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第七話 二十年越しの告白
27.勇気
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―響也―
暖簾を店の中へ入れ、引き戸の鍵を閉める。
静まり返った空間で一人きりになると、ずっと張り詰めていた気持ちが緩んだ。カウンターの椅子へ力無く腰を落とす。
どうやって潮路島から戻って来たのか、よく覚えていない。気づいたら店にいて、いつも通りに料理をし、常連客の冗談に笑い、最後の一人が帰ったところで、ようやく我に返った。
……俺は、何をしているんだろう。
見合いを放り出して賢知を追いかけたくせに、結局何も言えずに黙り込む事しかできなかった。
賢知は一体、いつから店にいたんだろう。
俺と千紘さんのやり取りを、どこから見ていたんだろう。
どんな気持ちで、俺達を見ていたんだろう―。
誤解されたくなかった。それがとんでもなく傲慢な気持ちだという事は分かっている。
紹介を持ちかけてくれたのは一樹でも、実際に千紘さんに会うと決めたのは自分だ。
潮路島へいけば、賢知と鉢合わせるかもしれない事も分かっていた。
……俺は本当は心のどこかで、こうなる事を望んでいたんじゃないのか。
何もかも壊れてしまえばいいと。
自分から傷つきに行く勇気は、無いくせに……。
微かなバイブ音が厨房から聞こえた。
立ち上がり、カウンターの内側へ入る。調理台の隅に置いてあったスマホを手に取ると、画面には『いっちゃん』と出ていた。無視するわけにもいかず、通話ボタンを押して耳に当てる。
「……はい」
『あ、響也?今いい?』
「うん……」
『あのさ、真奈美づてに今日の事聞いたんだけど……』
「ごめんなさい……」
声が震える。膝の力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまう。
「迷惑かけてごめんなさい……千紘さんにも、本当に申し訳なくて……」
『いや、良いんだけど……響也、大丈夫なの?すごい顔色悪かったって聞いたから、心配でさ』
「……っ」
気遣ってくれる一樹の声を聞くのが辛い。何もかも自分が蒔いた種だ。
無理だと分かってたくせに女性と見合いをして。
本気で自分の身を案じてくれている幼なじみを振り回して。
いつだって平気なふりで周りを気遣うふりをしながら、俺は本当は、自分が傷つかない為に逃げ回っていただけだ―。
「……いっちゃん、ごめん」
スマホを握る手が汗ばむ。
「千紘さんに、ごめんなさいって伝えてほしい」
『……それ、断るっていう意味で良い?』
「うん……」
いくら想像してみても、彼女と暮らす未来は考えられなかった。
女の人だからという問題では無い。
俺が本当に一緒に暮らしたいのは。
作ったご飯を、美味しいと言って食べてほしいのは。
今一番、会いたいのは―。
「ごめん……いっちゃん。本当に、ごめん……」
『何でそんなに謝るの。大丈夫だよ、こればっかりは仕方ない事だからさ』
伝えておくね、と優しい一言を残して通話が切れる。
画面が暗くなったスマホを手にしたまま、視線は厨房の中を彷徨う。
……もう、嫌われたかも知れない。
謝っても、許してくれないかも知れない。
それでも今、どうしても。
声が、聞きたい……。
しゃがんでいたせいで軋む膝に手をつき、よろけながら立ち上がる。
業務用の冷蔵庫の前に立ち、隅にずっとマグネットで留めてあった店の名刺を手に取る。
あの日からずっと捨てられず、そのままにしていた。
震える手で裏返し、名前の下に走り書きされた電話番号を確認する。スマホをそばに近づけ、番号ひとつひとつを間違えないよう、ゆっくりと押していく。
通話ボタンを押す瞬間、息が震えた。
激しく鳴る鼓動を感じながら、スマホを耳に当てる。
―出たら、まず何て言おう。いや、とにかく謝らなければ。
今日のことだけじゃない。今までのことも、ずっと言えなかった気持ちも、全部話したい。
言ってしまったら、もう後戻りは出来ないかもしれないけれど、それでもいい。もう、どうなってもいい。
だからお願い、出て……―。
祈るような気持ちでスマホを握りしめた。いつまでも呼び出し音が鳴り続ける。
―やっぱり出てくれないのか。
気持ちが折れそうになった、その時―。
呼び出し音が、途切れた。
暖簾を店の中へ入れ、引き戸の鍵を閉める。
静まり返った空間で一人きりになると、ずっと張り詰めていた気持ちが緩んだ。カウンターの椅子へ力無く腰を落とす。
どうやって潮路島から戻って来たのか、よく覚えていない。気づいたら店にいて、いつも通りに料理をし、常連客の冗談に笑い、最後の一人が帰ったところで、ようやく我に返った。
……俺は、何をしているんだろう。
見合いを放り出して賢知を追いかけたくせに、結局何も言えずに黙り込む事しかできなかった。
賢知は一体、いつから店にいたんだろう。
俺と千紘さんのやり取りを、どこから見ていたんだろう。
どんな気持ちで、俺達を見ていたんだろう―。
誤解されたくなかった。それがとんでもなく傲慢な気持ちだという事は分かっている。
紹介を持ちかけてくれたのは一樹でも、実際に千紘さんに会うと決めたのは自分だ。
潮路島へいけば、賢知と鉢合わせるかもしれない事も分かっていた。
……俺は本当は心のどこかで、こうなる事を望んでいたんじゃないのか。
何もかも壊れてしまえばいいと。
自分から傷つきに行く勇気は、無いくせに……。
微かなバイブ音が厨房から聞こえた。
立ち上がり、カウンターの内側へ入る。調理台の隅に置いてあったスマホを手に取ると、画面には『いっちゃん』と出ていた。無視するわけにもいかず、通話ボタンを押して耳に当てる。
「……はい」
『あ、響也?今いい?』
「うん……」
『あのさ、真奈美づてに今日の事聞いたんだけど……』
「ごめんなさい……」
声が震える。膝の力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまう。
「迷惑かけてごめんなさい……千紘さんにも、本当に申し訳なくて……」
『いや、良いんだけど……響也、大丈夫なの?すごい顔色悪かったって聞いたから、心配でさ』
「……っ」
気遣ってくれる一樹の声を聞くのが辛い。何もかも自分が蒔いた種だ。
無理だと分かってたくせに女性と見合いをして。
本気で自分の身を案じてくれている幼なじみを振り回して。
いつだって平気なふりで周りを気遣うふりをしながら、俺は本当は、自分が傷つかない為に逃げ回っていただけだ―。
「……いっちゃん、ごめん」
スマホを握る手が汗ばむ。
「千紘さんに、ごめんなさいって伝えてほしい」
『……それ、断るっていう意味で良い?』
「うん……」
いくら想像してみても、彼女と暮らす未来は考えられなかった。
女の人だからという問題では無い。
俺が本当に一緒に暮らしたいのは。
作ったご飯を、美味しいと言って食べてほしいのは。
今一番、会いたいのは―。
「ごめん……いっちゃん。本当に、ごめん……」
『何でそんなに謝るの。大丈夫だよ、こればっかりは仕方ない事だからさ』
伝えておくね、と優しい一言を残して通話が切れる。
画面が暗くなったスマホを手にしたまま、視線は厨房の中を彷徨う。
……もう、嫌われたかも知れない。
謝っても、許してくれないかも知れない。
それでも今、どうしても。
声が、聞きたい……。
しゃがんでいたせいで軋む膝に手をつき、よろけながら立ち上がる。
業務用の冷蔵庫の前に立ち、隅にずっとマグネットで留めてあった店の名刺を手に取る。
あの日からずっと捨てられず、そのままにしていた。
震える手で裏返し、名前の下に走り書きされた電話番号を確認する。スマホをそばに近づけ、番号ひとつひとつを間違えないよう、ゆっくりと押していく。
通話ボタンを押す瞬間、息が震えた。
激しく鳴る鼓動を感じながら、スマホを耳に当てる。
―出たら、まず何て言おう。いや、とにかく謝らなければ。
今日のことだけじゃない。今までのことも、ずっと言えなかった気持ちも、全部話したい。
言ってしまったら、もう後戻りは出来ないかもしれないけれど、それでもいい。もう、どうなってもいい。
だからお願い、出て……―。
祈るような気持ちでスマホを握りしめた。いつまでも呼び出し音が鳴り続ける。
―やっぱり出てくれないのか。
気持ちが折れそうになった、その時―。
呼び出し音が、途切れた。
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