「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第3章「王都の陰謀」

第36話「最底辺のクズ伯爵」

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(UnsplashのMohd Alkharjiが撮影)

「妹が……ザロ伯の餌食になったって……どういうことだ?」

 クルティカは思わず立ち止まり、月光を浴びて飛んでいるリデル龍を見た。
 リデルはクルティカの肩に止まり、羽根を止めた。

「ザロ伯はね、どんな手段を取ってでも騎士になりたかったんだ。
 あいつは別に、国を守るとか領民のために騎士を目指したんじゃない。
 騎士はホツェルの花形だろ。とにかく目立って、みんなからチヤホヤされたいだけなんだ。
 はじめは何度か、正面からまっとうに入団試験を受けたみたいだ。でも、どこにも合格しなかったんだ。
 だからあいつは裏から騎士団へ入ろうと決めたんだよ」
「裏からって……各騎士団の入団試験は厳しいぞ。裏からなんて入れるはずがない」
「ところがそうでもないんだよ。まあ、いろんな配慮がされる場合もあるんだ。
 たとえば騎士団長の知り合いとかね……。

 ザロ伯は、黄雲騎士団に狙いを定めた。ほんとうは筆頭騎士団の蒼天に入りたかったらしいけど、
 途中で切り替えたんだね。
 そして、手はじめに黄雲騎士団寮にいた僕の妹、ルヴァインに取り入った……」

『あいつは女を利用するんだ』と言ったリデルの言葉が、クルティカの脳内によみがえった。
 あれはたしか、六月祭りの夜だ。
 はじめてちゃんとリデルと会った日、蒼天騎士団寮の武具室での話だ……。

 リデルは淡々と話を続ける。

「ザロ伯は女たらしでね。ちょっと顔がいいもんだから、王都じゅうの尻軽女をつぎつぎに食ってる。
 そんな男にしてみたら、恋愛経験の乏しい十七歳の侍女なんて敵じゃなかっただろうよ。

 妹はすっかりだまされて、夢中になった。
 でもヤツは妹を手掛かりにして、トーヴ姫に近づいたんだ……。
 まあ、どれが最初の目的だったのか、もうわからないよ。
 騎士になるためにジャバ団長に近づきたかったのか、トーヴ姫を手に入れたかったのか。

 いずれにせよ、妹はただの踏み台だった。利用するだけのものだったんだよ」
「ひどい話だな」

 クルティカが思わずうめいた。しかしリデルは薄く笑い、

「本当にひどい話は、ここからだよ。
 トーヴ姫経由でジャバ団長に食い込んだザロ伯は、今度は僕の妹が邪魔になった……。

 ある日、黄金でできたウサギの置物がザロからトーヴ姫に贈られた――それが、無くなったんだよ。
 
 ヤツは大騒ぎした。トーヴ姫が眉をひそめるほどの、騒ぎ方だったらしい。
 『あれは辺境の地でも貴重な、モネイ族の作ったものです。なくなるなんて信じられない。
 徹底的に泥棒を探しましょう』って」
「……ウサギはどうなった、見つかったのか?」
「見つかったさ、妹の持ち物からね」

 しん、と人気のないホツェル街道が静まり返った。
 すべての物音を吸い込んでしまうような深く柔らかい夜が、クルティカとリデルを取り巻いている。

「あいつは妹に濡れ衣を着せたんだ。
 もともと妹は、トーヴ姫のお気に入りということで回りからねたまれていた。
 だからみんな、妹には一切の事情を聞かずに犯人だと決めつけた。

 それ以来、誰も妹に声をかけない。同じ部屋にいても、いないみたいにふるまう。そのくせ大声で悪口を言う。
 トーヴ姫だけはかばってくれたみたいだけれど。気の弱い姫じゃあ、どうしていいか分からなかったみたいだ。

 で、妹は侍女をやめて、家に帰ってきた。
 仕事も初恋も友情も何もかもを失って、ぼろ雑巾みたいにズタズタになって」

「ぜんぶ、ザロ伯が仕組んだことか……」
「証拠はないよ。たしかに黄金のウサギは、妹の荷物から出てきたんだから。
 でも、その前のザロ伯の様子から見て、何かあやしいって同僚の侍女がこっそり教えてくれたんだ」

 クルティカは鼻を鳴らした。腹立たしくて、しかたがない。

「心底からのクズ男だな……いや、ちょっと待て。
 妹さんがザロ伯と結婚すると言い出したのは、半年前の冬だって?」
「そう」
「……辺境伯が蒼天騎士団の入団試験を受けたのは、その前の秋だな?」
「うん」

「入団試験は、おそらくロウ=レイがアデム団長に頼み込んで受けさせたはずだ。
 つまり、その時点でロウとザロ伯の間には、関わりがあった」

 ふっ、とクルティカもリデルも黙り込んだ。
 やがてリデルが口を開く。

「……あいつが、ロウちゃんを口説き落とすのにどれくらいかかるかな」
「二カ月もあれば十分だっただろう。あのバカ、騙されたんだ」

 クルティカは目の前のホツェル街道をにらみつけた。
 女性を食い物にする男は、最低だ。
 クルティカの幼なじみ、ロウ=レイを食いちぎったアホ辺境伯。

 その毒牙はリデルの妹を食い殺し、さらにいま可憐なトーヴ姫にまで及ぼうとしている……。
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