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第4章 追憶~過ぎ去った日~
6 最後の願い
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運良く男よりも早くアンナの元に辿り着くことが出来た僕は彼女に手を差し出し声を上げた。
「アンナっ!早く逃げよう。さぁ立ってっ!」
恐怖から足がすくんでしまっていたアンナだが、僕の叫びを聞いてハッと我に返り顔を上げた。僕の手を取ったアンナを僕も力を入れて立たせる。
振り返り男との距離を見ると、男はすぐそこまで迫って来ていて、それを見て一瞬忘れていた恐怖が蘇る。しかしそれを振り払うように繋がれたアンナの手をギュっと握りしめると、急いでその場から逃げ出した。とにかくアンナと一緒にあの男から逃げると言う事だけを考えて必死に足を動かした。
時折、後ろを振り返って見てみたが、男はこちらを見てゆっくりと歩いているだけ。その気になれば一瞬で追いつけるだろう身体能力を持つヴァンパイアの男。それでもゆっくりと歩を進めているだけ。
僕ら人間を下等な生き物と思って侮っているのか、それとも何か理由でもあるのか。
考えても分かるわけもないが、でも捕まえる気がないのならこちらとして幸運だ。
それに思っていたよりも簡単にアンナを助けることが出来て、それに安心した。だけどその油断が命取りだった。
それは一瞬だった。
気づけば目の前に赤い何かが舞っている。
……え……?
それが目に入ったと思ったら次の瞬間には走っていた足に力が入らなくなった。
僕はアンナの手を咄嗟に離すとそのまま地面へと膝をついてしまう。
逃げなければと頭では思うのに足が言う事を聞かない。それと同時に違和感を感じてゆっくりと視線を下げると……、そこには何故が赤色に染まっている剣の剣身があった。
………え?……一体、どういう…………、うぅ……っ!
そして理解するよりも早く、突然腹部を何かで焼かれているような、そんな急激な痛みが僕を襲った。その時になってようやく理解する。
腹を剣で貫かれている……。気づいたがもう遅かった。
力の入らなくなった身体はどうすることも出来ず、重力に従って地面へと倒れて行く。その際しっかりと握っていたアンナの手も離れてしまう。
腹部を襲う激痛に意識が遠くなりそうだが、それでもまだ意識があった。指一本動かすことが出来ないけど、そんな中、アンナが心配そうな表情で僕の元に駆け寄って来るのは霞む視界でも捉えることが出来た。
倒れている僕の傍に膝をつき、ボロボロと涙を零しながら何かを必死で叫んでいる。
……ごめんねアンナ。そんなに泣かないで……。でも良かった……、アンナは無事みたいだ……。
命の危機と言う事は既に自分でも分かっている。けれど何故か僕の頭は至極冷静だった。
とにかくアンナを逃がさないと、と思えるほどに。
「おにいちゃんっ!!うう、やだよ……うう……」
「アンナ……早く、はぁ……、はぁ……逃げ、ろ……」
途切れ途切れでも何とか伝えるが、それにアンナは首を振って更に泣いてしまう。
クソっ、このままだとアンナまで……。
「たのむ……うっ……はやく、にげて……くれ。……いく……んだっ、アンナ……っ!!」
最後の力を振り絞るようにさっきよりも強く言うと、それが効いたのか弾かれるようにアンナは一瞬怯えた表情をしてそろそろと立ち上がると、ようやく走り去って行った。視界の端で、何度もこちらを振り返る素振りが見えて、でもそれに声を上げることも出来ない僕は心の中でとにかく早く逃げてくれと願う事しか出来なかった。
そう言えば去り際に、「ごめんなさい……おにいちゃん……」と小さく震えた声を聴いた気がしたけど。
謝ることはないよアンナ……、君だけでも逃げてくれればそれで……。
聞こえるはずもないけど、僕は小さくそう呟いた。
……僕は……もう……。
そう思っても特に何の感情も湧いてこない。それに自分でも驚くが頭は思ったよりも冴えていた。
もう身体を動かすことが出来ない僕はまだ働く頭を動かし考えてみた。
まずあの時、あの男は確か剣などは持っていなかったはずだけど、何処かに隠し持っていたのか、それとも運良くも何処からか拾ってでもきたのか。
未だに僕の身体を貫いているこの剣。どうにかして引き抜きたいところだけど、抜いた瞬間、血が溢れてたちまち僕は死んでしまうだろうな。それなのに今こうして意識があるのはある意味奇跡だな。なんて呑気なことを考えてしまうけど、良く考えてみたら、この剣、そこまで大きいものではないようだ。全体的に大きいあの男ならば懐に隠せなくもないのでは?と思いつく。
それに不思議なのはこの剣が今、どうして僕の腹を貫いているのかだ。すぐ近くに男がいる気配はないけど、普通にこの状況を考えると、あの男が離れた場所から僕を狙って剣を投げた。そう考えるのが妥当かな。それが本当なら凄い馬鹿力と言える。まるで弓で狙った時のような正確さだ。
本当になんてやつだ。
人間ではない存在。
そんなものがどうしてこの村にいるんだ。
考えるがそろそろ限界なのか、クリアだった頭も霧がかかったようにぼんやりとし始める。
そろそろ、かな……。そう思ったその時。
近くで足音がした。それも僕のすぐ横で。
そして次には麻痺したはずなのに激痛が身体を走り抜けた。
「あが……っ!うう……」
それに思わず声が漏れる。どうやら刺さっていた剣を男に引き抜かれたようだ。
温かいものが手に触れる。それはきっと僕の血だ。溢れて止まらない。
これはもう助からないな……、確実に……。
そう確信したら今度は身体が急に軽くなり、男の顔が薄っすらと開いていた瞳に霞んで映った。首が苦しくなる。どうやら男が僕の首を掴んでそのまま宙づりにしているらしい。
目の前の男は赤い瞳で僕を見ている。
赤い瞳。ああ、ルリアーナも赤い瞳をしていたな。でも彼女の瞳はこんな殺伐としたものではなくて、とても綺麗でだったけど。
彼女の顔が脳裏に過ぎった瞬間、瞳から一筋の雫が流れていた。無意識に流れてしまった涙。
もう一度だけ、君に会いたかったな。また会って話がしたかったよ。
……僕は、君の事が好き、みたいだ。一度会っただけなのにな。もしかするとこれは一目惚れってやつかな?でも遅いな、今頃になって気づくなんて。
……本当に、なんて遅いんだろう。
彼女の事を考えていると、男が僕の首にかかる衣服を乱暴に引き千切る。
ああ、もうここまでかな。そう思って僕は目を閉じた。
君と一日だけ一緒に過ごしたあの日の光景が頭に浮かんだ。嬉しかったな、本当に。
もう一度、会いたいよ。ルリアーナ――――。
男の鋭い牙が首筋にかかり、僕は死を覚悟した。
「がああっ!!」
来るはずだった痛みが来なくて、代わりに男が耳に触る叫び声を上げる。
そしてそれと同じタイミングで僕の身体が誰かに抱き上げられている感覚がした。
唐突な浮遊感。それに閉じていた目を静かに開けて見たけど、思った通り霞んでいて良く見えなかった。
はっきりとは見えないけど、何となくその人物が誰なのか僕には分かる気がする。
「貴様、よくもっ!」
その人物が声を荒げて叫んだ。その一言で確信した。怒っていても分かる。その声はずっと会いたかった人だと。
「……ルリ、アーナ……」
限界をとうに超えているはずなのに、それでも声を絞り出して、会いたかった人の名前を呼ぶ。掠れた声だけど彼女にはちゃんと届いたみたいだ。
「クラウス……」
怒っていた声と違い、とても悲しそうな、震えた声。でも凛とした声が僕の遠くなってしまった耳に届く。
「……あい……たかっ……たよ」
それだけはどうしても伝えたかった事。小さい呟きは最早僕の耳にも聞こえない。でも彼女には届いたのかな。
それに答えるように僕の頬を涙が伝った。それは彼女が流した涙だ。
「……妾も、会いたかった。……ようやく会えた……、それなのにこんな……」
そうだった、僕は今血塗れで凄い事になっているのか。こんな姿を見られてしまうなんてまた情けないところを見せてしまったな。次に会う時は格好良い姿でいようと思っていたのにな。
ただでさえ、あの時は泣いてしまって恥ずかしい思いをしたのに……。
「ううううっ!」
彼女と僕の再会を邪魔するように男の唸り声が響いてきて、それを聞いたルリアーナは僕をその場にそっと下すと優しい声で呟いた。
「すまないクラウス。少しだけ待っていてくれ」
ルリアーナ……だめだ……。
そう言いたいのにもう声が出ない。でもそれを感じ取ったのかルリアーナは力強く言う。
「大丈夫だ。すぐに終わらせる」
もう見えないけど、今のルリアーナはきっとあの美しい笑みを浮かべているのだろう。
それに安堵して薄く開いていた瞳をそっと閉じて、もうほとんど聞こえないけど耳を澄ましてみた。微かに聞こえる。
ルリアーナの足音が僕の傍から遠ざかって行くのが分かった。そしてその音を最後に、今度こそ僕の意識は途切れたのだった――――
「アンナっ!早く逃げよう。さぁ立ってっ!」
恐怖から足がすくんでしまっていたアンナだが、僕の叫びを聞いてハッと我に返り顔を上げた。僕の手を取ったアンナを僕も力を入れて立たせる。
振り返り男との距離を見ると、男はすぐそこまで迫って来ていて、それを見て一瞬忘れていた恐怖が蘇る。しかしそれを振り払うように繋がれたアンナの手をギュっと握りしめると、急いでその場から逃げ出した。とにかくアンナと一緒にあの男から逃げると言う事だけを考えて必死に足を動かした。
時折、後ろを振り返って見てみたが、男はこちらを見てゆっくりと歩いているだけ。その気になれば一瞬で追いつけるだろう身体能力を持つヴァンパイアの男。それでもゆっくりと歩を進めているだけ。
僕ら人間を下等な生き物と思って侮っているのか、それとも何か理由でもあるのか。
考えても分かるわけもないが、でも捕まえる気がないのならこちらとして幸運だ。
それに思っていたよりも簡単にアンナを助けることが出来て、それに安心した。だけどその油断が命取りだった。
それは一瞬だった。
気づけば目の前に赤い何かが舞っている。
……え……?
それが目に入ったと思ったら次の瞬間には走っていた足に力が入らなくなった。
僕はアンナの手を咄嗟に離すとそのまま地面へと膝をついてしまう。
逃げなければと頭では思うのに足が言う事を聞かない。それと同時に違和感を感じてゆっくりと視線を下げると……、そこには何故が赤色に染まっている剣の剣身があった。
………え?……一体、どういう…………、うぅ……っ!
そして理解するよりも早く、突然腹部を何かで焼かれているような、そんな急激な痛みが僕を襲った。その時になってようやく理解する。
腹を剣で貫かれている……。気づいたがもう遅かった。
力の入らなくなった身体はどうすることも出来ず、重力に従って地面へと倒れて行く。その際しっかりと握っていたアンナの手も離れてしまう。
腹部を襲う激痛に意識が遠くなりそうだが、それでもまだ意識があった。指一本動かすことが出来ないけど、そんな中、アンナが心配そうな表情で僕の元に駆け寄って来るのは霞む視界でも捉えることが出来た。
倒れている僕の傍に膝をつき、ボロボロと涙を零しながら何かを必死で叫んでいる。
……ごめんねアンナ。そんなに泣かないで……。でも良かった……、アンナは無事みたいだ……。
命の危機と言う事は既に自分でも分かっている。けれど何故か僕の頭は至極冷静だった。
とにかくアンナを逃がさないと、と思えるほどに。
「おにいちゃんっ!!うう、やだよ……うう……」
「アンナ……早く、はぁ……、はぁ……逃げ、ろ……」
途切れ途切れでも何とか伝えるが、それにアンナは首を振って更に泣いてしまう。
クソっ、このままだとアンナまで……。
「たのむ……うっ……はやく、にげて……くれ。……いく……んだっ、アンナ……っ!!」
最後の力を振り絞るようにさっきよりも強く言うと、それが効いたのか弾かれるようにアンナは一瞬怯えた表情をしてそろそろと立ち上がると、ようやく走り去って行った。視界の端で、何度もこちらを振り返る素振りが見えて、でもそれに声を上げることも出来ない僕は心の中でとにかく早く逃げてくれと願う事しか出来なかった。
そう言えば去り際に、「ごめんなさい……おにいちゃん……」と小さく震えた声を聴いた気がしたけど。
謝ることはないよアンナ……、君だけでも逃げてくれればそれで……。
聞こえるはずもないけど、僕は小さくそう呟いた。
……僕は……もう……。
そう思っても特に何の感情も湧いてこない。それに自分でも驚くが頭は思ったよりも冴えていた。
もう身体を動かすことが出来ない僕はまだ働く頭を動かし考えてみた。
まずあの時、あの男は確か剣などは持っていなかったはずだけど、何処かに隠し持っていたのか、それとも運良くも何処からか拾ってでもきたのか。
未だに僕の身体を貫いているこの剣。どうにかして引き抜きたいところだけど、抜いた瞬間、血が溢れてたちまち僕は死んでしまうだろうな。それなのに今こうして意識があるのはある意味奇跡だな。なんて呑気なことを考えてしまうけど、良く考えてみたら、この剣、そこまで大きいものではないようだ。全体的に大きいあの男ならば懐に隠せなくもないのでは?と思いつく。
それに不思議なのはこの剣が今、どうして僕の腹を貫いているのかだ。すぐ近くに男がいる気配はないけど、普通にこの状況を考えると、あの男が離れた場所から僕を狙って剣を投げた。そう考えるのが妥当かな。それが本当なら凄い馬鹿力と言える。まるで弓で狙った時のような正確さだ。
本当になんてやつだ。
人間ではない存在。
そんなものがどうしてこの村にいるんだ。
考えるがそろそろ限界なのか、クリアだった頭も霧がかかったようにぼんやりとし始める。
そろそろ、かな……。そう思ったその時。
近くで足音がした。それも僕のすぐ横で。
そして次には麻痺したはずなのに激痛が身体を走り抜けた。
「あが……っ!うう……」
それに思わず声が漏れる。どうやら刺さっていた剣を男に引き抜かれたようだ。
温かいものが手に触れる。それはきっと僕の血だ。溢れて止まらない。
これはもう助からないな……、確実に……。
そう確信したら今度は身体が急に軽くなり、男の顔が薄っすらと開いていた瞳に霞んで映った。首が苦しくなる。どうやら男が僕の首を掴んでそのまま宙づりにしているらしい。
目の前の男は赤い瞳で僕を見ている。
赤い瞳。ああ、ルリアーナも赤い瞳をしていたな。でも彼女の瞳はこんな殺伐としたものではなくて、とても綺麗でだったけど。
彼女の顔が脳裏に過ぎった瞬間、瞳から一筋の雫が流れていた。無意識に流れてしまった涙。
もう一度だけ、君に会いたかったな。また会って話がしたかったよ。
……僕は、君の事が好き、みたいだ。一度会っただけなのにな。もしかするとこれは一目惚れってやつかな?でも遅いな、今頃になって気づくなんて。
……本当に、なんて遅いんだろう。
彼女の事を考えていると、男が僕の首にかかる衣服を乱暴に引き千切る。
ああ、もうここまでかな。そう思って僕は目を閉じた。
君と一日だけ一緒に過ごしたあの日の光景が頭に浮かんだ。嬉しかったな、本当に。
もう一度、会いたいよ。ルリアーナ――――。
男の鋭い牙が首筋にかかり、僕は死を覚悟した。
「がああっ!!」
来るはずだった痛みが来なくて、代わりに男が耳に触る叫び声を上げる。
そしてそれと同じタイミングで僕の身体が誰かに抱き上げられている感覚がした。
唐突な浮遊感。それに閉じていた目を静かに開けて見たけど、思った通り霞んでいて良く見えなかった。
はっきりとは見えないけど、何となくその人物が誰なのか僕には分かる気がする。
「貴様、よくもっ!」
その人物が声を荒げて叫んだ。その一言で確信した。怒っていても分かる。その声はずっと会いたかった人だと。
「……ルリ、アーナ……」
限界をとうに超えているはずなのに、それでも声を絞り出して、会いたかった人の名前を呼ぶ。掠れた声だけど彼女にはちゃんと届いたみたいだ。
「クラウス……」
怒っていた声と違い、とても悲しそうな、震えた声。でも凛とした声が僕の遠くなってしまった耳に届く。
「……あい……たかっ……たよ」
それだけはどうしても伝えたかった事。小さい呟きは最早僕の耳にも聞こえない。でも彼女には届いたのかな。
それに答えるように僕の頬を涙が伝った。それは彼女が流した涙だ。
「……妾も、会いたかった。……ようやく会えた……、それなのにこんな……」
そうだった、僕は今血塗れで凄い事になっているのか。こんな姿を見られてしまうなんてまた情けないところを見せてしまったな。次に会う時は格好良い姿でいようと思っていたのにな。
ただでさえ、あの時は泣いてしまって恥ずかしい思いをしたのに……。
「ううううっ!」
彼女と僕の再会を邪魔するように男の唸り声が響いてきて、それを聞いたルリアーナは僕をその場にそっと下すと優しい声で呟いた。
「すまないクラウス。少しだけ待っていてくれ」
ルリアーナ……だめだ……。
そう言いたいのにもう声が出ない。でもそれを感じ取ったのかルリアーナは力強く言う。
「大丈夫だ。すぐに終わらせる」
もう見えないけど、今のルリアーナはきっとあの美しい笑みを浮かべているのだろう。
それに安堵して薄く開いていた瞳をそっと閉じて、もうほとんど聞こえないけど耳を澄ましてみた。微かに聞こえる。
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