アラサー令嬢の婚約者は、9つ下の王子様!?

九条りりあ

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ライバル令嬢登場!?

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♢ ♢ ♢






「綺麗――……」

 私は思わず右手で口元を押さえて呟いた。

――それは太陽が姿を消し、黄金の空と地上の人々が照らす明かりが織りなす幻想的な世界。

 温かい光をたたえた空が世界を優しく包み込んでいる。まさに、そんな感じの風景。ベル・フォーサイスの一件を城の人に話し終えた私達は、レイ君が案内してくれた城の最も高い塔のバルコニーにやってきていた。

「お気に召したようで、よかったです」

 私をこの場所へエスコートしてくれたレイ君は振り返りざま笑う。黄金色の輝きの光がレイ君の亜麻栗色の髪を照らし、美しい輝きを放っている。その髪が少し肌寒い風に揺れる。その風の冷たさに思わず身震いすると

「少し、寒くなってまいりましたね」

そういってレイ君は私をエスコートしていた左手を放して、自らが来ていた上着を脱いだ。そして、私に寄って私の肩にそれをかけてくれた。

「レイ君、いいよ」

 レイ君が風邪ひいちゃうとそれを返そうとすると

「そっくりそのままお返しします。それに、“僕”は大丈夫だから、レナ姉が羽織っていて」
「……――っ!!」

レイ君は耳元で囁くようにして言うわけで。おまけにいつもの敬語じゃなくて、急に昔みたいな話し方。だけど、その声は10年前とは比較にならないくらい低く、そして甘く聞こえてしまうもんだから、思わず顔が火照ってしまい、反射的に頷いてしまった。対してレイ君はというと、微笑んで左手で右手を掴んでバルコニーの端まで案内してくれた。

 ずるい。耳元での囁き声に、その笑顔は反則だ。心臓がドキドキと煩い。

それを悟られまいと必死に心を鎮めていると

「日が落ちたほんのわずかな時間だけが作り出すこの景色を貴女にも見て欲しかったんですよ」

レイ君は私の右隣に立ち、その幻想的な風景を眺めている。レイ君が視線をずらすたびに、そのエメラルドグリーンの瞳が様々な色に変化していく。

「“僕”が好きなこの景色をずっとレナ姉に見せたかった。だから、今、ここで一緒に見ることができて、本当に嬉しい」

 優しく笑うレイ君の顔が優しい光に照らされている。ついその微笑みに見惚れてしまっているとレイ君は何も言わず私に近づいてきた。

(何!?)

息がかかりそうなほどに近づいてきたレイ君を目の前に思わずぎゅっと目をつむると

「忘れていました」

と私の肩にかけられた上着がはぐらけれる気配がして、次いで、かさっと何かが髪に触れた。ぱっと目を開ければ

「素敵です」

とエメラルドグリーンの瞳に髪飾りをつけた私の姿が映し出されていた。

「私が落とした髪飾り――……」

私が下の階に落としてしまった髪飾りを私の髪につけなおしてくれたようだった。

「せっかく取ってきていたのに、渡しそびれていたのを思い出しました」

そういってにこりと微笑むレイ君を見て同時に何故だか……、残念、そう思ってしまった。

(って、残念って何!?)

「どうかしましたか?」

(アラサーが一体、何を期待して!!!)

「ううん!別に何でもない!」

 心配そうに私の顔を覗き込むレイ君に首を勢いよく左右に振ると『そうですか?』と不思議そうな顔をしながら、街の景色の方に視線を向けた。

「“僕”が好きなこの景色をずっとレナ姉に見せたかった。」

 ちらりと横顔を盗み見れば、レイ君は気持ちのよさそうに目を細めていた。風がレイ君の柔らかい髪を揺らしている。その横顔を見てただ一つの想いがこみ上げてくる。

(もう、誤魔化しきれない)

 一度自覚してしまった気持ちを見ないふりなんてできない。

(耳に響く穏やかなレイ君の声が……)
(私を安心させてくれるレイ君の笑顔が……)

「だから、今、ここで一緒に見ることができて、本当に嬉しい」

 にこりと笑いかけるその顔は10年前は私が座り込んで同じくらいだった場所にあったのに、今は見上げなければならない。あどけなかったその顔は、面影を残しつつも、もうその顔は立派な青年で……。

(私は好きなんだ)

『『あの――……』』

 口を開きかけるとレイ君と声が被った。

「レイ君からどうぞ!」
「いえ、貴女からどうぞお願いします」
「ううん!!ちょっと、まだ心の準備ができていないから。レイ君から!レイ君からでお願いします!!」

 律儀に先に言葉を譲ってくれようとするレイ君に私はすかさず首を縦に振りながら言うと

「心の準備?」
 
頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる。

「いや、何でもない。こっちの話!!そ、それより、レイ君の話を先に聞きたいな」

 これ以上、追及されたらこみ上げてきた想いをポロリと言ってしまいそうで、私はレイ君に先を促した。レイ君が『そうですか?』と釈然としない様子で首を傾げた瞬間、少し強めの風が吹いて、レイ君の髪が右側にかかった。レイ君は右手でその髪を撫でつける。その瞬間、私はあることに気が付いた。

「って、レイ君どうしたの?その手のひら!!」

 レイ君の右の手のひらに赤い線が細くついているのが見えた。傷が浅かったのか、もうほとんどかさぶたができて塞がって入るが。

「これは、懐中時計を取り出したときに擦ってしまった傷です。もう塞がっているので大丈夫ですよ。もう痛みませんし」

と何でもないように笑うレイ君。拳を握ったり、離したりを繰り返す。

「駄目だよ。レイ君」

 つい、私は口に出してしまった。対して、レイ君は驚いたように目を瞬かせた。

「かさぶたの下にある傷はまだ治っていないんだよ。もっと早く言ってくれれば、ちゃんと治療できたのに」

 塞がってしまっていては消毒をしてもあまり意味はない。包帯をするような傷ではないけれど……とまじまじと傷の箇所を見ていると

「ふふふ――……」

突然、レイ君は笑い出した。その声色はどこか嬉しそうな響きを持っている。

「どうしたの?」

 突然笑い出したレイ君に驚いて顔を上げると、そのエメラルドグリーンの瞳と目が合う。その瞳は優しい色を湛えている。

「いえ、やはり貴女は変わらないと思っただけですよ」

 そして、にこりと微笑んだ。

「10年前のあの日も僕の怪我を心配してくれて、手当をしてくれました。駄目なことは駄目とはっきりと叱ってくれて、優しくて真っすぐな貴女に――……」

 そういってレイ君は私の方に向き直った。そのエメラルドグリーンの瞳は、真剣な色を湛えていて、目が離せない。思わずその瞳に見とれていると、レイ君は、その自らの左手で私の頬にそっと触れ『…――レナ姉に恋をした』と囁くように言う。

 その動作は10年前を思い出させられた。あの時も、別れ際、レイ君は同じように触れた。けれども、その手のひらはあの時の小さな手のひらなんかじゃなくって、私なんかよりも大きな温かい手のひらで……。

「……――っ!」

咄嗟に顔に熱を持つ。

「貴女とあのとき出会ってから、あの約束を交わしてから、僕はずっと貴女にふさわしい人物になれるように努力してきました」
「…………」
「だというのに、貴女はすっかりそれを忘れていたみたいですが」
「……――ごめんなさい」

 どこか拗ねるようにしていうレイ君に申し訳ない思いでそう口にすると『冗談ですよ、そんな顔をしないでください』とゆっくりとその手をずらすようにして撫でる。まるで大切なものを撫でるかのように。触れている部分からレイ君の熱が伝わってきて、それがさらに心臓の鼓動を速めた。

「あの時は、僕は8歳。貴女は17歳。当然の反応だと思います」

 気にする必要はないとレイ君は笑う。

「でも、本当に私なんかでいいの?私、前も言ったけど、すぐおばさんになるよ?」
「貴女がいいんです。貴女以外、僕は何も望まない」
「これから先、レイ君はもっと素敵な人と出会うと思うわ」
「僕はレナ姉以上に魅力的な人は知らないし、これからもそんな人出会えない。」

 レイ君は私の右頬に自らの左手を添えたまま

「僕は貴女が……レナ姉が愛しくてたまらない。この世で一番大好きな人だから。大切な人だから」

とわずかに首を傾げて笑う。その瞬間、心臓がドクンと跳ねる。

(私を必死になって探してくれたこの人は)
(あの日の約束通り10年前から私を想ってくれていて)
(こんな私なんかを魅力的だと、好きだと言ってくれる)

(けど――……)

「私、レイ君が婚約者だって現れた時、何かの罠じゃないかって、レイ君がもしかしたら私のことを裏切るんじゃないかって疑っていた」

(そんな人を私は疑いの目で見ていた)
(別の婚約者がいるんじゃないんかって)
(防波堤に利用されるんじゃないかって)

「……――だからね、レイ君にそんなふうに思ってもらう資格なんてないの。幻滅したでしょ?」

(あれ……?なんで……?)

 自らの言葉とともに流れ出たのは、涙だった。

(なんで、涙なんか……?)

 涙が頬を伝っていく。

(あぁ、そうか)
(レイ君が私に幻滅して、私から離れてしまうかもしれない言葉を)
(レイ君に言ってしまったから――……)

 もう顔を見ていられなくて、私は思わず俯いた。泣く資格なんてないのに。でも、レイ君に嘘はつきたくない。ここまで真っすぐに私を好きだと言ってくれるレイ君に。きちんと気持ちを伝えてくれたレイ君に。

だけど、レイ君がこのまま立ち去ってしまうかと思うと胸が締め付けられる。

(自分勝手だとはわかっている)
(今更だというのもわかっている)
(けど、私のことを大好きだと、大切だと、そんなふうに思ってくれたのは、言ってくれたのは)

(……――前世でも現世でも、レイ君だけだから)

 すると、右頬に添えられていたレイ君の手でぐいっと顔を上げさせられた。そのエメラルドグリーンの双眼とぱちりと目が合った。レイ君は自らの左手の親指を私の目じりに当てて、涙を拭ってくれる。その瞳は心配そうな色が浮かんでいる。

「僕だって、貴女が誰にも取られないように、貴女に内緒で勝手に婚約したんですよ。幻滅されるなら、僕の方が――……」

 そして、困ったように笑う。

「僕はずっとずっと貴女を恋い慕っていました。けれど、どんなにあがいても、昔の僕は小さな子どもで、貴女が誰かのものにならないようにするのに必死で――……。どんどん綺麗になってくる貴女のことを聞きつけた子息の縁談に手を回して白紙にしたこともあります」

 思いもよらない突然のレイ君からの独白に私は思わずしばたいた。

「昨日、貴女は僕のことを紳士だと言ってくれました。けれど、僕はちっとも紳士なんかじゃありません」

 レイ君は空いていた右手で私をそっと自らの胸へ引き寄せた。ドクンドクンとレイ君の心臓の鼓動がすぐ耳元で聞こえる。
 
「僕は卑怯な人間です。本当は、貴女が約束してくれたのもその場で僕を納得させるためだけの言葉だったというのは心のどこかではわかっていました。だけど、それを理由に僕は貴女を縛ってきてしまいました」

 レイ君が言葉を発するたびに吐息が耳にかかってくすぐったい。

「ね?僕はあなたが思っているほど紳士でもありません。幻滅しましたか?」

 そういって、レイ君はレイ君がかけてくれた上着の上から私を抱きしめるように腕を回した。服の上からレイ君のぬくもりが伝わってくる。

「ベル・フォーサイスの一件があって、さっきからずっと考えていました。僕もベル・フォーサイスと同じように貴女に固執して、貴女を自分だけのものにするために、貴女の選択を狭めてしまったのではないかと。僕の気持ちだけを一方的に貴女に押し付けてしまった。貴女の気持ちなんて、見向きもしないで。」
「……――レイ君」
「……――この場所でこの景色を貴女と見れただけで、十分です。貴女の笑顔を見れただけで。だから――……」

 そういって、レイ君は体を離した。エメラルドグリーンの双眼には見上げる私の顔が映し出されている。そして、ゆっくりと息を吐いて

「もし、貴女が望むなら、婚約を解消しましょう。」

そういって『さっき、貴女にそう言おうと思っていたんです』と弱々しく笑った。


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