5 / 35
第五話 適当カットの苺ケーキ
しおりを挟む
「それと、そもそも病んでるお客は断ってるから、こっちから救ってあげようとか思わない事ね。私達は患者を支えるのではなく、依頼者に、時として指図する事になるから」
明日歌は首を傾げた。
「精神科の治療中はその妨げになるから鑑定しませんって、案内に書いてるでしょ?」
明日歌は鞄の中から、昨日のチラシを取り出した。
――各種占い・鑑定に関しまして。現在、精神科医による専門的な治療を受けられている方は治療上の不利益になる可能性がございますので、依頼をお受けする事が出来ません。また、身体的不調に関しては、医師の治療を受けられている方に限りお受けしています。
「一応、こっちも人間の世界ではセカンド・オピニオンって、別の医者にかかる事が自由だって事くらいは調べてるから、運勢占い以外はほぼお断りだけどね」
「お断りって、それ、いいんですか?」
明日歌はチラシからフトゥールに視線を移す。
「えぇ、お断りでいいのよ。此処はカフェが本業で、占いはおまけだし」
頬杖を突いていたフトゥールは姿勢を戻すと、クロスの上のカードの山に目を遣った。
「ちょっと話が逸れちゃったけど、次からが大事よ。カードに質問を聞かせたら、シャッフルをする。混ぜ方は自由だけど、私は未来を占う時は時計回り、原因を調べる時には過去を聞く様に反時計回りに混ぜるかな。ま、その時の勘に任せて混ぜればいいわ、それも答えの内だから。どっちにも回す人だって居るし」
クロスの上で、カードの山が時計回りに崩され、広げられていく。
「人間界の素材ではないから、普通のタロットよりはずっと混ぜやすいと思う。だけど、もし、カードがまとまらずにこぼれたなら、そのカードが答えかもしれないし、まとめるのに妙に難儀する様であれば、今その事を占うべきではないという暗示かもしれない」
「占うべきではない?」
「そう。問題となっている出来事が変動している状況では、現在を示すカードが定まらない。従って、未来を示すカードも定まらない。だから、そういう時は依頼不成立でお代を取らないのよ」
「え……わざわざ時間を取っているのに、お金にならなくていいんですか?」
「いいのよ。占えなかったなら依頼は不成立なんだから当り前。あちらが占えない事に納得して払うというのなら、気持ちだけ頂けばいいのよ」
「そんなものですか?」
「そんなものよ。さて、シャッフルも終わったし、まとめたら次はカット。みっつの山にカードを分けて、重ね直していくの。私は何度かに分けて重ねるけど、そのまま分けて、繰り返してもいい。このあたりはあなたの感性に任せるわ」
フトゥールは再びカードをひとつの山に整える。
「山からの並べ方はそれぞれの展開法によっても変わるから、それは備え付けの手順書を読んでちょうだい。意味については使い魔が教えてくれるから安心して。ただ、占う時に、一番重要な事がある、それだけは覚えておいて」
明日歌は不思議そうにフトゥールを見る。
「それはね、この事は、心に留めるだけにして下さいね、って言う事」
「口外するなという事ですか」
フトゥールは首を振る。
「結果を真に受け過ぎるな、という警告よ。一番大事な事は、今日“あなた”が此処で何を感じ、考えたか、という事。タロットが示したのは、その道標に過ぎない、という事よ」
「道標……」
「そう。広げられたタロットカードは、地図の印。過去に通った道、今歩いている道、そして、歩く事になるであろう未来の道を示す道標の位置でしかない……もし悩んだ時には、この事を少し、思い出して欲しい、という事よ」
フトゥールは小さく笑った。
「手順書を持ってくるわ。ついでに、練習用の市販のカードもね」
フトゥールは立ち上がりかけ、ふと、思い出した様に女を見た。
「そうだ、もうひとつ大事な事があった」
「なんですか?」
「占う時には、手順よく占う事も大切だけれども、一番大切なのは、依頼主の明るい未来を願う気持ちよ。最後に決めるのは、依頼主自身なのだから」
今度こそフトゥールは立ち上がり、タロットルームに向かった。それを眺めながら、明日歌は酷く不思議な気分になっていた。
*
どうせ、後ひと月で死ぬ事になる。
どうしようもなく暑い事を除けば、このままでもよかった。わざわざ片道一時間半かけて、得体の知れないカフェでアルバイトをする必要など無かった。ただ、尽く落されてきた面接に、漸く受かったという事で、家族は少しだけ安心している。故に、辞めるわけにもいかない。
仮令、その道すがら、暑さで倒れようとも。
八月十六日、明日歌は猛烈な暑さの中をあのカフェに向かって歩いていた。
一応はスタッフであるが、裏口から入る様にという指示は受けておらず、仕方なく正面玄関から店に入る。
「いらっしゃいませー、三階へどうぞー」
気の抜けた声が、店に入った彼女に向けられる。
時刻は、午前十一時を少し過ぎた頃だった。
明日歌は気の抜けた声に従うまま、階段を三階へと進む。
「あら、来たのね」
隅のテーブルで、何やら雑誌を広げていたフトゥールは明日歌を見てほほ笑んだ。
「来たのね、ではありません、仕事ですから……」
恨めしげに自分を見る明日歌に、フトゥールは苦笑いする。
「何か冷たい物を作ってあげる。待ってて」
「い、いえ、飲み物なら水筒を」
「気にしないで。私も一応、此処のスタッフだから」
明日歌は、自分の立場は裏方だと伝えたかったが、エルフには通用しなかった。
暫くすると、フトゥールはふたつのグラスを持って戻って来た。
「そろそろ来る頃だと思って、水出ししておいたの。セイロンのウバよ」
フトゥールは元居た席にひとつ、その向かいにひとつ、グラスを下ろした。
「座って」
「いいんですか?」
「いいのよ。この時間は、まだ此処のフロア開放しないし、これを飲んだら、今日は展開法を教えるからね、此処で」
「は、はぁ……」
促されるまま、明日歌はフトゥールの前に腰を下ろす。ふと机の上の雑誌を見遣ると、見た事の無い文字が並んでいた。
「あ、あの、それ……」
「あー、これは魔界の雑誌よ……ふふ、魔界にこんな物あるとは思っていなかった、という顔ね」
フトゥールは笑って紅茶に口を付ける。
「冷たい内に飲んで」
「は、はい……」
用意された紅茶の風味に明日歌は首を傾げる。
「あれ? これ、ミントのブレンドですか?」
「いいえ、紅茶だけよ」
「それにしては、なんだか清涼感のある味ですね」
「紅茶の味の区別は出来るみたいね」
フトゥールは笑った。
明日歌は首を傾げた。
「精神科の治療中はその妨げになるから鑑定しませんって、案内に書いてるでしょ?」
明日歌は鞄の中から、昨日のチラシを取り出した。
――各種占い・鑑定に関しまして。現在、精神科医による専門的な治療を受けられている方は治療上の不利益になる可能性がございますので、依頼をお受けする事が出来ません。また、身体的不調に関しては、医師の治療を受けられている方に限りお受けしています。
「一応、こっちも人間の世界ではセカンド・オピニオンって、別の医者にかかる事が自由だって事くらいは調べてるから、運勢占い以外はほぼお断りだけどね」
「お断りって、それ、いいんですか?」
明日歌はチラシからフトゥールに視線を移す。
「えぇ、お断りでいいのよ。此処はカフェが本業で、占いはおまけだし」
頬杖を突いていたフトゥールは姿勢を戻すと、クロスの上のカードの山に目を遣った。
「ちょっと話が逸れちゃったけど、次からが大事よ。カードに質問を聞かせたら、シャッフルをする。混ぜ方は自由だけど、私は未来を占う時は時計回り、原因を調べる時には過去を聞く様に反時計回りに混ぜるかな。ま、その時の勘に任せて混ぜればいいわ、それも答えの内だから。どっちにも回す人だって居るし」
クロスの上で、カードの山が時計回りに崩され、広げられていく。
「人間界の素材ではないから、普通のタロットよりはずっと混ぜやすいと思う。だけど、もし、カードがまとまらずにこぼれたなら、そのカードが答えかもしれないし、まとめるのに妙に難儀する様であれば、今その事を占うべきではないという暗示かもしれない」
「占うべきではない?」
「そう。問題となっている出来事が変動している状況では、現在を示すカードが定まらない。従って、未来を示すカードも定まらない。だから、そういう時は依頼不成立でお代を取らないのよ」
「え……わざわざ時間を取っているのに、お金にならなくていいんですか?」
「いいのよ。占えなかったなら依頼は不成立なんだから当り前。あちらが占えない事に納得して払うというのなら、気持ちだけ頂けばいいのよ」
「そんなものですか?」
「そんなものよ。さて、シャッフルも終わったし、まとめたら次はカット。みっつの山にカードを分けて、重ね直していくの。私は何度かに分けて重ねるけど、そのまま分けて、繰り返してもいい。このあたりはあなたの感性に任せるわ」
フトゥールは再びカードをひとつの山に整える。
「山からの並べ方はそれぞれの展開法によっても変わるから、それは備え付けの手順書を読んでちょうだい。意味については使い魔が教えてくれるから安心して。ただ、占う時に、一番重要な事がある、それだけは覚えておいて」
明日歌は不思議そうにフトゥールを見る。
「それはね、この事は、心に留めるだけにして下さいね、って言う事」
「口外するなという事ですか」
フトゥールは首を振る。
「結果を真に受け過ぎるな、という警告よ。一番大事な事は、今日“あなた”が此処で何を感じ、考えたか、という事。タロットが示したのは、その道標に過ぎない、という事よ」
「道標……」
「そう。広げられたタロットカードは、地図の印。過去に通った道、今歩いている道、そして、歩く事になるであろう未来の道を示す道標の位置でしかない……もし悩んだ時には、この事を少し、思い出して欲しい、という事よ」
フトゥールは小さく笑った。
「手順書を持ってくるわ。ついでに、練習用の市販のカードもね」
フトゥールは立ち上がりかけ、ふと、思い出した様に女を見た。
「そうだ、もうひとつ大事な事があった」
「なんですか?」
「占う時には、手順よく占う事も大切だけれども、一番大切なのは、依頼主の明るい未来を願う気持ちよ。最後に決めるのは、依頼主自身なのだから」
今度こそフトゥールは立ち上がり、タロットルームに向かった。それを眺めながら、明日歌は酷く不思議な気分になっていた。
*
どうせ、後ひと月で死ぬ事になる。
どうしようもなく暑い事を除けば、このままでもよかった。わざわざ片道一時間半かけて、得体の知れないカフェでアルバイトをする必要など無かった。ただ、尽く落されてきた面接に、漸く受かったという事で、家族は少しだけ安心している。故に、辞めるわけにもいかない。
仮令、その道すがら、暑さで倒れようとも。
八月十六日、明日歌は猛烈な暑さの中をあのカフェに向かって歩いていた。
一応はスタッフであるが、裏口から入る様にという指示は受けておらず、仕方なく正面玄関から店に入る。
「いらっしゃいませー、三階へどうぞー」
気の抜けた声が、店に入った彼女に向けられる。
時刻は、午前十一時を少し過ぎた頃だった。
明日歌は気の抜けた声に従うまま、階段を三階へと進む。
「あら、来たのね」
隅のテーブルで、何やら雑誌を広げていたフトゥールは明日歌を見てほほ笑んだ。
「来たのね、ではありません、仕事ですから……」
恨めしげに自分を見る明日歌に、フトゥールは苦笑いする。
「何か冷たい物を作ってあげる。待ってて」
「い、いえ、飲み物なら水筒を」
「気にしないで。私も一応、此処のスタッフだから」
明日歌は、自分の立場は裏方だと伝えたかったが、エルフには通用しなかった。
暫くすると、フトゥールはふたつのグラスを持って戻って来た。
「そろそろ来る頃だと思って、水出ししておいたの。セイロンのウバよ」
フトゥールは元居た席にひとつ、その向かいにひとつ、グラスを下ろした。
「座って」
「いいんですか?」
「いいのよ。この時間は、まだ此処のフロア開放しないし、これを飲んだら、今日は展開法を教えるからね、此処で」
「は、はぁ……」
促されるまま、明日歌はフトゥールの前に腰を下ろす。ふと机の上の雑誌を見遣ると、見た事の無い文字が並んでいた。
「あ、あの、それ……」
「あー、これは魔界の雑誌よ……ふふ、魔界にこんな物あるとは思っていなかった、という顔ね」
フトゥールは笑って紅茶に口を付ける。
「冷たい内に飲んで」
「は、はい……」
用意された紅茶の風味に明日歌は首を傾げる。
「あれ? これ、ミントのブレンドですか?」
「いいえ、紅茶だけよ」
「それにしては、なんだか清涼感のある味ですね」
「紅茶の味の区別は出来るみたいね」
フトゥールは笑った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる