25枚の散文詩(Poème en prose)

詩方夢那

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1.旅の始まり

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 25年前にアキラが歩いていた道は様変わりしていた。夏の昼下がりに歩いた土手の自転車道にはみ出す蔓草のむせ返る様な匂いはそのままだったが、畑に沿って続いていた生活道路は住宅の板挟みになっており、夏の暑さに揮発する生活排水の残香がこもっていた。
(こりゃひでえな)
 少し進むと、目前に大きな黒い乗用車が現れた。逃げ場を探すが、ブロック塀に挟まれた路地は水路の様で行き場は何処にも無かった。
「あー、あー、もう、分かったよ!」
 アキラは悪態をつきながら来た道を引き返し、古い住宅の駐車場につながる溝蓋へと退避した。大きな黒い乗用車の運転手は謝罪のそぶりも見せず、舌打ちする様にクラクションを鳴らして去っていった。
(脱輪しちまえ、クソドライバーめ)
 25年前も同じように自動車と出くわす事は有ったが、近くの畑に入るか、適当な住宅の敷地に入ってやり過ごしていた。だが、畑が無くなり、住宅という住宅が新しくなってブロック塀に囲まれた今、歩行者が逃げる場所は無い。
(大体、自転車やシルバーカーが居たらどうするんだか……)
 四半世紀の年月は田舎らしい暗黙の了解を消し去り、人間の傲慢さをむき出しにしていた。
(表に出た方がいいか……)
 アキラはこの日ふたつの失敗を犯していた。ひとつは路線バスに期待をした事。25年前には1時間に1本程度走っていた路線バスは、今や4時間の空白が当然となり、目的地までたどり着けない経路での運行も当たり前になっていたのだ。そしてもうひとつは、その駅から目的地まで徒歩を選んだ事である。
 比較的安全な自動車道から対岸へ渡り、住宅の隙間を歩いたアキラはその経路での移動を諦め、大通りに沿って歩く事にした。その道は制限速度を40キロに指定された田舎道であるが、明らかに速度を超過した大型車両が容赦なく通り抜けてゆく。
「ひー……」
 明らかな振動を感じて何かの事務所の敷地へと退避するアキラの隣を、普通免許では運転できない大型車両が轟音を立てながら駆け抜ける。
(制限速度守ってるのかよ、あれ……)
 30数年暮らしている住人でさえ、この数年は表の数10メートルを移動するのにも気を遣うと言った意味をアキラは理解した。その中には逆走する無謀な自転車や、危険なすり抜け走行をする二輪車も含まれているが、大人でさえ怖じ気づくほどの大型車両に比べればまだましなのである。
(あぁ、やっとだ……)
 目的地が見えた瞬間、帰路はタクシーを呼ぼうと誓いながら、アキラはその敷地に入った。
「どうも、今日は、よろしくお願いします……」
 呼び鈴に応じて扉を開けたトキが見たのは、汗だくで力なく立ち尽くすアキラの姿だった。
「先生、まさか、歩いてきたんですか?」
「え、えぇ……まあ、その、四半世紀前には、この辺、庭みたいな物だったので……」
 アキラを出迎えたトキは呆れた様に溜息を吐きながら扉を大きく開き、アキラを中に招き入れる。
「だとしても、駅からじゃ1時間は掛かったでしょうに……」
「流石に途中で後悔しましたよ、車は迫ってくるし、特殊大型はぶっ飛ばしていくし」
 トキは思わず首を振った。
「最近の車はなんだか無遠慮だし、裏道も家が増えすぎて、いつか正面衝突しそうだってのに……」
「ですね……帰りは、タクシー呼びますよ」
 アキラは苦笑いを浮かべながら、勧められるまま椅子に腰かけた。
「お茶とタオルを持ってきますね」
 トキは奥へと引き込み、アキラは一人残される。アキラが招き入れられた場所は、住居の一角に食い込むように作られた、コンクリート打ちっぱなしの空間。かつてそこが店先だった事を偲ばせる什器には、売るあての無い手作りの雑貨が置かれている。
 25年前、まだアキラがこの土地に居た頃、彼もまたこの店先で鉛筆と帳面を買っていた。

「どうぞ、お茶はおかわりありますから、遠慮なさらずに飲んで下さいね」
 冷たいおしぼりには駄目押しに保冷剤が添えられ、氷の少し解けた麦茶は飲みやすい温度になっていた。
「後、これも」
 トキは個包装になった何かを差し出す。
「あ、あはは……」
 アキラは苦笑いをしながらそれを受け取り、それが茎わかめの加工品である事を理解する。
「塩飴代わりにクッキー焼いてるのもあるんですけど……お茶、もう1杯持ってきますね」
 トキが台所へと再び引き込んだところで、アキラは茎わかめを口に含みながら、改めて什器の中を見遣る。手作りの雑貨の大部分は布製のポーチやビーズが主体のアクセサリーで、量販店に並ぶそれに比べれば粗い部分もあるが、素材の組み合わせには光るものがあった。ただ、個体ごとに生地の柄やビーズの雰囲気が全く異なっている。
(福袋の消費か……でも、悪くない様な)
 自分が女だったらひとつくらい買っただろう、アキラが要らぬことを考えている間に、トキはもう1つのグラスとクッキーを盛った器を持って現れる。
「大したものじゃないんですけど、よろしければ」
 机に下ろされた器には、少し焦げたような色をしたクッキーが小さな山を成していた。
「カラメルソース入りなので色は濃いですけど、味はいいですよ」
「じゃあ……いただきます」
 クッキーを齧り、アキラは少し首をかしげた。
「……塩?」
「ええ、暑いので、塩キャラメルクッキーを……バターの塩分は少なかったんですけど、塩味します?」
「はい」
「ならよかった。口当たりを軽くしようと思って、バターとショートニング両方入れたんで」
「へー……」
 アキラはバターとショートニングがクッキーの味にどう変化をもたらすのか理解していないが、目の前にある焦げた色のクッキーが焦げていない事と、確実に塩が含まれている事は理解した。
「……昔、此処で買い物した事は覚えてました」
 腰をおろしたトキに、アキラは語り始めた。
「駄菓子を?」
「いえ、鉛筆と帳面を」
「子供向けではない渋いものしかなかったでしょうに」
「えぇ、確かにキャラクターでは無かったですけど、描き心地はすごくよかったですよ」
「そうですか……」
 トキは苦笑いを浮かべる。
「何か、嫌な事を思い出させちゃいました?」
「いえ、その話、祖父母が効けば喜んだだろうな、と……」
 アキラは再び首をかしげた。
「私が使う分は、その向こうにあった本屋さんで買ってたんで、何があったかは知らないんです」
「え……」
「私、今でこそここを陣取ってはいますけど、別に祖父母に可愛がってもらった覚えとかないんで」
「あ、あぁ…‥」
 曖昧に言葉を濁し、アキラは視線を泳がせる。
「それに、此処で店開いてると、私に絡んで来ようとする悪ガキもいたんで、それこそ、私が小学校に上がってからは、其処の出入り口を棚で塞いでたんです」
「それは……ご両親が?」
「もちろん。祖父母は嫌がりましたけど、同居してたわけじゃないですし、此処は父の家でしたから、父が私を優先しても、祖父母には口出しできなかったみたいで」
「……え、でも、此処はおじいさんとおばあさんがしてた店だったんですよね」
「ええ。というか、店を此処に作るのが、家を建てる資金の条件だったみたいで……元々は、この先に有る、もっと静かな所に小さな商店を構えてたそうなんですけど、若い人はこっちに家を建ててたので、移転したとか」
「はぁ……あ、でも、今もまた若い人が多いみたいですけど、もう店はしないんですか? この辺、今は文房具屋さんも無いみたいですけど」
「私に絡んで来ようとする悪ガキが居た時点でお察しですよ、子供の質、恐ろしく下がってますからね?」
 トキは肩を竦めて見せる。
「私が子供の頃でさえ、小学生にして万引きする様なのが居て、畑のトマトの直売をした時には、それに指を突っ込んで穴を空けたのまで居る有様……とても今のお子様相手に商売なんて出来ませんよ、そんなのが親になってるんですから」
「はあ……」
「ただでさえ吹けば飛ぶような店でしたし、監視もクレーマー撃退も出来ない店なんて、好き好んで開きはしませんよ」
「あぁ……だから、物置」
「ええ。ネットなら迷惑カスタマーは最悪ブロックできますけど、対面はやってられないでしょうね」
 トキは空になったアキラのグラスに手を伸ばす。
「あ」
「下げてきますね、資料広げなきゃいけませんから」
 トキが席を立ったところで、アキラは持参したタブレットを取り出した。
「うわー」
 リュックの中で温まったそれを手に、壊れていないか一抹の不安を抱きながら、アキラは冷たい机にそれをおろす。

「それじゃあ、早速なんですけど……」
 再びトキが腰を下ろすと、アキラはタブレットと同じくすっかり温まったノートを広げる。
「25枚のタロットについて、決まりましたか」
「えぇ、その点については決まりました。ただ……すべて私の独断と直感に基づくものですから、お気に召さない時には、好きにしていただいて構いません。ただ、私の独断と直感を、更に別の方に振ってどうこうするのはやめて下さい、先生が手を加えることについては構いませんが、私の考えを先生以外の第三者が好きにするのは、お断りします」
「分かりました。まずは、あなたの考えを聞かせて下さい」
「では……まず、25枚のタロットカードは、いわゆるオラクルカードとして、一枚にそれなりの意味がある構成で作るものだと考えました。とはいえ、全くのオリジナルで作ってしまうと、時間がかかる上に、初心者には解釈しづらいものになるのではないかと考えました。なので今回の25枚のカードは、よく知られたウェイト版を下敷きにしたものがいいと結論付けます」
「と言うと、大アルカナをベースに、オリジナルを3枚加えると」
「いえ、いきなり25枚にするのは少し無理があるかなと思ったので、まずは大アルカナ22枚の解釈をして、その上で、小アルカナを4枚に圧縮します」
「圧縮?」
「1スート14枚の物語を1枚にまとめて、4スート分4枚、計26枚にまとめて、そこからカードを省こうと考えました」
「では、どのカードを」
「最初は四大元素から考えようとしましたが、小アルカナの圧縮をするにあたって、カードの解釈をひとつの物語として考えてはどうかと思いつきました。そこで、大アルカナから20枚を採用し、小アルカナ4枚を加え、占者に考察の余地を与える1枚を加えた25枚、0から24までの構成にするのがいいのではないかと思いました」
「それで、省くカードと加えるカードというのが」
「それは、まずは私が考えた26枚の物語を聴いていただければと思います」
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