「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第4章「『二頭のクマ亭~ クマとシカ!?』」

第50話「美少女を連れて逃げる道」

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(UnsplashのGabriel Meinertが撮影)

 薄暗い酒場の中では、武器がぶつかり合う音が鋭く立っていた。
 長棒をかまえて飛び込んだクルティカは、まず状況をみた。

 明るい入口をふさぐように陣形を敷いているのが、10人の男たちだ。
裏庭の男たちと同じ黒い服を着て、わずかな乱れもなく陣を作っている。
 男たちは短剣や槌を手にして、すべるように陣形を変えていた。
 陣が狙っているのは、つねに一点だ。

 シシド。
 金と銀の両眼をきらめかせ、ロウ=レイの背後にいる美少女をねらっているのだ。

 おそいかかる短刀や槌を、ロウがレイピアで跳ね返す。そのたびに、薄暗い酒場の空気が
きらりきらりと光った。
 金属同士が高速でぶつかることで生まれる火花だ。

 つまり、黒衣の男たちも相当な使い手ということ。
 ホツェル王国の筆頭騎士団、蒼天騎士であるロウ=レイに引けを取らない武技を持つ集団だ。

「ティカ! 後ろに回って! こいつら、動きが早すぎて死角が次々にできちゃうの。
 シシドちゃんを中央に置いて……」
「わかった」

 す、とクルティカが位置を取る。ロウ=レイとは4年前からともに騎士団の仕事をこなしてきた。
 いや、その前からともに修練を積んだ仲間だ。
 多くを言わなくても、考えていることがわかる。

 ……まあ、戦闘中にかぎってだが……。

 クルティカは身丈とおなじ170タールの長棒を構えて、シシドに言った。

「おれの背中に、乗れるかシシド?」
「……せなか?」
「このまま囲みをやぶろう。おまえひとりなら、背負ってにげられる」

 ぎんっ! ガババギギッ! 
 重低音を響かせ、刃を切り返しながら、ロウも言った。

「シシドちゃん、はやくクルティカの背中に。後で会いましょ、ティカ」
「ぬかるな、ロウ」
「そっちこそ」

 ふりかえったロウ=レイがにやりとする。
 栗色の巻き毛がふわりとゆれ、まるで花びらのようだ。

 クルティカがこの世で唯一、信用しきっている幼なじみ。
 戦いに慣れている手練れ10人との修羅場に残していっても、
クルティカがまったく不安を覚えない仲間だ。
 ロウ=レイなら、切り抜ける。必ず切り抜ける。

 ふ、とクルティカは襲ってきた男の一人を長棒で突き返しながら笑った。

「あきれたな……おれはバカみたいにこいつに惚れてる……」
「ティカ! 何をもちゃもちゃいっているのよ。『水の陣形』でよろしく!」

 『水の陣形』とロウ=レイが言った瞬間、クルティカは土床から少女をすくいあげ、
とん、と背中に放った。

「シシド、つかまってろ!」

 ずしゃっ! と長棒を連続で繰り出す。
 連携して、入り口付近でロウ=レイがレイピアで数人の男の足元を払った。

 黒衣の男たちの陣形が、くずれる。
 そのわずかな隙間を縫って、まるで木の葉が水流に乗って流れてゆくように、クルティカの長身が駆け抜ける。

 すらり。
 ひらり。

 黒衣の男たちの攻撃は、つねに一瞬だけ遅い。
 少女を背負ったクルティカが相手の動きを読みきり、半秒だけ早く進んでいくからだ。

 ひらり。
 すらり。

 あと半歩で酒場を出て、明るい港通りへ出るという時になって、巨大な影が出口をふさいだ。

 クルティカの足が止まる。

「……なんだ、これ」

 さすがに唖然とした。
 身の丈、かるく230タールを超える巨大な男が、クルティカとシシドを見おろしていた。

 ぶんっ! と巨大な剣が襲ってくる。
 他の男たちと同じ黒衣を着ているものの、武器は身体に合わせたのか巨大だ。
 肉厚で重さだけでクルティカの骨まで断ちわりそうな剣を、男は軽々と操った。

 ぶんっ! ぶんっ!

 さすがにクルティカも避けるのが精いっぱいだ。
 だが、後ろには下がれない。

 ロウ=レイが道を開いたと言っても、相手はまだ見事な陣形をくずさず、
ひたひたとロウに迫りつつある。短い槍、短刀、金属の槌。多彩な武器がロウ=レイのまぢかにせまっている。
 ひとりずつなら、囲みを破って逃げることができる。

 だが、目の前を巨大な男でふさがれ、背後は黒衣の陣形。
 クルティカにもロウ=レイにも、逃げ道がない。

 じり、とわずかに横へ逃げながら、クルティカは長槍を握りなおした。

 おちつけ、どこかに道筋があるはずだ。
 次の攻撃につながる道。
 逃げ道。
 少女を連れて逃げる道筋……少女?

 ふっと背中の少女が軽くなった気がした。
 クルティカは静かに言った。

「シシド。おれの背中から飛んだら、酒場のはりに届くか?」
「とどく。つかまれる」
「では、投げ上げてやる……いけっ!!」

 ぽん! とシシドはクルティカの背中から、酒場の低い天井へ飛んだ。
 小さな身体が空を飛び、かしり、と天井を横切る梁につかまった。

 クルティカが、言う。

「そのまま、港通りへ飛んで出ろ!! 走って逃げるんだ!」
「うん」

 ぽぽんっ! とシシドは弾みをつけると巨大な男の肩と酒場の入口の小さなすきまへ
すばやく体を割り込ませた。
 軽く男の肩を蹴ったかと思うと、そのまま明るい港通りへ飛び降りた。

 これで安心、と思った瞬間、クルティカは目を疑った。
 大男がシシドを追って体を酒場から出す。
 その先には、シシドとからまるように路上でたおれている男がいた。

 白いローブ。モチモチの体。
 この世の災厄を指一本で引き寄せる、最強悪運男。
 リデルがシシドとともに、道に倒れていた。

「リデルっ! シシドを連れて逃げろ!」
「ふあ? ああ、シシドちゃん、と、逃げるの? あ……そ」

 リデルは、シシドとぶつかった衝撃で混乱しているようだ。
 そもそもこの男、酒場の中にいたはずなのだが、いったいなぜ外にいる??

 だが訓練された大男は、リデルの混乱を見逃さない。
 ぐあ!と大剣をふりかぶり、リデル達に向かって一歩ふみこんだ。
 クルティカは駆け出して、大男とリデル達のあいだにはいる。
 手にした長棒で、大男の手から剣を払い落した。

「……棒じゃ、立ち向かえないか……仕方がない!」

 クルティカは道に落ちた大剣を足でけり、空中で長棒を捨てて剣をつかんだ。

「はぐうううううっ!!」

 すさまじい痛みが短剣を握った指先から全身に駆け抜ける。
 高温と質量を持った熱で焼き尽くされるようだ。

「がかああああああ!」

 痛みのあまり声を上げながらも、クルティカは飛び上がった。
 大男の顔が、クルティカの目の前に来る。

 何が起きているのかわからず、おどろいているようだ。
 クルティカは剣を持った右手から黒煙を上げながら、ニヤリと笑った。

「おれの仲間に手を出すやつはもれなく、そぎ切りにされるんだよ、おぼえとけ」 

 ざしゃああああ! と音を立てながら、大剣は大男の脳天から腰までを割り斬った。

 どさり、と男が倒れる。
 同時にクルティカも倒れた。

 右手が、どす黒い煙を上げて焦げあがっていく。
 肘を越え、骨と肉を焼き尽くしながら二の腕へ……。
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