海に落ちたら異世界に転生したようです

白桜こはく

文字の大きさ
2 / 2

1.真っ白少女とお約束

しおりを挟む
 びしょ濡れの服を乾かしてもらった私が柔らかいソファーに腰掛け、心を落ち着かせていると、妖艶ようえん美丈夫びじょうぶ、ルメディカナントが思い出したように口を開いた。

「ときに、コーデリア。お主、明日で六歳になるのだろう?学校には行くのか?」
「学校………?」

 そういえば、この世界にも学校があるんだっけ。記憶を取り戻す前の私は行かないって言ってたけど、今は行った方がいいと思っている。

「コーデリアが行くなら帝立ていりつ中央学園ね。この子は行きたくないって言っていたけれど。」
「なんと、行きたくないのか?」
「入学試験を受けるのが嫌なんですって。」

 お母様のいう帝立中央学園は、世界一の名門校と言われている学校だ。入学するには十日間に分けて行われるテストを二つも受けなければならない。多分、過去の私はそれが面倒だったのだろう。

「ふぅむ……遊びで行ったことはあるが、学校は面白いところじゃったぞ。試験はそれほど難しいものではないし、学校には可愛い人の女子おなごがたくさ」
「人の友達をつくるなら、行っておいたほうがいいと思うよ。」

 だらしなく笑いながら話すルメディカナントをさえぎるようにロジェンが口を開いた。
 説得なんかされなくても、今の私はちゃんと学校に行くつもりでいる。むしろ、今の私に行かない理由はない。だって、この子供時代を逃せば、私が天才扱いしてもらえる機会は二度とやってこないだろうから。
 前世ではお馬鹿さんの部類に入っていたけど、転生した私はきっと神童扱いされるはずだ。コーデリアちゃんって頭がいいんだね!とか、コーデリアちゃん勉強教えて!とか言われて頼りにされちゃったりして…………。要は学校でちやほやされてみたいのだ。そんな私に学校へ行かないという選択肢なんてあるわけがない。

「私……やっぱり学校に行きたい!」
「そうかそうか!ならばコーデリアも勉強をしなくてはな。ロジェン、どうじゃ?コーデリアに勉強を教えてやってくれんかの?」
「今は忙しくて………申し訳ありませんが僕は遠慮させていただきます。」

 ロジェンは眉尻を下げて申し訳なさそうにしている。別に私は勉強を教わる必要なんてないから問題ない。この世界の幼稚園児でも解けるようなレベルの問題なんて余裕で解けるに決まってる。

「では、わたしが勉強を教えましょうか?」

 顔を隠した真っ白な少女がロジェンの背後からひょこっと出てきた。………さっきまで誰もいなかったはずなのに。

「うぇぇぇぇえッ⁉︎」

──もうやだ心臓に悪い‼︎白くてうっすら光っているようにも見える何かが急に現れたらお化けかと思うじゃん‼︎

「シェリー、早かったね。もう学校は終わったのかい?」

 怖がる私をよそに、少し弾んだ声のロジェンが少女の方へ身体を向ける。彼女へ向ける眼差しはまるで積年の恋人を見る時のように柔らかく、見ているこちらがドキドキしてしまいそうなほどの色気を放っていた。こんな色気は小さな子供相手に出していいものじゃないと思う。

「はいっ。少しでも早く先生に会いたくて、急いで来ちゃいました。」

 髪も服も肌の色も真っ白な少女はいきなり現れた事をび、お邪魔致します、ごきげんようとお母様達に挨拶をしてまわる。
 顔を隠すヴェールで完全に表情がわからないけれど、嬉しそうな声で笑う彼女を記憶の中から探し出す。どうやら、この真っ白な少女はフランシェリアというらしい。たまに会いにくる五歳年上のお姉さん的存在で、フランお姉様と呼んでいた記憶がある。

 フランシェリアは純白の長髪ながかみをなびかせながら軽やかに近づき、わたしの前で膝をついた。ふわりと甘い花の香りが鼻をくすぐる。匂いが強いわけでもないのに、頭の芯がくらりとするほど良い香りだ。

「ごきげんよう、コーデリア。少し早いけれど、お誕生日おめでとうございます。」

 そう言って差し出されたのは、可愛らしいリボンで装飾された小さな箱だった。開けると中には花をした瑠璃色の髪飾りが入っている。結構上品なデザインで、中身19歳の私でも抵抗なく使えそうだと思った。

「かわいい……!ありがとう、フランお姉様!」
「うふふっ、気に入って頂けて嬉しいです。」

 それで、と彼女が両手を優しく握ってわたしに顔を向ける。目なんて隠れて見えないのに、不思議と目があったような気がした。

「コーデリア、どうですか?わたしと一緒にお勉強しませんか?」

 正直前世では19歳だったから、小学生レベルの勉強なんて一通り出来る。改めて教わる必要なんてないし、前世の私より小さいフランシェリアが、私に勉強なんて教えられるわけがない。
 なのに、気がついたら私は首を縦に振っていた。なんだか小さい子に上目遣いでおねだりされた時のようなあらががたさを感じたのだ。彼女が前世の私より年下だからかもしれない。中身19歳の私からしてみれば、10歳のフランシェリアなんてまだまだ小さなお子様だ。お子様には紳士な対応をするのが、立派な淑女というものである。

「ふふっ。一緒に頑張りましょうね、コーデリア。」

 ──まあ、いっか。この世界の歴史とか神様のこととか、まだよくわからないし。誰かに教えてもらえるならそれが一番だよね。

「そういえば……シェリーは人に何かを教える時にお金を取っていたよね?それはどうするんだい?」

 突如とつじょ降ってきたその言葉に私は背筋が冷たくなるのを感じた。私もしかしてお金取られそうになっているのだろうか。お金がかかるなんてフランシェリアは一言も言ってなかったんだけど。
 恐る恐るフランシェリアの方へ目を向けると、ああ、と軽い声を出してなんてことないことのように語った。

「それなら大丈夫です。お誕生日プレゼントということで、今年の入学試験が終わるまでは無料で勉強をお教えします。……他の子には内緒ですよ?」

 お金を請求せいきゅうしなければならなくなるので、とフランシェリアは続けた。内緒にしないといけないということは、他の人にバレるとまずいがくなのだろうか。

「ちなみに払うとしたらいくらかかるんです………?」
「問題数によって変わるので、どこまで教えるかによりますが………最低でも二千ルマはかかると思います。」
「二千ルマ………?」

 お金の単位が違うとどのくらいの値段なのかがわからない。価値が円と同じなら百均で二十個くらい商品が買えるし、ドルと同じなら前世の月給より高い値段になる。もしドルと同じくらいの価値だったらやばい。保護者に無断でとんでもない額のお買い物をしたことになる。いや、言わなきゃ払わなくてもいいんだけど、万が一口を滑らしたらヤバイ。自慢じゃないが、私は結構口が軽い方だ。ポロッと口からこぼれる自信がある。

「それって………どのくらい高いの?」

 震え声でたずねるわたしに、ロジェンが恐ろしい事実を教えてくれた。

「そうだね……普通の人が一日働いたくらいでは手に入らない金額、かな。」

 少なくとも数千円という額ではないことが発覚してしまった。これはあれだ。きっと円よりドルに近い額だ。百均で二十個の商品とかいうレベルではないのだろう。その上、フランシェリアは〝最低でも〟と言ったのだ。下手したら数百万円分のお金とか払う羽目になるかも………いやバラさなければいいんだけど自信ないし……

 混乱状態の私には周囲の言葉も届かず、しばらくそのままフリーズしていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ハイエルフの幼女に転生しました。

レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは 神様に転生させてもらって新しい世界で たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく 死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。 ゆっくり書いて行きます。 感想も待っています。 はげみになります。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...