9 / 10
#9
しおりを挟むそれは遠い国の昔の事……
異国の小さな町にその少年はいました。
彼の両親はとても仲が悪く、毎日喧嘩をしてばかり。
いつの夜も彼の子守唄は両親の怒鳴り声。
外に出て気を紛らそうとしても、彼には友達がいない。
学校には通っているが、いつも一人だ。
孤独な生活にひたすら耐え、いつか来たる希望の日を待ち望んでいた。
そして遂にその時は来た。
彼は学校からの帰り道、ある声を聞いた。
何もない路地、そこからある声は聞こえる。
近づくとさらに声は大きくなっていく。
彼はゆっくりと近づきその声の元へとたどり着いた。
「ニャーニャー」
細く小さい体ながら力強く鳴いていたのは子猫だった。
その子猫は少年が近づくとさらに大きな声で鳴き、まるで助けを求めているようだ。
優しく撫で、抱き上げた少年の顔は笑顔で溢れていた。
言葉ではない生命のその必死な様に、少年は強く心を打たれた。
誰かに必要とされている、そう感じた少年は子猫を保護しようと考えた。
しかし、両親はこの子猫を受け入れてくれるのだろうか。
家で喧嘩が絶えない両親の姿を思い返す少年は、家の近くの木の下に段ボール箱を持ってきて仮住まいを作ってやった。
それからというもの、少年はご飯を少しだけの残しては子猫の元へとあげに行き「ジン」という名を付け可愛がった。
家では喧嘩が止まず、学校でも一人の日々が続いたが少年はジンのために生き続けた。
ジンも少年の事を信頼し甘え、安心を知った。
ジンを拾ってからひと月程経ったある日。
この日は酷く雨が降り少年の気分も落ち込んでいた。
だが、その気持ちとは反するように両親の機嫌はすこぶるよかった。
理由なんぞ子供には理解できないが、きっと何か良いことがあったのだろう。
朝から母親の鼻歌は鳴り止むことはないまま、少年は学校に向かう。
授業中はジンの事が気がかりで時間が経つのが遅く感じたようだ。
最後のチャイムが鳴ったと同時に少年は、まだ止まない雨の中ジンの元へと急いだ。
近くまで行くと雨に濡れている段ボールを見つけ、さらに急いだ。
木の下とはいえ、完全に雨をしのげないこの場所でジンは濡れて震えている。
「ごめんねジン、大丈夫だったかい?」
そう言いながら、少年はジンを抱きかかえ一つの大きな決断をする。
少年はジンを抱えて、家に連れ帰る。
両親の機嫌が良い今日なら受け入れてくれるのではないのかと、一縷の期待に賭け家のドアを開けた。
ずぶ濡れの一人と一匹は家の中に入り玄関で立ち止まる。
奥からは上機嫌な母親が顔を見せる。
「おかえり~、今日の夜ご飯はね……」
上機嫌だった母親の顔は一瞬にして曇る。
「その猫どうしたの」
「ママ、この猫捨てられてたんだ」
「そうでしょうね、そんな汚いの」
「可哀想だから家で飼ってあげたいんだ!」
「何言ってるの!? ダメに決まってるでしょ!!」
母親はもの凄い剣幕で少年の要求を却下した。
その大きな声に気がついた父親が奥から姿を見せる。
「どうしたんだそんなに騒いで」
「この子、捨て猫なんか拾ってきたのよ! あなたからダメって言ってちょうだい」
「捨て猫? おぉ、可愛いじゃないか」
父親は母親とは真逆だった。
少年が拾ってきたジンを撫で、優しく愛でる。
「パパ! 飼ってもいい!?」
「んー、そうだな……」
「あなた、ダメに決まってるでしょ!」
「でもなぁ、このままだと可哀想じゃないか」
「可哀想ってあなたね、ただでさえ生活が厳しいのに猫一匹増やしてどうするつもりなの!」
「猫一匹ぐらい大丈夫だろ」
「ぐらいって、この生活維持するためにどれだけ生活費を切り崩してると思ってるの!?」
ほんの些細な事から夫婦喧嘩は発展する。
次第に大きくなっていく夫婦の声は、少年の気持ちより大きいのだろうか。
罵詈雑言がいくつか飛び交い、その何個目だろうか。
とびきり大きな声がどちらからか発せられた。
その時、少年の腕の中で小さく震えていたジンは驚き飛び上がり逃げ出した。
それを少年も必死に追いかける。
一人と一匹が逃げ出した事に夫婦は気づかない。
ジンはみるみるうちに遠くに逃げていく。
それを懸命に追いかける少年だが、差はなかなか縮まらない。
家から離れるように逃げてくジンは、いつの間にか交通量の多い街の中心部まで来ていた。
しかし、車の速さに戸惑いその場で立ち尽くしてしまう。
それが功を奏したのか、少年はジンに追いついた。
「ジン! もう大丈夫だよ」
徐々にジンに近づいていく少年。
しかし、ジンの顔はなぜか怯えている。
手を差し伸べて、笑いながら更に近づく。
ジンまで後、三歩ほどの距離まで近づいた時……
ジンは道路に飛び込んでいた。
その時、近くの家の窓ガラスに映る自分の顔を見た。
そこには自分でも驚くほど醜い顔をした少年の姿があった。
それは喧嘩をしている両親の顔にあまりにもそっくりだった。
そこで少年は気がついた。
日に日に腐っていく自分の心は両親のせいだと……
そして次の瞬間、ジンは宙を舞っていた。
その姿を目で追う事しか出来なかった少年はただただ、理解が出来なかった。
歩道に飛ばされたジンに息はない。
ゆっくりと歩み寄る少年はジンをそっと抱きかかえ茫然としている。
降り頻る雨の中、通り過ぎる人に怪訝な顔をして見られながらも立ち尽くしていた。
しばらく時間が経ち、少年は家に向かって歩き出す。
全ての復讐のために。
家に着いてからの少年の行動は早かった。
十分も経たずに両親の息は止まっていた。
そして少年は冷たくなっていくジンと共に、家の近くの崖から飛び降りた。
この時少年は思った。
両親から受ける愛はどんなものだったのだろうかと……
その愛があればジンを救えたのではないのかと……
愛とは何なのだろうかと……
0
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる