12 / 57
“僕”が彼女に出会った日
04
しおりを挟む
♢ ♢ ♢
『今から包帯巻くからね。痛かったら言ってね』
ポシェットの中から包帯を見つけた“彼女”は、“僕”に包帯を見せ、“僕”が『うん』と頷くと“彼女”は丁寧に包帯を広げた。そんな“彼女”を見ながら尋ねる。
『そういえば、お姉さん、お名前なんて言うの?』
彼女について少しでも知りたいと思ったのである。かつて“僕”がこれほどまでに誰かに興味を持ったことがあっただろうか。
『え?名前?エレナよ。エレナ・クレメンス。』
そんなことを知らない“彼女”は、何のことはないように名乗った。
エレナ・クレメンス。心の中で呟いてみる。クレメンス家といえば、国の医療機関を経営している中流貴族だ。国の中枢には携わっていないが、医療の発展のために国からの支援しており、ガルシア王室との関係も良好だ。敵対している貴族ではなく、心の中でほっと胸を撫でおろした。
そんなことを考えていると
『みんな私のことをエレナって呼ぶわ』
包帯を巻きつけながら“彼女”は言った。けれども、幼い“僕”が『エレナ』と呼び捨てをするのは憚れ、どうしたものかと思い悩んで、唐突に閃いた。
『じゃあ、“僕”はレナ姉って呼ぶね』
『え?なんで?』
『“僕”だけの特別な呼び方』
“僕”だけが呼ぶ特別な呼称。幼い“僕”が言える精一杯の愛称。
そのあとも“彼女”から様々なことを聞いた。優しい両親と5つ下の弟がいること。そして、やはり“彼女“は病院を経営するクレメンス家の令嬢であること。今年17歳になったということ。“僕”よりも9歳上なのかとそんなことを思いながら
『……レナ姉は、心に決めた人とか……いる?』
“僕”の怪我に包帯を巻きつけている“彼女”を見上げた。
『心に決めた人?結婚したいと思っている人のこと?それは、まだいないかな?』
つまり、まだ誰のものにもなっていないということだ。“彼女”が「きつくない?」と問いかけてきて、“僕”は「うん」と首を振った。
“僕”は逸る気持ちを抑え切れられずに言い募った。
『じゃ、じゃあ!!“僕”と結婚してください!!』
期待して“彼女”を見上げた。結婚すれば、父や母のようにずっと一緒に居られる。そう思ったのだ。今振り返ってみると、本当にとんでもないことを言ったものだ。
『“レイ君”は8歳でしょ?まだ結婚はできないよ』
“彼女”がそういって窘めたのは、当たり前だと思う。
『なんで?』
『法律で男の子は18歳、女の子は16歳にならないと結婚しちゃダメっていう決まりがあるの』
『ほうりつって?』
『この国のルールよ、ルール』
『ルール……か』
納得できなかった“僕”に丁寧に“彼女”は説明してくれた。そして、幼い自分に腹が立ち、同時に9歳という年の差が恨めしかった。けれども、どれほど恨めしく思ったとしても、年の差だけは変えられない。
包帯を巻き終えた“彼女”が「よし!」と包帯を切ったとき、唐突に思いついて
『じゃ、じゃあ!!』
と“彼女”の方に身を乗り出して、“彼女”を見上げて、真剣に言い募った。
『10年間、“僕”、レナ姉のことを想い続けるから、“僕”が18歳になったら“僕”のお嫁さんになってくれますか?』
これがあの時の“僕”にできた精一杯のことだった。幼い“僕”は、座ったままいくら背筋をぴんと伸ばしたとしても、座った状態の“彼女”の肩にも届かない。こんなにも大きな隔たりがあるのだと思い知らされた。“彼女”の見ている世界が、“僕”の見ている世界と異なっているのだと思うと悔しかった。そんな“僕”の手に“彼女”は自らの手を重ねて、「じゃあ……」と切り出した。
『じゃあ、レイくんが10年経っても私のことを好きでいてくれるのなら、レイくんのお嫁さんにしてもらおうかな』
『本当!?約束だよ!』
嬉しさの余り体がはねた、その時だった――……。
『……――レーイ!!』
『アレン兄さんだ!』
アレン兄さんの声が聞こえ、聞こえた方向を見るとちょうど、100mほど先の木の茂みに誰かがいた。こちらにヒラヒラと手を振っていた。背格好から見ても、アレン兄さんだ。
『もう、戻らないと』
名残惜しかったけれど、立ち上がって“彼女”を見た。
『兄さんたちに謝って、ちゃんと仲直りする』
『レイ君ならできるよ』
“僕”を安心させるように“彼女”は“僕”の髪を撫でた。代わりに“僕”は、“彼女”の頬に小さな左手を添えて
『じゃあ、10年経ったら迎えに行くね』
“彼女”に誓った。振り向きたい衝動に駆られたけれど、アレン兄さんの元へ真っすぐ駆けた。
次に会うときは、“彼女”の隣で誇れる“自分”になったときだと心の中に言い聞かせて。
♢ ♢ ♢
そうして10年の月日が流れ、“僕”は約束通り“彼女”を迎えに行った。
『今から包帯巻くからね。痛かったら言ってね』
ポシェットの中から包帯を見つけた“彼女”は、“僕”に包帯を見せ、“僕”が『うん』と頷くと“彼女”は丁寧に包帯を広げた。そんな“彼女”を見ながら尋ねる。
『そういえば、お姉さん、お名前なんて言うの?』
彼女について少しでも知りたいと思ったのである。かつて“僕”がこれほどまでに誰かに興味を持ったことがあっただろうか。
『え?名前?エレナよ。エレナ・クレメンス。』
そんなことを知らない“彼女”は、何のことはないように名乗った。
エレナ・クレメンス。心の中で呟いてみる。クレメンス家といえば、国の医療機関を経営している中流貴族だ。国の中枢には携わっていないが、医療の発展のために国からの支援しており、ガルシア王室との関係も良好だ。敵対している貴族ではなく、心の中でほっと胸を撫でおろした。
そんなことを考えていると
『みんな私のことをエレナって呼ぶわ』
包帯を巻きつけながら“彼女”は言った。けれども、幼い“僕”が『エレナ』と呼び捨てをするのは憚れ、どうしたものかと思い悩んで、唐突に閃いた。
『じゃあ、“僕”はレナ姉って呼ぶね』
『え?なんで?』
『“僕”だけの特別な呼び方』
“僕”だけが呼ぶ特別な呼称。幼い“僕”が言える精一杯の愛称。
そのあとも“彼女”から様々なことを聞いた。優しい両親と5つ下の弟がいること。そして、やはり“彼女“は病院を経営するクレメンス家の令嬢であること。今年17歳になったということ。“僕”よりも9歳上なのかとそんなことを思いながら
『……レナ姉は、心に決めた人とか……いる?』
“僕”の怪我に包帯を巻きつけている“彼女”を見上げた。
『心に決めた人?結婚したいと思っている人のこと?それは、まだいないかな?』
つまり、まだ誰のものにもなっていないということだ。“彼女”が「きつくない?」と問いかけてきて、“僕”は「うん」と首を振った。
“僕”は逸る気持ちを抑え切れられずに言い募った。
『じゃ、じゃあ!!“僕”と結婚してください!!』
期待して“彼女”を見上げた。結婚すれば、父や母のようにずっと一緒に居られる。そう思ったのだ。今振り返ってみると、本当にとんでもないことを言ったものだ。
『“レイ君”は8歳でしょ?まだ結婚はできないよ』
“彼女”がそういって窘めたのは、当たり前だと思う。
『なんで?』
『法律で男の子は18歳、女の子は16歳にならないと結婚しちゃダメっていう決まりがあるの』
『ほうりつって?』
『この国のルールよ、ルール』
『ルール……か』
納得できなかった“僕”に丁寧に“彼女”は説明してくれた。そして、幼い自分に腹が立ち、同時に9歳という年の差が恨めしかった。けれども、どれほど恨めしく思ったとしても、年の差だけは変えられない。
包帯を巻き終えた“彼女”が「よし!」と包帯を切ったとき、唐突に思いついて
『じゃ、じゃあ!!』
と“彼女”の方に身を乗り出して、“彼女”を見上げて、真剣に言い募った。
『10年間、“僕”、レナ姉のことを想い続けるから、“僕”が18歳になったら“僕”のお嫁さんになってくれますか?』
これがあの時の“僕”にできた精一杯のことだった。幼い“僕”は、座ったままいくら背筋をぴんと伸ばしたとしても、座った状態の“彼女”の肩にも届かない。こんなにも大きな隔たりがあるのだと思い知らされた。“彼女”の見ている世界が、“僕”の見ている世界と異なっているのだと思うと悔しかった。そんな“僕”の手に“彼女”は自らの手を重ねて、「じゃあ……」と切り出した。
『じゃあ、レイくんが10年経っても私のことを好きでいてくれるのなら、レイくんのお嫁さんにしてもらおうかな』
『本当!?約束だよ!』
嬉しさの余り体がはねた、その時だった――……。
『……――レーイ!!』
『アレン兄さんだ!』
アレン兄さんの声が聞こえ、聞こえた方向を見るとちょうど、100mほど先の木の茂みに誰かがいた。こちらにヒラヒラと手を振っていた。背格好から見ても、アレン兄さんだ。
『もう、戻らないと』
名残惜しかったけれど、立ち上がって“彼女”を見た。
『兄さんたちに謝って、ちゃんと仲直りする』
『レイ君ならできるよ』
“僕”を安心させるように“彼女”は“僕”の髪を撫でた。代わりに“僕”は、“彼女”の頬に小さな左手を添えて
『じゃあ、10年経ったら迎えに行くね』
“彼女”に誓った。振り向きたい衝動に駆られたけれど、アレン兄さんの元へ真っすぐ駆けた。
次に会うときは、“彼女”の隣で誇れる“自分”になったときだと心の中に言い聞かせて。
♢ ♢ ♢
そうして10年の月日が流れ、“僕”は約束通り“彼女”を迎えに行った。
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
処刑回避のために「空気」になったら、なぜか冷徹公爵(パパ)に溺愛されるまで。
チャビューヘ
ファンタジー
「掃除(処分)しろ」と私を捨てた冷徹な父。生き残るために「心を無」にして媚びを売ったら。
「……お前の声だけが、うるさくない」
心の声が聞こえるパパと、それを知らずに生存戦略を練る娘の、すれ違い溺愛物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる