ヒーロー・オブ・ケプラー

天川 銀河

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第2章

第23話 入学初日

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 そして、その日はやって来た。
 九月九日。

「忘れ物はないかい、レイ」
「うん、全部持った」

 玄関で、靴を履きながらそう言ったレイ。
 赤い眼鏡のフレームを指でクイっと上げ、祖母はその様子を見守る。

「寂しく、なるね」
「……そうだね。全寮制だってことはわかってたことだけど」

 黎明英雄学園は、全寮制を導入している。
 自宅がどれだけ近くとも、必ず親元を離れた生活を強いられる。

 これも、未来あるヒーローの卵たちのためを思ってのことであるのだ。
 と、恒一は話していた。

「しんどくなったら、いつでも連絡するんだよ、レイ。
 ちゃんとご飯も食べて」
「全寮制だから、三食は出るし、大丈夫だよ。
 それに、しんどくなくても、たまに連絡するよ。
 体大事にしてね、ばあちゃん。何かあったら、ばあちゃんの方から連絡してくれていいからね」
「……ありがとう、レイ」

 祖母は眼鏡を外し、顔を覆って泣き出してしまった。
 両親が殉職して以来、祖母の手ひとつで育ててきた愛孫。
 覚悟はしていても、やはり寂しくなってしまうものなのだ。

「夏休みと冬休み、それから春休みには帰って来られるから。
 ほら、次に会えるのはもう三か月後じゃん」
「そうだねっ……! 急に寂しくなっちゃって」

 すすり泣く祖母を見て、レイは頬をほころばせた。
 荷物を置いて靴を脱ぎ、祖母を抱きしめた。
 何も言わず、ただギュッと抱きしめた。
 祖母は一回りも二回りも大きくなったレイの体を抱きしめ、愛する孫の成長を噛み締めた。

「じゃ、そろそろ行くね」
「うん。気を付けて」

 レイは再び靴を履き、荷物を持ち上げた。
 玄関の扉を開けて、外に一歩踏み出し、

「――行ってきます!」

 振り返り、祖母の目を見て元気よくそう言った。


 ***


(広すぎる……。もう軽く十分は歩いてるぞ……)

 そびえ立つ校舎は、以前よりも「壁」という感じはしなかった。
 あの時は、本番だったということもあって緊張していたためだろうか。

 レイは現在、校舎内をうろついている。
 流石は、国内最高峰のヒーロー科高校といったところか。
 建物内が広すぎるがあまり、レイは未だ自分の教室を見つけられないでいる。

(やばい、やばいぞ……!
 入学初日から遅刻はシャレにならない……)

 そろそろ焦りを感じ始めたレイ。
 その背後から、

「一年生の子?」
「ひっ!?」

 女の声がした。
 勢いよく振り返ると、レイと同じくらいの身長の女子生徒が立っていた。

(襟元の星が二つ……。ってことは二年生の人か?)

 桃色の長い髪をした女子生徒の胸元を見て、レイはそう判断した。

 黎明の制服は、星の数でその生徒の学年がわかるようになっている。
 つまり、最大三つまでである。

「はっ、はははい!」
「あ、そっか! 一年生はさっき入学式を済ませてきたんだもんね~!
 もしかして、迷子になってるとか?」
「そっ、その……実は、はい……」
「なるほど。じゃ、ミコト先輩が案内してあげるよ~!」
「い、いいんですか?」
「困っている人がいたら最優先で助ける! ヒーローとして当たり前のことだからね~!」

 ミコト、と名乗った女子生徒は、レイの顔を覗き込んでそう言った。

(ち、近い……!)

 顔を赤くしてレイはバッと顔を上げた。
 ミコトは首をかしげつつ、レイを連れて歩き出した。

「私の権能ね、『導線支配《ルートコントロール》』っていうんだ。
 ある程度の広さの空間ならその構図を全部見通して、定めた目的地までの最短ルートが目に浮かんで見えるんだよ~」
「す、すごい権能ですね。ヒーローとして強すぎる……」
「あはは。その代わり、あんまり戦うのは得意じゃないんだよ~。
 実技試験もギリギリの成績だったらしいし」
「僕も、ギリギリの合格でした。
 三十六人のうち……」

 そう言いかけたところで、レイは口を噤んだ。
 ミコトは「え、なに?」と気にしているが、レイは「何でもないです!」と言ってその場を切り抜けた。

 ポイントや順位を見せてもらったことは、他言してはいけない。
 ハウリング・ジェットからの忠告を、危うく破ってしまうところだった。

「そういえば、君の名前聞いてなかったね」
「星野レイです」
「レイくん。いい名前だね~!」
「あっ、ありがとうごじゃいます」

 ふわふわとした独特の雰囲気を持つミコトに、レイはぎこちない口調で感謝の言葉を返した。

 少し歩くと、二人は大きな扉がある廊下に出た。

「何組になったの?」
「A組です」
「おっ、縁起がいいね~」
「どうしてですか?」
「え? だってBよりAの方が強そうじゃん」
「た、確かに!」

 レイが思っていたよりも中身のない理由だった。
 が、とりあえずノリを相手に合わせるようにした。
 これが、世渡りにおいてもっとも大事だと恒一から教わった。

 そして、ミコトにレイは導かれるままにA組の前に立った。

「さ、ここが一年A組だよ」
「わざわざ、ありがとうございました!」
「頭なんて下げないでよ! 人として当然のことをしたまでだからさ!」
「いえ、先輩がいなかったら確実に遅刻してました。
 本当に、ありがとうございます」

(そんなに方向音痴なのかな……)

 ミコトは義理堅く頭を下げるレイに戸惑いつつ、「じゃ、どういたしまして!」と笑顔を咲かせた。

「じゃ、私も行くね! また会った時は、声かけるよ!」
「は、はい! ありがとうございます!」

 そう言って、ミコトは廊下を駆けだした。
 歩いている教師に「廊下は走るな」と注意されているのを見て、レイのこめかみにひと粒だけ冷たい汗が浮いた。

 深呼吸をして、大きな扉に手をかける。
 新たな環境に単身で飛び込む覚悟は、もうとっくにできている。

(みっちゃんだけは違うクラスであってくれ……)

 そう願いながら意を決し、レイは扉を開けた。

「――だから、ぶつかって来たのはテメェの方だろうがよォ!」
「どうしてそうなる! 僕が座っていたところに君がぶつかって来たんじゃないか!」

(いるぅぅぅぅぅぅぅ!)

 先の思いやられる場面に出くわし、レイは顔を背けた。
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