ディソナンス・コード:残響

魔王の下僕

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第4章「沈黙の対話」 (七原視点)

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初秋しょしゅう気配けはいが、まち空気くうきにうっすらとじっていた。
薄曇うすぐもりのそら時計とけいはりは、午前ごぜん十一すこまわっていた。二度目どめ診察しんさつは、みょうはやくやってきた。

予約よやくしたわけでもない。ただめて、からだこしたら、あし勝手かってにクリニックのほうかっていた。
意味いみなんてない。さきほかになかっただけだ。いまおれは、どこへっても、だれかおおもせない。

正直しょうじききたくはなかった。あのをまたるのが、こわかった。
見透みすかしているのに、なにわない。それでも、あきらめていない
――やさしさにも、ぼうりょくがあるとおもう。
とくに、あのひとやさしさは、無言むごんの「ただしさ」のにおいがして、息苦いきぐるしい。でも、おれなかにまだえきらないこえがあった。

「またい」

あの言葉ことばだけが、ずっとむねのこっていた。



診察しんさつしつのドアをノックして、なかはいる。
うすくもしの陽射ひざしが、まどからしていて、白衣はくいおとこ輪郭りんかくあわらしていた。
佐原さわらまえわらないかおで、こちらをた。冷静れいせいで、ととのっていて、どこもくずれていない。

相変あいかわらず、名前なまえかれない。本来ほんらいなら問診もんしんひょうやカルテがあるはずなのに。
けれど、佐原さわらなにわなかった。まるではじめてじゃないように。まるで、ずっとまえからおれ沈黙ちんもくっていたように。

おれも、なにわなかった。
言葉ことば必要ひつようなら、ここにはなかった。言葉ことばなんか、もうとっくに使つかたしていた。
あのとき、えなかったこと。ってしまってこわしたこと。なにわないことでうしなったもの。
それらが、のどおくかたまりになってまってる。したら、また全部ぜんぶなくなるがして、こわい。



先週せんしゅう、ここではなしてもらったことはおぼえてる?」
佐原さわらしずかにくちいた。
「……おぼえてる」
みじかこたえる。うそはつきたくなかった。でも、これ以上いじょういたくなかった。

くすりは、してないけど……いまねむれてる?」
そのこえわっていなかった。なつかしくて、同時どうじとおい。
ねむれないもある。けど、べつに……ぬほどじゃない」
ぬほどって、どういうこと?」
「……らない」

言葉ことばが、ちゅういてちた。かれいはわなじゃない。でも、こたえるにはあまりにもろい。
沈黙ちんもくちる。でも、この沈黙ちんもくいやじゃない。
おれ佐原さわらかおなかった。天井てんじょうてた。あわひかり蛍光灯けいこうとうけて、んだ。
それでも、なにかをはなしたい気持きもちは、たしかにあった。

「……なあ。いま何人なんにんくらい、患者かんじゃかかえてんの?」
全体ぜんたい患者数かんじゃすうえないが、今日きょうきみるまで、十七人じゅうしちにん診察しんさつをした」
「そっか。それじゃあ、おれのことも“患者かんじゃ”ってぶの?」

かれすこしだけ口元くちもとうごかした。わらった、ようながした。
患者かんじゃって言葉ことば、あまりきじゃない」
「じゃあ、なに?」
七原ななはら

ばれて、心臓しんぞうねた。
その名前なまえは、いまおれぶにはやさしすぎた。だれも、そんなふうにおればない。
だけど、佐原さわらうと、それはひどくおもたくて、こころおくの、使つかっていない部屋へやれられるようだった。

おれ……たぶん、あんたにいにたわけじゃない」
「うん」
「ただ、もどれそうながして……ただけ。もど場所ばしょなんて、どこにもないけど」
もどらなくてもいい。ここはすす場所ばしょでもあるから」

そうわれて、まただまった。
そうだ。ここは、まえくための場所ばしょだった。でもおれは、あのころもどりたかった。
まだなにこわれていなかった時間じかんへ。あのあさ、ベッドのなかだまっていた佐原さわら温度おんどを、おもした。



「またても、いいの?」
「もちろん」

あまりに自然しぜんうから、すこしだけはらった。でも、すくわれたもした。
はらつのに、安心あんしんするって、どういうことなんだ。

「じゃあ……来週らいしゅうも、る」
それだけって、がった。
背中せなかかれ視線しせんかんじた。
なにかず、なにわず、ただそこにある
見守みまもることと、見透みすかすことのちがいを、おれすこしだけ、おもしはじめていた。
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