ペールブルーアイズ

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ペールプルーアイズパートⅥ

ペールブルーアイズ

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七十九
中道のマンションのベッドルームで殆ど体勢は変わらない瑠璃華と中道だが二人とも煙草を吸っている。
「加奈の対応、もう少し何とかならんか」と中道が言うと
「―加奈―生まれつきの馬鹿なんたから如何しようもねえよ」
とにべもない瑠璃華に言葉がない中道。その中道に瑠璃華が問い質す。
「島本がアトラクションのプロデュースに関わるって言うの、唯のお飾りなんでしょ―」
「もうかなり出来てるみたいなんだけど、色々アイデア出して貰って驚いてますと向こうの人言ってたな」
「如何してあいつな訳―」
「そのゲームに勝って行くと上へ上へ上がって行くらしいんだけど、そのイメージが今の島本にぴったり嵌るって事らしいよ」と言う中道の言葉に不愉快そうな島本だが、更に不愉快な言葉が続く。
「確かに島本の人気の上昇振りは凄いもんな、―この前のランキング四位には吃驚したよ。少しは危機感を感じてるか―」と言う 中道。瑠璃華は中道の下らない言葉を相手にしたくもなかったし、実際、中道に言った
「くだらねえ」の一言で島本の全てを否定出来るなら否定して消し去りたかった。それが叶わないなら別の世界で生きたい位だった。成功者が無用のトラブルに巻き込まれる必要などとんとない。
それだけ瑠璃華は幼少期とは全く違う島本の得体の知れなさに、恐怖まではいかないものの気持ちの悪さ以上の物を感じていた。
 
八十
この国の中心に向かう列車の中は比較的混んでいて沢山の人が席に着いているが、その中の四人掛けの席でマユと島本も向き合って座っている。マユはお菓子の袋を持ってそれを食べていて、島本は窓の外に目をやっている。その島本が急に手を伸ばして勝手にお菓子を取って食べる。そして
「旨い」と言う。最初お菓子の袋を開けて勧めた時は全く関心を示さなかったので、今の傍若無人な行為に少し呆れて仕舞うが、こういうのが魅力になっているとマユは思った。それだけ島本に惹かれていた。事ある事にそれが強くなっていると思った。こんな勝手気ままな女にそうなる自分が可笑しいのかもと思ったが、実際かなりの人がそうなるんじゃないかとも思った。それだけ島本には魅力があった。
その所為でもないが、マユは少しだけ笑顔で咎めずに
「美味いでしょ」と言う。そういうマユに付け込むように
「瑠璃華の掴んだ情報、度ある事に教えて欲しいの」と島本は抜け抜けと言って来る。
「それは絶体駄目です、探偵団のルールがありますから」
「あたしの大のファンなんでしょ―」
「出来ない事は出来ないです―それは―」
「唯飯食って唯寝して、それか」
「―絶対秘密にするって約束してくれます。それを悪用しないって事も、復讐なんてもっての外ですよ」
そのマユの言葉に、小さく頷く島本。そして、島本は
「約束だよ」と言って来る。
その島本から話の主導権を取りたいと言うのもあったが、単純に落書きの事が気になっていたと言うか、段々変な落書きだと思えて来たので、取り敢えず
「竹内さんも慕ってられたんですね、島本さんのお兄さんの事」と聞いてみるマユ。
「うーん、そうだけど―知ってるみたいに言うわね」
「落書きに書いてあったでしょ」
「書いてねえよ」
「えっ、―おにいちゃん―の声がした―おにいちゃんは、永遠におにいちゃん、二人とって―、と書いてあったよ」と言うマユの言葉に首を捻って
「紙に書いてみてよ」とリクエストする島本。メモを出すが
「写真に撮ったんだ」と言ってメモを引っ込めてスマホを出すマユ。そしてそれにに落書きを書きの画面を出して、それを島本に渡すマユ。
島本は、そのスマホををじっと見つめだけである。

八十一
JPBの控室では仕事を終えた数名のメンバーが、ロッカーの前で帰り支度をしたりしている。既に瑠璃華達はいない様でテーブルには山内と駒田が着いているだけである。その山内がロッカーの前の着替えを終えた萌木に声を掛ける。
「萌木ちゃん、この前のコンビニでカマンベールスフレチーズケーキ買って来てよ、奢るからさー」
「えっ、今日もう遅いんで―」と返す萌木。すると駒田が
「この前、めちゃ旨いと言ってたじゃん」と続けて来る。
「私達じゃ、先輩の内に入らねぇか」と山内。
その言葉にロッカーのドアをバタンと閉める萌木、そして何とか
「判りました、行って来ますよ」と言う言葉を口から吐き出していく。すると、千円札を出して
「アミマじゃなくてラーソンだよ」と言って指示を徹底する山内である。
萌木はその言葉に横柄に頷いてから、それを取って部屋を出て行く。
一方、部屋に残った山内と駒田は厭らしい笑いを浮かべて顔を見合わせている。

八十二
一方、探偵団の事務所で一緒にテーブルを囲んでいるマユと横田に、北山が報告と言うより話をしている。
「今日大変だったんです。バスが故障しちゃってタクシーに分乗して帰る事になったんですけど大渋滞で、あたし達は運転手さんが裏道に詳しくてラッキーだったんですけど、萌木さんなんかあたしが帰る時になってもまだ戻って来てなかったです―」    

八十三  
ガード下の地下通路をコンビニの袋を持った萌木が一人、歩いている。
他に人影は見当たらず薄闇があるだけで、危険がある様には見えない。
しかし、危険は潜んでいただけだった。
何時の間にか萌木の後ろには、二人の男の影がある。
その二人の男はサングラスとマスクで顔を隠しているが、かなり若そうな感じで萌木に近づくと急に走り出す。
そして、二人の男は萌木が振り返る間もなく襲い掛かってくる。
直ぐに萌木に殴る蹴るの暴行を加える二人の男の片割れが、携帯していた金属バットを出して倒れ込んだ萌木の右足を殴打する。
悲鳴を上げるだけで、萌木は殆ど何の抵抗も出来ず蹲るだけである。
近くに転がっているコンビニの袋からは、洋菓子が毀れ出ている。 

八十四
事務所では変わらない三人がテーブルを囲んでいて、再び北山が坦々と喋っている。
「川本さんは、柴田さんの様な気がするって言ってました。現役のメンバーには流石に居ないと思うから一番あり得るんじゃないかってと言う事です。他に聞いた人は口が重かったですね」
「柴田さんって―」と横田が聞くと
「まだJPBがそれ程人気がなかった初期の頃に辞めた人で、瑠璃華さん達と仲が悪くて衝突して去って行った人だそうです」と話す北山。
「会える―」とマユが北山を確り見て言うと、頷く北山。
「ええ、会えると思います。川本さん、連絡取れるって言ってましたから」。その言葉に
「会って来ます」とマユが横田に言うと
「今から―」と横田は、もう結構時間が遅いし一緒に行くメンバーもいないと思うので否定的に言う。しかし
「いけませんか」と妙な位やる気満々のマユに
「嫌、別に構わんけど―」と返して仕舞う横田であった。

八十五
かなりの年配に見える男性が帰り道急いでいると言う風に地下通路を歩いている。
その男性は通路にうずくまっている萌木の傍らを通り過ぎて行くが、何か違和感を感じて振り返る。その男性、通り過ぎた時は物だと感じた物が、人だと判り歩み寄って行く。そして、人だと判った萌木に
「如何されました」と声を掛ける男性。
その声に顔を上げる萌木。その顔は少し変形している様な感じで鼻と口から出血している。
「大丈夫ですか」と続ける男性。
萌木は、立ち上がろうとするが、足を酷くやられた様で立ち上がれずへなへなと座り込んで仕舞う。

八十六
柴田のマンションのインターフォンの前には、結構気持ちの入った決意と言うか強い意志と言うかそう言った物を不思議な程感じさせる様なマユの顔がある。マユがインターフォンを押すと柴田が直ぐに顔を出す。
その柴田はマユと同じ位の歳の筈だが、マユより大人っぽく見えると言うか世間ずれした風である。
「ちょっとお話を伺いたくて、川本さんから連絡があったと思うんですけど」
と言って名刺を差し出すマユ。それを取って一応見てから
「上がってよ」と口を開く柴田。
その柴田の顔は、どちらかと言うと訪問を歓迎していると見て好い物である。

柴田のマンションのエレベーターの中には、柴田から話を聞き終えたマユが一人でそれに乗っている姿がある。
柴田の話は来た甲斐がなかったと言う様な物ではなかったが、何か凄い物を掴んだと言う訳でもなかった。
それでもそのマユの中に、柴田の言葉がどんどん甦って来ていた。
「竹内とはずっと逢ってはいないの、この前電話で喋っただけで。だから次の休みの日にでも逢わないと言ったら、次の休みは自殺した女の子担任だった田代って言う先生に会わないといけなから駄目だって言ってたんだけどねー」 
階数の数字は下がって行って柴田の部屋からは離れて行くが、言葉は続いて来る。
「そうその通り、あたしがネットに書き込んだんだよ。竹内から聞いた話とあたしが知ってる事をね」
階数表示を見つめているマユに今度は島本の言葉、ずっと引っ掛かってた言葉が浮かんで来る。
 
マユのスマホを見つめている島本の
「此処は美侑の字じゃないよ」と言う言葉に
「何処」と聞くマユ。
「此処、おにいちゃん―の声がした、と言う所」
「何の積りで書いたのか判らないですね」
と言うマユに、それを見つめ続けるだけで何も答えない島本。
「如何言う訳で誰が書いたんですかね」と首を捻るマユに
「何で―おにいちゃん―」と呟く島本。
その島本の目は、既にスマホではなくて過去を見つめていた。

青海中学と書かれた門。
落書きが一杯書かれた壁。
「友情は永遠に続いて行く。晴海と美侑。おにいちゃん―の声がした。おにいちゃんは永遠におにいちゃん、二人とって」と書かれた落書き。
職員室で男性教師の浅野とマユと本山が向き合っている。
「竹内が死んだなんてまだ信じらなくて―」と言って目を伏せる浅野に
「転校されてからは逢われてないんですよね」と聞くマユ。頷いてから
「この前、緑川中の田代の連絡先を教えて欲しいって言う電話があったけどね、私と同じテニス部の顧問なんだけど―」と話してくれる浅野。

竹内が溺死体で発見される一ヶ月前に時間が巻き戻される。
ブルースターズが入るビルの前にタクシーが停まると、JPBの制服姿の竹内が降りて来る。
その竹内は、急ぎ足でビルの中に入りエレベーターに乗り込んでいく。
そのエレベーターが到着する十一階にあるJPBの控室では、瑠璃華と絵夢がテーブル着いて煙草を吸っていて、加奈がテーブルに腰掛けてガムを噛んでいる。

十一階に止まったエレベーターのから出て来た竹内は控室に向かって歩くが、ドアの前で立ち止って仕舞う。
ドアがちゃんと閉まっていなくて部屋の中から瑠璃華達の声が聞こえて来て、煙が立っているのも見えた所為だが、竹内はそこで考え込んで仕舞い中の声を聞き続ける事になる。
瑠璃華達が煙草を吸っているんじゃないかって事は、最近妙な位消臭剤のにおいが立ち込めている時があり薄々勘ずいていた事ではあるが、今ここで中へ入って行くとトラブルに為りかねない。かと言ってこのJPBの制服で帰るのも不味いと言えば不味い。
そう思う間にも、声はどんどん聞こえて来る。
「おにいちゃんがそば屋の跡は継がないって言ってるんで、あたしが継ごうと思えば継げるんですよ」  
と言う加奈の声が聞こえて来ると、笑っている様な絵夢の声も聞こえて来る。
「不味くなりそう」
「酷い、お兄ちゃんにも言われましたけど―でもお兄ちゃんはもっと酷くて、ひと月で店潰すと言われました」
「正直な好いお兄ちゃんじゃない」と言う絵夢の声に続いて
「おにいちゃんは止めてくんない、思い出すから―」と言う瑠璃華の声が初めて聞こえて来る。
「瑠璃華さん、一人っ子でしょ」と言う加奈に、頷いてから
「ホント、言い方が似てるのよ」と瑠璃華が返すと、竹内が部屋に入って来る。
竹内はこのまま中へ入らず自腹でタクシーで帰ろうかとも思ったが、それでは逃げているみたいなので入る事を決断したのだった。しかしその決断はしない方が好かった。確かにその決断は正しいとしか言い様がないかも知れないが、神様が何時でも正しい事を好んでいるとは言い難い。
兎に角竹内が入って来た事で場の雰囲気は一変する。
その竹内と、もう全員帰っていて誰も入って来ないと思っていた瑠璃華達三人との間に火花が飛ぶ。その割には
「まだ帰ってなかったんだ」と絵夢が穏やかに言うと
「―雑誌の取材があったから。何やってんの」と竹内が返すと
「売れっ子は違いますなあ―」と皮肉っぽく絵夢が応える。すると
「あんた、あたし達の間に割って入れるとでも思ってるの」
と加奈が直球な言葉を投げて来る。その加奈に
「少しは後輩らしい口利けない」
と言ってから、煙草を吸い続けている瑠璃華に、自分達の仕事を侮辱していると感じた竹内が
「あたし達の仕事、舐めてんの」と率直に問い質す。その竹内に
「ちくるわけ」と圧力を掛けて来る絵夢。
無言の竹内に、瑠璃華が続けて言って来る。
「同期を売るのかって聞いてんの」
「―売る積りはないけど、止めないのなら立川さんに話す」
「あんなオバサンよりもう瑠璃華さんの方が偉いの」と言う加奈に
「―如何言う事―」と問う竹内。
「瑠璃華さんと社長とは―」と言う加奈を制して
「あんたもいい加減理解した方がいいよ、世界はあたしの思い通りになっていく物なの」
と言う言葉を吐く瑠璃華。
「どうかしてる―」と言ってから
「おにいちゃんは―思い出すからって、何を思い出すの」と言う竹内だが、この時に具体的に何かを想像出来た訳ではない。「おにいちゃん」と言う竹内の何処かに引っ掛かった言葉が、勝手に行った質問と言って好かった。
その問いに瑠璃華は竹内を確り見てから
「あんたに―関係ないっしょ」と言う。そして竹内を笑ってから
「帰りますか」と二人に声を掛ける瑠璃華。
瑠璃華が立ち上がると、絵夢も続く。加奈は灰皿を隠し場所に戻して部屋に消臭剤を撒く。
そして、竹内の前に歩み寄って顔に向けてもそれを撒いて
「真面目くさ」と言ってから瑠璃華達の後を追って行く。
残された竹内の顔は怒りに溢れていると言うよりは、もやもやとした疑念と言って好い様なものが満ちて来る前の顔である。その顔の前を手で払うと言う一見意味の無い行為を行う竹内だが、やってみるとそんな事はなく目の前に落書きが一杯書かれた壁が現れていた。

壁に書かれた「二人の友情は永遠に続く、晴海と美侑。おにいちゃん―の声がした」
と言う落書きを見つめている竹内が、それに続けて
「おにいちゃんは永遠におにいちゃん、二人にとって」と書き足している。
時間が進んで竹内が生まれた町の出身中学に戻って来ているのだ。
瑠璃華が言った「おにいちゃん―」と言う言葉が竹内を生まれた町に引き戻していた。
その言葉が、竹内の中で目の前の落書きと繋がったのだ。
由香が書いた「おにいちゃん―の声がした」と言う、意味不明と言っていい様な落書きが意味を持ち始めて来ていた。

竹内が緑川中で由香の担任だった教師の田代と向き合っている。
竹内は「おにいちゃん―の声がした」の「おにいちゃん」が島本の兄の事の様な気がしてきていた。島本が兄の事故に瑠璃華が関わっていると思ってる事は知っていたので、あの時の瑠璃華のその言葉に対する様子か引っ掛かっていたし、由香が青海中までやって来て自殺した事がずっと気になっていた。
そろそろ昼休みも終ろうとしている時、クラスメートに緑川中の竹内の知り合いの子が来てると言われて、向こうも同様に授業をやっている筈なのでこんな時間に何でと思いながら教室を出て行くと、落書きが一杯書かれた壁の前に立っている何時もと様子の違う由香を見つけたのだった。そして
「どうかしたの」と声を掛けたのだが、声は返って来なかった。由香から声が返って来る事は二度となかった。
外へ向かって歩いて行くので緑川中に戻るのかと思い、授業が始まる教室に急いで戻った竹内だったが、さほどの時間も経たない内にその行動が間違いだった事を知らされる。教室に戻った竹内の耳に校庭から大きな悲鳴が届くまでの時間はかなり短い物だったと言う事だ。
教室がざわめき立って多くの者が窓に駆け寄った。竹内も遅れ馳せながら駆け寄って窓の外の校庭を見つめた。
そこには、恐らく血だらけの由香が横たわっていた。かなり距離が在ったのに出血しているのが判ったからそう思った。由香であるかどうか顔を判別出来る距離ではなかったと言う事でもあるが、緑川中の制服が由香である事を示してくれていた。
「第三者委員会が虐めはなかったと結論づけているのに今更どうこう言われてもね―」
と言う田代の言葉が、長く感じた過去の記憶を辿る作業がほんの一瞬だった事を理解させてくれた。
「瑠璃華達に虐められて自殺したのは周知の事実だったんでしょ、青海中まで噂聞こえてましたよ」
と竹内が言うと田代は嫌な顔をするだけである。
「青海中までやって来て自殺した事が、虐めの原因になった事と関係してるかも知れないと思ってるんです」
「虐めはなかったんだから、原因もありませんよ」
「あたし、自殺する前の由香ちゃんに会ったんです―」
「兎に角、話す事はないので帰って下さい」と言って職員室の自分の席の方に歩く田代。
竹内はと言うと、仕方なくてではあるが次の目的地に向かっての一歩踏み出すだけである。 

脇坂の家の玄関で竹内が脇坂と話していて、迷惑そうな顔の脇坂が
「内の娘の事はもう終わった事なんで、話す事はありません」と言う言葉に
「如何しても由香ちゃんが虐められた原因が知りたいんです」と竹内が食い下がっている。
「あなたが内の奴の同僚だった竹内さんの娘さんだなんて驚いてますし、娘を知ってた何て尚更です。御存知かどうか知りませんが、内の奴は五年前に亡くなっているんで―」
「ええ、存じ上げてます。お悔みも申し上げずに聞いてばかりで恐縮ですけど―凄く大事な事になるかも知れないので―」
「どの様であっても、もう死んで仕舞ったんですよ―何時までもつつき廻さないで下さい」
その言葉で門を閉めて足早に家の中に消えて仕舞う脇坂と、尚その方を見つめ続ける竹内である。

台所で料理を作っている有里子の所に竹内がやって来て
「何作っててるの」と声を掛ける。
「―待ち遠しい。久し振りでしょ、お母さんの料理食べるの」と言う有里子に頷く竹内が
「あっ、若鶏のトマト煮込みか」と声を発する。
「お母さんを病気にしてまでやらないといけない大事な用って何なの」
「御免―あたしの思い込みかも知れないから、はっきりしたら話す」
すると、テーブルの上の竹内のスマホにメールの着信音がする。
引き返してそれを取る竹内。 
「またまた御免、ご飯食べれなくなっちゃった」と言って手を合わして頭を下げる竹内。
その竹内を呆れ顔で見つめるだけの有里子だが、仕方がないわねと言う風にそれを優しい苦笑に変えて行く。

何度も薄汚いと言うのは失礼だが、やはりそれが正しい中華屋の暖簾を潜って行く竹内。
店の中に入ると女主人に頭を下げる竹内。此処は一度だけ由香に連れ来て貰った事がありお父さんが大好きな店だと言っていたので、女主人にもし来られたら連絡して欲しいと頼んでおいたのだ。
店内は殆ど満席で好都合としか言いようのない状態である。
「相席宜しいですかと」と言って勝手に脇坂の前に座る竹内。
「またあんたか」と言う脇坂の声が返って来る。
「如何しても虐め原因が知りたいんです」と返す竹内。
竹内を見つめる脇坂。その竹内の前に水が置かれと、脇坂の前の餡かけチャーハンを促して
「同じ物、お願いします」と言う竹内。
「餡かけチャーハン、一つね」と言って去って行く女主人。

竹内の実家では竹内に持って帰らす為に料理を、プラスチックの密閉容器に詰めている有里子の姿がある。

竹内は脇坂の話に少なからずショックを受けていた。
瑠璃華に言われて由香が島本の兄の悠太を川に誘き出したと言われたからだ。自分も兄の様に慕っていた悠太の事故には為っているが、島本は瑠璃華が関わった事件の様に思っている件に由香が自分と知りあう前とは言え関わっていたなんて驚きでしかない。只その事によって、事件である可能性は凄く高まったと言える。瑠璃華に嵌められた可能性と言ってもいいと思う。
その事が虐められた原因の元になって、自殺に繋がった様だと脇坂が言うので
「由香は誘き出しただけじゃなくてそこで何があったか知ってたんですか」と問う竹内。
「そうみたいなんや、それを話したい、本当の事を話したいと言ったら虐められ始めたみたいやな」
「でもそれを話してはくれなかったんですね」と言う竹内に、頷いてから
「瑠璃華を怖がってたからな」と言ってから目を閉じて
「学校に居られなくなる」と泣きながら言ってたなと言う脇坂。俯いている脇坂の方を見つめて
「辛い記憶を思い出させて申し訳ないですけど、もう一つだけいいですか。本当の事を話したいと言い出したきっかけとか判ります」と竹内が言うと、首を横に振ってから
「判らんけど、ひょっとしたらあんたの事が関係してるんやないかと思えて来てるんや。あんたが由香の知りあいで島本さんのお嬢さんと大の仲良しだと聞いて思ったんやけど―」と話し出す脇坂。
「確かに島本は大の親友と言うか―それ以上ですけど―」
「島本さんのお兄さんなんて内の娘にとって誘き出した時は全くの赤の他人やった筈や、それがあんたの存在で何かの時に変わったんやないかと思ったんや」
「あたし、ですか―」と言う竹内はにわかには信じられないと言う様であるが、それでも記憶を巡らして五年以上も前の此処での記憶に再び辿り着く竹内である。

竹内の前には由香が座っていて二人とも餡かけチャーハンを食べている。母の職場で送別会があると言う事は父の仕事が遅い由香も同様の境遇になると言う事なので、親から二人で食事をしなさいと言われ由香の提案で此処にやって来て食事しているのだ。竹内が正直な料理の感想を
「これ、美味しいね」と言って表明すると、由香は
「そうでしょ、お父さんが大好きなの」と言って笑顔を見せる。そして
「青海中で誰と一番仲が好いの」
と聞いて来る。青海中の子の事なんか殆ど知らない筈なので、聞いて如何すると思いながら
「晴海、あの島本家のお嬢様」と業と得意げに言ってから
「青海中と言うより、幼い頃からの一番の親友だけど」と続ける竹内。
すると急に口を閉ざすのは不味いと思った様で、由香は餡かけチャーハンを食べる。
「どうかしたの」と声を掛けるが、少し俯いて食べ続ける由香。 
その由香を訝しんだ顔で見つめた自分を思い出す竹内である。 

エレベーターの中には一階を示している階数表示に目をやっているが見てはいない様なマユが立っている。
そのマユのスマホが鳴る。
その音に我に返った様なマユが、それに出ると
「萌木がやられた」と言う横田の声が聞こえて来る。
言葉が出ずに固まって仕舞い、エレベーターのドアが閉まり切りそうになってやっと其処から出ないといけないのに気づくマユ。何とか開ボタンを押して難を逃れるマユであるが、その顔は動揺しているとか言う物ではなくて何か大きな予感と言うか特別の物を感じている様に見える。

八十七
首都総合病院の手術室のランブは点灯していて手術中が行われている事を示している。
その近くのベンチに座っている横田と本山の所に、マユが急ぎ足でやって来て
「如何なんですか―」と声を掛ける。そのマユに、憮然とした様子で
「右足を骨折してて、今その手術中や」と答える横田。
顔を曇らして二人の横に座るマユだが、二人の間に微妙な距離がありひと悶着あったなと思って笑って仕舞いそうになるマユであった。

八十八
病室のベッドの上には、足を吊り上げて顔に包帯をぐるぐる巻いた萌木の姿がある。
その萌木を取り囲む様に横田とマユと本山が立っていて、横田が探偵団の副団長の責任感を持って話を聞いている様である。
「山内さんと駒田さんにコンビニへケーキを買いに行くのを頼まれたんやな」
「絶体あいつ等の差し金ですよ、あの二人は瑠璃華の言う事なら何でも聞きますから」
と話すと言うより吐き出す萌木に
「そう言うても、証拠がないとなあー」と返して仕舞う本山。
その言葉に、包帯から覗いている萌木の目は、包帯の下の顔が憮然とし切った物である事を示していた。

病院のの廊下をマユ、本山、横田の三人がその順に等間隔で並んで歩いている。
その距離感は微妙なものであるが、横田が再び責任を持って口を開く。
「とんでもない事になったな」
その言葉は必ずしも本山に向かって言われた訳ではないが、本山は慌てて対応する。
「小嶋さん、気楽過ぎますわ」
「お前が受けたんやろ」ときつく言う横田に
「一応リーダーの一人ですから―小嶋さん最近とんと見ないと思ったら、また海外旅行らしいですね」
と愛想笑いを浮かべて馴れ馴れしく言う本山に、全く本山を見ずに
「知るか」と言い放つ横田。それに対してマユに向かって
「卒業する気あるんですかね―」と言う本山。するとマユが
「あたし、もう一度あの町に行って来ます」と確りと言う。
それは勿論本山に向けたものではない。かと言って横田に向けたものでもなく、それは自分に宣言したと言うのが一番相応しい様に思える。
本山は訝しんだ顔で一応そのマユの方を見るだけだが、横田は確りとマユ見つめて来る。しかし、掛ける言葉はまだ見つけていない様である。 

八十九
首都に向かっている列車の中の二人掛けの席に、竹内が一人で座って真っ暗の窓の外に目をやっている。
考えに入り込んでいると言った風で現在とは違う所にいる竹内だが、我に返ってスマホを出しメールを打ち始める。それは島本に宛てたもので何時もの挨拶で始まって、逢って話しがしたいの、と続いている様である。

あの小さな町に向かっている列車の中でマユと村山が並んで座っている。陽はまだ高くて車内を明るく照らしている。隣でうとうとしている村山を一瞥してからメールを打ち始めるマユ。そのメールは島本に宛てたもので
「また貴方の生まれた町に向かっています―」と言う文面で始まっている。
 
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