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第1章「蒼天騎士は、つねに雲の上にあるべし」
第8話「名誉のほかに、何を望みましょうか?」
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(UnsplashのLance Reisが撮影)
クルティカはうめいた。
辺境伯のキスは優美であったが、クルティカには愛情もいたわりも感じられなかった。
愛情どころか、言葉を惜しみ、てばやくロウ=レイを黙らせる目的だけのキスに見えた。
辺境伯が焦っていた証拠に、キスの途中で、ロウがかすかに顔をしかめた。肩を抑える力が強すぎたらしい。
なだめるつもりか、するりと舌がロウの唇にすべりこむのがクルティカにわかった。
ロウが、さすがに一歩、後ろに下がる。
細い腰に吊ったレイピアが揺れる音さえ、聞こえた気がした。
「……あの男、言葉で口説く手間さえ惜しむんだ。本物のクズだよ」
ふいに、そう言われたクルティカはぎょっとして隣を見た。
リデルが丸パン顔に皺を寄せて、王宮前広場を見ている。よほど何か深い恨みがあるようだ。
ロウ=レイはほんの少し顔を赤らめたあと、優雅なお辞儀をしてから辺境伯から離れた。そしてホツェル王国の騎士たちが、各騎士団のマントを羽織り、勇壮に王宮前広場に入ってくる。
青は、現在の筆頭騎士団である蒼天騎士。
黄は黄雲騎士団。
赤は紅暁騎士団。
緑は翠月騎士団。
そして漆黒のマントは本来の筆頭騎士団である黒風騎士だ。この十年、団長が行方不明のため、一時的に筆頭騎士団をゆずっている。ホツェル最古の騎士団だ。
騎士たちがそろったころ、ケネス王が4人の騎士団長を従え、夕やみを切り分けるように歩いてきた。
ホツェル国王、ギルデロイ・ケネスは31歳。長身とがっちりした肩、すばやく動く足を持つ偉丈夫だ。広い肩幅でゆったりと進む姿は、ホツェルの繁栄を約束しているようだ。
事実、ケネス王が内乱をおさめて即位した10年前から、ホツェル王国には大きな災害もなく、近隣他国との関係も良好だ。
民は心のどかな日々を取り戻し、王をたたえている。唯一の不足と言えば王にまだ妃がなく、したがって後継者がいないことか。それは、いずれ解決すると王都の民も貴族ものんきに構えている。
長身のケネス王の前を行くのが、漆黒の髪を優雅になびかせて歩く蒼天騎士団のアデム団長。
王の即位前から付き従っている美貌の女騎士で、『うるわしのアデム』と呼ばれている。ほっそりした手に王を守護する飾り剣をかかげ、夜を告げる三日月のように輝いている。まとっているマントは蒼天騎士団の青。
アデムとケネス王の後ろに続くのが、黄雲騎士団のジャバ団長だ。
岩のような年配の大男で、すでに半白となっている頭を上げて悠々と歩く。うごくたびに分厚い金属の鎧がガシャリガシャリと重厚な音を立てた。夏の花のような黄色いマントは肩に跳ね上げられている。
さらに後ろには紅暁と翠月の団長が続く。
紅暁は燃えるような赤毛の小男。翠月はマントをすっぽりと頭からかぶり、顔どころか性別もよくわからない。翠月騎士団は隠密行動をとる別機動団のため、公共の場に姿を現さないのだ。
王が広場の玉座に座ると、4人の騎士団長は左右に流れ立った。
騎士団長たちのそばには、ほわり、と不思議な影が見える。
各騎士団についている『守護魔獣』だ。
たとえば玉座のすぐ左に立つアデム団長の肩には、真っ黒なカラスが止まっている。王を挟んでアデムの反対側、右に立つジャバの足元には黄色と黒のもようが夜目にも鮮やかな虎がいる。
守護魔獣は魔物だから、大きさは変幻自在。蒼天騎士団付きの『大ガラス』本来の姿は、4タールの翼を持つ巨大な鳥だが、いまはちんまりと美女の肩におさまっている。
大岩のようなジャバ団長が、横のケネス王に一礼してから石畳が震えるような大声で叫んだ。
「これより、ケネス王陛下のご臨席を賜り、六月祭りを始める!」
ざざっ! と王宮前広場に並んだすべての騎士が、石畳に片膝をつく。
アデムは華麗な顔を上げて、ホツェル騎士団の銘を叫んだ。
「五色の騎士、ホツェルの王に仕え王をたたえ、双頭の龍に代わり王を守るべし!」
アデムの声にこたえて、全騎士が答えた。
「われらは王の矛、王の盾! 五色の騎士は双頭の龍とともに、ホツェルの王を永遠に守護す!」
ケネス王が立ち上がり、手を挙げる。広場じゅうが王の名を呼んだ。
「ケネス! ケネス! 双龍の王、恵みの王!」
ゆっくりと声の波が収まっていく。ケネス王はゆったりと話し始めた。
「今宵は、わがホツェル国に恵みを願う六月祭だ。みな、存分に楽しむよう」
わきに控えていた軍楽隊が軽やかな音楽を奏ではじめ、色とりどりの衣装をまとった娘たちが王の前で踊る。王宮前広場は、一気に祭りの華やかさに満ちた。
ケネス王が笑いながら、右側のジャバに言う。
「今年の六月祭り、そちからは『佳き報告』が聞けるそうだな」
「御意」
二人の会話を聞いて、左に立つアデムが不審そうに二人を見た。
ケネス王はいたずらっぽく笑い、いっそうジャバの近くに身を寄せていった。
「アデムには、言っていないのか」
「言いませぬ。女騎士は、口が軽いと決まっておりますからな」
アデムの眉がしかめられた。飾り剣を掲げた手は微動もしないが、内心で動揺があるらしい。
ケネス王は玉座の中央に座りなおし、ジャバに手を振った。
「いっていいぞ、ジャバ。支度があるだろう」
ジャバが傍若無人な足取りで広場を出ていくと、アデムがそっと小声でつぶやいた。
「まったく――男どもったら」
するり、とケネス王が身体を寄せてくる。
「大した秘密じゃない。くだらんことですねるな、アデム」
「くだらぬことなら、あのように思わせぶりに言わなくてもいいはず。なにか企んでいるのでしょう、ジャバと貴方……いえ、陛下が」
「『貴方』でいい。『きみ(コル)』と呼んでもかまわんぞ、いとしい人よ」
ケネスの言葉に、ひくっとアデムの柔らかい唇がふるえた。
「私は、公私の別をわきまえております」
「俺はわきまえん。お前も、いつまでも分けて考えぬことだ、アデム」
「陛下の筆頭騎士団長であるという名誉のほかに、何を望みましょうか」
「お前の望みは聞いておらん。俺が望む、ということだ――まあ、そう怒るな。そら、ジャバが『秘密』を連れてきたぞ」
アデムが広場の端を見た。そこにたつ3人の姿を見て、思わず喉の奥でうめいた。
「ジャバと娘のトーヴ姫ではありませんか。なぜ、ザロ辺境伯と――?」
クルティカはうめいた。
辺境伯のキスは優美であったが、クルティカには愛情もいたわりも感じられなかった。
愛情どころか、言葉を惜しみ、てばやくロウ=レイを黙らせる目的だけのキスに見えた。
辺境伯が焦っていた証拠に、キスの途中で、ロウがかすかに顔をしかめた。肩を抑える力が強すぎたらしい。
なだめるつもりか、するりと舌がロウの唇にすべりこむのがクルティカにわかった。
ロウが、さすがに一歩、後ろに下がる。
細い腰に吊ったレイピアが揺れる音さえ、聞こえた気がした。
「……あの男、言葉で口説く手間さえ惜しむんだ。本物のクズだよ」
ふいに、そう言われたクルティカはぎょっとして隣を見た。
リデルが丸パン顔に皺を寄せて、王宮前広場を見ている。よほど何か深い恨みがあるようだ。
ロウ=レイはほんの少し顔を赤らめたあと、優雅なお辞儀をしてから辺境伯から離れた。そしてホツェル王国の騎士たちが、各騎士団のマントを羽織り、勇壮に王宮前広場に入ってくる。
青は、現在の筆頭騎士団である蒼天騎士。
黄は黄雲騎士団。
赤は紅暁騎士団。
緑は翠月騎士団。
そして漆黒のマントは本来の筆頭騎士団である黒風騎士だ。この十年、団長が行方不明のため、一時的に筆頭騎士団をゆずっている。ホツェル最古の騎士団だ。
騎士たちがそろったころ、ケネス王が4人の騎士団長を従え、夕やみを切り分けるように歩いてきた。
ホツェル国王、ギルデロイ・ケネスは31歳。長身とがっちりした肩、すばやく動く足を持つ偉丈夫だ。広い肩幅でゆったりと進む姿は、ホツェルの繁栄を約束しているようだ。
事実、ケネス王が内乱をおさめて即位した10年前から、ホツェル王国には大きな災害もなく、近隣他国との関係も良好だ。
民は心のどかな日々を取り戻し、王をたたえている。唯一の不足と言えば王にまだ妃がなく、したがって後継者がいないことか。それは、いずれ解決すると王都の民も貴族ものんきに構えている。
長身のケネス王の前を行くのが、漆黒の髪を優雅になびかせて歩く蒼天騎士団のアデム団長。
王の即位前から付き従っている美貌の女騎士で、『うるわしのアデム』と呼ばれている。ほっそりした手に王を守護する飾り剣をかかげ、夜を告げる三日月のように輝いている。まとっているマントは蒼天騎士団の青。
アデムとケネス王の後ろに続くのが、黄雲騎士団のジャバ団長だ。
岩のような年配の大男で、すでに半白となっている頭を上げて悠々と歩く。うごくたびに分厚い金属の鎧がガシャリガシャリと重厚な音を立てた。夏の花のような黄色いマントは肩に跳ね上げられている。
さらに後ろには紅暁と翠月の団長が続く。
紅暁は燃えるような赤毛の小男。翠月はマントをすっぽりと頭からかぶり、顔どころか性別もよくわからない。翠月騎士団は隠密行動をとる別機動団のため、公共の場に姿を現さないのだ。
王が広場の玉座に座ると、4人の騎士団長は左右に流れ立った。
騎士団長たちのそばには、ほわり、と不思議な影が見える。
各騎士団についている『守護魔獣』だ。
たとえば玉座のすぐ左に立つアデム団長の肩には、真っ黒なカラスが止まっている。王を挟んでアデムの反対側、右に立つジャバの足元には黄色と黒のもようが夜目にも鮮やかな虎がいる。
守護魔獣は魔物だから、大きさは変幻自在。蒼天騎士団付きの『大ガラス』本来の姿は、4タールの翼を持つ巨大な鳥だが、いまはちんまりと美女の肩におさまっている。
大岩のようなジャバ団長が、横のケネス王に一礼してから石畳が震えるような大声で叫んだ。
「これより、ケネス王陛下のご臨席を賜り、六月祭りを始める!」
ざざっ! と王宮前広場に並んだすべての騎士が、石畳に片膝をつく。
アデムは華麗な顔を上げて、ホツェル騎士団の銘を叫んだ。
「五色の騎士、ホツェルの王に仕え王をたたえ、双頭の龍に代わり王を守るべし!」
アデムの声にこたえて、全騎士が答えた。
「われらは王の矛、王の盾! 五色の騎士は双頭の龍とともに、ホツェルの王を永遠に守護す!」
ケネス王が立ち上がり、手を挙げる。広場じゅうが王の名を呼んだ。
「ケネス! ケネス! 双龍の王、恵みの王!」
ゆっくりと声の波が収まっていく。ケネス王はゆったりと話し始めた。
「今宵は、わがホツェル国に恵みを願う六月祭だ。みな、存分に楽しむよう」
わきに控えていた軍楽隊が軽やかな音楽を奏ではじめ、色とりどりの衣装をまとった娘たちが王の前で踊る。王宮前広場は、一気に祭りの華やかさに満ちた。
ケネス王が笑いながら、右側のジャバに言う。
「今年の六月祭り、そちからは『佳き報告』が聞けるそうだな」
「御意」
二人の会話を聞いて、左に立つアデムが不審そうに二人を見た。
ケネス王はいたずらっぽく笑い、いっそうジャバの近くに身を寄せていった。
「アデムには、言っていないのか」
「言いませぬ。女騎士は、口が軽いと決まっておりますからな」
アデムの眉がしかめられた。飾り剣を掲げた手は微動もしないが、内心で動揺があるらしい。
ケネス王は玉座の中央に座りなおし、ジャバに手を振った。
「いっていいぞ、ジャバ。支度があるだろう」
ジャバが傍若無人な足取りで広場を出ていくと、アデムがそっと小声でつぶやいた。
「まったく――男どもったら」
するり、とケネス王が身体を寄せてくる。
「大した秘密じゃない。くだらんことですねるな、アデム」
「くだらぬことなら、あのように思わせぶりに言わなくてもいいはず。なにか企んでいるのでしょう、ジャバと貴方……いえ、陛下が」
「『貴方』でいい。『きみ(コル)』と呼んでもかまわんぞ、いとしい人よ」
ケネスの言葉に、ひくっとアデムの柔らかい唇がふるえた。
「私は、公私の別をわきまえております」
「俺はわきまえん。お前も、いつまでも分けて考えぬことだ、アデム」
「陛下の筆頭騎士団長であるという名誉のほかに、何を望みましょうか」
「お前の望みは聞いておらん。俺が望む、ということだ――まあ、そう怒るな。そら、ジャバが『秘密』を連れてきたぞ」
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