ヒーロー・オブ・ケプラー

天川 銀河

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第2章

第32話 レイVSミナト・上

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「んじゃ、転送するぞ」

 モニタリングルームと呼ばれる部屋にある、二つの扉。
 その横の壁を恒一が叩くと、レイとミナトはその場から消えた。

「これ、どんな仕組みなんだろうか」
「知らん」
「え、教師なのにですか!?」
「ワシも今日が初めての授業じゃからな。
 また他の先生に聞いておく。ワシも気になるし」

 恒一の言葉に、圧《あつし》は「は、はあ」とやや困惑したような様子を見せた。

「あ、映った!」

 ユズの大きな声に、生徒たちは全員大きなモニターを見る。
 その周りにもいくつか小さなモニターがあり、それぞれ別の視点でエリア内が映されている。

(足元がフワッと抜けるような感覚……。これ苦手だ……)

 そのモニターの中に映っているレイは、顔をしかめていた。
 内臓が浮くような浮遊感。
 レイはそれがあまり得意ではないのだ。

(あのクソカスをぶっ潰す最高の機会だ……。
 徹底的に、完膚なきまでに叩きのめしてやる)

 もう一方のモニターに映るミナトは、血に滾っている表情を浮かべている。
 モニタリング中の生徒たちに恐怖すら与えるほどの気迫。
 拳を握りしめて、ミナトは歯をむき出しにして笑った。

「お前たち。この試合、どっちが勝つと思う?
 そうだな……。じゃ、藍沢ユラ」
「う~ん、そうだな~。昨日の体力テストを見た感じ、村雲くんの圧勝だと思います~」
「昨日、白銀先生に体力テストの結果を見せてもらった。
 村雲は確か二位じゃったか。そんで、レ……ゴホン、星野は最下位。
 まあ、それだけ見れば差は歴然じゃな――」
『おいジジイ! まだ始まんねえのかァ!?』
「あぁ、すまんすまん。っておい、誰がジジイじゃと?」
『いいからさっさと始めろやァ!』

 モニター越しに怒号を飛ばすミナトに、恒一はやれやれと額に手を当てる。
 そして恒一はマイクに向かって、

「制限時間は十五分じゃ。
 ――それでは、第一試合を開始する!」

 恒一の言葉がエリア中に響き渡った瞬間。
 ミナトは地面を蹴り飛ばし、その場を飛び出した。


 ***


 遠くの方で、雷鳴のような音がした。
 方角は、コアの向こう側。
 レイはそれを聞いて、すぐにミナトのものであることを理解した。
 そしてレイも足から水を出し、波に乗った。

(みっちゃんは多分、僕の直線上にいる。つまり、スピード勝負になる)

 レイが見据えるその先には、コアがある。
 そしてその直線上から、ミナトのものだと思われる雷鳴のような音。
 このまま互いがコアに向かうとなれば、衝突することなくどちらかがコアに到達する。

 完全な、スピード勝負になるのだ。

「このままでは、村雲くんが先にコアに着いてしまうな」

 顎に指を当てて、圧はそう呟く。

 メインモニターは、エリアを真上から映している。
 雷をまとって移動しているミナト、波に乗っているレイ。

 その二人の所在地は、空から見ればはっきりとわかる。

「速度で言うなら、村雲くんの方が圧倒的に上。
 瞬発的に動けるのはもちろんのこと、何歩か進むたびにブーストしてる。
 でもレイは、スピードでいえば悪くはないけど、一定の速度でしか進めてない。
 これじゃ、レイに勝ち目はないわね」
「まだ分からないだろう。星野だって、速度では負けていない。
 奴は体力テストで最下位だったが、《反応走》は悪くなかったはずだ」
「状況を見ればわかるでしょう、轟木くん。
 もう、村雲くんはコアに着くわよ」

 半ばレイの勝利を諦めているセツナに、ダイチは反論する。
 しかし、状況は一目瞭然である。

 ミナトの視界は、すでにコアらしきものを捉えている。
 一方でレイは、まだ入り組んだ建物群の中にいる。

 このままいけば、間違いなく勝利はミナトの手に渡るだろう。

「ああ、村雲が勝っちまう!」
「なんで悔しそうなんだよお前」
「いやだって、下馬評低い奴に頑張って欲しくね?」

 トウマはそう理由を説明するが、本心では違う。

 ――二人の関係性を、知っているからだ。

 詳しい話はわからないながらも、何かしらの因縁があることはわかる。
 そして、ミナトの方が一方的に負の感情をぶつけている事も何となく察せられる。

 そして、ミナトの態度から、彼はレイを見下しているようにも見えた。
 だから、下の立場にいるレイの勝利を願っているのだ。

(勝って、村雲を見返してやれよ……!)

 そう願うトウマの応援は届かず、ミナトはコアに到達した。

 ――が、

「――え?」
「――」

 モニタリングをする生徒たち、そして同じく見守っている恒一は唖然とした。

 確かに、ミナトはコアに到達した。
 だが、まだ試合は終わらない。

「――コアを、無視したじゃと?」

 ミナトは、コアを通り過ぎていた。
 そして、コアに向かうレイのもとへ一直線に向かっている。
 
(みっちゃんは、コアを無視するはず)

 ミナトの姿が見えないのにも関わらず、レイはそう踏んだ。
 だが、変わらずレイは進み続ける。

「……むらむら、星野っちのとこ向かってない?」
「天音、その呼び方はまずい」
「え? なんで?」
「い、いや、何でもないぞ……」

 純粋なユズの反応に、トウマは言葉に詰まる。
 しかし、ユズの指摘で、トウマはモニターに視線を移す。

 確かに、ミナトはレイの方へ向かっていた。

「どうして、コアを無視して……」
「オレは、昨日の朝からあの二人を観察していた。
 特に、村雲のことをな」
「何が言いたいのよ?」
「……村雲は、確実に何らかの理由で星野を憎んでいる。
 星野に向ける眼差し、星野に向ける態度から見るに、間違いはないだろう。
 そうなると、村雲のような暴君じみた性格の男は、憎んだ相手を真っ先に潰したがる」

 ダイチの言葉には、妙な説得力があった。
 本当かどうかはわからないはずなのに、どこか納得してしまったセツナ。

 薄々、感じていた。
 二人の間にはがあると。
 それが――、

「――――見つけたァ」

 こんな形で露見するとは、思いもしなかったが。


 ***


 ミナトは足に雷を充填し、一気に爆発させた。
 レイの視界に映った時には、すでにミナトはレイの懐まで来ていた。

(やっぱり、真正面から来ると思った!)

 レイは手から水を噴出し、横に飛んでその攻撃を避けた。
 ミナトは勢い余って建物の壁に思い切り激突し、背中を強打した。

「かわしたぞ!?」
「まるで、来るってわかってたみたいな動きだったね」

 興奮気味の金髪頭を、リリは横目で見やりながらそう言った。

「おいコラァ、クソカス」
「……」

 土煙の中で、ミナトはレイの名前を呼んだ。
 正確には名前ではないが。
 レイはそのミナトの呼びかけに耳を傾けるが、応じはしない。

 波からは降り、手に水を浮かべて警戒をしている。

「ようやく、テメェを合法的にボコボコにできる時がきたぜェ」
「――」
「ずっとムカついてたんだよ……。
 何の力もねえテメェが、俺と同じヒーローを志してるって言う事実になァ。
 テメェの親の話は置いといて、その事実自体が俺の中で怒りとして煮えたぎってたんだ」

 ミナトはゆっくりと立ち上がり、胸の内を明かした。
 レイは表情を変えず、その言葉をしかと聞いている。

「テメェは俺より下だ。どう足掻いたって、それだけは揺るがない」
「……」
「揺るいじゃ、ダメなんだよ」

 バチバチと、ミナトの体が雷をまとい始める。
 レイはその様子を見て、体勢を低くして構えた。

「あの二人、何を話しているんだろうか……」
「村雲のやつ、めちゃくちゃ怖い顔してない?」
「あれは元々じゃね?」

(レイ……。相手はかなりの格上と言っても過言ではないぞ。
 どう切り抜ける?)

 茶化しながら観戦している生徒たちの横で、モニターを凝視する恒一。
 その額には、汗が浮かんでいる。

「……僕は、みっちゃんに勝ちたい」
「落ちこぼれのテメェが、俺に勝つ?
 寝言はせめて寝てから言ってくれやァ」
「僕は、今までの僕とは違う」
「――」

 レイの真っ直ぐな言葉に、ミナトは眉間にひどくしわを寄せた。
 握りしめた手のひらに、爪が食い込む。

「じゃあ、見せてもらおうじゃねェか。
 ――今までとは違う、星野レイくんをよォ!」

 ミナトは、視界から姿を消した。
 レイは先ほど同様、手から水を噴出して横に飛ぼうとする。
 しかし――、

「がっ――!」

 水の噴出が、間に合わなかった。
 レイが手を横に出した時には、もうミナトはレイの腹を殴り飛ばしていた。

 凄まじいスピードの乗ったミナトの一撃に、レイは無抵抗で吹き飛ばされる。
 建物を何棟も貫通し、その度にレイの全身に強い痛みが走る。

「おいおい、やりすぎじゃねえか!?」
「ヒーロー科の訓練なんて、こんなものじゃないかな~?」

 トウマは身を乗り出してモニターを見つめる。
 映っているカメラは、土煙でよく見えない。

(なんて速さだ……! 反応できなかった……!)

「オイオイ、今までとは違ェんだろ?
 こんなもんじゃねェよなァ?」

 たった一撃で頭から血を流しているレイを見て嘲笑しながら、ゆったりと闊歩してくるミナト。
 レイは地面に手をついて、よろけながらも立ち上がる。

「……そうだよ、僕は変わった」
「何も変わっちゃいねェように見えるけどなァ」
「――強く、なったんだ」

 レイは足にグッと力を溜めて、腕も後ろに伸ばした。

(両脚と両手、それぞれに水を流すんだ。
 そして同時に、一気に――)

「ダッセェ構えだな――」

(爆発、させる――!)

 両手、そして両脚から水が噴出した。
 その水は建物に噴きつけ、そしてレイを押し出した。

「ぶっ――!」

 今度は、ミナトがレイに吹っ飛ばされた。
 レイは殴ろうとも蹴ろうともせず、ただミナトに突進した。
 体ごとぶつかったため、ミナトとともに壁に激突。

 ミナトはレイに押しつぶされる形となったが、雷を使ってすぐにその場を脱した。

 キョロキョロとその場を見回すレイの上から、

「死ね、クソカスがァァァ!」

 両手をレイに向け、ミナトは雷の弾を撃った。
 それは見事に命中し、レイは体中の痺れを感じながら空中に打ち上げられた。

 高々と舞ったレイは、エリアの中の高い建物群を見て顔を青ざめた。
 この高さから落ちたら、間違いなく無事では済まない。

(まずい、体勢が――)

「オラァ!」

 レイが地面に激突する寸前で、ミナトはその横腹を蹴り飛ばした。
 その脚にもまた雷電が宿っているため、レイの飛ばされる勢いは尋常ではない。

「強、すぎますわ……」
「流石は入試成績二位の男って感じだな……」

 その圧倒的な強さに、観戦中の生徒たちも驚嘆の声を漏らす。
 驚きなどとうに超えて、もはや恐怖すら感じている者もいる。

「か、は……」
「これでわかったかァ? テメェは俺よりも下、はるかに下だってなァ」

 全身の痺れと痛みが、レイの脳を蹂躙する。
 体に力が入らなくなり、視界も霞んできた。

「……なァ、一つだけ聞きてェんだが」
「……なん、だよ」
「――あのジジイ、テメェと一緒に河川敷にいたジジイだよなァ?」
「――っ!」

 レイは閉じかけている目を、見開いた。

「どうして、それを……」
「見たんだよ。土手をランニングしてる時にたまたま」
「――」

 確かに、レイとミナトの家は近い。
 つまり、外出をしようものなら出くわしてもおかしくはない。
 もっとも、ミナトは意図的にレイに会わないようにしていたが。

「こんなに弱いテメェが、黎明に合格した。
 そしてあんな見るからに弱そうなジジイが、何の発表もナシに教師として黎明に来た。
 ってことはよォ」
「――」
「――――テメェとあのジジイ、黎明に金積んだだろ?」

 ミナトは低い声で、そう言い放った。

 レイはその瞬間、腸が煮えくり返るような激しい怒りを覚えた。
 力ない拳で、瓦礫となって落ちている石を握りしめる。

 ――自分のこれまでの努力を、否定されたから?

 それは、いつものことだ。
 ミナトはあの事件以来、レイを一度も肯定しようとなどしなかった。
 だから、否定されることには慣れている。

「テメェはさっき、アイツが教室に入って来た時に『師匠』とか言ってたなァ。
 あんなにチビで、杖を取り上げたら倒れそうなジジイが、テメェの師匠なのか?
 片腹痛ェな」
「――」

 いいや、違う。
 自分のことなんて、どうでもいい。

「……師匠は、何の力もない僕を見初めてくれた」
「――」
「僕が何度倒れても、折れずに立ち上がらせてくれた」
「だから、どうしたってんだ?」
「――ヒーローになれるって、言ってくれた!」

 レイは、自然と体が浮き上がるような感覚を覚えた。
 膝をついて立ち上がり、下を向いた。
 しかしすぐに前を向いて、ミナトの目を見た。

「これは僕だけの力じゃない。
 師匠と積み上げて、紡いできた力だ」
「もっともらしいこと言っても、弱ェモンは弱ェだろ。
 マイナスとマイナスでマイナスになる、前代未聞の人間だな」

 レイは水が浮かぶ自らの手のひらを見つめ、水を潰すようにして握った。
 ミナトは無防備な体勢で、その様子を笑いながら見つめている。

「……僕を否定するのは、君の癖だ。
 だから、僕のことはいくらでも否定してくれていい」
「――」
「……でも!」

 レイは腕を前に突き出し、その手のひらをミナトに向けた。
 そして――、

「――――師匠を否定するのは、絶対に許さない!」

 次の瞬間、レイの手のひらから水が放たれた。
 それはまるで意思を持っているかのように収束し、一条の刃となってミナトを襲った。
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