、見知らぬ村にパソコンを持って行けば、当たり前のように歓迎されるわけはない。
謎の魔法使いが、怪しい箱を持ってきているのである。
怪しさがより増すだけだ。
今日も今日とて、俺の魔法で願いを一つ叶えてあげるという荒業を使って、無理やりパソコンを受け取ってもらったというわけだった。
「いやー、もうホント、魔法がないとどうしようもないだろう、これ」
どんな無理難題のお願いをされるのかは運しだい。
無理難題と言っても、今のところまだ常識の範囲内で収まっている。とはいえ、こんなやり方を続けていれば、そのうちとんでもないことを願われたりしそうである。
というわけで――。
結構な緊張感から解放された俺は、今ちょっと休憩中である。
俺は特に何をするでもなく、街道をぼんやりと歩いていた。
なんだかんだで好きでやっている旅である。別に急ぐ理由なんてありはしない。
だけど、だらだらと隙だらけで歩く俺の姿は、いかにも弱そうに見えたのだろう。そういう隙が思ってもみないトラブルを招き入れてしまったようだ。
「うげ……。マジか?」
陥ったその状況に、俺は思わず顔を顰める。
「へっへっへ。兄ちゃん。わりぃが身ぐるみ全部置いてってもらうぜ?」
「素直に渡すなら命までは取らねぇでおいてやるぜ?」
「ひゃっほー! しばらくぶりの獲物だぜ? げへへへへ!」
げへへへ! なんて笑い方、初めて生で聞いたよ。
初の強盗体験は、むしろ新鮮な驚きがあった。
「……あーっとその、暴力反対」
そう言いながら、さて、どうしたものかと俺は頭をひねった。
強盗の数は三人。
武器こそ持っているが、どれも刃こぼれしていて、とても強そうには見えない。
その他の装備もぐちゃぐちゃで、拾ったものを無理やり組み合わせたらあんなふうになるのだろうという感じである。
とりあえず俺も腰の剣を抜いてみたが、別にやっつけてやろうとか、そういうわけじゃない。
単純に何か持っていると安心する、物が飛んできたから反射的に手を前に出してしまった、そんな反応に過ぎなかった。
「……あっ、しまった」
あらかじめ剣にかけられていた魔法は、そんなことでもきっちりと発動してしまうのである。
シャキンと剣が抜かれた瞬間、俺の身体は勝手に動き出す。
何とも気持ちの悪い人間離れした動きでカクカクと、しかし目にも留まらぬ速度で、俺は強盗たちの間をすり抜けた。
「……はっ! やっちまった!」
気がついたときにはもう遅い。
剣の魔法は、情け容赦なくその効果を発揮していた。
このときかけられていた魔法その一。
敵に最短の動きで、自動で斬りつける魔法。
「……ぐふぁぁ!」
「……なんだとうぅぅぅ!」
「……あんな弱そうな奴にぃぃぃ」
とにかくリアクションのいい強盗たちに脱帽である。
もちろん普通の剣で斬りつけたりすれば、本当なら凄惨な光景になっていたはずだが、そんなことにはならないので安心してほしい。
「ぐおおお! 身体が動かねぇ!」
「どうなってやがるんだ! 指すら動かねぇ!」
「……ちょっと気持ちいい」
彼らは傷一つ負っていないが、しびれて動けないのだ。
三人が三人とも、地面に転がりピクピクしている。うち一人は恍惚の表情を浮かべているが。
剣の魔法その二。
斬っても傷つけず、麻痺させる魔法。
ちなみに痺れさせるのは、あくまで武器としての体裁を保つためだけに付加された、申し訳程度の機能。
そして極めつけが、その三だった。
「うわぁ……、なんかゴメン」
これは自分で剣にかけておいてなんだが、申し訳なさでいっぱいになった。
斬られたら笑顔になる魔法。
三人の周囲には、何とも和やかな光がほわほわと浮かんでいた。
今にも「ほわわ~ん」とでも聞こえてきそうなそんな光の中、彼らは皆一様に笑顔なのだ。
髭面の男たちがそろって地面に倒れ伏し、幸せそうな笑顔。
それは、絶望的に悪夢な光景だった。
「……やっぱこれはないかもしれない」
俺は愉快とはほど遠い気持ちになりながら、その場から逃亡した。
◇◆◇◆◇
彼、紅野太郎はこの世界で起きるおおよその騒ぎの中心にいる人物である。
本人のミョンミョンと元気に動く頭のてっぺんの毛同様、訳がわからない存在と成り果てているが、人は彼のことを魔法使いと呼ぶ。
ただ彼は、魔法といえば定番であるはずの、火の魔法も水の魔法も滅多に使わない。
そんな者は魔法使いではない。そう言われてもおかしくはないほど、魔法使いらしさとは無縁なのだ。
しかし、彼こそが真の魔法使いだと、そう主張する者も少なくない。
それほどの規格外。万能の魔法を彼は操る。
その力は、彼が元々この世界の住人ではないという事実に関係している。
近くて遠い、別の世界からやってくる異世界人は稀に存在する。
彼の場合は、彼を引きずり込んだ魔法使いがいた。
その魔法使いは正規の手順を踏まず、ただただ自分の魔法を受け継がせるためだけに、太郎を召喚した。
太郎にとっては、いわば諸悪の根源とでも言うべき存在だが……。その魔法使いもまた優秀ではあった。
◇◆◇◆◇
ローブを着た緑色のでっかい蛙姿のわしは、魔法のアイディアに行き詰まって、何も考えずに部屋の天井を眺めていた。
わしは今「カワズさん」などと呼ばれ親しまれているが、もうすでに長いこと魔法使いをやっていて、結構偉かったりする。
無茶な魔法を使って、完全に死んだはずだったのだが、どういう運命のいたずらか蛙の姿になって生き返っていて、こうやって魔法をいじくり回して研究を続けている。
そんなよくわからない運命を放ってよこしたのは、わしが呼び出した異世界人だった。
その異世界人の小僧、タローにわしが視線を向けると、タローは心底難問に突き当たったという表情で見返してきた。
そして、いつものように馬鹿な発言をし始めたわけだ。
「そういえば結局さ? カワズさんって何歳なんだろう?」
「は? だから五百歳だと言ったろうが?」
それは本当に思いつきとしか思えない質問だった。
わしは意図するところがわからずに首をひねって答えたのだが、タローもまた首をひねってそうじゃないと言う。
「それは前世の年齢でしょ? つまりさ、享年五百歳ってことだろう?」
「……まぁそうじゃな」
「生き返らせたあとも、同じカウントでいいのだろうか?」
「……」
わしは質問のあまりの馬鹿馬鹿しさに、完全に言葉を失っていた。
正直、死ぬほどどうでもいい話である。
しかし、そう言われてみると、ちょっと気になってしまったことも否定すまい。
わしは、確かに五百年生きてきた。
今もその記憶はあるし、五百年来の知り合いもいるのだから間違いない。
しかし、わしは黄泉の国に魂まるごと一度入っている。
奇跡的に生還を果たしたものの、今は蛙の姿……。これって生まれ変わったってことになるんじゃなかろうか?
「……となると、生き返ってから年齢を数え直すのが正しいのか? しかし髭とか生えとるし、昔の面影もあるからのぅ。この容姿になってるのはわしの魂の影響じゃろう?」
わしは生えている髭を持ち上げてごく当然のように主張したが、なぜかタローは首を横に振った。
「いやいや。魂の影響がないとは言わないけどさ、カワズさんが生き返ったときは、ただのでかい蛙だったよ? 髭とかない、ツルッツルの」
「……嘘じゃろ?」
「ホントだよ」
なかなか衝撃的だった。
震えるわしに、さらにタローは続ける。
「今だから言うけど、髭だってその体形だって、今の見た目になってるのは、どちらかといえば俺のイメージのせいかな?」
「えぇぇぇ、どんなイメージなんじゃよ。蛙の爺さんって……」
「蛙は純粋に生贄のイメージだってば。それに、まぁいろいろくっ付けたことで、今のカワズさんのビジュアルが確立されたわけで」
「もう少しがんばって、元のわしの姿にできんかったもんかのぅ」
「元の姿より蛙のほうが、正直親しみが湧いたからかな?」
「おい」
わしは、タローのあまりの適当さ加減に改めて戦慄した。
わしが目を覚ましたときには、すでにこの格好だったのだ。
髭もあったし、生前の面影が露骨に出ていたので、もう少しマシな理由でこの姿になったと思っていたのだが。
わしはぼそりと呟いた。
「……どうせならもう少しかっこ良くしてくれりゃいいものを」
わしとてそれが無理だったことは重々承知していたが、一応言ってみた。
タローはポリポリと頬を掻きながら主張する。
「そんな余裕がどこにあったと? 俺はあのとき、魔法のど素人もいいところだったんだぞ?」
「そりゃそうじゃけどな」
わしは素直に頷いた。
こいつなら蛙を人間にすることもできたような気もするが……。まぁ、そこまで求めるのは理不尽というものだろう。
そもそも、どこともわからないこの世界に、タローを引きずり込んだのは、わしなのだ。
そのときの魔力の使いすぎで、わしは死んだ。
今のこの姿は機能的に不満はない。生き返っただけでもありえないのに、かっこ良さまで求めては高望みだろう。
自重した結果、わしは口を噤む。
そんなわしをよそに、タローはまたどうでもいい話を掘り下げ始めた。
「で、思うに年齢ってのは、肉体年齢を基準にするもんなんじゃないかなと」
「まだ続けるのかこの話題? ……しかしなぁ。わしの頭の中には現に五百年の蓄積があるわけじゃし」
わしはタローの意見に釈然とせず、物申してやった。
すると今度もやはり思いつきだろうが、タローはわしの年齢問題をはっきりさせる方法を提案してきた。
「それじゃあ……、魔法を使って調べてみるってのはどうだろうか?」
「む? そうか。あの魔法なら調べようと思えば調べられるのかの?」
わしたちがよく使っている魔法に、解析魔法というのがある。
この魔法は、対象から情報を引き出せる。
これを使えば、年齢という概念にふさわしい情報をわしの身体から引き出すこともできるかもしれない。
「だろ!? 気になるよな!」
「いや、そんなに気になりはせんがのぅ」
「よし! それじゃあさっそく試してみよう! そうしよう!」
「おいおい」
タローはわしの意見を聞く気はないらしい。
ほとんど間もおかずに、タローが解析魔法をかけてくる。
結果がどうなろうと特に困ることもない。そう高をくくっていたのだが――。
「ウンブッフ!」
数秒して出てきた結果を見たタローは、鼻水を噴き出した。
「ど、どうしたんじゃ! 何があったんじゃよ!?」
ここまで露骨な反応を見せられれば、わしも気になる。
思わずタローに詰め寄ると、必死に笑いをこらえている。
「い、いや、別に……。クククッ」
「絶対なんかあったじゃろ!」
肩を震わせているタローが、いったい何を見たのか?
タローが宙に浮かぶ画面をこっちに投げてよこす。書かれている内容を見て、わしは頬を引きつらせた。
結果発表
↓
カワズさん 年齢三歳
「……さ、三歳!?」
「よ、よかったね……。ものすごい若返ったみたいで」
「いや! ……そりゃそうなんじゃが!」
どうやら解析結果では、魂よりも肉体年齢が優先されるようだった。
◇◆◇◆◇
まぁ……、本人たちが楽しそうなので問題ないのだろうが、とにかく魔法使いは魔法にのめり込むあまり、やらかすことがある。
そのやらかしてしまった中には、太郎のように他の世界から無理やり連れてこられてしまったという例も含まれるだろう。
そもそも異世界人は高い魔力を持っており、だからこそ悲劇にも見舞われる。
高い魔力は戦いのために利用されるからだ。
この世界には、魔獣という恐ろしい生き物がいる。そして、その魔獣を操って人間へと差し向ける魔王という存在がいる。
これまで人間たちは、異世界人を召喚することでその脅威に抗ってきた。
過去において、魔王を倒した勇者もやはり異世界人だった。新たな魔王が出現するたびに異世界人は召喚され、彼らは勇者として魔王と戦い続けてきたのだ。
とはいえ勇者も人。必ずしも戦いたがる者ばかりではない。
だが、それでも戦い続けざるをえなかった。
異世界から来た人間を送り返すことはできない。知らない世界に放り出された勇者は、戦いから逃れることを許されない運命を背負うのである。
これもまた魔法使いがもたらす業の一つだろう。
しかし――。
その呪縛を打ち壊した異世界人がいる。
彼女は勇者としてこの世界にやってきたが、最後まで望みを捨てずに元の世界に帰る方法を探し続け、それをついに成し遂げた。
皮肉なことに、勇者であるという呪いから逃れたその瞬間こそ、勇者としての輝きを一際放っていたと言えるだろう。
彼女は、金髪碧眼で異界の衣をまとった美しい少女だった。
◇◆◇◆◇
私、天宮マガリは白状する。
今、少し後悔している。
ちょっとした相談をするつもりで話しかけた相手に、こう切り返されたからだ。
「ん? モデルになりたいのか? すまないが、正規の手続きを踏んでオーディションを受けてくれないか? どうしてもと言うのなら、他ならぬそなたほどの逸材だ。妾のコネでねじ込むこともできようが?」
「いえ、そういうことではないんですけど……」
「違うのか?」
妖精郷の女王様は、豊かな緑の髪の奥に見える切れ長の目で威圧してくるけれど、もちろん私はモデルに立候補したいわけじゃない。
この時点で、なんでこの人に相談しようと思ったのか、と自問自答する私がいた。
だがしかし、太郎のことをよく知っていて人生経験が豊富。なおかつ同性の知り合いという条件で思いつくのは女王様しかいなかったのだ。
そう、いなかった。……と思うのだけれど。
私は迷いを振り払いつつ、一応相談事を打ち明けてみた。
「実は……、太郎についてなんですけど。なんとなく最近、変な視線で見てくるなぁと……、思いまして」
私にとっての悩みの種、それは太郎のことだった。
私は彼の計らいで、地球とこの世界を行き来できるようになった。
しかし、それ以来どうにも、太郎との距離の取り方がわからなくなってしまったのだ。そして太郎のほうもこちらを気にしているらしいのをうっすらと感じていた。
私の悩みを聞いた女王様は、ピクリと片眉を上げて席を立った。
「ふぅ……、しばし待て」
「?」
下らない相談で呆れさせてしまったかと不安になったが、そうではなかったらしい。
女王様は、どこからかティーポットとお茶菓子のクッキーを持ってきて、テーブルの上に置いた。
そして両肘をついてドンと構えると、キラリと目を輝かせて冷静な口調で言う。
「ん? それはまた面白そうな話ではあるな」
「……」
ものすごく食いついた。
私は、女王様のあまりの腰の据え方に、ごくりと喉を鳴らしてしまった。
いや……、相談を持ちかけた私にしてみれば、とてもありがたいことなんだけれども。
それでも、嫌な予感しかしない。
「え、えーっと」
「つまり、タローの瞳が恋しちゃってるわけだな?」
「違います」
やはり意図しない方向に話が飛んでいってしまったので、ひとまず止めておいた。
すると女王様は、心底不満そうにする。
「なんだ? 違うのか?」
「いや、その原因まではわからないので、いつも太郎の近くにいる女王様から見て、何か心当たりはないものかと思いまして」
「お前とタローのことなんだから、お前に心当たりがないなら、妾にあるはずがないだろう?」
「それはそうなんですけど」
目は口ほどにものを言うというけれど、太郎の目を見ても気持ちまではわからない。きっと何か思うところがある、わかることといえばそれくらいのものだった。
女王様はしばし私を観察し、「うむ」と深く頷くと、人差し指をくいっと立てて言う。
応援ありがとうございます!
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