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大禍時
第四幕 壊れゆく電子機器と動画投稿者達
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落雷の衝撃音で身体が飛び上がるほどの悪天候は、突然に始まった。
カメラも時計もスマートフォンも壊れ、ラジオの電波も入らない状況に、これ以上の滞在は出来ないと一行は判断した。
一行は屋内に戻り、宿泊の辞退とキャンセル料の支払いを申し出ようとした。ところが、店の者が誰も見つからず、遂には激しい雷鳴が響くに至った。
――この天気で山を降りてはいけないわ。
天候が急変してからようやく姿を見せた女将に、キャンセル料を払うくらいなら、天候が回復するまでここに留まる様にと言いくるめられ、一行は予定の部屋へと案内された。
「雨が止むまでとは言っても、待ってたら、流石に日が暮れるよなぁ……」
雲井は止む事の無い雨を降らせる空を、窓越しに見上げた。
「まぁ、ライトは付くけど、来た道を引き返すにしても、落ち葉が積もってたから、下りは滑って危ねぇよなあ……そもそも、帰りのルートがどうなってるかは見た事無いし」
運転手となる小山田も、降りしきる雨を見つめて口を開く。
「確か、帰りは△△市の方に出るんだっけ?」
「うん。地図見た限りじゃ、あんまり大きな道じゃないし、間違ったら山の中に入りそうな感じだった」
「それはそれでまずいか……」
絹田はノートパソコンを取り出しつつ呟いた。
無線通信もない山中で、異常な事態が続いていたが、車内で撮影した同中の様子を動画として編集していれば、多少は気が紛れるだろうと考えていた。
だが、それは淡い期待に終わった。
「あれ……」
まだバッテリーの充電は十分残っている。だが、システムの起動に失敗したらしい表示が現れ、画面は動かない。
「うわ……やべぇ、パソコンまで壊れたぞ……」
「まさか……」
絹田の言葉に、雲井は自身のバックパックから一台の携帯ゲーム機を取り出した。
「あ、やっぱり……」
雲井のゲーム機もまた、起動しない。
「時計が入ってる物、全部壊れてるみたいだね」
一同は顔を見合わせた。
それがまるで、この場所が、時間という存在を否定している様に感じられて。
そんな四人が時刻をおぼろげに理解出来たのは、食事が運ばれて来た時の事だった。
おそらく、午後六時を過ぎて、午後七時より早いくらいだろうと彼等は納得した。
だが、運ばれてきた料理は酷くかび臭い物で、手を付ける事も出来ず、四人はただ座って沈黙していた。
「……ごめん、ちょっと、トイレ行ってくる」
沈黙を破ったのは絹田だった。
彼が本当に用を済ませるだけなのか、旅館の者に何かを言いに行くのか、残される三人には分からなかった。しかし、一様に、一人で大丈夫なのだろうか、という不安は覚えていた。
絹田自身、彼らの不安には薄々気付いていたし、用を足しに行くつもりではなかった。ただ、沈黙に耐えきれなくなっていた。
何度となく心霊現象と称される現象を体験して、時に憑依された様に記憶を失くした事さえある彼にしても、この状況はそれだけ異常だった。
すぐに戻るからと言い残し、絹田は部屋を出た。そして、二階へ降りようとした時、女の悲鳴を聞いた。
――お願い、やめて。
「え」
絹田は反射的に引き返し、発生源と思しき客室の戸を開けた。
「どうしたんですか!」
開け放った扉の奥に広がっていたのは、ひっくり返された食事と、膳を手に立つ男性、それで殴られたらしく、額から血を流す仲居の姿、そして、怯えて部屋の隅に座り込む若い女性の姿だった。
一人ではどうにもならないと、咄嗟に絹田は階段の上に向かって叫んだ。
「誰か、誰か来てくれ!」
絹田の声に呼応し、四階に居た残る三人が現場に駆け付けた。また、下の階にもその騒ぎが波及したのか、二階に居た鈴子と美琴も三階に上がった。
二人が三階に到着した時には、雲井が仲居の手当てをしており、絹田が一階へ従業員を探しに行っていた。
「どうしたんですか?」
「いや、お客の男の人が仲居さんを殴って……え?」
問われた小山田は立ち尽くすまま説明し、室内を覗いて蒼褪めた。
「……え……居ない?」
鈴子と見事は顔を見合わせた。
「さ、さっきまで、確かに……なぁ」
小山田は向かいに立ちつくす東中を見た。震える様に東中は頷いた。
「あぁ、確かに……確かに居たんだよ! すげー形相で、そこに立ってる黒ずくめの男が!」
鈴子と美琴は辺りを見回す。だが、人の気配はない。
「そ、それでもクーが中に入って……え? あれ? クーが入った時、男の人居た?」
東中は助けを求める様に小山田を見るが、小山田は分からないと答え、室内を覗く。
だが、そこに居るのは、怯えていると言うよりは、不機嫌そうに膝を抱えて座り込む若い女と、殴られた仲居、そして、その手当てをする雲井だけ。
「……二人ともここに居た方がいいよ。女の子二人だけで居たら危ない」
小山田は小さく呟いた。それは、二人が心配である事と同時に、自分達の身に迫る道の恐怖を物語っていた。
得体のしれない恐怖に鈴子と美琴が顔を見合わせると、女将を伴って絹田が戻ってくる。
そして、血相を変えた女将は不躾なほどの足音を立てて客室に入ると雲井を突き飛ばし、仲居に平手打ちを見舞った。
不機嫌そうな女を除く一同が目を瞠《みは》っていると、女将は更に続けた。
「また粗相をしたんでしょう! 女連れの男と目を合わせるなと、あれほど言ったのに。まったく、見境なく客を取る様な真似、何度やったら気が済むの!」
言いながら、女将は蹲る仲居を何度となく足蹴にした。
カメラも時計もスマートフォンも壊れ、ラジオの電波も入らない状況に、これ以上の滞在は出来ないと一行は判断した。
一行は屋内に戻り、宿泊の辞退とキャンセル料の支払いを申し出ようとした。ところが、店の者が誰も見つからず、遂には激しい雷鳴が響くに至った。
――この天気で山を降りてはいけないわ。
天候が急変してからようやく姿を見せた女将に、キャンセル料を払うくらいなら、天候が回復するまでここに留まる様にと言いくるめられ、一行は予定の部屋へと案内された。
「雨が止むまでとは言っても、待ってたら、流石に日が暮れるよなぁ……」
雲井は止む事の無い雨を降らせる空を、窓越しに見上げた。
「まぁ、ライトは付くけど、来た道を引き返すにしても、落ち葉が積もってたから、下りは滑って危ねぇよなあ……そもそも、帰りのルートがどうなってるかは見た事無いし」
運転手となる小山田も、降りしきる雨を見つめて口を開く。
「確か、帰りは△△市の方に出るんだっけ?」
「うん。地図見た限りじゃ、あんまり大きな道じゃないし、間違ったら山の中に入りそうな感じだった」
「それはそれでまずいか……」
絹田はノートパソコンを取り出しつつ呟いた。
無線通信もない山中で、異常な事態が続いていたが、車内で撮影した同中の様子を動画として編集していれば、多少は気が紛れるだろうと考えていた。
だが、それは淡い期待に終わった。
「あれ……」
まだバッテリーの充電は十分残っている。だが、システムの起動に失敗したらしい表示が現れ、画面は動かない。
「うわ……やべぇ、パソコンまで壊れたぞ……」
「まさか……」
絹田の言葉に、雲井は自身のバックパックから一台の携帯ゲーム機を取り出した。
「あ、やっぱり……」
雲井のゲーム機もまた、起動しない。
「時計が入ってる物、全部壊れてるみたいだね」
一同は顔を見合わせた。
それがまるで、この場所が、時間という存在を否定している様に感じられて。
そんな四人が時刻をおぼろげに理解出来たのは、食事が運ばれて来た時の事だった。
おそらく、午後六時を過ぎて、午後七時より早いくらいだろうと彼等は納得した。
だが、運ばれてきた料理は酷くかび臭い物で、手を付ける事も出来ず、四人はただ座って沈黙していた。
「……ごめん、ちょっと、トイレ行ってくる」
沈黙を破ったのは絹田だった。
彼が本当に用を済ませるだけなのか、旅館の者に何かを言いに行くのか、残される三人には分からなかった。しかし、一様に、一人で大丈夫なのだろうか、という不安は覚えていた。
絹田自身、彼らの不安には薄々気付いていたし、用を足しに行くつもりではなかった。ただ、沈黙に耐えきれなくなっていた。
何度となく心霊現象と称される現象を体験して、時に憑依された様に記憶を失くした事さえある彼にしても、この状況はそれだけ異常だった。
すぐに戻るからと言い残し、絹田は部屋を出た。そして、二階へ降りようとした時、女の悲鳴を聞いた。
――お願い、やめて。
「え」
絹田は反射的に引き返し、発生源と思しき客室の戸を開けた。
「どうしたんですか!」
開け放った扉の奥に広がっていたのは、ひっくり返された食事と、膳を手に立つ男性、それで殴られたらしく、額から血を流す仲居の姿、そして、怯えて部屋の隅に座り込む若い女性の姿だった。
一人ではどうにもならないと、咄嗟に絹田は階段の上に向かって叫んだ。
「誰か、誰か来てくれ!」
絹田の声に呼応し、四階に居た残る三人が現場に駆け付けた。また、下の階にもその騒ぎが波及したのか、二階に居た鈴子と美琴も三階に上がった。
二人が三階に到着した時には、雲井が仲居の手当てをしており、絹田が一階へ従業員を探しに行っていた。
「どうしたんですか?」
「いや、お客の男の人が仲居さんを殴って……え?」
問われた小山田は立ち尽くすまま説明し、室内を覗いて蒼褪めた。
「……え……居ない?」
鈴子と見事は顔を見合わせた。
「さ、さっきまで、確かに……なぁ」
小山田は向かいに立ちつくす東中を見た。震える様に東中は頷いた。
「あぁ、確かに……確かに居たんだよ! すげー形相で、そこに立ってる黒ずくめの男が!」
鈴子と美琴は辺りを見回す。だが、人の気配はない。
「そ、それでもクーが中に入って……え? あれ? クーが入った時、男の人居た?」
東中は助けを求める様に小山田を見るが、小山田は分からないと答え、室内を覗く。
だが、そこに居るのは、怯えていると言うよりは、不機嫌そうに膝を抱えて座り込む若い女と、殴られた仲居、そして、その手当てをする雲井だけ。
「……二人ともここに居た方がいいよ。女の子二人だけで居たら危ない」
小山田は小さく呟いた。それは、二人が心配である事と同時に、自分達の身に迫る道の恐怖を物語っていた。
得体のしれない恐怖に鈴子と美琴が顔を見合わせると、女将を伴って絹田が戻ってくる。
そして、血相を変えた女将は不躾なほどの足音を立てて客室に入ると雲井を突き飛ばし、仲居に平手打ちを見舞った。
不機嫌そうな女を除く一同が目を瞠《みは》っていると、女将は更に続けた。
「また粗相をしたんでしょう! 女連れの男と目を合わせるなと、あれほど言ったのに。まったく、見境なく客を取る様な真似、何度やったら気が済むの!」
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