「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第4章「『二頭のクマ亭~ クマとシカ!?』」

第51話「がぷり💛」

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(UnsplashのEvgeniya Litovchenkoが撮影)

 「ぐあああああっ!」

 クルティカは大男から奪った剣を取り落とし、黒煙を上げている右手をおさえた。
 痛い、というより、熱い。
 熱が龍のように右腕の中をたぎり動いていく。その炎熱が意志をもって確実に腕を駆け上がり、肩を経由して心臓を目指しているのがわかった。
 ぞっとする。
 黒煙と熱が心臓に達したら、クルティカは死ぬ。それが『古龍の呪詛』だ。

 あわててかけつけてきた癒し手、リデルが叫ぶ。

「クルティカ! 待ってて、いますぐ中和呪文を唱えるから!
 『とこしえの闇より出でしもの、闇に戻るべし。とこしえの……』
 くそ、やっぱり効果がない!」
「いい、わかっている……王宮の癒し手たちにも、手の施しようがないと聞いた」
「通常の呪詛なら中和できる呪文なんだ。でもこの龍の呪詛は力が強すぎて……
 ごめん、クルティカ、僕の力はここまでだ」

 リデルが、がくりと肩を落とす。
 その間もクルティカの右腕は黒い煙に包まれ、ぎりぎりと黒化が進んでいく。

「くそ、なんとかして、止める方法はないのかな……伝説の『双頭の龍』がいれば、なんとかなるかも」

 はは、とクルティカは額に脂汗を流しながら、笑った。

「『双頭の龍』? あれは、想像上の生物だよ……ほんとうに頭がふたつあったら
 それはもう化け物だ……うぐ、痛い……」

 どす、とクルティカは身体を港通りの石畳に投げ出した。
 ぎわぎわと黒煙に包まれた右手は吐き気をもよおす悪臭をはなち、焦げていく。
 黒化を止める方法はない。
 じうじうと焼け焦げていく右手を見る。右手を……
 そのとき、金と銀の瞳を持つ少女が近づいてきた。

「えっ、シシドちゃん、何しているんだ!?」

 リデルが大声をあげる。クルティカも信じられずに、言葉を失った。

 がぷり💛

 美少女はいきなりクルティカの右手にかみついた。
 ちょうど音を立てて焦げている部分と、まだかろうじて無事な二の腕の境いめあたりに
がぶり、とかじりついたのだ。

「ちょ、シシドちゃん、やめなよ。そこ、食べてもおいしくないよ!」
「味の問題じゃない! シシド、そこから口を放せ。焼け焦げるかもしれないぞ」

 だがシシドはがぷりとくらいついたまま、軽く首を振った。

「ほへで、ほまる」
「へ?」
「ほへで、ほまる!!」

 口いっぱいでクルティカの腕をかんでいるため、シシドが言っていることは聞き取りにくい。
 が、このままでいろ、という事らしい。

「あっ、『これで、とまる』って言っている? シシドちゃん、何が?」
「……リデル、みろ。黒化がとまっていく……」

 クルティカが剣を握ってから勢いよく噴き出していた煙が、勢いを失っていく。やがて、しゅうううという音を立てて、右腕の熱が引いていくのが分かった。
 たけりくるっていた痛みと熱が止み、代わりにひんやりした気配が腕を取り巻いた。

 ほっ、とリデルが息を吐く。

「クルティカ、とりあえずここで止まったみたいだ」
「ああ」

 痛みで脂汗を流していたクルティカはゆっくりと言った。

「シシド、ありがとう」


 シシドはふたたびぱくりと口を開けて、クルティカから離れた。見れば黒化の境界線にはクッキリとシシドの歯形がついている。

「……ちょっとかわった歯形だな?」
「そう? 女の子だから小さいんだよ」

 リデルはクルティカの右手を取り、丹念に調べ始めた。さすが、このあたりは王宮の癒し手だ。
 クルティカは言う。

「一気に進んだな」
「……そうだね、肘あたりから、二の腕までだ」
「まいったな、黒化した部分は反応が鈍くなるんだ。攻撃の速度が落ちる」
「そのへんは、またあとで話そう。なにか対応法があるかも。
 今は二の腕から肩へ、守護呪文をかけておくから」

 クルティカは目を閉じ、施術が終わるのを待って立ち上がった。

「クルティカ、どこへ?」
「酒場の中だ。ロウがまだ戦っている」

 足を引きずりながら戻ろうをするのを、リデルが止めた。

「だめだよ! きみ、さっきの打撃から全く立ち直っていないからね?」
「だが、ロウを助けないと」

 一歩ずつ歩き出す。
 そのとき、森を渡る風のような声がした。

「一体全体、何が起きたっていうんです? ちょっと店を離れると、いつもこうだ……」
「ニキシカ!」

 見れば金髪の美丈夫が両手いっぱいに仕入れた野菜をもったまま、むっとした顔で立っていた。
 機嫌は、悪い。
 すこぶる悪い。

 ニキシカの美貌は凶悪なまでに不機嫌だ。
 地面に倒れた半割りの大男をちらりと見てから、クルティカの焼け焦げた右手へ視線を移す。
 じっと黒化の境界線を見ているようだ。
 黒い焦げ跡と、クルティカの皮膚。そのあいだをクッキリと区切る小さな歯型はシシドのものだ。

 ニキシカは、最後にシシドを見た。
 シシドがうなずくと、

「なるほど『契約』が成立したわけですね……クルティカ。シシドを守ってくれてありがとうございます」
「はあ、まあ。それが仕事みたいなので」
「しごと?」
「バイ・ベアから、そう言われました。シシドを守るのが、おれの仕事だって」

 ニキシカのきれいな顔が動いた。

「ほお。あのくそマスターは、ほかに何と言いましたか?」

 クルティカは訳が分からず、聞いたまま答える。

「『護り手』だとか……なんのことか、さっぱりわかりませんが」
「いずれ、わかります」

 ニキシカは冷たい美貌を冴え冴えをさせてから酒場の中を見た。

「まだ店の中に、いますね? この大男の仲間ですか」
「はい。男が10人ほど……」
「あのレイピアの音はロウ=レイですね。では、あのアホマスターはどこに?」
「バイ・ベアは中庭で、赤毛の女と戦っています」

 はあああああ、とニキシカは大きなため息をはいた。

「敵すら女性限定とは……あのくそマスターにつける薬はない。
 クルティカ、けりをつけに行きましょう。まずはロウ=レイから」

 すたすたと仕入れた野菜をもったまま、ニキシカは酒場へ入っていく。
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