ご主人様、それはメイドの仕事でしょうか?

詩方夢那

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第一章 連敗記録更新中

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「あー、はいはい」
 ごみ箱に放り込んだのは、お祈りの手紙と返された履歴書の残骸。
「なんかないかなー……」
 微妙に不便な自宅の立地条件に、勤務条件が折り合わず、バイトの面接は連戦連敗。
 行くだけ交通費の無駄と思いつつ、行くしかないと無駄足を重ねる事、数回。
 更新されたばかりの求人情報サイトを眺めていると、不思議な新着求人が登録されていた。

 ――お手伝いさん急募! お掃除や郵便局へのお使いなど、いつもの家事を仕事にしませんか? 経験不問。交通費支給。勤務時間は応相談。時給は八百円から。休日出勤可能な方優遇。面接は二十八日、布有ふゆう第一ビルのレンタルオフィスにて。応募はウェブから、詳細はメールにて返信。当日は写真貼付の履歴書を御持参下さい。

 実に不思議な求人だった。
 求人元は、占いの店や開運グッズの販売を展開している企業で、勤務地は中心地の布有の外れにある住宅街。
 家政婦の派遣サービスなど幾らでもあるはずなのに、求人情報サイトを通して家政婦を雇う理由がよく分からない。しかし、勤務時間は応相談とあり、興味を持った。
 連敗の原因、交通の不便さを考えると、それが何より魅力的だった。
(ま、帰りに遊べるし……)
 面接会場は駅前の一等地。周囲にはショッピングセンターもある。面接に手ごたえが無くとも、遊ぶ口実には出来る。
 そんな事を考えながら、彼女は軽い気持ちで入力フォームを開いた。



 うだる暑さに化粧が溶けそうな昼下がり。寒いほど涼しいビルの一室には、少なくない人間が居た。
 多くは女性、それも、既婚者らしきやや年嵩としかさの女性だが、若い女性や男性の姿もあった。
 受付番号から察するに、自分の順は最後。
 待ち時間、何をして過ごそうかと途方に暮れていたが、面接に向かった人間は、次から次へと戻っては消えてゆく。
 呆気無いほどあっという間に人は居なくなり、一時間もしない内に彼女の番が回ってきた。
「あ、荷物は持ってて下さい、ここ、閉めるんで」
「はぁ……」
 受付に立っていた若い女性は彼女を追い払う様に面接会場へと向かわせる。
(えーっと、ノックしてー……?)
 入室の手順を適当に思いだそうとしたが、部屋の扉は開けられたままだった。
「失礼します」
 入ってみると、そこには年配の女性が一人座っているだけだった。
茂鳥もどりさんね、座って」
 女性は履歴書を見て、彼女に座るよう促す。
「失礼します」
 彼女は頭を下げ、椅子に腰掛ける。
 女性は少しだけ、品定めする様に彼女を見てから口を開く。
「貴女、卒業研究はどんな事を?」
「え? えっと、服装選択と性格傾向についてですが……」
「資料集めは得意?」
「ま、まあ、ネットで調べて、図書館に行くくらいの事はしましたけど……」
「そう。本を読んだりとかは?」
「えっと、あまり……論文を調べる方が多くて」
「そう。まあ、大丈夫そうね」
 彼女には質問の意図が分からなかった。こちらが名乗るより先に、一体何を言い出すのかと。
「で、大学出てから特に就職してないけど、家では何を?」
「あー、まあ、お洗濯とか、お掃除とか、割と力仕事の家事はしていますが」
「なら大丈夫ね」
 彼女は首を傾げるしかなかった。
「ところで、交際されている男性は?」
「ふ、ふえぇ?」
 急転直下で単刀直入な質問に間抜けな声を上げる。
「結婚の予定は?」
「え、あ……私、そういうの全く」
「交際経験は?」
「いや、その、高校は一応進学校でしたし、ゼミとか、私が大学に求めてたのは、学術上の議論で、そういうのは」
「そう」
 女は素っ気なくそう言って、履歴書を見る。
「ところで、通勤時間だいぶ長いけど、朝はどのくらいから来られる?」
「え? あー……始発に乗れば九時前にはそちらに着きますが……始発の路線バスは地獄の様な混雑なので、早く帰していただけるか、もう少し遅い時刻からの勤務がいいんですけど……」
「何時くらい?」
「早くて九時半くらいからだと助かります」
「帰りは何時くらいまで居られる?」
「最後のバスが九時に出るので、ぎりぎりでも八時半までにはそちらを出ないと帰れないです」
「そう。それじゃあ、泊まり込みは出来る?」
「と、泊まり込みぃ?」
 話の流れが急激過ぎて、裏返った声を上げるのが精いっぱいだった。
「それがね、お屋敷には若い男の子が三人も居るから、若い家政婦さんに住み込みはさせたくないのよ。でも、お洗濯なんかは朝早くから片付けたいの。一応、もう一人分、家政婦の部屋は用意してあるから、週に何度か泊まり込みで来てもらえればいいんだけど」
 彼女は頭を抱えるしかなかった。
 住み込みほど気を使わず、しかし、早朝から出勤しなくてよい泊まり込みという条件は、決して悪くない。
 若い男性が三人もいる屋敷という事は気になるが、わざわざ家政婦を抱えるほどの家なら、そうおかしな人間はいないのではないかとも思う。
 だが、なんにせよ話が急過ぎる。
「え、えっと……その、泊まり込みだとお給料って」
 給料の話を持ち出すのが思考の限界だった。
「住み込みじゃないから、宿直手当が出るわ。勿論、次の日は早朝の仕事が終わったら昼に帰ってもらっても、日当は一日分。あ、これ言い忘れてたけど、決まった時間に出勤しないなら、日当は交通費込みの五千円。ただし、お昼ご飯は出すわ」
「あ、あの、その料理なんですけど、私」
「あ~、料理は別に出来なくてもいいのよ、料理人は別に雇っているから。基本、作り置きのお惣菜だけど、定期的にうちで作ってもらっているの」
 料理人までいるとは何事か。
 彼女の思考は正常な判断を失いつつあった。
「ま、こんなものでいいかしら。後は御主人に相談ね。あ、連絡は三日以内にメールで送るわ。今日は帰っていいわよ」
 笑う女を前に、彼女はふらふらと適当な挨拶をしてビルを出るしかなかった。
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