海に落ちたら異世界に転生したようです

白桜こはく

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0.プロローグ(海に落ちたら、そこは異世界でした)

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『陛下、連れてまいりました。』

──ごめんなさい。

 思うように動かせない足を引きずられ、硬い石畳の上に座らせられた。ひやりとした温度が膝から伝わる。今すぐ逃げ出してしまいたいのに、痛む足がそれを許さない。
 カツカツと時計が針を刻むように、音を立てて靴の音が近づく。ひらりと真紅の布が視界を横切った。上を見上げると、剣を手にした女性と目が合う。
 艶のある藤の髪に、切れ長な金色の目。作り物かと見紛うほど美しい女性だった。

『……すまない。』

 女性が私の頭を撫でる。これから私を殺すというのに、どうしてかその手は、とても、とても優しかった。

──ごめんなさい、お姉様。

『……こうすることでしか救えない私を許してくれ。』

──もし、生まれ変われたのなら

 女性の剣が私に振り下ろされ ──





「!?」

 そこで目が覚めた。

「また、いつもの夢……」

 はぁ……と思わずため息が溢れた。今日は一日遊び倒してやろうと思っていたのに、最悪の目覚めだ。19歳最後の朝に、こんな悪夢を見るなんて……ついてない。

 大きく伸びをして、窓の外を見る。
 まだ暗いけれど、ちょっと明るくなってきたところみたいだ。
 鬱々とした気分でパーカーを羽織り、サンダルを履いて玄関を開けた。こういう時は外の空気を吸うに限る。

「……さんぽしよ。」

 家を出て、少し歩くと崖がある。そこから見る海がとても綺麗なのだ。
 友達と旅行でここに来た時、この景色に感動して、高校卒業を機にここの近くの家を借りた。以来、早起きしたらそこにいくのが私の習慣になっている。



「ん~!やっぱいいねぇ、朝の海!」

 崖の上から見える朝焼けに、きらりと輝く水平線。ゆっくりと海から顔を出す太陽が、気分の悪い夢のせいで沈んでいた心を晴らしてくれる。大きく吸い込んだ朝の空気は、爽やかな潮の香りに満ちていた。

 海の景色を堪能した私が家に戻ろうとした、その時


 ドンっと背中に衝撃が走った。


 誰かに突き飛ばされたようなその衝撃に、バランスを崩した私は崖から放り出される。後ろを振り返ると、一瞬黒い人影が見えた気がした。海の底へと落ちていく。もがいて顔を出そうとするも虚しく、どんどん水面が遠ざかっていく。

──私、このまま死ぬのかな……。

 今朝、自分が死ぬ夢なんか見たのが悪かったのだろうか。
 意識がふっと遠のいていく……その時だった。
 誰かが私の腕を掴んで、水面から引き上げてくれた。眩しい光が目に飛び込んできて、思わず目を瞑る。 

「げほっ、けほっ、こほっ……うぇ……」

 肺に入った水を出し切るようにむせ返る。まだ水が残っていそうで気持ち悪い。いくら咳をしても足りないような気がする。

『コーデリア、×€$&?』

 横から訳の分からない……いや違う。音はよくわからないが、私の身を案じている言葉をかけられた。多分『大丈夫?』とか『平気?』とかそういう言葉。

 びっくりして目を向けると、青い髪に宝石のような水色の瞳をした美しい女性が膝をついてこちらを見ていた。

 少々、美しすぎると言っても過言ではない。なんというか、パーツの比率がおかしいのだ。例えるなら3DCGのキャラクターに近い。服装もそう、アラビアの民族衣装や人魚の服みたいなデザインをしている。

「ひいぃっ!」

 私は思わず後ろに飛び退った。ゲームの中だと可愛いなで済む顔でも、急にリアルで目の前に来られると恐ろしい。

 後ろに下がると勢いよく頭をぶつけた。驚いて振り返ると後ろは大きな噴水になっている。

「いったっ……って、えええええっ!?」

──おかしい、私は崖から海を見ていて、誰かに突き落とされて溺れかけて助けられたはず……なのになんで!?

 そこには海も崖もなく、あるのは大きくそして底が深そうな噴水と、青系のガラスで構成された美しい天窓、似たような色の草花に彩られた中庭のような場所だった。奥の方には大きな階段や家の中に繋がっていそうな扉がある。その上なんだか目線が低いし、手は小さいし、覚えのない服を着ているし、髪は水色になっている。

──い、一体なにがどうなってるの!?

『なんじゃなんじゃ、どうした?』

 驚いて叫び声をあげる私のそばに、数人の美女を侍らせた半裸で黒い長髪ながかみ美丈夫びじょうぶがやってきた。彼も宝石のような水色の目をしている。ダダ漏れの色気を隠そうともしない彼は、妖艶な空気を纏っている。

 彼が侍らせてきた美女たちはまだ現実的な美しさをしていた。加工した後の自撮り写真に写っている人くらいの美しさだ。でもやっぱり、リアルでは見たことがない顔立ちでちょっと、いやかなりコワイ。
 まあ、髪や瞳も色以外は普通だから、きっと髪染めかウィッグをしてカラコンでもつけているんだろう。そうだと思いたい。

「ひいぃぃ……」

『おお、すまんすまん。怖がらせてしもうたか。いきなり噴水に落ちたものだから肝が冷えたぞ。怪我はないか?』

 背が高いから怖く見えたと思ったのか、妖艶な美丈夫は膝をついて目線を合わせてきた。ありがたいけどそういうことじゃない。

「……だ、だれですかあなた。」

『ん?なんじゃ、さっき遊んでおったのに忘れてしもうたのか。悲しいのぅ。わしはルメディカナントじゃ』

「ルメディ……カナ……んと?」

──さっき遊んでおったと言われても、私はこんな美丈夫知らないんだが……?

『ふぅむ。まだ意識がはっきりしておらんのかの。ほれ、ロジェン。少してやってくれ』

『かしこまりました、父上。』

 ロジェン、と呼ばれてやってきたのは少し癖のある黒髪に黄緑色の宝石のような目をした中性的な顔立ちの美男子だった。黒い眼鏡が知的な印象を与えている。顔の系統は違うがあの妖艶な美丈夫を父に持つだけあり、ロジェンの所作や目線の使い方もどことなく色っぽかった。

──もう驚かないよ。きっとまた変な夢を見ているんだ。夢の中なら宝石みたいなヘンテコな目をした人がいても、パーツの比率がおかしな人がいても、顔が整いすぎてる人がいてもおかしくない!おかしくないよ‼︎

『ちょっとごめんね。』

 ロジェンは私の額に軽く手を当てる。間近で綺麗な顔を見てしまった私は不覚にもドキッとしてしまった。

『特に問題はないようだけど……』

 その瞬間、私の頭に大量の情報が流れ込んでくる。頭の中がごちゃ混ぜになって気持ち悪い。

──まるで誰かの記憶みたい。

 膨大な記憶の海に晒された私は思い出した。今日が親戚の集まりの日で、私は精霊を追いかけていたら噴水に落ちたこと。私を助けてくれた青髪の女性は私の母で、海の女神だということ。私の名前はコーデリアで、明日6歳を迎えるということ。

「……リアちゃん、コーデリアちゃん?」

「……へ?」

「ぼーっとしてるけど、大丈夫?」

「あ……大丈夫です。」

 いつの間にか訳の分からない言語も理解できるようになっていた。

 私は記憶を頭の中で反芻はんすうさせる。思い出した記憶には、女神とか精霊とか、地球では物語の中にしか無かったものが出てきている。

──てことは……

 ここは異世界……ということになる。そして、19歳最後の日だったはずの私は5歳最後の日、ということになっている。




 ……どうやら私、海に落ちたら異世界に転生したようです。
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