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第七話 二十年越しの告白
28.ファーストコール
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―賢知―
勉強机の上で、スマホが震えた。
自室のベッドに寝転がって天井を見つめたまま、どうせ祐輔だろうと思って無視する。それか、立花たちのグループメッセージの通知だろう。どちらだろうがどうでも良い。事情を説明する気なんか無いし、何も無かったかのように誤魔化して取り繕う自信も無い。
……昼間見てしまった光景が、頭から離れない。
追いかけて来た響也さんの青褪めた顔も。俺の腕を掴んだ、細い指の感触も。
響也さんに投げつけた酷い言葉も―。
あんな風に追い詰めるつもりじゃなかったのに。
可愛らしい女性と二人で向かい合っている響也さんを見て、頭が真っ白になって、訳がわからなくなって。
―でもまさか、追いかけてくるとは思わなかった。
どうしてちゃんと話を聞いてあげなかったのか、後悔が胸の奥で渦巻いて呼吸が苦しくなる。
何をしてるんだ、俺は。
せっかく本音を聞けるチャンスだったのかも知れないのに……。
再び、スマホのバイブ音が部屋に響いた。
またメッセージの通知だと思って無視していたが、振動音が断続的に聞こえてくる。電話だ、と気づいてベッドから起き上がった。俺が既読すら付けないから、痺れを切らして電話して来たのだろうか。
机に伏せて置いていたスマホを裏返す。手の中で震え続ける小さな電子機器の画面には、知らない番号が表示されていた。
こんな時間に、祐輔以外で電話してくる相手に心当たりがない。
間違ってかけたか、迷惑電話かどちらかだと思い―ふと、あり得ない予想が脳裏をよぎった。着信拒否しようとしていた指が止まる。
まさか。……いや、でも。
緊張で震え始めた手でスマホを握り直し、通話ボタンを押してゆっくり耳に当てる。
「……もしもし?」
『……っ』
電話の向こうで息を呑む気配を感じる。
―ああ、間違いない。
たったそれだけで、相手が誰なのか確信を得た。
『……賢知……?」
恐る恐る俺の名前を呼ぶ声が、震えているのが分かる。スマホを支える指先に汗が滲んだ。
「……響也さん?」
呼びかけてみると、賢知、と再び名前を呼ばれた。
『……っ、あいたい……』
あまりに切実な声に、心臓が震えた。
「……もう夜ですよ」
逸る鼓動を落ち着かせようと胸を押さえる。
「急にどうしたんですか……」
『……今日、本当にごめん。俺、』
「いや、俺の方こそ」
思わず遮ってしまう。謝らなければならないのは俺の方だ。
「本当にすみませんでした、言い過ぎました。……あなたが誰よりも繊細な人だって、分かってたつもりなのに」
『ううん、そんなこと』
「でもっ……」
―セミロングの髪をバレッタで留めた、柔らかな雰囲気の女性の横顔が思い浮かぶ。
「……あの人は、何だったんですか」
顔を少し俯き気味にして、頬を染めて。
緊張した面持ちで話す様子は、初対面にしか見えなかった。
まるで―お見合いをしているみたいな。
「もしかして……付き合うんですか」
聞いてみるとすぐ、断ったよ、とはっきりとした否定が返ってきた。
「じゃあ何で……」
『……っ、寂しかったんだ……』
響也さんは、絞り出すような声で言った。
『これから先ずっと、一人で生きて行く自信が無くて……誰かと一緒に暮らした方が良いって思ったから』
「……誰でも良かったってこと?」
『そんなわけないっ……あの人と話してる間、ずっと……君の事ばかり、思い出して……っ』
響也さんが声を詰まらせる。
「あの、響也さん」
小さく息を吸う。
「俺、ずっと気になっていたんです。俺が歳を言わなかったら、響也さんはどうしてたんだろうって。迷わず俺の胸に飛び込んできてくれたのかなって。……どうなんですか」
『……嬉しかったよ』
鼻を啜る、湿った音が聞こえる。
『今まで色んな人と付き合ってきたけど……あんな風に、優しくしてもらえた事なんか無かったから。もしかしたら、このまま幸せになれるんじゃないかって、思って……少しだけ期待した。……でも、現実は変えられないよ」
「……そんな事」
『だからっ……諦めなきゃいけないと思って、忘れようとして、見合いの話を受けたけど……でもやっぱり、無理で……っ』
嗚咽する声が大きくなる。
『……っ、会いたい、賢知……ねえ、ごめん……本当に、今まで、ごめ……っ』
「……そんなに泣かないでください。抱きしめたくても電話じゃ出来ないじゃないすか」
ごめん、とまた謝ろうとする響也さんに苦笑する。
「もう良いです。……謝らないでください」
やっと、本音が聞けた。
まさかこんな風に、響也さんの方から来てくれると思わなかった。
胸の奥に、じわりと嬉しさが滲んで広がっていく心地がした。
「……電話してくれると思わなかったから、びっくりしました。もう絶対、連絡くれないと思ってた。……あの時の名刺、捨てないでくれてたんですね」
『……うん』
スマホを耳に当てたまま、勉強机の隅に置いた卓上カレンダーをめくる。
「響也さん。火曜日、店休みですよね?明後日、会いに行きます」
『え……?でも、もう学校始まるんじゃ』
「学校終わってから行きます。夕方、最後の便で会いに行くから港で待っててください。約束ですよ」
『……分かった』
「……じゃあ、また。おやすみなさい」
『ん……おやすみ』
通話を切る。部屋の中に静けさが戻ってくる。
めくったカレンダーの日付を確かめる。
―待ってて。響也さん。
あなたを必ず、笑顔にしてみせる。
勉強机の上で、スマホが震えた。
自室のベッドに寝転がって天井を見つめたまま、どうせ祐輔だろうと思って無視する。それか、立花たちのグループメッセージの通知だろう。どちらだろうがどうでも良い。事情を説明する気なんか無いし、何も無かったかのように誤魔化して取り繕う自信も無い。
……昼間見てしまった光景が、頭から離れない。
追いかけて来た響也さんの青褪めた顔も。俺の腕を掴んだ、細い指の感触も。
響也さんに投げつけた酷い言葉も―。
あんな風に追い詰めるつもりじゃなかったのに。
可愛らしい女性と二人で向かい合っている響也さんを見て、頭が真っ白になって、訳がわからなくなって。
―でもまさか、追いかけてくるとは思わなかった。
どうしてちゃんと話を聞いてあげなかったのか、後悔が胸の奥で渦巻いて呼吸が苦しくなる。
何をしてるんだ、俺は。
せっかく本音を聞けるチャンスだったのかも知れないのに……。
再び、スマホのバイブ音が部屋に響いた。
またメッセージの通知だと思って無視していたが、振動音が断続的に聞こえてくる。電話だ、と気づいてベッドから起き上がった。俺が既読すら付けないから、痺れを切らして電話して来たのだろうか。
机に伏せて置いていたスマホを裏返す。手の中で震え続ける小さな電子機器の画面には、知らない番号が表示されていた。
こんな時間に、祐輔以外で電話してくる相手に心当たりがない。
間違ってかけたか、迷惑電話かどちらかだと思い―ふと、あり得ない予想が脳裏をよぎった。着信拒否しようとしていた指が止まる。
まさか。……いや、でも。
緊張で震え始めた手でスマホを握り直し、通話ボタンを押してゆっくり耳に当てる。
「……もしもし?」
『……っ』
電話の向こうで息を呑む気配を感じる。
―ああ、間違いない。
たったそれだけで、相手が誰なのか確信を得た。
『……賢知……?」
恐る恐る俺の名前を呼ぶ声が、震えているのが分かる。スマホを支える指先に汗が滲んだ。
「……響也さん?」
呼びかけてみると、賢知、と再び名前を呼ばれた。
『……っ、あいたい……』
あまりに切実な声に、心臓が震えた。
「……もう夜ですよ」
逸る鼓動を落ち着かせようと胸を押さえる。
「急にどうしたんですか……」
『……今日、本当にごめん。俺、』
「いや、俺の方こそ」
思わず遮ってしまう。謝らなければならないのは俺の方だ。
「本当にすみませんでした、言い過ぎました。……あなたが誰よりも繊細な人だって、分かってたつもりなのに」
『ううん、そんなこと』
「でもっ……」
―セミロングの髪をバレッタで留めた、柔らかな雰囲気の女性の横顔が思い浮かぶ。
「……あの人は、何だったんですか」
顔を少し俯き気味にして、頬を染めて。
緊張した面持ちで話す様子は、初対面にしか見えなかった。
まるで―お見合いをしているみたいな。
「もしかして……付き合うんですか」
聞いてみるとすぐ、断ったよ、とはっきりとした否定が返ってきた。
「じゃあ何で……」
『……っ、寂しかったんだ……』
響也さんは、絞り出すような声で言った。
『これから先ずっと、一人で生きて行く自信が無くて……誰かと一緒に暮らした方が良いって思ったから』
「……誰でも良かったってこと?」
『そんなわけないっ……あの人と話してる間、ずっと……君の事ばかり、思い出して……っ』
響也さんが声を詰まらせる。
「あの、響也さん」
小さく息を吸う。
「俺、ずっと気になっていたんです。俺が歳を言わなかったら、響也さんはどうしてたんだろうって。迷わず俺の胸に飛び込んできてくれたのかなって。……どうなんですか」
『……嬉しかったよ』
鼻を啜る、湿った音が聞こえる。
『今まで色んな人と付き合ってきたけど……あんな風に、優しくしてもらえた事なんか無かったから。もしかしたら、このまま幸せになれるんじゃないかって、思って……少しだけ期待した。……でも、現実は変えられないよ」
「……そんな事」
『だからっ……諦めなきゃいけないと思って、忘れようとして、見合いの話を受けたけど……でもやっぱり、無理で……っ』
嗚咽する声が大きくなる。
『……っ、会いたい、賢知……ねえ、ごめん……本当に、今まで、ごめ……っ』
「……そんなに泣かないでください。抱きしめたくても電話じゃ出来ないじゃないすか」
ごめん、とまた謝ろうとする響也さんに苦笑する。
「もう良いです。……謝らないでください」
やっと、本音が聞けた。
まさかこんな風に、響也さんの方から来てくれると思わなかった。
胸の奥に、じわりと嬉しさが滲んで広がっていく心地がした。
「……電話してくれると思わなかったから、びっくりしました。もう絶対、連絡くれないと思ってた。……あの時の名刺、捨てないでくれてたんですね」
『……うん』
スマホを耳に当てたまま、勉強机の隅に置いた卓上カレンダーをめくる。
「響也さん。火曜日、店休みですよね?明後日、会いに行きます」
『え……?でも、もう学校始まるんじゃ』
「学校終わってから行きます。夕方、最後の便で会いに行くから港で待っててください。約束ですよ」
『……分かった』
「……じゃあ、また。おやすみなさい」
『ん……おやすみ』
通話を切る。部屋の中に静けさが戻ってくる。
めくったカレンダーの日付を確かめる。
―待ってて。響也さん。
あなたを必ず、笑顔にしてみせる。
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