「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第6章「この道はどこへ?」

第66話「俺の運命は『突発性 沸騰派』の女」

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(UnsplashのAdrian Moiseが撮影)

 「ははあ、それであんたがココにいるわけだな、大ガラス?
 で、俺たちとシシドを襲った黒い連中は『影喰い』で、
 『影喰い』は辺境伯とつながっている、と。

 はあ、なんでまた、誰もかれもがココを目指しているんだよ。めんどうくせえ」

 お尻をポリポリかきながら、金茶色の仔グマは言った。
 大ガラスの前で膝をつくクルティカとロウ=レイは飛び上がって叫んだ。

「ということは、アデム団長もここにいるんですか!?」
「いません」

 大ガラスは簡単に答えた。

「アデムはここにいません。ホツェル街道の途中にいます。
 まあ、その、ちょっと問題が。速度が」
「速度?」
「飛びすぎたというか……」
「飛びすぎた……あっ、早く飛びすぎて、アデム団長が落ちたんですね!?」

 クルティカが叫ぶと、大ガラスはさすがに少し申し訳ない、というふうにくちばしを上下させた。

「そんな感じです」
「で、団長はどこにいるんです? どこで落ちたんです!?」
「……ホツェル街道の途中、かしら」
「そんな……!? クルティカ、団長を助けに行こう! ケガをしているのよ」

 突発性沸騰派のロウ=レイは今すぐ駆け出そうとする。腕をつかんで、クルティカが引き留めた。

「まて、さっきの大ガラスさまの話によれば、辺境伯とトーヴ姫の一行も
 『西の町城』を目指しているんだろう? 一行には絶対に『影喰い』がついているはず……
 ここで飛びだしたら、ロクな準備もなく辺境伯の『影喰い』とぶち当たるぞ」
「ザロさまの一行……?」

 ロウ=レイはきょとんとした。
 どうでもいいが、こいつはまだ、くそ辺境伯を『ザロさま』なんて呼んでいるのか。
 何もかもすべてを引き起こしたのは、あのクズ男だというのに。

 クルティカは口をひんまげて言った。

「多数の『影喰い』がいたら、おれたちだけじゃ手に負えない。まずは陣容を整えて……」

 ふと、同じセリフを数カ月前にいったことを思い出す。
 あれは古龍退治のときだ。
 クルティカがまだ、右腕に『古龍の呪詛』を受ける前のこと。

 たった数カ月で、何と多くのことが変わってしまったのだろう。
 今やクルティカとロウ=レイは廃騎士の身で、戻るべき蒼天騎士団は解体され、
アデム団長も王都を追われ、けがを負っている。
 最低だ、何もかも。

 ロウ=レイはクルティカの腕を振り切って、叫んだ。

「じゃあ、このままアデム様を放っておけっていうの!?

 あんたに、何が分かるっていうのよ? さっきの大ガラスさまの話を聞いたでしょ?
 アデム様は国王陛下の側妾になるよう命じられたのよ?
 側妾よ、王妃じゃないのよ。
 筆頭騎士団長を降格させられただけじゃなく、廃騎士にされ、
 女性としても最低の扱いを受けたのよ!?

 このくやしさ、あんたたち男にわかるもんですか!」

 そう言うとロウ=レイは立ち上がり、ひらりと大ガラスの背に乗った。

「ロウ! いったい何を!?」
「あんたはここにいたらいい!
 あたしはアデム様を助けに行く。大ガラス様、場所は分っているんでしょう?」
「わかります」
「じゃあ、行きましょう!」

 ロウが短兵急に言うのを聞いて、金茶色の仔グマでさえあきれたように言った。

「おいおい、今すぐに行くって?? 大ガラスも3日飛びつづけてきたんだ。
 少し休ませてやれ」
「休むなんてのんきなことを言っている場合じゃないです!
 まったく、こういうときに急がないでいつ急ぐんでしょう、男ってば」

 きゅ、きゅ、きゅと大ガラスが笑い声を立てた。

「そのとおりです。男というのは、急ぐべき時を知らない。
 行きましょう、ロウ=レイ」
「はいっ!」

 ばさり、と400タールの羽根がひろがった。
 たちまちのうちに大ガラスはロウ=レイを乗せたまま、上空へ飛び上がる。

「……ロウっ!」
「まってて、クルティカ! すぐにアデム様を連れて戻ってくるから!
 ……あっ、大ガラス様、忘れ物をした」
「おそい! 今さら地上に戻るのは……めんどうです」
「えええっ!?
 ああもう……クルティカ! あたしのレイピアを投げて……って、ダメだわ、
 剣に触っちゃダメ、ティカ!」
「おまえの言葉は、いつも遅いっ!」

 そう言った時には、クルティカはもう石畳の上に落ちていたレイピアをつかみ、
熱い痛みが腕から肩へ駆け上がるのに耐えて、ぶん! と空に向かって投げた。

「ティカ、ありがとう! っていうか、もう剣に触っちゃダメよ!」
「おまえがいなきゃ、剣にふれることもないよ!
 ……守るものもいないのに、武器を取ってどうするんだ……」

 クルティカの最後のボヤキは聞こえなかったようだ。
  巨大な羽根を持つ『漆黒の貴婦人』とロウ=レイの姿はたちまち蒼天に溶け込んでしまった。


 空を見上げているクルティカに、冷静な声がかかった。

「きみ、ほんとうに苦労しますね、あの『沸突発性 沸騰派』の幼なじみには」
「ニキシカさん……ええ。でも」

 と、もう何も見えなくなった空を見上げて、クルティカは笑った。

「でも、あの女が、おれの生きていく意味のひとつ、なんです」

 金茶色のモフモフはいまいましそうに舌打ちする。

「……ちっ、どいつもこいつも、手のかかる女におどらされやがって。
 ニキ、腹が空いた。めしだ、めしだ!」
「食う前に今後の事を考えたらどうです、そのスカタンな脳みそで」
「脳みそが仔グマ仕様になってんのは、俺のせいじぇねえぞ、ニキシカ」

 バイ・ベアと美麗な大男がふざけた会話をしているあいだも、クルティカはじっと空を見上げていた。

 そう、あの面倒な女こそが、この世で一番クルティカを振り回す幼なじみこそが――クルティカの運命なのだ。
 そして、いまはもう二人、クルティカが責任を負わねばならないものがいる。

 王宮の癒し手リデルと、クルティカを『護り手』と呼んだ少女、シシドだ。

「それにしても、シシドが最後にいったことは何だったんだ……?」

 クルティカは一人、首をひねった。
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