夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

文字の大きさ
44 / 91
第二章 Gambling with the Devil

2-1-1  博打の始まり

しおりを挟む
 あの修羅場から数日、車止めの鍵を強制的に開ける事には成功したが、十五万円を送金したところでレ自宅には戻れないまま、レインは電車に乗った。
 鷲塚から指定されたのはとある駅にほど近い貸し会議室。会社事務所に直接赴けば、またパパラッチに目を付けられるかもしれないと選ばれた場所だった。
 レインが再三の説得を最後まで渋っていた事から、話し合いは復帰を前提としたミーティングではなく、関係者が集まって気軽に話の出来る場としてお膳立てされている。
「来たね」
 貸しオフィスのエントランスには、傍から見れば商売人な風体のルーシーが待っていた。
「来ないわけにいかないだろ……」
 マスクで隠されていてもなお、光の失せた眸からレインが乗り気でない事は明白だった。だが、断る事はもう出来ない。
「メンバーと社長とマネージャー、後、レーベルのプロデューサーが来てる」
「は? ステージ一回だけの約束じゃないのか?」
「それはそうだが、向こうの強い希望があったそうだ。まあ、これまでに作った物を聴かせれば復帰は無いと言えるだろう。皆待ってる、入るぞ」
「うん……」
 ルーシーに先導され、レインは貸会議室へと向かった。

 扉が開くなり、一同の視線がそちらに注がれる。
「……お久しぶりです」
 レインはキャスケットのバイザーを軽く持ち上げて会釈する。
「あぁ、来てくれてよかった。座ってくれ」
 ルーシーに続き、レインは用意された席に腰を下ろしてキャスケットを脱いだ。
「……随分、髪が伸びましたね」
 ひとまとめに束ねた黒髪の長さに、マネージャーの鴇田は眉を顰めるが、レインは口を開かない。
「そりゃ、鴇田さん、あれから十三年っすよ」
 場の空気を険悪にすまいとハリーが口を開いた。
「あぁそうだな、あれから十三年……色々有ったな」
 鷲塚は一同を見回した。
「まずは近況報告といこうか。そういえば、ケリーが結婚したのがあの頃だったな」
「え、あー、確かに」
「個人的に連絡は取って無かったんだろ? 今は子供さんが」
「あ、えっと、あれから今は子供が三人になりましてー……娘三人、まあ賑やかですよ」
 ケリーはぎこちなく答えながら、助けを求める様にハリーを見た。
「あ、次は俺? あはは。そういう俺も所帯持って六年、今年は息子が幼稚園で運動会の一等賞を取ったりして、なんかケリーの気持ちがちょっと分かったかなーって思いつつ、こう、サイドプロジェクトで自分のバンドとかもさせて貰って、こっちでもまた、バンマスって大変だなーって、やっと分かったところっすよ」
 ハリーはルーシーに目配せした。
「僕の話はいい。レインの話を聞いてやろう」
 ルーシーは世間話を切り上げ、レインに話を促した。
「……何から話したらいいでしょう」
「別に面接じゃねーんだし、こう、バンド辞めてからの事、ざっくりと聞かせてくれよ」
 ハリーに促されるまま、レインは渋々口を開いた。
「あれから……散々色々有りましたけど、一応大学を出て、少し前まではアクセサリーの専門店で働きつつ、音楽を続けていました。今はあるバーチャル配信者の事務所と提携して、自分の動画を出したりバックバンドの手伝いをしたりしています」

 マネージャーの鴇田とプロデューサーの早川は目配せする。活動にブランクが無いなら及第点だろう、と。
「その動画の方は見せて貰ったが……棒立ちで、パフォーマンスに関しての懸念点は否めない。まあ、一度きりであれば其処まで求めはしないが……くれぐれも棒立ち演奏なんて事はやめてくれ」
 鴇田は鋭い眼差しをレインに向けた。
「当日のゲネプロを含めてリハーサルは三回確保している。それで、局は覚えているんだろうな」
「自分が作ってないので全く覚えていません」
 レインは鴇田に目を向ける事もしない。
「……初回リハーサルまでに完全に覚えて来る事だ」
 返答の無いレインに、鴇田の眉間に皺が寄る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様の“専属”

ユウキ
恋愛
雪が静かに降りしきる寒空の中、私は天涯孤独の身となった。行く当てもなく、1人彷徨う内に何もなくなってしまった。遂に体力も尽きたときに、偶然通りかかった侯爵家のお嬢様に拾われた。 お嬢様の気まぐれから、お嬢様の“専属”となった主人公のお話。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...