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Ending : Autumn has gone
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動画投稿サイトにアップロードされた動画には、二週間ほどの間に海外からのコメントが多数投稿されていた。
そこはかとない煌びやかさを帯びながら、遠いドラムのブラストビートが底知れぬ暗黒を描き出す、酷く矛盾した“レクイエム”は、誰に対する物か明記はされていなかった。
ただ、その煌びやかなメロディーが、亡き葉山を暗に示す物だという事に片桐は気付いていた。
本来なら、押し寄せる漣の様なトレモロリフを用いるはずが、パワーメタルのギターソロを模したリフレインが延々と続く。そのメロディーの癖を、片桐は良く知っていた。
葉山のスタイルに合致させながらも、何処となく短調さを帯びたギターソロ。葉山は快く思っている様になかったが、ドイツをはじめとしたヨーロッパのパワーメタルバンドを好む層からの支持はあり、リスナー受けは悪くなかった。
「外して正解だったと言えば、正解だったのかもな……」
バーのカウンターで店主と件の動画を見ていた片桐は苦笑いを浮かべて呟いた。
「だけど、脚本家の女の子まで外す必要はなかったんじゃないかな。初めての大仕事だったのに」
片桐は静かに首を振った。
「歌詞の事もあって、多少脚本の話は聞くんだけど……彼女が描かんとした事は、もう、何も残っていないよ。不老不死のエルフと、寿命ある人間が入れ替わった事で、もうひとつの絶望を味わって、どっちもどっちでろくな事が無い。ただ、人間ならその内死ねるから、好きに生きようって男は開き直り、エルフは人間として生きる事に憧れを失った一方、エルフである事にも絶望し、悪魔に魂を売り飛ばす……そういう、光と影の対比が面白かったのに、どっちもどっちで開き直って生きていくなんて、つまらない」
「そう言われたら、そうかもしれないねぇ……何か掛けようか」
「何を?」
「ボーカロイドの曲なんてどうかな」
「そんなモンまで仕入れてるんだな……」
片桐は呆れた様に笑い、店主は肩を竦ませる。
「……弦一も死んじまったし、もうロックにこだわる必要も、演奏にこだわる必要もなくなったかな」
「なんだい、時計屋の親父に落ち着くつもりかい?」
「いやいや。もうちょっと腰を据えて、打ち込みやらボカロやら触れる様にしてもいいかなと思ってな」
「そうかい。それじゃ、これにしますかね」
店の雰囲気には似つかわしくない、煌びやかな電子音がスピーカーから放たれる。
「ボーカロイドと打ち込みだけの時代はそろそろ終わるだろうけど、人間と無機物の中間くらいで、何か新しい物が作れたら、まだ未来はありそうですよ」
〈Finale : On the New way〉
「これにソロモン七十二柱が全部解説されてるけど……お前、サタニズム系のブラックに興味あったっけ?」
星野は一冊の本を差し出しながら、訝しげに天津を見た。
「いや……崇拝じゃなくて、ネタ探したいだけだから」
「ネタ探し?」
「そう、これ、書いて欲しいから」
天津は、雑に手書きされた、小説のプロットと思しきメモを星野に見せる。
「中世風で、悪魔が出て来るお話……なんか、作れそうな、気がしたから」
「……グリム童話の原作とか、中世の拷問図鑑みたいな物も持ってきた方がいいか?」
その内容に眉を顰めながら、星野は呟く。
「いや、グリム童話だけでいいと思うんだけど」
「そうか? しかし、お前も悪辣な事するな」
星野は肩を竦めた。
「え?」
「発想のアイディアを外注してるに等しいんだぜ?」
「大丈夫、彼女は僕の音楽を聞きながら作業してる」
「って、自分のアイディアに基づいた曲を聞いて何か作れるのか?」
「きっと、僕の音楽と、彼女の解釈は噛み合わないから、別物になる」
「それ……いいのか?」
「どっちの作品も、作品として成立すればいいでしょ」
首を傾げる星野をよそに、天津はコーヒーに口を付ける。
そんな天津に星野は深い溜息を吐き、クッキーをひとつ口に入れる。
「ん? いつものクッキーじゃねぇな」
「業務用が品切れでね」
甘みの無いホットケーキのランチセットを手に、店主がやってきた。
「手伝いを一人頼んだから、暫くは自家製のクッキーを出そうかと思って」
「手伝い?」
「若い女の子を紹介してもらったんでね」
ランチセットを受け取りながら、星野は訝しげにカウンターへと視線を向ける。
「別にバイトは要らないって、ついこの前言ってなかったっけ?」
「ただのウェイトレスや皿洗いなら要らないって事だよ」
「って事は、パティシエか?」
「そんな専業の人を雇えるほどの余裕はないよ。ただ……いいアイディアを色々と聞かせてくれそうだったんでね。客の取り合いをするなら、思いつきこそ勝負どころだろう?」
「確かに……この辺は店が多いからな……ん?」
星野はランチプレートに添えられたウインナーに目を止める。
「うさぎ?」
「あぁ、バイトの子が教えてくれたんだよ」
「……お子様ランチならともかく、これは」
「君にだけサービスだよ。それじゃ、ごゆっくり」
もう一度そのうさぎを見て、星野は店主の背中を見遣る。
そして、目の前の天津を見た。
「もしかして、おまえ」
「飼い主の責任、かな」
そこはかとない煌びやかさを帯びながら、遠いドラムのブラストビートが底知れぬ暗黒を描き出す、酷く矛盾した“レクイエム”は、誰に対する物か明記はされていなかった。
ただ、その煌びやかなメロディーが、亡き葉山を暗に示す物だという事に片桐は気付いていた。
本来なら、押し寄せる漣の様なトレモロリフを用いるはずが、パワーメタルのギターソロを模したリフレインが延々と続く。そのメロディーの癖を、片桐は良く知っていた。
葉山のスタイルに合致させながらも、何処となく短調さを帯びたギターソロ。葉山は快く思っている様になかったが、ドイツをはじめとしたヨーロッパのパワーメタルバンドを好む層からの支持はあり、リスナー受けは悪くなかった。
「外して正解だったと言えば、正解だったのかもな……」
バーのカウンターで店主と件の動画を見ていた片桐は苦笑いを浮かべて呟いた。
「だけど、脚本家の女の子まで外す必要はなかったんじゃないかな。初めての大仕事だったのに」
片桐は静かに首を振った。
「歌詞の事もあって、多少脚本の話は聞くんだけど……彼女が描かんとした事は、もう、何も残っていないよ。不老不死のエルフと、寿命ある人間が入れ替わった事で、もうひとつの絶望を味わって、どっちもどっちでろくな事が無い。ただ、人間ならその内死ねるから、好きに生きようって男は開き直り、エルフは人間として生きる事に憧れを失った一方、エルフである事にも絶望し、悪魔に魂を売り飛ばす……そういう、光と影の対比が面白かったのに、どっちもどっちで開き直って生きていくなんて、つまらない」
「そう言われたら、そうかもしれないねぇ……何か掛けようか」
「何を?」
「ボーカロイドの曲なんてどうかな」
「そんなモンまで仕入れてるんだな……」
片桐は呆れた様に笑い、店主は肩を竦ませる。
「……弦一も死んじまったし、もうロックにこだわる必要も、演奏にこだわる必要もなくなったかな」
「なんだい、時計屋の親父に落ち着くつもりかい?」
「いやいや。もうちょっと腰を据えて、打ち込みやらボカロやら触れる様にしてもいいかなと思ってな」
「そうかい。それじゃ、これにしますかね」
店の雰囲気には似つかわしくない、煌びやかな電子音がスピーカーから放たれる。
「ボーカロイドと打ち込みだけの時代はそろそろ終わるだろうけど、人間と無機物の中間くらいで、何か新しい物が作れたら、まだ未来はありそうですよ」
〈Finale : On the New way〉
「これにソロモン七十二柱が全部解説されてるけど……お前、サタニズム系のブラックに興味あったっけ?」
星野は一冊の本を差し出しながら、訝しげに天津を見た。
「いや……崇拝じゃなくて、ネタ探したいだけだから」
「ネタ探し?」
「そう、これ、書いて欲しいから」
天津は、雑に手書きされた、小説のプロットと思しきメモを星野に見せる。
「中世風で、悪魔が出て来るお話……なんか、作れそうな、気がしたから」
「……グリム童話の原作とか、中世の拷問図鑑みたいな物も持ってきた方がいいか?」
その内容に眉を顰めながら、星野は呟く。
「いや、グリム童話だけでいいと思うんだけど」
「そうか? しかし、お前も悪辣な事するな」
星野は肩を竦めた。
「え?」
「発想のアイディアを外注してるに等しいんだぜ?」
「大丈夫、彼女は僕の音楽を聞きながら作業してる」
「って、自分のアイディアに基づいた曲を聞いて何か作れるのか?」
「きっと、僕の音楽と、彼女の解釈は噛み合わないから、別物になる」
「それ……いいのか?」
「どっちの作品も、作品として成立すればいいでしょ」
首を傾げる星野をよそに、天津はコーヒーに口を付ける。
そんな天津に星野は深い溜息を吐き、クッキーをひとつ口に入れる。
「ん? いつものクッキーじゃねぇな」
「業務用が品切れでね」
甘みの無いホットケーキのランチセットを手に、店主がやってきた。
「手伝いを一人頼んだから、暫くは自家製のクッキーを出そうかと思って」
「手伝い?」
「若い女の子を紹介してもらったんでね」
ランチセットを受け取りながら、星野は訝しげにカウンターへと視線を向ける。
「別にバイトは要らないって、ついこの前言ってなかったっけ?」
「ただのウェイトレスや皿洗いなら要らないって事だよ」
「って事は、パティシエか?」
「そんな専業の人を雇えるほどの余裕はないよ。ただ……いいアイディアを色々と聞かせてくれそうだったんでね。客の取り合いをするなら、思いつきこそ勝負どころだろう?」
「確かに……この辺は店が多いからな……ん?」
星野はランチプレートに添えられたウインナーに目を止める。
「うさぎ?」
「あぁ、バイトの子が教えてくれたんだよ」
「……お子様ランチならともかく、これは」
「君にだけサービスだよ。それじゃ、ごゆっくり」
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