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神様不在のクリスマス
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すっかり日が暮れ、冷え込みも強まってきた頃、二人で使うには狭い机の上には、方や一膳の箸、方や一揃いのカトラリーが用意されていた。
「言葉もそうだけど、お箸の使い方も慣れておかないと何かと不便よ……動画を見るのもいいけれど、練習用の玩具を古道具屋かマーケットプレイスで探してみるといいわ」
「う、うん……」
ミヒャエルは出された皿を見て首を傾げた。
「鳥のソテー?」
「えぇ。クリスマスに便乗して、近所のスーパーに沢山並んでたの。クリスマスが何の日か、本来の意味を大分無視してる国だから、何でも有りよ」
リディアは信仰らしい信仰を持たず、クリスマスの記憶には、まだ父親と母親が一緒に居た幼い頃に食べたシュトーレンと、母親が母親らしかったその頃、一緒に作った|お菓子の家〈ヘクセンハウス〉しか残っていない。
「そういや、高速道路の途中に在ったパーキングも、なんか賑やかだった」
「クリスマスっていうのは、年末の大売り出しみたいな物だからね……まあ、私みたいに、これといって何も信じていない人間にとっては、こういういい加減な宗教観の国っていうのは、とてもありがたいわ」
「確かに……」
しかし、ミヒャエルにとってリディアは無神論者ではなかった。神様ではなく食材そのものへの感謝を食前と食後の挨拶に込める日本の文化に倣うリディアの姿は、彼にしてみれば一種のアニミズムの様な信仰を持っている様に見えるのだ。
「ところで……お父さんはこっちに住んでるんだよね」
ミヒャエルはふと気になり、尋ねてみた。
「そうね……でも、パパは私がドイツに戻った後、日本人の女の人と結婚して、今は別の家庭を持ってるから……私が日本に来た事、パパには言わなかったの」
「そっか……」
「それに……もし、会ってしまったら……あのバカ女の子供と同じ様に、私はきっと恨んでしまうと思うの。パパの事は恨んでなんて無いし、私がハイスクールを出るまで結婚せずに居てくれたけれど……今更年の離れた兄弟がいるっていうのも奇妙だし、彼らも私を受け入れはしないだろうし……何より、私を散々不幸にしておいて、今更幸せになるなんて許せるわけがないの。私、イエス様じゃないから」
「別に許さなくていいと思うけどな」
「え?」
「極貧生活して倒れから見たって、君は不幸だよ。少なくとも、俺はまだ保護者が必要な歳の間は、ちゃんとその監督下にあって、危ない国に連れて行かれたり、学校に通えなかったりなんていう事は無かった」
「ミヒャエル……」
「だからかな。俺は……どうしても君の事が気になって、傍に居たくて、出来る事なら……守りたいと思うのは」
リディアは目を瞠った。
この男は、何を言っているのか、と。
「今となっては……親からは見放されて、バンドのリーダーの座も無くなってしまったけど……それでも俺は、まだ幸せだと思ってる」
リディアは首を傾げた。
「何に縛られる事も無く、君の傍に居ていいんだから」
二人は真顔で見つめ合った。そして、無言でリディアは其処に有った沢庵をひと切れ、ミヒャエルの顔に投げつけた。
「時差ボケしてんじゃないわよ」
顔に張り付いた沢庵を剥がしながら、ミヒャエルは思った。
クリスマスも何も関係なく、彼女と二人、ただ当たり前の日々が続くなら、それが何処であろうと構わない、と。
「……俺、決めたよ」
リディアは再び首を傾げる。
「君は……ドイツに戻った事後悔してるかもしれないけど……俺は、君がドイツに戻ってこなかったら君に出会えなかった。だから……ドイツに戻った事、後悔しなくていいくらい、君の事を幸せに」
幸せにする。そう言い切る前に、ミヒャエルの口には沢庵が押し込まれた。
それはザワークラウトよりは酸っぱくなく、サラミの様にしょっぱかった。
「言葉もそうだけど、お箸の使い方も慣れておかないと何かと不便よ……動画を見るのもいいけれど、練習用の玩具を古道具屋かマーケットプレイスで探してみるといいわ」
「う、うん……」
ミヒャエルは出された皿を見て首を傾げた。
「鳥のソテー?」
「えぇ。クリスマスに便乗して、近所のスーパーに沢山並んでたの。クリスマスが何の日か、本来の意味を大分無視してる国だから、何でも有りよ」
リディアは信仰らしい信仰を持たず、クリスマスの記憶には、まだ父親と母親が一緒に居た幼い頃に食べたシュトーレンと、母親が母親らしかったその頃、一緒に作った|お菓子の家〈ヘクセンハウス〉しか残っていない。
「そういや、高速道路の途中に在ったパーキングも、なんか賑やかだった」
「クリスマスっていうのは、年末の大売り出しみたいな物だからね……まあ、私みたいに、これといって何も信じていない人間にとっては、こういういい加減な宗教観の国っていうのは、とてもありがたいわ」
「確かに……」
しかし、ミヒャエルにとってリディアは無神論者ではなかった。神様ではなく食材そのものへの感謝を食前と食後の挨拶に込める日本の文化に倣うリディアの姿は、彼にしてみれば一種のアニミズムの様な信仰を持っている様に見えるのだ。
「ところで……お父さんはこっちに住んでるんだよね」
ミヒャエルはふと気になり、尋ねてみた。
「そうね……でも、パパは私がドイツに戻った後、日本人の女の人と結婚して、今は別の家庭を持ってるから……私が日本に来た事、パパには言わなかったの」
「そっか……」
「それに……もし、会ってしまったら……あのバカ女の子供と同じ様に、私はきっと恨んでしまうと思うの。パパの事は恨んでなんて無いし、私がハイスクールを出るまで結婚せずに居てくれたけれど……今更年の離れた兄弟がいるっていうのも奇妙だし、彼らも私を受け入れはしないだろうし……何より、私を散々不幸にしておいて、今更幸せになるなんて許せるわけがないの。私、イエス様じゃないから」
「別に許さなくていいと思うけどな」
「え?」
「極貧生活して倒れから見たって、君は不幸だよ。少なくとも、俺はまだ保護者が必要な歳の間は、ちゃんとその監督下にあって、危ない国に連れて行かれたり、学校に通えなかったりなんていう事は無かった」
「ミヒャエル……」
「だからかな。俺は……どうしても君の事が気になって、傍に居たくて、出来る事なら……守りたいと思うのは」
リディアは目を瞠った。
この男は、何を言っているのか、と。
「今となっては……親からは見放されて、バンドのリーダーの座も無くなってしまったけど……それでも俺は、まだ幸せだと思ってる」
リディアは首を傾げた。
「何に縛られる事も無く、君の傍に居ていいんだから」
二人は真顔で見つめ合った。そして、無言でリディアは其処に有った沢庵をひと切れ、ミヒャエルの顔に投げつけた。
「時差ボケしてんじゃないわよ」
顔に張り付いた沢庵を剥がしながら、ミヒャエルは思った。
クリスマスも何も関係なく、彼女と二人、ただ当たり前の日々が続くなら、それが何処であろうと構わない、と。
「……俺、決めたよ」
リディアは再び首を傾げる。
「君は……ドイツに戻った事後悔してるかもしれないけど……俺は、君がドイツに戻ってこなかったら君に出会えなかった。だから……ドイツに戻った事、後悔しなくていいくらい、君の事を幸せに」
幸せにする。そう言い切る前に、ミヒャエルの口には沢庵が押し込まれた。
それはザワークラウトよりは酸っぱくなく、サラミの様にしょっぱかった。
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