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第5章「崩落」
第64話「蒼天騎士団長の召命」
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(UnsplashのLarm Rmahが撮影)
アデムの黒い目が、じっとケネス王を見た。
「私を側妾にすると公言するなんて……浅はかなことをしたのね。
せっかく私が、すべての手はずを整えていたのに」
「『手はず』とは、トーヴ姫のことか?」
ケネス王はゆったりと近づき、アデムの蒼白な顔に手を伸ばした。
ふいっ、とアデムが顔をそむける。
王は困ったように笑い、小声でささやいた。
「なぜ『花のトーヴ』を俺の妃にしようなどと企んだ?
昨夜の騒ぎのあと、姫は俺と、父親であるジャバにすべてを打ち明けたぞ。
お前は、姫に剣を教える代わりに、辺境伯との婚約を破棄するようすすめていたそうだな?
ばからしい。
たとえこの世のすべてを差し出されても、俺は意に染まぬ妃は持たん」
アデムは目に力をこめてケネス王をにらみ返した。
「姫は、完璧な候補者でした。『双頭の龍』ですら膝下にひれ伏すような完璧な聖処女……
何が不足でしたか?」
「ほんとうに欲しいものが手に入らぬのなら、側妾でもいい、お前を近くに置く。安全なところに。
昨夜のようなことがあった後で愛しいものを危険な騎士団長に残しておくなど
男としてできることだと思うか?
俺は、お前が思っている以上に、お前を愛しているのだ」
「……騎士としての私を信じでくださっていると、思っておりました。
『しなやかな肉』の女ではなく……!」
とっさにアデムは紅色のローブを跳ね上げ、腰に手をやった。
が、そこには剣はない。そして傷を受けたままの右肩が痛む。
痛みの中、アデムの脳裏に一筋の道がひらめいた。
「このアデム、18の年に騎士の誓いを立てて以来、剣なき日々を送ったことはない。
騎士は死んでも騎士です。
わが身にまだ、蒼天騎士団長の資格があるかどうか、試してみましょう」
「アデム、何を言っている?
悪あがきはよせ。トーヴはすでに今朝、王都を離れた。婚約者とともに『西の町城』へ向かっている。
なぜか知らんが、辺境伯が大あわてで旅支度を整えて、姫をさらうように出立したらしい。
ジャバは急いで姫と辺境伯の後を追っている
もう遅いのだ、アデム。諦めて、我がもとへ来い」
ケネス王の言葉に、アデムは眉をひそめた。
その語調の厳しさに驚いたのではない。なにか、ケネスの言葉の中に、何かがひどく引っかかるものがある……。
次の瞬間、あっ、と叫んだ。
「辺境伯……!
あわてて王都を出ていった……昨日の騒ぎの後に……。
なぜ気づかなかったのだ、すべては辺境伯が裏で糸を引いていたのに!」
「アデム、いったい何を言っている……?」
アデムはまっすぐに伸びた黒髪を揺らして、ケネスを見た。
かすかに緑をおびた美しい目が、きっかりと王に向けられていた。
「辺境伯です。
昨夜の黒衣の男どもに命じて、私を襲撃させたのは辺境伯なのです。
そういえば、おかしなことが多かった……
以前、ロウ=レイを通じて無理押しで騎士団試験を受けに来た時から、
なにか違和感を感じていました。本当の狙いは騎士になりたいという事だけなのかと……。
何かある気がしていました。
ただの女たらしではない、もっと別の邪悪なことを企んでいる気がしていたのよ」
ケネス王はアデムの思考について行けないようだった。奇妙な顔をした後、ひとつだけ理解したらしく、
「お前の言っていることはよくわからんが、つまり、昨夜お前を襲ったのは辺境伯の配下か?」
アデムは窓の向こうに続く蒼天を背後にしてすっきりと立ち、憐れむように王を見た。
「その、可能性が高いという事です。
そして疑いがあるものは一つずつ、つぶしていくしかない。
『疑いは、汝の手と目によって真実に転じること』……」
「騎士訓、第三条か。辺境伯への疑いを証明するという事だな」
さすがにケネス王も騎士だ。そらんじている騎士訓から、アデムが言いたいことを察したようだ。
美しい女騎士はにこりと笑った。
「真実がどこにあるのか、探ったほうがいいでしょう。
そもそもあの辺境伯がロウ=レイのような、恋愛に慣れていないものに
手を出したことがおかしいのです。
なにか目的があったのに違いない。それを『蒼天騎士団へ入りたいのだろう』と
あなどったのが私の過ちでした。
私の軽率さのせいで、いま、陛下の妃候補が命の危険にさらされているのです」
そう言うと、アデムは一瞬だけ、きれいな黒い瞳をケネス王にあてた。
恋を急ぎすぎた男の失策を憐れむように……。
「……愛していたわ、ケネス。安心して、あなたの花嫁をかならず無事に取り戻してくる」
アデムは大股に歩いて壁に架けてあった剣を取ると、窓に向かって叫んだ。
「……大ガラス! 蒼天騎士団長の召命に応じて来たれ!!」
次の瞬間、抜け上がるような蒼天に羽根を広げた『漆黒のレディ』大ガラスが、騎士団寮に近づいてきた。
紅玉のような赤い目がらんらんと輝いている……。
アデムの黒い目が、じっとケネス王を見た。
「私を側妾にすると公言するなんて……浅はかなことをしたのね。
せっかく私が、すべての手はずを整えていたのに」
「『手はず』とは、トーヴ姫のことか?」
ケネス王はゆったりと近づき、アデムの蒼白な顔に手を伸ばした。
ふいっ、とアデムが顔をそむける。
王は困ったように笑い、小声でささやいた。
「なぜ『花のトーヴ』を俺の妃にしようなどと企んだ?
昨夜の騒ぎのあと、姫は俺と、父親であるジャバにすべてを打ち明けたぞ。
お前は、姫に剣を教える代わりに、辺境伯との婚約を破棄するようすすめていたそうだな?
ばからしい。
たとえこの世のすべてを差し出されても、俺は意に染まぬ妃は持たん」
アデムは目に力をこめてケネス王をにらみ返した。
「姫は、完璧な候補者でした。『双頭の龍』ですら膝下にひれ伏すような完璧な聖処女……
何が不足でしたか?」
「ほんとうに欲しいものが手に入らぬのなら、側妾でもいい、お前を近くに置く。安全なところに。
昨夜のようなことがあった後で愛しいものを危険な騎士団長に残しておくなど
男としてできることだと思うか?
俺は、お前が思っている以上に、お前を愛しているのだ」
「……騎士としての私を信じでくださっていると、思っておりました。
『しなやかな肉』の女ではなく……!」
とっさにアデムは紅色のローブを跳ね上げ、腰に手をやった。
が、そこには剣はない。そして傷を受けたままの右肩が痛む。
痛みの中、アデムの脳裏に一筋の道がひらめいた。
「このアデム、18の年に騎士の誓いを立てて以来、剣なき日々を送ったことはない。
騎士は死んでも騎士です。
わが身にまだ、蒼天騎士団長の資格があるかどうか、試してみましょう」
「アデム、何を言っている?
悪あがきはよせ。トーヴはすでに今朝、王都を離れた。婚約者とともに『西の町城』へ向かっている。
なぜか知らんが、辺境伯が大あわてで旅支度を整えて、姫をさらうように出立したらしい。
ジャバは急いで姫と辺境伯の後を追っている
もう遅いのだ、アデム。諦めて、我がもとへ来い」
ケネス王の言葉に、アデムは眉をひそめた。
その語調の厳しさに驚いたのではない。なにか、ケネスの言葉の中に、何かがひどく引っかかるものがある……。
次の瞬間、あっ、と叫んだ。
「辺境伯……!
あわてて王都を出ていった……昨日の騒ぎの後に……。
なぜ気づかなかったのだ、すべては辺境伯が裏で糸を引いていたのに!」
「アデム、いったい何を言っている……?」
アデムはまっすぐに伸びた黒髪を揺らして、ケネスを見た。
かすかに緑をおびた美しい目が、きっかりと王に向けられていた。
「辺境伯です。
昨夜の黒衣の男どもに命じて、私を襲撃させたのは辺境伯なのです。
そういえば、おかしなことが多かった……
以前、ロウ=レイを通じて無理押しで騎士団試験を受けに来た時から、
なにか違和感を感じていました。本当の狙いは騎士になりたいという事だけなのかと……。
何かある気がしていました。
ただの女たらしではない、もっと別の邪悪なことを企んでいる気がしていたのよ」
ケネス王はアデムの思考について行けないようだった。奇妙な顔をした後、ひとつだけ理解したらしく、
「お前の言っていることはよくわからんが、つまり、昨夜お前を襲ったのは辺境伯の配下か?」
アデムは窓の向こうに続く蒼天を背後にしてすっきりと立ち、憐れむように王を見た。
「その、可能性が高いという事です。
そして疑いがあるものは一つずつ、つぶしていくしかない。
『疑いは、汝の手と目によって真実に転じること』……」
「騎士訓、第三条か。辺境伯への疑いを証明するという事だな」
さすがにケネス王も騎士だ。そらんじている騎士訓から、アデムが言いたいことを察したようだ。
美しい女騎士はにこりと笑った。
「真実がどこにあるのか、探ったほうがいいでしょう。
そもそもあの辺境伯がロウ=レイのような、恋愛に慣れていないものに
手を出したことがおかしいのです。
なにか目的があったのに違いない。それを『蒼天騎士団へ入りたいのだろう』と
あなどったのが私の過ちでした。
私の軽率さのせいで、いま、陛下の妃候補が命の危険にさらされているのです」
そう言うと、アデムは一瞬だけ、きれいな黒い瞳をケネス王にあてた。
恋を急ぎすぎた男の失策を憐れむように……。
「……愛していたわ、ケネス。安心して、あなたの花嫁をかならず無事に取り戻してくる」
アデムは大股に歩いて壁に架けてあった剣を取ると、窓に向かって叫んだ。
「……大ガラス! 蒼天騎士団長の召命に応じて来たれ!!」
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