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詩方夢那

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第二話 厭世と倦怠のラザニア

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 八月十四日。
 明日歌はネットで見つけた求人先に、昼から面接へ行くと言って家を出た。
 見慣れたバス停の標識には、九月末を持ってこの路線が廃止される旨が、丁寧にラミネートされた状態で貼りつけられていた。
 彼女がこれから乗らんとする路線は、決して不採算路線というわけでもなかったが、採算路線の奪い合いに堪えかねたバス会社が腹いせ同然に僻地へきち路線の大部分を廃止すると言い出した、その巻き添えの路線であった。
 そして、半年経ってもこれといった対策がなされないまま、今羽いまは町のバス路線は無くなろうとしていた。
(ま、後一カ月、だし……)
 鉄道利用に不便な今羽町は、今や“いまわまち”とまで呼ばれている。このままでは、学生や勤め人の多くが流出してしまいかねないと。だが、行政は今だ何の解決も提示していない。
 しかし、明日歌はそのバス路線が消えるよりも先に、死ぬ事になっている。
(最後の思い出が、これ、か……)
 乗客は決して多く無い。だが、居ないわけでもない。そんなバスに乗り込むと、足元の広い後方の席に、黒い服の男が座っていた。
 男は明日歌の顔を見ると笑い、こっちに来いと暗に告げていた。
「バスの中は涼しくていいねー」
 白い肌の男は窓際の席に明日歌を座らせる。
 そこで明日歌は、この男を何と呼べばいいのかという疑問を覚えた。
「ところでさ……その、なんて呼べばいい?」
 まさか、人前で死神と呼ぶわけにもいかない。
「あー、そうだね、タローとでも呼んでよ」
「タロー?」
「そう」
 タローはそれ以外特に何も言わず、ひとつ欠伸をして寝てしまった。
(いい気なもんだわ、この人外……)
 明日歌は昨夜の事を思い出し、その脇腹でもつねってやろうかとさえ思った。

 その、昨夜の出来事である。
 直接窓を開けられない明日歌の寝室は、日が暮れてもなお室温が摂氏三十二度を下回らない。扉を開け、廊下の窓を開けてはいるが、二部屋続きの構造上、風は直接入らない。それでも、僅かでも涼しい風を招き入れようと、廊下から扇風機で風を入れていた。しかし、その扇風機も壊れている。壊れたのはその前日の事だった。
「じゃ、涼しくするよー」
 押し入れに隠れ、押し入れから部屋を冷やすと死神は言った。
 それが本当かどうかは分からないが、彼女は灯りを消し、携帯電話のライトで温度計を照らした。
 室温は三十二度三分。その内涼しくなるのだろうかと、彼女は枕を抱えて待っていた。
 数分後、明らかに部屋の温度は下がっていた。見ると、二十八度まで温度が下がっていた。
「これ、どのくらい続くの?」
 明日歌は押し入れに首を突っ込み問い掛けた。
「え、魔法掛けている間ずっと」
「そ、そう……じゃあ、二十六度くらいまで下がったら、あんたも寝ていいよ。すぐには温度上がらないはずだし」
「ん、わかったよ」
 少し冷えた室内で、明日歌は身を横たえた。
 その、数分後。
「……ちょっと」
「ふぇ?」
 明らかに、室温は下がっていた。冷蔵庫ほどに。
「あのさ……二十六度って言ったよね……今、部屋の中、十八度なんだけど」
「あ、ごめん、もう少し下げるね」
「いや、ちょっとまて、そうじゃなくて」
 室内が、震えるほどに寒くなってゆく。
「馬鹿、それ以上下げなくていいわ」
 怒鳴りたいのを必死に飲み込みながら、明日歌は死神の頬を引っ張った。
「えー、やめてー」
 部屋の温度が下がり止まる。しかし、それから暫く、部屋は寒いほどの温度が続いていた。
 こいつの温度感覚はどうなってるんだ。そんな事を思いながら、彼女が漸く眠れたのは、随分夜も更けた頃の事だった。

 間もなく消えてしまう、バスからの景色。
 それをぼんやりと眺めている内に、混雑しない時間帯の為か、バスは今羽を出て白菊町に入っていた。
(この辺りも、バス、どうなるのやら……ま、此処は白菊の行政がなんとかしてくれるのか……)
 今羽と違って、白菊は規模の大きな町で、首長から末端の官吏まで良く働いている。廃線を目前にして、代替手段さえまともに議論されていない今羽とは雲泥の差があった。
(でも、私は……)
 暢気《のんき》に居眠りする黒服の男を横目に、明日歌は目を伏せた。
 バスは工業地帯を貫く国道を進みながら、工場の奥から出てきた人々を時折乗せつつ、白菊の中心街へと向かう。

 ――占い喫茶・アルカナ。
 印刷してきたチラシによると、店は白菊町城本しろもとの路地に面しているらしい。
 城本は駅から少し離れているが、古い趣の残る通りを擁した地区で、駅方向に続く商店街の外れという一等地にある音楽ホールや、公営の文化会館から近く、小さな画廊やカフェなど、芸術との親和性が高い店が多い。
 ――姓名判断・風水鑑定は要予約、お客様にはドリンクサービス。タロット占いは予約不要。タロティストの御指名は五日前までにご予約下さい。
 明日歌は占いと聞くと、適当な事を言われるだけで、高額な鑑定料を請求されるまやかし商売の様に思っていたが、その店では飲食の利用と合わせるとタロット占いは割引になる、良心的な店の様に思われた。
 ――タロット占い。予約不要。ご予約のお客様にはドリンクサービス有り。原則お一人様一日一案件のみ。基本料金千五百円。鑑定時間は約十五分。鑑定ご依頼の方には開運スイーツのサービスがございます。



 駅よりは少し手前に有る商業ビル前でバスを降りると、上からの太陽光と下からの照り返しに挟まれ、オーブンの中に居るかの様な暑さだった。
 明日歌は逃げる様に路面電車の停留所へ駆け込むが、次の便まではまだ時間がある。
「ねえ、その、お店まで城本の停留所からどれくらい?」
「ん?」
 死神はとぼけた顔で明日歌を見る。
「だから、どれくらい停留所から歩くのかって事」
「あー。まあ、十分までは掛らないよ」
「十分ねぇ……」
 照りつける日差しに陽炎の立ち上る地面を眺めながら、こんな時にカフェの面接など拷問に等しいと彼女は思った。交通費を除けば、何処かのコンビニエンスストアで冷えたスポーツドリンクを一本買う程度の持ち合わせしかない。
(でも……)
 しかし、何を言っても、後一ヶ月である。最後に、一度も行った事の無いカフェで、洒落たケーキを食べるのも悪くない。だが、そもそもそんな予定は無かったのだから、高望みをするべきではないとも彼女は考えた。
 ただ、また、今夜も摂氏三十度を超える部屋で夜を明かすのかと思うと、何故死ねなかったのかと死神が恨めしくなった。しかし、この調子で温度の下がらない夜が続けば、その内死ぬ様な気もしていた。
 ――それが、今夜ならいいのに。
 そんな事を考えていると、路面電車の到着を知らせる電光掲示が流れ始めた。

 暑いバス停、冷えたバス、暑い停留所、冷えた路面電車、そしてまた暑い屋外。
 温度差の大きな場所を行き来しているうち、明日歌は頭痛を覚えていた。
(あー、もう帰りたい)
 見知らぬ路地を死神について歩きながら、此処まで来ると帰るのさえ億劫だとさえ思っていた。
「此処だよ」
 突然立ち止まった死神の言葉に、明日歌も立ち止まる。
 死神が示した先にあったのは、ドールハウスの様な佇まいの店だった。
「さ、行こう」
 死神は構わず来客用の正面玄関に進むが、明日歌は困惑した。
「どうしたの?」
「私はお客じゃないし、そもそも、これから行きますって電話、出来て無いし、いきなり入るのは、その」
「そんなのかんけーないよ、ほら」
 死神は彼女の手を掴み、強引に玄関から店に入った。
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