1 / 14
1.どうしても花火が見たいわけじゃない
しおりを挟む
ー瑠維ー
いつもだったら息するみたいに自然に押せるPHSの番号をプッシュするのに、こんなに指が震えると思わなかった。
「……ふう」
誰もいないロッカールームの片隅。汗ばんだ手のひらをTシャツの裾で拭ってから、再びPHSを持ち直す。
そうだ、わざわざ番号押そうとするから緊張するんだ。いつもかけてるんだから履歴を見たらいい。
発信履歴の画面を呼び出す。
『世良先生』
「……っ」
名前を見ただけで鼓動が逸る。
ええい、何を馬鹿みたいに緊張しているんだ。
勢いに任せて発信ボタンを押す。耳元で何度も繰り返すコール音を聞いていたら、次第に鼓動も落ち着いてきた。
そうだよ、相手はあの世良先生だよ。
電話に出るなんて、奇跡に近いんだから。出ない確率の方が遥かに高い。
そう言い聞かせていたら、突然コール音が途切れた。
『はい』
「う、あ?!」
びっくりして、思わず変な声が出てしまった。
「もしもし?!」
『片倉?あんたまだ居たの』
「あれ、元木さん?どうして」
先輩ナースの名前を呼んでから、まさか間違えたのかと、思わずPHSの画面を確かめてしまった。
『どうしてって、救外の当番日だから』
「救外?え?」
慢性的に人出不足なこの病院では、月に何度か夜間救急のヘルプが当番で回ってくる。今日は元木さんだったのか。
いや、そうじゃなくて。
「どうして世良先生のPHSに?」
『世良先生なら、さっき緊急でオペ入ったから話せないわよ。どうかしたの?』
「え?世良先生って今日、救外の当番日じゃないですよね」
思わずそう言うと、あんたよく知ってるわね、と元木さんの怪訝そうな声が聞こえてきた。
『明日の当番の先生と交代したのよ。何でも、身内に不幸があったとかで』
「そうなんですか」
『急用なら伝えに行ってみるけど、何?』
「あ、いいです大した用じゃないんで。お疲れ様ですっ」
元木さんが何か言うより早く、慌てて通話終了ボタンを押してしまった。思わず長いため息がこぼれる。
そっか。世良先生、今日は夜勤なんだ。
***
病院を出て、いつもの最寄り駅へ向かう道とは反対方向へ足を向けた。
しばらく歩くと、桜の名所として有名な並木道が見えてくる。川沿いを歩いて行くと、不意に空が明るくなった。遅れて、体の奥に響くような重い爆発音。花火大会が始まってしまった。
橋の欄干にもたれ、遠くの空を見上げる。会場になっている土手沿いはきっと、今年もすごい人だかりができているに違いない。ここからじゃ遠過ぎるから、僕の他に空を見上げて立ち止まる人は、ほとんどいなかった。
「あーあ」
また一発、大きな一輪の赤い花が空に咲く。
綺麗だなあ、とは思う。だけど本当は、一緒に見たかった。
右手に握りしめたままの院内PHSを見つめる。
どうしようこれ。持ってきちゃった。
何となく電源ボタンを押してみる。
不在着信、なし。いやそもそも、病院から離れて繋がるはずもないのだけれど。
一ヶ月くらい前、僕は心臓外科医の世良貴之先生に、玉砕覚悟の告白をして見事に振られてしまった。
傲岸不遜で、自信満々で。そのくせ色々と適当で。
だけど本当は、誰よりも優しい世良先生。
気持ちを受け入れてはもらえなかったけど、今日の花火を一緒に見に行く約束はしてくれた。
約束してくれたと、思っていた。
考えといてやるよ、って言われただけだったのに。
一人で浮かれて、何日も前から自分と世良先生の救外の当番が花火大会とかぶってない事を確認していた。
なんだか、馬鹿みたいだ。
先生、今日が花火大会だってこと覚えてたのかな。
それとも、すっかり忘れて何も考えずに当番代わっちゃったのかな。
手のひらサイズのPHSをポケットにしまい、元来た道を戻る。
帰る道すがら病院の傍を通ると、また一台、救急車が到着したところだった。ため息が出る。
きっとまだまだ、先生達は手が離せないに違いない。
いつもだったら息するみたいに自然に押せるPHSの番号をプッシュするのに、こんなに指が震えると思わなかった。
「……ふう」
誰もいないロッカールームの片隅。汗ばんだ手のひらをTシャツの裾で拭ってから、再びPHSを持ち直す。
そうだ、わざわざ番号押そうとするから緊張するんだ。いつもかけてるんだから履歴を見たらいい。
発信履歴の画面を呼び出す。
『世良先生』
「……っ」
名前を見ただけで鼓動が逸る。
ええい、何を馬鹿みたいに緊張しているんだ。
勢いに任せて発信ボタンを押す。耳元で何度も繰り返すコール音を聞いていたら、次第に鼓動も落ち着いてきた。
そうだよ、相手はあの世良先生だよ。
電話に出るなんて、奇跡に近いんだから。出ない確率の方が遥かに高い。
そう言い聞かせていたら、突然コール音が途切れた。
『はい』
「う、あ?!」
びっくりして、思わず変な声が出てしまった。
「もしもし?!」
『片倉?あんたまだ居たの』
「あれ、元木さん?どうして」
先輩ナースの名前を呼んでから、まさか間違えたのかと、思わずPHSの画面を確かめてしまった。
『どうしてって、救外の当番日だから』
「救外?え?」
慢性的に人出不足なこの病院では、月に何度か夜間救急のヘルプが当番で回ってくる。今日は元木さんだったのか。
いや、そうじゃなくて。
「どうして世良先生のPHSに?」
『世良先生なら、さっき緊急でオペ入ったから話せないわよ。どうかしたの?』
「え?世良先生って今日、救外の当番日じゃないですよね」
思わずそう言うと、あんたよく知ってるわね、と元木さんの怪訝そうな声が聞こえてきた。
『明日の当番の先生と交代したのよ。何でも、身内に不幸があったとかで』
「そうなんですか」
『急用なら伝えに行ってみるけど、何?』
「あ、いいです大した用じゃないんで。お疲れ様ですっ」
元木さんが何か言うより早く、慌てて通話終了ボタンを押してしまった。思わず長いため息がこぼれる。
そっか。世良先生、今日は夜勤なんだ。
***
病院を出て、いつもの最寄り駅へ向かう道とは反対方向へ足を向けた。
しばらく歩くと、桜の名所として有名な並木道が見えてくる。川沿いを歩いて行くと、不意に空が明るくなった。遅れて、体の奥に響くような重い爆発音。花火大会が始まってしまった。
橋の欄干にもたれ、遠くの空を見上げる。会場になっている土手沿いはきっと、今年もすごい人だかりができているに違いない。ここからじゃ遠過ぎるから、僕の他に空を見上げて立ち止まる人は、ほとんどいなかった。
「あーあ」
また一発、大きな一輪の赤い花が空に咲く。
綺麗だなあ、とは思う。だけど本当は、一緒に見たかった。
右手に握りしめたままの院内PHSを見つめる。
どうしようこれ。持ってきちゃった。
何となく電源ボタンを押してみる。
不在着信、なし。いやそもそも、病院から離れて繋がるはずもないのだけれど。
一ヶ月くらい前、僕は心臓外科医の世良貴之先生に、玉砕覚悟の告白をして見事に振られてしまった。
傲岸不遜で、自信満々で。そのくせ色々と適当で。
だけど本当は、誰よりも優しい世良先生。
気持ちを受け入れてはもらえなかったけど、今日の花火を一緒に見に行く約束はしてくれた。
約束してくれたと、思っていた。
考えといてやるよ、って言われただけだったのに。
一人で浮かれて、何日も前から自分と世良先生の救外の当番が花火大会とかぶってない事を確認していた。
なんだか、馬鹿みたいだ。
先生、今日が花火大会だってこと覚えてたのかな。
それとも、すっかり忘れて何も考えずに当番代わっちゃったのかな。
手のひらサイズのPHSをポケットにしまい、元来た道を戻る。
帰る道すがら病院の傍を通ると、また一台、救急車が到着したところだった。ため息が出る。
きっとまだまだ、先生達は手が離せないに違いない。
15
あなたにおすすめの小説
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~
上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。
ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。
「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」
そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。
完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか?
初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる