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第18章「光の底」 (共通視点)
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晩秋の終わり、土曜日。冷たい風が吹き抜ける、乾いた午後の光の中。
七原はスタジオの隅、遮音材に囲まれた小さなブースに立っていた。ガラス越しに見えるミキサールームでは、梶本が腕を組み、無言で彼を見守っている。
「準備、できたか?」
七原は軽くうなずき、目を閉じた。
──昔の俺なら、きっと震えていた。でも今は、少しだけ違う。
ギターの音が流れ出す。そして七原の声が、スタジオの空気を震わせた。まだ不安定で、どこか拙い。それでも、その声には確かに熱があった。
焦燥、後悔、希望。そして──もう一度、立ち上がろうとする意志。
録音が終わり、ブースの扉が静かに開いた。
梶本は拍手もせず、ただ口元をゆるめる。
「……七原、お前、やっぱ化けもんだわ」
「何がだよ」
「俺はずっと、お前の声を忘れてなかった。でも今の声は──昔よりずっと良かった」
七原は照れくさそうに視線をそらし、マイクケーブルを外す。
「……あいつ、聴いてくれるかな」
梶本は肩をすくめてみせた。
「知らねえよ。でも、聴いてほしいなら送ればいい。そういうのは、お前の方からやるもんだろ」
七原は一瞬だけ迷い、そしてふっと笑った。
「……そうだな」
*
同じ日の夕方。クリニックの午後診療がひと段落し、佐原は事務デスクに戻っていた。
そのとき、スマートフォンが震えた。音声ファイルの通知だった。
──七原蓮さんから、音声ファイルが届きました。
一瞬、呼吸が止まる。
画面を見つめたまま、静かにイヤホンを耳に差し込む。ためらいがちに、再生ボタンを押した。
ノイズのあと、少しかすれた声が流れる。
『……久しぶりに、歌ってみた。下手くそだったら笑ってくれ』
そして音楽が始まった。
佐原は、そっと目を閉じた。記憶の中にあった声と、今ここにある声が重なっていく。
──これは懐かしさじゃない。彼が、彼自身の声で、いまを生きようとしている音だ。
机に肘をつき、額に手を当てながら、佐原は微かに笑った。
「……逃げなかったんだな、お前」
その言葉が、ゆっくりと胸に沈み込んでいく。
音楽が続いている。その一音一音が、彼の中の深い場所をそっと撫でていく。
──この声が、彼自身の未来を切り拓きますように。そしてその未来が、俺の知らない場所で咲いたとしても。
佐原はゆっくりと目を開けた。視線の先、窓の外の光はどこまでも澄んでいた。
それでも彼の耳には、最後までその音楽が残り続けた。まるで、まだ言葉にできない祈りのように。
七原はスタジオの隅、遮音材に囲まれた小さなブースに立っていた。ガラス越しに見えるミキサールームでは、梶本が腕を組み、無言で彼を見守っている。
「準備、できたか?」
七原は軽くうなずき、目を閉じた。
──昔の俺なら、きっと震えていた。でも今は、少しだけ違う。
ギターの音が流れ出す。そして七原の声が、スタジオの空気を震わせた。まだ不安定で、どこか拙い。それでも、その声には確かに熱があった。
焦燥、後悔、希望。そして──もう一度、立ち上がろうとする意志。
録音が終わり、ブースの扉が静かに開いた。
梶本は拍手もせず、ただ口元をゆるめる。
「……七原、お前、やっぱ化けもんだわ」
「何がだよ」
「俺はずっと、お前の声を忘れてなかった。でも今の声は──昔よりずっと良かった」
七原は照れくさそうに視線をそらし、マイクケーブルを外す。
「……あいつ、聴いてくれるかな」
梶本は肩をすくめてみせた。
「知らねえよ。でも、聴いてほしいなら送ればいい。そういうのは、お前の方からやるもんだろ」
七原は一瞬だけ迷い、そしてふっと笑った。
「……そうだな」
*
同じ日の夕方。クリニックの午後診療がひと段落し、佐原は事務デスクに戻っていた。
そのとき、スマートフォンが震えた。音声ファイルの通知だった。
──七原蓮さんから、音声ファイルが届きました。
一瞬、呼吸が止まる。
画面を見つめたまま、静かにイヤホンを耳に差し込む。ためらいがちに、再生ボタンを押した。
ノイズのあと、少しかすれた声が流れる。
『……久しぶりに、歌ってみた。下手くそだったら笑ってくれ』
そして音楽が始まった。
佐原は、そっと目を閉じた。記憶の中にあった声と、今ここにある声が重なっていく。
──これは懐かしさじゃない。彼が、彼自身の声で、いまを生きようとしている音だ。
机に肘をつき、額に手を当てながら、佐原は微かに笑った。
「……逃げなかったんだな、お前」
その言葉が、ゆっくりと胸に沈み込んでいく。
音楽が続いている。その一音一音が、彼の中の深い場所をそっと撫でていく。
──この声が、彼自身の未来を切り拓きますように。そしてその未来が、俺の知らない場所で咲いたとしても。
佐原はゆっくりと目を開けた。視線の先、窓の外の光はどこまでも澄んでいた。
それでも彼の耳には、最後までその音楽が残り続けた。まるで、まだ言葉にできない祈りのように。
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