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中野 翠陽(なかの みはる)

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第8章「聖なる森」

第93話「火あぶり台上にて」

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(UnsplashのGraham Padmoreが撮影)

 すぐれた騎士というのは、自分の気配を自在に操れるものだ。
 目立ちたくないときは、群衆の中にまぎれて存在を消すことができる。
 たとえば今、人であふれた広場に貴婦人の格好であらわれたクルティカのように……。

 クルティカは、貴婦人のマントをすっぽりと頭からかぶり、

「広場の様子はどうだ、ロウ? マントが邪魔で、よく見えないんだ」
「すごいひとよ。『西の町城』にはこんなに人がいたのね」

 押し殺した声で、ロウ=レイは答える。緊張のせいか、顔が少し白っぽくなっている。
 

「おちつけ。誰にも気づかれていない」
「しゃべんないで、ティカ。さすがに女の声じゃないから」

 答えるロウ=レイは小さな帽子を目深にかぶり、中流家庭の従者のふりをしている。栗色の巻き毛は帽子の中に詰め込んだ。
 灰色のマントの貴婦人と従者は、群衆にまじりながら、広場の端をゆっくりと歩いていく。

「あんたは、放火犯の仲間ってことで『町城』じゅうに似顔絵が出回っているんだから。リデルを助けるまでは、絶対にバレないで」

 クルティカは広場中央を見た。 
 簡単な台と頑丈な柱が立てられ、柱の根元にはすでに枝や薪が山と積み上げられている。

「あそこにが縛りつけられて、丸焼けか……」

 クルティカがしみじみというと、後ろからロウ=レイが蹴とばしてきた。

「それをこんがり焼かれないようにするのが、アンタの役目でしょ、クルティカ!」
「わかってる。お、リデルがついたみたいだぞ……」

 広場に集まった人々がざわめく。
 ざわめきに交じって、やかましい声が聞こえてきた。

「やめろ、放せ! 僕は放火犯じゃないし、『城主館』に病を流行させたわけじゃないし、馬のケガもしらない!
 蔵のカギに呪詛をかけて開かなくしたこともないぞおお!!」
「……あやしさ満点ね、あいつ」
「アレくらいのこと、リデルにとっちゃ朝飯前だろ。『城主館』ごとバラバラになっていないだけ、感謝したほうがいい」

 クルティカは冷静にそう言い放つと、マントの中で分解式の槍をそっと組み立てはじめた。



「よせよう! 僕なんか焼いても、何にもならないぞ!」
「おさえつけろ! 縄で縛りつけてやる……なんだ、縄が、切れた!?」
「新しい縄を持ってこい! あっ、噛まれた!」

 守備隊がおさえつけ、必死で柱に縛ろうとするが、そのたびに縄が切れたりリデルがひっくり返ったりして、作業が進まない。
 群衆がざわめく。リデルはもう台上でめちゃくちゃに暴れている。
 しだいに、広場の人々が気味悪がって声をひそめはじめた。

「おい……また縄が切れたぞ」
「今度は柱をまとめてある縄がほどけた……」
「守備隊が新しい縄を切ろうとして、逆に手首を切ったぞ」

 異常な事態に、広場に不気味な沈黙が広がる。
 やがて、誰かが言った。

「……あの男、殺しちゃいけないんじゃないか? なにか、不思議な力に守られているような……」
「そうだな、あんなに何度も縛り付けるのに失敗するなんて、おかしいぞ。
 何かある。何かあるんだよ、きっと」
「あれじゃないか、聖なる『双頭の龍』の加護を受けているんじゃないか」
「まさか。『双頭の龍』はホツェル王を守るものだろ。あれはただの癒し手だ」
「いや、『ただの癒し手』じゃないのかも……へたに火あぶりにしたら、こっちに呪いがかかるかも」

 人々の気配の変化を敏感に察知したのか、リデルがひときわ大声で叫び始めた。

「助けてくれよううう! 僕を丸焼きにしたって、良い事なんて何もないんだから! 
 逆に、死んだらこの町城を呪ってやるう! えーと、みれいえいごう……じゃなくて、未来永劫の呪詛だああ!」

 ざわめきが高まる中、クルティカは冷静に状況を読んだ。

「よし。いい感じに混乱してきた。火がつく前に救出するか」
「早くしましょうよ。みんな、ちょっと興奮しはじめたわ」

 二人が、群衆のあいだをくぐって、火あぶり台に近づく。

 同時に、二人を追ってべつの二つの影がそっとあとを追っていることに、さすがのクルティカも気づかなかった。
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