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詩方夢那

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第三話 灼熱ドライトマトピザ

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 死神と明日歌がカフェに入ると、いらっしゃいませと言う声が聞こえた。
 客として来ているわけではない明日歌は焦ったが、死神は気に留めていなかった
「カフェは上だからこっち」
 人目もはばからず、死神は彼女の手を引いたまま、店の奥にある階段へと向かう。
「え……えぇ?」
 店の中は落ち着いたセピア色を基調とした欧州の田舎、あるいは二十世紀初頭のアメリカを思わせる、何処か懐かしく素朴さも感じさせるしつらえだったが、その奥にあるエレベーターは明らかに異質だった。
 それは、まるで二重の鳥籠の様な外見で、スチームパンクの世界から飛び出してきた蒸気エレベーターの様だった。
 明日歌はそのエレベーターが本当に使える物であるのかどうか、死神に聞いてみたいとも思ったが、それよりも先に、二階に辿りついていた。
「ちょっと待ってて」
 死神は階段を上った先で女を待たせ、厨房で何かを話してから戻ってきた。
「上に行ってて、って」
「上?」
「三階はアクセサリー工房なんだよ」
 死神は再び明日香の手を掴み、三階へと向かう。
 二階は一階よりも洒落しゃれているが、欧州のアンティークをモチーフにしたかの様に、やはり落ち着いた雰囲気であった。しかし、三階は様子が違っていた。
 厚手のビニールが敷かれた広いテーブルと、何の変哲もない木製の椅子が並ぶだけの、飲食店にしては質素を超えて粗末な設えであった。
「イベントがある時は棚も出るんだけど、今日は準備中なんだよ」
「はぁ……」
「さ、こっちおいで」
 死神は厨房に近い一角のテーブルに明日歌を招く。
「座ってて」
「え、でも、面接官が来る前に座っちゃ」
 おそらく、エレベーターが到着したのであろう。鳴り響いたベルの音に、明日歌の言葉は遮られた。
「あ、来たみたいだね」
 明日歌が振り返ると、黒いドレスの女性がこちらにやって来ていた。
 女性は死神を見遣ると、死神は女性と入れ替わる様にその場を去って行った。
「あなたが彼の紹介で来た子?」
「あ、はい。木珠こだま明日歌と申します、本日はお忙しい所」
 黒いドレスの女はかしこまった挨拶を無視する様に、女の向かいに腰を下ろした。
「座って」
「え、あ、はい、失礼します」
 明日歌は慌てて腰を下ろす。
「あの、本日はお忙しい所お時間を割いて頂き」
「そういう挨拶は別にいいわ」
「す、すみません……」
 明日歌の知る面接ガイド通りの対応が、どうやらこの女性には通用しないらしい。
 次に何をするべきか、何も言わない女性を前に明日歌は困惑した。だが、今まで通りであれば、挨拶の次は履歴書の提出である。
 気を取り直し、明日歌は鞄から履歴書の入った封筒を取り出した。
「あの、こちらが履歴書です。返却はして頂かなくても構いません」
「あら、随分律儀なのね」
 封筒を受け取った女性は早々に履歴書を広げると、僅かにその唇を歪ませる。
「ところで、大学では何を?」
 上目遣いに明日歌を見つめる瞳は、彼女の表情が僅かに曇ったのを見逃さなかった。
「一応、心理学を……ですが、カウンセラーになる為の臨床的な実習は履修していませんし、かといって研究者になるほどの技量も無く……」
「それで、就職に失敗したと」
「アルバイトの面接は何度か受けさせて頂きましたが、どうも、接客業にはご縁が無く、今回は彼の紹介で……」
 彼とは言ったが、まさか、彼が死神で、いきなり転がり込んできた得体の知れぬ人外とは説明出来ない。
 その事に気付いた彼女はその申し開きをどうしようかと混乱した。
 しかし、目の前の女は薄気味悪く口角を少し上げたまま、そう、とだけ答えた。
「ねえ、いつから働ける?」
「え……えぇと、明日からでも、大丈夫ですが」
「じゃ、明日からいらっしゃい。交通費は明日出勤したら、帰りの分と一緒に当日払いにしてあげるから。それと、制服というわけでもないけど、作業着の用意をしておくから、普段着で来て頂戴」
「は、はぁ……」
「じゃ、履歴書はしばらく預からせてもらうわね」
 女性は笑って、もう帰っていいわよ、と言った。



 ――コップ一杯ぶんの氷を食べさせれば、一晩は十分涼しくしてくれる。魔界のお針子特製の雪だるま人形だよ。
 訳の分からない面接を終え、帰ろうとした彼女を死神は呼び止めた。そして、二階のカフェの一角に彼女を案内し、僕のおごりだからと冷たいオレンジジュースを彼女に飲ませた。
 その席で死神は彼女に、手のひらサイズの雪だるまのぬいぐるみを手渡した。
 半信半疑だったが、彼女はそれを持ち帰り、風呂に入る前、氷で満たしたマグカップにそれを放り込んだ。それから約二時間後、コップの氷は空になっていたが、雪だるまが濡れている様には無かった。そして、それを置いていた布団の上だけは、なんとなく涼しい気がした。
 そして、夜が明けた。



 何時に何処から入っていいのかさえ聞かされていない彼女は、開店よりも少し早い時間に店へ向かっていた。
 店までは片道一時間を超える距離があり、路面電車を降りてからの数分間は地獄の様な暑さだった。
 今更、此処までしてこの店に来る必要もない。そんな思いもあった。そもそも、全てが夢ではないかとさえ思っていた。あの日、自分はとっくに死んでいて、今見ているのは、残影なのではないかと。第一、死神などこの世に居るはずが無いし、それが何処からとも無く転がり込んでくるはずもないのだから。
 ましてや、氷を食べて、部屋を冷やすぬいぐるみなど、有るわけがない。
「ふふ、来てくれたのね」
 店の玄関の前に立っていたのは、あの、黒いドレスの女だった。
「えぇ、まあ……」
 答えに窮し、明日歌は口ごもる。
「さ、入って」
 促されるまま、明日歌は開店には少し早い店に入り、女に続いて三階に向かった。
「あの、私……」
 どんな仕事をするのかと尋ねようとしたが、黒いドレスの女は小さく笑って、その質問よりも先に答え与えた。
「実はね、此処の専属の占い師が、一ヶ月ほど休暇を取る事になったの」
 明日歌は首を傾げる。
「そこで、その代わりをあなたにしてもらおうと思って」
「……は?」
 それは、威圧を帯びた問い掛けだった。しかし、女は笑って振り向いた。
「……あなた、私の事、なんに見える?」
「え?」
 明日歌は馬鹿にされているのかと眉を顰めた。
「……黒いドレスをお召しの、人生経験がそこそこ豊富な年齢になった女性、と、答えればよろしいんですか?」
 女は甲高く、しかし、喉の奥で笑う様な奇妙な笑い声を上げた。
「いいわねぇ、そのたとえ。だけど、私が聞きたいのはそんな事じゃないわ……あなた、私が人間に見える?」
 明日歌は更に表情を歪ませた。
「……もしかして、そうじゃないと」
「そういう根拠は?」
「あの、私を此処に連れて来た男の人……死神を……名乗っていましたから」
 女は妖しげに口角をつり上げ、ご名答、と言った。
「そ、それって……まさか、あなたも人間じゃないと」
「そう、私は人間なんかじゃないわ。私は魔界の蛇魔族アングイス、蛇を操る一族の生まれよ」
 どおりで人間の常識が通じない。明日歌は驚くよりも、そちらの方に納得した。
「それで、その、占いがどうこうって」
「あぁ、ちょっと待ってて。フトゥール、ちょっと来て頂戴」
 女は、エレベーターに隣接する仕切りに囲まれた場所に向け、誰かを呼んだ。すると、白いヴェールを被った人物がこちらに出てきた。
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