ペールブルーアイズ

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ペールブルーアイズパートⅩ

続ペールブルーアイズ

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百三十五
新国立競技場の電光掲示板のポール状の部分の絵夢の顔が転がり落ちると、替りに島本の顔が競り上がって来る。その後ろの分割された大ビジョンには大行列になっているレジが沢山映っているが、どのレジもやくざ風と言うかチンピラと言うか、そう言う類の男が割り込んで来ていて大混乱になっている。

そのレジの一つに田中と有吉が並んでいるレジがある。そこに木佐貫が雇った妨害要員のヤクザ、高村が割り込んで来る。そのおっかない感じありありの高村に、田中が
「オッサン、みんな並んでんだよ」とはっきりと棚が言い放つと
「ずっと前から此処にいるよな」と隣の防戦買い要員の福本に同意を求める高村である。 
二人は木佐貫に雇われた仲間ではあるので、福本は全くの嘘を当然の事の様に言う。
「はい、居られました」
しかし木佐貫の指示に従って商品を買ってポイントを上げるだけのアルバイトである福本は、如何見てもやくざオッサン風の高村に、まあオッサンと言うにはまだ若い高村だが、関わりたくはなかった。それなので後はしかとして全く関係ないと言う風な福本である。勿論、仕事上もそう言う振りが必要だったのだが―。
只、見え見えなのも明らかとしか言い様がなかった。
それが、次の有吉の言葉で完全に表現されて、レジ前の攻防が唯の臭い芝居でしかない事が示される。
「お前ら、アイドルダービーの回し者だろ」と言う有吉に続いて、田中が
「やっぱり噂は本当だったんだな、損が出そうになると防戦に廻って来るって言う―」
と追い討ちを掛ける。すると
「つべこべ言ってんじゃねえよ」と言って田中の胸座を掴む高村。
「暴力沙汰ですか」と怯まずに返す田中には意地があった。あんな死に方をした美侑に対する最大の供養が島本をスーパーファイナルでトップに立たせると言うのは的外れな考えじゃないと言う自信があったし、第一ヤクザに脅されて止めたなんて美侑に笑われて仕舞う。
兎に角、最後まで戦えば何が起こるか判らない、それがスーパーファイナルであった筈だ。瑠璃華が登場する前のスーパーファイナルは確かにそうだった。瑠璃華以前のスーパーファイナルに戻す為の戦いと言って好いのも知れない。島本がやってくれそうな気がしていた。全ての可能性を解き放ってくれそうな気がした。
「暴力はいけませんよ」と有吉が宥める様に言うと、それが仕事である筈なのにそれが気に喰わなかった様で
「うるせぇんだよ」と怒鳴る高村。
「離して下さいよ」と柔らかく言ってから、強い語気で
「何時までも割り込んでんじゃねえよ」と決意を示す田中。
「何だと」と言って田中に殴り掛かる高村。
「この野郎」と殴り返す田中だが、高村の反撃を喰らう。
そこに有吉も加わり、三人で殴り合いの喧嘩になる。

百三十六
高級ホテルのスイートルームがある最上階の廊下に動揺して座り込んだりしているJPBのメンバーと立川と黒石の姿があり、その近くのトイレの多目的室に絵夢の死体を確かめている柚木とそれを見つめている新山と横田と本山と渋沢の姿がある。また新山達の後ろにはホテルの従業員の姿もある。
如何見ても死んでいる絵夢だが、柚木は一応その絵夢の脈を採って新山達に首を横に振る。
「此処ですかね」と本山が壁の落書きの方に目をやって言うと、スマホを手にした横田が
「駄目ですね、電源切ったままみたいですね」とマユと連絡が取れない事を報告する。
「あの馬鹿、何やってるのかな」と死体を見つめたまま柚木が呟くと
「このブルーオーシャンって―」と新山が誰と無しに問う。
「大人気の、島本さんが関わったアトラクションですけど。此処へ行ったんでしょうね、瑠璃華は―」
と言う横田の言葉に、溜め息交じりの言葉を死体から壁の落書きに目を移した柚木が吐く。
「マユも、此処へ行ったのかな」
その言葉には、誰も同意しないが否定もしない。

百三十七
新国立競技場の電光掲示板の大ビジョンには多数のレジの映像が映し出されているが、そのどれもで喧嘩と言うか乱闘と言うかとんでもない争いが起こっている。
「遂に頂点を賭けた最後の戦いが始まります。決定すれば今年も勿論、スーパーセブンの皆さんのインタビューがありますからね―」と喋る三角が大ビジョンの方を見つめて何も喋らなくなった飯倉の方を見る。
見つめたままで飯倉からは何の応答もないので、仕方なく喋り続ける三角。
「もうこの会場に着いていると思います」
その三角も大ビジョンの方を振り返る。そして
「それにしても今年の演出は凄いですね」と喋ってから飯倉の顔を見て
「凄過ぎませんか」と言う三角。インカムを切って
「こんな演出ある訳ねぇだろ」と半端怒鳴る飯倉。インカムを切らずに
「そう、そうですよね」と言って改めて大ビジョンを見る三角。
「これ、これ好いんですか―」。三角にインカムを切る様に促して
「いい訳ねぇだろ」と語気を弱めて言う飯倉。
失笑も漏れ聞こえるが、殆どの観客が唖然とした顔で大ビジョンの方を見つめている。
インカムを切り換えてコントロールルームに飯倉が苦言を呈する。
「何時までこんな映像流してんだ」。その言葉に
「―なん、何なんですかね、凄い事になってますね」
とコントロールルームにいるディレクターの海部の、呑気と言っていい様な声が聞こえて来るので
「呑気な事言ってねえで、何でもいいから他の映像にしろよ」と再び半端怒鳴る事になる飯倉である。
既に最後の戦いは始まっていて、電光掲示板に表示されている島本と瑠璃華のポイントの数字が動き出しているがまだ大差がついている。

海部の他に数名のスタッフがいるコントロールルームで、海部が飯倉に答えている。
「はいはい、判りました。御指示に従います」と言ってからスタッフに
「映像をJPBのプロモに切り替えて」と指示を出す海部。
「今さっきのプロモでいいですか―」とスタッフ。頷く海部に他のスタッフから
「JPBまだ来てないですけど、どうなってんですかね」と言う声が飛んで来る。それにも
「そうなんだよね、どうなってんでしょう」
と変わらない呑気な調子の海部であるが、モニターの映像に流石に一回は首を捻る海部ではある。

田中達が並んでいたレジでは高村を血だらけの田中と有吉が押さえつけていて、列に並んでいる人達に
「早くどんどん買って下さい」と叫んでいる。
「島本さん、十枚」と一回で買える最大枚数を次々と買って行く人達。
島本だけが写っているジャケットのCDが次々と袋に入れられていく。

「島本さん十枚」と言う大木の声が響く他のレジでは、その横手の方で志木部がチンピラ風の男を
「この回し者が―」と言って蹴り上げている。レジの方からは大木の声に続いて
「島本さん、十枚」と言う声が聞こえて来る。

百三十八
新国立競技場の電光掲示板の大ビジョンにはJPBのプロモーションビデオが流されていて、メンバーの顔が縦に並んでいるポール状の部分の所に其々のメンバーが獲得したポイントが表示されているが、動いているのはもう島本と瑠璃華の数字だけである。
激しく動くその数字の差が、明らかに詰まっている二つの数字がプロモに替わって大ビジョンに大映しにされる。
その数字を見つめる三角と飯倉と新国立競技場の大観衆。その中には新井と佐原の顔も見る事が出来る。

一方アトラクション、ブルーオーシャンでは瑠璃華に扮したマユがゴンドラに乗り込んでいる。
ゴンドラの準備完了のランプが点灯すると、ゴンドラがゆっくりと上昇し始める。
見上げるマユ。
そこにはゴンドラが見える。
そのゴンドラにコントロール室から出て来た島本が乗り込んで行く。
空が光る。
その空を見上げるマユ。

ブルーオーシャンから近いと言えば近い新国立競技場の空も光っていて雷の音が響いている。
空を見上げる飯倉と三角。
その二人に冷静さを取り戻させる様に、雨が落ちて来る。
電光掲示板には変わらず激しく動いている瑠璃華に島本のポイントの数字が表示されている。只、その差は驚くほど詰まっていて、その所為でその数字を凝視している大観衆は明らかに静かになっていると言うか息を呑んで来ている。
それが新国立競技場に不気味な静けさを齎していて、これから起きる事を予見している様にも思わせてくれる。

元々早い訳ではないが、マユが乗るゴンドラの上昇スピードがゆっくりとした物になって来る。
島本が乗るゴンドラに近づいて来た為で、マユのゴンドラがの方を見つめている島本の姿が見えて来る。
雨が少し強くなって来て二人を濡らして行く。

百三十九
ホテルの一室では茫然自失と言った表情でモニターの方を見つめている木佐貫の姿がある。
その横の方では堀がモニターを見つめているが木佐貫との間に何とも言えない様な距離が出来ている。
勿論実際の距離が変わった訳ではないが、スーパーファイナルが始まる前とではまるで違っていた。
それは、最後の手段に呆れて仕舞った堀に犯罪の片棒を担いでるんじゃないかと言う当然の様に芽生えて来た思いの為に生まれて来た物だが、その距離は拡がる事はあっても決して縮まる事はないのが確信出来る物である。
電光掲示板に表示されている数字は相変わらず激しく動いているが、多少スピードは落ちて来ている様に見える。
数字自体は全く拮抗していて木佐貫にとっては見たくもない光景の筈だが、木佐貫は憑りつかれた様にモニターを見続けている。
時間が尽きて数字の動きが急にゆっくりになる。

新国立競技場の電光掲示板の数字が止まっている。
僅かに瑠璃華のポイントより島本のそれが上回っている。
飯倉と三角は只、その数字をじっと見続けているだけで、MCの仕事を忘れて終ったかのようである。
大観衆はと言えば静まり返って仕舞っている。
しかし、直ぐに怒号とも歓声とも判らない様な声が湧き上がって来る。

沢山の数字が堀のパソコンには並んでいる。
「一等の当選者が七人で、当選金が約三十一億円です―結果―三百三十五億七千万―」と言う堀の言葉を遮ってモニターを見続けている木佐貫が
「悪夢だな―」と呟く。そしてモニターの飯倉が
「歴史が動きました」と言う言葉に苦笑する木佐貫。
「―五百七十円の赤字です」と続けている堀に対してはシニカルな笑顔を作って
「細かいな」と返すだけである。
「内、こんなお金払えないですよね」
「いや保険会社が払ってくれるから、払える事は払えるよ」
「そうですか―取り敢えず安心しました」
「今回は大丈夫だよ。唯、次の保険会社との契約更新の時、向うが突きつけて来る額は払えねえって事だよ」
「やっぱり再就職先は探さないと駄目って事ですか―」
その堀の言葉に堀を一瞥する木佐貫。
堀は取り敢えずパソコンを触る事で何とかその場を保とうとするだけである。

百四十
ブルーオーシャンではゴンドラに乗っている島本がバトルオンのボタンを押すとランプが点滅して、三十秒後に戦いが始まる事が示される。マユが乗るゴンドラも殆ど同じ高さまで上がって来ていて島本と向き合う様になっていく。マユを瑠璃華だと見ている島本が
「ゲームの始まりでーす」と瑠璃華に扮したマユに告げる。
その言葉に、ゴンドラの中のマユは無言で島本をじっと見つめる。
「死のゲームが始まったの、やっと最後のね」と続ける島本。その言葉には 
「如何いう積りなの」と言葉を返すマユ。
その声に少し違和感を感じた様な島本だが、瑠璃華に対する自分の決意を示す島本である。
「お前と、最後の決着を付けるのよ」
その頭に来る決意と、自分との約束など全く無視したその言葉に
「ふざけた事言ってんじゃねえよ」と声を張り上げるマユ。
その所為で、その声が瑠璃華の物ではなくどっかで聞いた事のある物だと気づいた様な島本。
ゴンドラは戦いに備えて、遂にと言うかやっとと言うか同じ高さになり最接近している。島本の訝しんだ
「お前―」と言う言葉で早くもばれたかと言う様に、少し顔を顰めるマユは返す言葉がない。再び
「お前―」と自分の事と言うより名前を忘れた様な感じで、今度は考えた様子で言って来る島本に、殆ど
「忘れたんか、マユだよ」と怒鳴ってやろうかと思ったが、せっかくの一世一代の大芝居を、ナンバーワンのアイドルを簡単に止めるのもあれだと思い瑠璃華の様な笑顔を作るマユであった。
勿論、瑠璃華であると思い直して貰えると思った訳ではない。
殆ど意味不明の行為だった。
只、島本が当然の様に瑠璃華に対する態度をはっきりさせてくれた今、自分が瑠璃華でいる必要はなくなったしその意味は完全に失われて仕舞った。なので、ひょっとしたら仮装大賞とか物真似大賞だとか揶揄する声もしているかも知れない変装はもう止めた方が好いかと思うマユでもあったが、そだ何故か瑠璃華でいたいマユでもあった事も確かだった。
まだ瑠璃華でいるマユを見つめる島本は、不思議そうな顔になっている。
マユも島本を見つめ返すが、マユの思いはまだまだ駆け巡り後悔の念が募って来る。
正直、もう少し如何にか出来なかったのかと思うし、後悔もしている。しかし、もう遅すぎる。良かったのはこうやって瑠璃華に替わってやって来た事ぐらいに思える。それによって、もうこれ以上犠牲者を出さないと言う事は成し得たのだから―。絵夢は言わずのものだが加奈も横田や本山が言う様に島本が手を下したと言っていい様に思える今、これ以上犠牲者を出さないと言うのが兎に角大事なのは間違い無いだろう。
逆に考えれば島本の恐らくではあるが、三度目の殺人を防げたと言う事でもある。本人の意向は兎も角、そう考える事がマユを一番救ってくれた。それが一番だったし、それだけだったと言う事だ。
他の事は自分の責任も大きいと思っている。何も瑠璃華でいる事でその責任から逃れていたい訳ではない。勿論、そんな見せ掛けだけの事で気休めになる事もない。
しかし、自分の家でウイッグを被って初めて瑠璃華になった時から、結構その自分を何となく気に入っていた。
そして、改めて瑠璃華風の化粧を施して瑠璃華になり切った自分を見て、自分も捨てたもんじゃないと言うより瑠璃華と見間違う様なのだから結構最高に近いんじゃないのと思ったりして、如何して彼氏の一人も居ないのか不思議としか言い様がないなと思う有様だった。
馬鹿と言われ様が自分と全く違う存在に為るのは悪くないのだ。
唯の気休めだと言われればそうとしか言い様がないが、瑠璃華もそうだった様な気がしている。
ナンバーワンのアイドルと言う作られた存在は、本当の瑠璃華から程遠かった様に思える。
瑠璃華の様に笑ってみて本当にそう思ったのだ。そうでないとあんなに完璧に笑えるものではないと思う。
瑠璃華自身の力だけでナンバーワンのアイドルになった訳ではないと言うか、他の力が、瑠璃華の意志とは関係のない神の力と言っていい様な力がその中心にあった様に思えた。
瑠璃華ももう直ぐ目の前に迫っている島本と同様に、運命と言うか何か大きな力に動かされている気がしたと言う事だ。そうでないとあんな完璧な存在になれる筈は無い。
ウイッグを取り上げて、瑠璃華を剥ぎ取って来たのだ。
それは嫌だった。
ナンバーワンのアイドルから唯のお節介な女子大生に戻されるのもそうだが、中身がボロボロなのが丸見えの様で嫌だったのだ。本当の処だ。自分が相手にされていなくて、殆ど無視されていた事が判った今そうとしか言い様がない。
自分の無力さを痛感しているし、名前も碌に憶えて貰えない存在感の無さに悲しくなる。
最悪だった。
ウイッグがなくなって殆ど完璧だったビジュアルも台無しになり中々の筈だった演技も必要がなくなり、ただ間の抜けた様な顔で立っている女子大生探偵なんてそうとしか言い様がない―。
「中々の演技だって―ただ立ってただけだろ」等と言う奴がいたら怒鳴り散らしてやろうと思うマユだが、本当に怒鳴り散らしたい相手は目の前にいる。
その相手は、ナンバーワンのアイドルからお節介な女子大生に引き戻されてがっかりもしているが、少しはほっとしているマユにウイッグを自分のゴンドラに投げ捨ててから、少しだけ笑い掛けて
「似てるんだね」と言って来る。
「そう―」とだけ小さい声で返すマユは、もっと島本に大笑いして欲しかった。そうして自分の馬鹿さ加減を示して欲しかった。その相手は、島本は笑いを消して馬鹿にした様に言う。
「何の積り―」。その言葉には小さくはない声で答えるマユ。
「何の積りじゃないわよ、しかとしっ放しで―約束はどうなったのよ」
「―何の、約束」
「復讐しようなんて、馬鹿な事やらないと約束したでしょ」 
「約束なんてしてねえよ」
「確り頷いたじゃない、ガードの下で」
その言葉に、何とか判ったとばかりに
「―聞こえたって聞いて来たみたいだったから、頷いただけ」
「聞いてない、よくそんな恍けた事が言えるわね」
「そう―これは復讐じゃないの、唯の対決ゲームなの、瑠璃華と対決して蹴りを附ける為のね。それよりバトル、スタートしてるの。あたしと対決する」
やる訳ないマユは、馬鹿な事を聞くなと言う様に島本を無言で見つめる。
「死にますよ」と言う言葉に
「何で―」と返すマユ。
「これ起動したら止めれないの、早く止めないとオモチャじゃない本物の槍で戦う死のゲームをやる事になるわよ」と笑って言う島本。
「どうかしてる」。その言葉に首を横に振って
「あたしの仕込んだ問題だから負ける事はないの」と続ける島本。
「随分卑怯ね、答え判ってるって事でしょ」。その言葉に頷いて
「あんな女に卑怯も糞もねぇよ」と答える島本。
「復讐を対決とかゲームとか言ってるの唯の思弁じゃない」。少し考えて、少し首を捻ってから
「詭弁じゃない」と返して来る島本。こんな時に馬鹿な間違いをする自分に、呆れるマユたが
「そう思ってるから、直ぐに気づけるのよ」と少々強引な言葉で体裁を保とうとするマユでもある。
「そうでっか」と何故か関西人になった島本に軽くかわされると、如何見ても自分が劣勢なのが気に入らないのか、マユは重みのある言葉を吐いてみる。
「お兄さんが亡くなられたって言うのは聞いたけど―こんな事やっても喜ばれないでしょ」
言葉は返って来ないので更に続けるマユがだ、島本に後ろの大ビジョンの方を促す。そして
「頂点に立ったんじゃないの―」と叫ぶ様に言うマユである。
その言葉に、大ビジョンの方を振り返る島本だが、それを他人事の様に眺めるだけである。

大ビジョンには新国立競技場の電光掲示板を映していて、瑠璃華の顔が転がり落ちて島本の顔が競り上がって来るのを大きく捉えている。そして引いた映像になりそれを見つめている飯倉と三角と大観衆を捉えるが、大観衆の中で投票券をを手に跪いている新井の姿と投票券を手に訳の判らない踊りを踊っている佐原の姿も同時に捉えている。

「馬鹿な事してると思わない―」
と言うマユの言葉に大ビジョンの方からマユの方に視線を戻す島本。
「自分でもそう思ってるんじゃないの―馬鹿な事と言うより、愚かな事と言った方が好いのかも知れないけど―」
只、マユを見つめている島本。
「今の晴海は、晴海じゃない」と初めてあの時呼べなかった呼び付けで、呼ぶマユ。呼んでみると、自然に呼べた事が嬉しかった。探偵であると言う自分の立場の所為もあったが、なかなか呼べなかった。今では、それが不思議に思えた。もっと早く呼んでいればひょっとしたら違ったんじゃないかと思った。
あの時渋谷で呼んでいれば、魔法の様に気持ちが通じて全てが変ったんじゃないかと思った。すると
「もう、全てが遅いの」と言う言葉が返って来た。
「加奈と絵夢の事―」
「だから、全てを終わりに仕様としたらあんたが邪魔したの」
「ずっと春香の事信じてた―」
「そう―」
「今でも春香を信じてる」
「物好きなんだね」
と言葉はやや連れないが、呼びつけた事は嫌でも無い様だったのでマユは安心した。
それだけで十分だった。そして
「ありがとう」と言う言葉が続くが、マユはそれが判らなかった。何かに対するお礼なのか、それともあたしに対する一応の感謝なのか―それとも何かを告げる言葉と言うか、それに対する前振りの様な物なのか――それとも、唯の言葉なのか―。 
すると、安心しているマユのゴンドラが揺れて、点滅していたランプが点灯してアトラクションは戦闘モードに入る。
「起動しちゃった」と笑って言う島本。
まだその意味が正確に判っていないマユは無言で島本を見つめるだけである。
更に大きく笑い出す島本。     
そんなに笑う事なのかとマユは思うが、不安も頭をもたげて来る。
「どっかの電気切ればいいんだろうけど、ホント判んないの」
と言う晴海は、今までない位楽しそうに
「頑張ってね」と続けて来る。
「何がそんなに楽しいんや」
と突っ込んでやろうと思うマユだったが、ブルーオーシャンをコントロールしている人工知能が出す
「南米の国の正式な国名を全て答えよ」と言う問題に阻まれる。
「南米―四国四県じゃ駄目」と対応するマユだが、勿論いい訳もなく人工知能が容赦なく槍を降らせて来る。
それを何とかかわすマユ。しかし矢継ぎ早に問題が出される。
「昨年の一人当たりGDP、一位から三位の国を順番に答えよ」
「日本―」と言ってみるマユ。そんな昔の答えに今度は前から槍が出て来る。
それを際どく避けるマユ。
続いての問題にも答えられず横からの攻撃を受けるマユ。
それを伏せて何とかかわすマユだが、槍がお尻を掠りJPBの制服が少し破けて仕舞う。
そのマユの目に観覧席の所にやって来た新山達の姿が入って来るが、晴海の方を振り返るマユである。
そこには笑ってもいないし楽しそうでもない晴海の姿があり、仄かに青い目がマユを見つめている。
次の問題にも答えられず、マユに向かって槍が降って来る。
ゴンドラの中は沢山の槍で逃げる余地が少なくなっていて、避け様として槍に躓くマユ。
転んだマユの制服のスカートに槍が刺さり動けなくなるマユ。
そのマユに向かって槍が降って来ると、世界が色を失う。
槍がマユの胸に刺さる直前で静止している。

色を失ったモノクロームの世界は美しい。
不思議な美しさがある。
その静止した美しい世界を、仄かに青い目が見つめている。
ゴンドラを動かしてマユのゴンドラに飛び降りる島本。島本が動かすぶんにはゴンドラは動く様である。
槍が刺さる直前の、目を見開いたマユを見つめる島本。
その目は、死の恐怖を感じるには時間が足りなくて、ただ見開かれているだけの様に見える。
島本は、そのマユを少しの間見つめ続ける。
只、その少しの時間は人類が誕生して今日に至る時間に匹敵した。
そして、マユの心臓の辺りを刺し抜こうとしている、その槍を思い切り蹴飛ばす島本の姿は他の全てがモノクロームの世界の中で孤独である。

槍は観客席で静止している新山達の方を飛んで行く。
世界が色づき始めたので慌てて自分のゴンドラに飛び乗って飛び降りる島本だが、雨に濡れたゴンドラの上に捨ててあったウィッグに乗っかって転んで頭を打って仕舞う。
すると色を取り戻した世界が、動き出す。
色を取り戻した世界は、美しく見える。
人工知能も息を吹き返して、再び問題が出題される。
それは「ツァラトゥストラ」からで、悪魔が口にした言葉を問うている。
「神は死んだ―」に続く言葉を答えよ。
その問いに、マユは記憶の糸を手繰り寄せる。
西野の顔が浮かんで来る。西野も役に立つ事があると言う事だ。
それだけ、まだ世界は不思議であり不可解であると言う事でもある。
まだまだ世界には、謎が溢れているのだろう。
「人間に同情したために、神は死んだ」と正解を答えるマユであるが、この時初めて自分達は神が死んだ後の世界を生きているのだと思うマユである。
そして、島本の行為はこの世界を直感的にそう感じ取っているからこそ生まれた行為に思えた。
確かにこの世は法治国家と言う枠組みの中に在る様に思えるが、島本に取っては見せ掛けの枠組みに過ぎず何の意味も為さなかったのだ。
そんな物は簡単に飛び越えて、島本に取っての真実の世界に生きているだけの様に思えた。
島本の行為は、島本にすれば真っ当な行為としか言い様がないのだろう。
只、人工知能はそんな事はお構いなしだ。
攻守は入れ替わり、倒れ込んでいる島本に槍が降って来る。

少しだけ意識を失っていた島本の目が開く。
その仄かに青い瞳は美しい。
悲しい程美しい。
それが悲しい程美しい世界を見つめているのか、美しいだけの世界を見つめているのかは判らない。
その上、その世界が同じ世界なのか違う世界なのかも判らなかったが、その世界は真実が支配する世界だった。
悲しい世界で、即ち現実の世界では、その美しい瞳は槍を捉えるが全ては遅かった。
槍は島本の胸に刺さり、血が噴き出す。
マユはその様子を茫然と見つめるだけである。
また観覧席では呆気に取られた顔で、その様子を目の当たりにしている新山と柚木と横田と本山と渋沢の姿があり、思い出した様に動き出している。
人工知能が島本の負けと判断し、そのゴンドラを海の方に運んで行く。
その様子は大ビジョンに映し出されているが、その中で島本が乗るゴンドラは海の方にゆっくりと滑り落ちて行く。それはまるで安住の地に向かっている様である。
やがて海の中に落ちて、ゴンドラは段々と浸水していく。
ゴンドラは沈んで行き、島本だけが海に浮かでいる。 
その見開かれたままの、仄かに青い目は怖いくらいに美しい。
それは、永遠に美しい。
その仄かに青い瞳の青は、海の青と混じり合ったかの様に不思議な程、海を鮮やかな青に変えていく。
そして島本も沈んでいき、その姿は海の中に消えていくが、その様は海と一つになっていく様に見える。

全てが青になる。

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