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1.真っ白少女とお約束
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びしょ濡れの服を乾かしてもらった私が柔らかいソファーに腰掛け、心を落ち着かせていると、妖艶な美丈夫、ルメディカナントが思い出したように口を開いた。
「ときに、コーデリア。お主、明日で六歳になるのだろう?学校には行くのか?」
「学校………?」
そういえば、この世界にも学校があるんだっけ。記憶を取り戻す前の私は行かないって言ってたけど、今は行った方がいいと思っている。
「コーデリアが行くなら帝立中央学園ね。この子は行きたくないって言っていたけれど。」
「なんと、行きたくないのか?」
「入学試験を受けるのが嫌なんですって。」
お母様のいう帝立中央学園は、世界一の名門校と言われている学校だ。入学するには十日間に分けて行われるテストを二つも受けなければならない。多分、過去の私はそれが面倒だったのだろう。
「ふぅむ……遊びで行ったことはあるが、学校は面白いところじゃったぞ。試験はそれほど難しいものではないし、学校には可愛い人の女子がたくさ」
「人の友達をつくるなら、行っておいたほうがいいと思うよ。」
だらしなく笑いながら話すルメディカナントを遮るようにロジェンが口を開いた。
説得なんかされなくても、今の私はちゃんと学校に行くつもりでいる。むしろ、今の私に行かない理由はない。だって、この子供時代を逃せば、私が天才扱いしてもらえる機会は二度とやってこないだろうから。
前世ではお馬鹿さんの部類に入っていたけど、転生した私はきっと神童扱いされるはずだ。コーデリアちゃんって頭がいいんだね!とか、コーデリアちゃん勉強教えて!とか言われて頼りにされちゃったりして…………。要は学校でちやほやされてみたいのだ。そんな私に学校へ行かないという選択肢なんてあるわけがない。
「私……やっぱり学校に行きたい!」
「そうかそうか!ならばコーデリアも勉強をしなくてはな。ロジェン、どうじゃ?コーデリアに勉強を教えてやってくれんかの?」
「今は忙しくて………申し訳ありませんが僕は遠慮させていただきます。」
ロジェンは眉尻を下げて申し訳なさそうにしている。別に私は勉強を教わる必要なんてないから問題ない。この世界の幼稚園児でも解けるようなレベルの問題なんて余裕で解けるに決まってる。
「では、わたしが勉強を教えましょうか?」
顔を隠した真っ白な少女がロジェンの背後からひょこっと出てきた。………さっきまで誰もいなかったはずなのに。
「うぇぇぇぇえッ⁉︎」
──もうやだ心臓に悪い‼︎白くてうっすら光っているようにも見える何かが急に現れたらお化けかと思うじゃん‼︎
「シェリー、早かったね。もう学校は終わったのかい?」
怖がる私をよそに、少し弾んだ声のロジェンが少女の方へ身体を向ける。彼女へ向ける眼差しはまるで積年の恋人を見る時のように柔らかく、見ているこちらがドキドキしてしまいそうなほどの色気を放っていた。こんな色気は小さな子供相手に出していいものじゃないと思う。
「はいっ。少しでも早く先生に会いたくて、急いで来ちゃいました。」
髪も服も肌の色も真っ白な少女はいきなり現れた事を詫び、お邪魔致します、ごきげんようとお母様達に挨拶をしてまわる。
顔を隠すヴェールで完全に表情がわからないけれど、嬉しそうな声で笑う彼女を記憶の中から探し出す。どうやら、この真っ白な少女はフランシェリアというらしい。たまに会いにくる五歳年上のお姉さん的存在で、フランお姉様と呼んでいた記憶がある。
フランシェリアは純白の長髪をなびかせながら軽やかに近づき、わたしの前で膝をついた。ふわりと甘い花の香りが鼻をくすぐる。匂いが強いわけでもないのに、頭の芯がくらりとするほど良い香りだ。
「ごきげんよう、コーデリア。少し早いけれど、お誕生日おめでとうございます。」
そう言って差し出されたのは、可愛らしいリボンで装飾された小さな箱だった。開けると中には花を模した瑠璃色の髪飾りが入っている。結構上品なデザインで、中身19歳の私でも抵抗なく使えそうだと思った。
「かわいい……!ありがとう、フランお姉様!」
「うふふっ、気に入って頂けて嬉しいです。」
それで、と彼女が両手を優しく握ってわたしに顔を向ける。目なんて隠れて見えないのに、不思議と目があったような気がした。
「コーデリア、どうですか?わたしと一緒にお勉強しませんか?」
正直前世では19歳だったから、小学生レベルの勉強なんて一通り出来る。改めて教わる必要なんてないし、前世の私より小さいフランシェリアが、私に勉強なんて教えられるわけがない。
なのに、気がついたら私は首を縦に振っていた。なんだか小さい子に上目遣いでおねだりされた時のような抗い難さを感じたのだ。彼女が前世の私より年下だからかもしれない。中身19歳の私からしてみれば、10歳のフランシェリアなんてまだまだ小さなお子様だ。お子様には紳士な対応をするのが、立派な淑女というものである。
「ふふっ。一緒に頑張りましょうね、コーデリア。」
──まあ、いっか。この世界の歴史とか神様のこととか、まだよくわからないし。誰かに教えてもらえるならそれが一番だよね。
「そういえば……シェリーは人に何かを教える時にお金を取っていたよね?それはどうするんだい?」
突如降ってきたその言葉に私は背筋が冷たくなるのを感じた。私もしかしてお金取られそうになっているのだろうか。お金がかかるなんてフランシェリアは一言も言ってなかったんだけど。
恐る恐るフランシェリアの方へ目を向けると、ああ、と軽い声を出してなんてことないことのように語った。
「それなら大丈夫です。お誕生日プレゼントということで、今年の入学試験が終わるまでは無料で勉強をお教えします。……他の子には内緒ですよ?」
お金を請求しなければならなくなるので、とフランシェリアは続けた。内緒にしないといけないということは、他の人にバレるとまずい額なのだろうか。
「ちなみに払うとしたらいくらかかるんです………?」
「問題数によって変わるので、どこまで教えるかによりますが………最低でも二千ルマはかかると思います。」
「二千ルマ………?」
お金の単位が違うとどのくらいの値段なのかがわからない。価値が円と同じなら百均で二十個くらい商品が買えるし、ドルと同じなら前世の月給より高い値段になる。もしドルと同じくらいの価値だったらやばい。保護者に無断でとんでもない額のお買い物をしたことになる。いや、言わなきゃ払わなくてもいいんだけど、万が一口を滑らしたらヤバイ。自慢じゃないが、私は結構口が軽い方だ。ポロッと口からこぼれる自信がある。
「それって………どのくらい高いの?」
震え声で尋ねるわたしに、ロジェンが恐ろしい事実を教えてくれた。
「そうだね……普通の人が一日働いたくらいでは手に入らない金額、かな。」
少なくとも数千円という額ではないことが発覚してしまった。これはあれだ。きっと円よりドルに近い額だ。百均で二十個の商品とかいうレベルではないのだろう。その上、フランシェリアは〝最低でも〟と言ったのだ。下手したら数百万円分のお金とか払う羽目になるかも………いやバラさなければいいんだけど自信ないし……
混乱状態の私には周囲の言葉も届かず、しばらくそのままフリーズしていた。
「ときに、コーデリア。お主、明日で六歳になるのだろう?学校には行くのか?」
「学校………?」
そういえば、この世界にも学校があるんだっけ。記憶を取り戻す前の私は行かないって言ってたけど、今は行った方がいいと思っている。
「コーデリアが行くなら帝立中央学園ね。この子は行きたくないって言っていたけれど。」
「なんと、行きたくないのか?」
「入学試験を受けるのが嫌なんですって。」
お母様のいう帝立中央学園は、世界一の名門校と言われている学校だ。入学するには十日間に分けて行われるテストを二つも受けなければならない。多分、過去の私はそれが面倒だったのだろう。
「ふぅむ……遊びで行ったことはあるが、学校は面白いところじゃったぞ。試験はそれほど難しいものではないし、学校には可愛い人の女子がたくさ」
「人の友達をつくるなら、行っておいたほうがいいと思うよ。」
だらしなく笑いながら話すルメディカナントを遮るようにロジェンが口を開いた。
説得なんかされなくても、今の私はちゃんと学校に行くつもりでいる。むしろ、今の私に行かない理由はない。だって、この子供時代を逃せば、私が天才扱いしてもらえる機会は二度とやってこないだろうから。
前世ではお馬鹿さんの部類に入っていたけど、転生した私はきっと神童扱いされるはずだ。コーデリアちゃんって頭がいいんだね!とか、コーデリアちゃん勉強教えて!とか言われて頼りにされちゃったりして…………。要は学校でちやほやされてみたいのだ。そんな私に学校へ行かないという選択肢なんてあるわけがない。
「私……やっぱり学校に行きたい!」
「そうかそうか!ならばコーデリアも勉強をしなくてはな。ロジェン、どうじゃ?コーデリアに勉強を教えてやってくれんかの?」
「今は忙しくて………申し訳ありませんが僕は遠慮させていただきます。」
ロジェンは眉尻を下げて申し訳なさそうにしている。別に私は勉強を教わる必要なんてないから問題ない。この世界の幼稚園児でも解けるようなレベルの問題なんて余裕で解けるに決まってる。
「では、わたしが勉強を教えましょうか?」
顔を隠した真っ白な少女がロジェンの背後からひょこっと出てきた。………さっきまで誰もいなかったはずなのに。
「うぇぇぇぇえッ⁉︎」
──もうやだ心臓に悪い‼︎白くてうっすら光っているようにも見える何かが急に現れたらお化けかと思うじゃん‼︎
「シェリー、早かったね。もう学校は終わったのかい?」
怖がる私をよそに、少し弾んだ声のロジェンが少女の方へ身体を向ける。彼女へ向ける眼差しはまるで積年の恋人を見る時のように柔らかく、見ているこちらがドキドキしてしまいそうなほどの色気を放っていた。こんな色気は小さな子供相手に出していいものじゃないと思う。
「はいっ。少しでも早く先生に会いたくて、急いで来ちゃいました。」
髪も服も肌の色も真っ白な少女はいきなり現れた事を詫び、お邪魔致します、ごきげんようとお母様達に挨拶をしてまわる。
顔を隠すヴェールで完全に表情がわからないけれど、嬉しそうな声で笑う彼女を記憶の中から探し出す。どうやら、この真っ白な少女はフランシェリアというらしい。たまに会いにくる五歳年上のお姉さん的存在で、フランお姉様と呼んでいた記憶がある。
フランシェリアは純白の長髪をなびかせながら軽やかに近づき、わたしの前で膝をついた。ふわりと甘い花の香りが鼻をくすぐる。匂いが強いわけでもないのに、頭の芯がくらりとするほど良い香りだ。
「ごきげんよう、コーデリア。少し早いけれど、お誕生日おめでとうございます。」
そう言って差し出されたのは、可愛らしいリボンで装飾された小さな箱だった。開けると中には花を模した瑠璃色の髪飾りが入っている。結構上品なデザインで、中身19歳の私でも抵抗なく使えそうだと思った。
「かわいい……!ありがとう、フランお姉様!」
「うふふっ、気に入って頂けて嬉しいです。」
それで、と彼女が両手を優しく握ってわたしに顔を向ける。目なんて隠れて見えないのに、不思議と目があったような気がした。
「コーデリア、どうですか?わたしと一緒にお勉強しませんか?」
正直前世では19歳だったから、小学生レベルの勉強なんて一通り出来る。改めて教わる必要なんてないし、前世の私より小さいフランシェリアが、私に勉強なんて教えられるわけがない。
なのに、気がついたら私は首を縦に振っていた。なんだか小さい子に上目遣いでおねだりされた時のような抗い難さを感じたのだ。彼女が前世の私より年下だからかもしれない。中身19歳の私からしてみれば、10歳のフランシェリアなんてまだまだ小さなお子様だ。お子様には紳士な対応をするのが、立派な淑女というものである。
「ふふっ。一緒に頑張りましょうね、コーデリア。」
──まあ、いっか。この世界の歴史とか神様のこととか、まだよくわからないし。誰かに教えてもらえるならそれが一番だよね。
「そういえば……シェリーは人に何かを教える時にお金を取っていたよね?それはどうするんだい?」
突如降ってきたその言葉に私は背筋が冷たくなるのを感じた。私もしかしてお金取られそうになっているのだろうか。お金がかかるなんてフランシェリアは一言も言ってなかったんだけど。
恐る恐るフランシェリアの方へ目を向けると、ああ、と軽い声を出してなんてことないことのように語った。
「それなら大丈夫です。お誕生日プレゼントということで、今年の入学試験が終わるまでは無料で勉強をお教えします。……他の子には内緒ですよ?」
お金を請求しなければならなくなるので、とフランシェリアは続けた。内緒にしないといけないということは、他の人にバレるとまずい額なのだろうか。
「ちなみに払うとしたらいくらかかるんです………?」
「問題数によって変わるので、どこまで教えるかによりますが………最低でも二千ルマはかかると思います。」
「二千ルマ………?」
お金の単位が違うとどのくらいの値段なのかがわからない。価値が円と同じなら百均で二十個くらい商品が買えるし、ドルと同じなら前世の月給より高い値段になる。もしドルと同じくらいの価値だったらやばい。保護者に無断でとんでもない額のお買い物をしたことになる。いや、言わなきゃ払わなくてもいいんだけど、万が一口を滑らしたらヤバイ。自慢じゃないが、私は結構口が軽い方だ。ポロッと口からこぼれる自信がある。
「それって………どのくらい高いの?」
震え声で尋ねるわたしに、ロジェンが恐ろしい事実を教えてくれた。
「そうだね……普通の人が一日働いたくらいでは手に入らない金額、かな。」
少なくとも数千円という額ではないことが発覚してしまった。これはあれだ。きっと円よりドルに近い額だ。百均で二十個の商品とかいうレベルではないのだろう。その上、フランシェリアは〝最低でも〟と言ったのだ。下手したら数百万円分のお金とか払う羽目になるかも………いやバラさなければいいんだけど自信ないし……
混乱状態の私には周囲の言葉も届かず、しばらくそのままフリーズしていた。
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