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【口撃】
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彼女らが「わたくし」マリサ・ブランドーのことを悪く言っているということは、間違いがなかった。
「マリサ」と名前こそ出してはいないけれど、ブランドー家やアリシア姉様のお名前を出し、妹と言ったのだ。これはもう取り繕うつもりも何もない、口撃、だ。
「あらら。黙り込んでしまいましたわ」
「お可哀想に、貴族としての誇りもお持ちでないのかしら」
「わたくし、聞きましたわ。あの方幼い頃は平民街で育ったのですって」
「どうりで。あの方からは貴族らしい素養も感じられませんもの」
きっと、この場にルイス殿下もルドルフ様も、クリスト様もいないからだろう。
言いたい放題に言われてしまっている、もうほんとどうしよう。
でも、ここで怒って反論しても、彼女らの思う壺だ。
わたくし、は、すくっとその場で立ち上がると、極力冷静に彼女らに向かって微笑んだ。
「あら、カトリーナ様。随分と楽しそうにお話しされていらっしゃるのね。わたくしもご一緒させてくださらない?」
カトリーナとその取り巻きたちがギョッとした顔でこちらを見ている。
「マリサ、様。残念ですが、あなたとは関係のないお話しですの」
とぼけるカトリーナ。いいえ、逃すものですか。
「あら、先ほど『ブランドー』と聞こえてきた気がしましたのに。わたくしの家がどうかしましたか?」
「いえ、ブランドー公爵家は流石に筆頭公爵家だけのことはありますわ、と、話題に出しただけだと思いますわ」
「そうですか。それならばいいのですけど、万が一にもブランドー家を貶めるような言葉を見逃してしまったとしたら、わたくしアリシア姉様に合わせる顔がございませんもの」
「そんなことは……」
「ええ。あなた方は立派な貴族令嬢ですものね。他家を貶めるようなご発言をするはずがございませんでしたわ」
「それは、もちろんですわ」
「そうですね。万一にもそんなご発言をなされていたとしたら、それこそ貴族としての品位を疑われてしまいますもの」
わたくしは、より一層の笑みを作って彼女らに微笑みかける。あくまで冷静に。しかし彼女らには逃げ道を与えないように。
「あら、お顔がこわばっておりますわ。カトリーナ様のお美しさは以前から伺っておりましたけれど、もう少し微笑んでくださった方がその美しさがいっそう際立ちますわね」
「あ、ありがとうございます……」
「ご安心ください。わたくしの耳には当家を乏しめるようなお声は届いてはおりません」
「それは、もちろん、そんな失礼なこと申し上げるわけがありませんわ」
「そうですわね、ですが、念のため——」
周囲を見渡すとこわばったお顔のカトリーナと、ソワソワしている取り巻きたち、そしてこれらのやり取りを遠巻きに眺めている貴族の子女らの顔が見える。
クリスト様もちょうど戻ってきたのか、何事かとテーブルでの出来事をご覧になっている様子。
「万が一にも誤解を招くようなご発言があったのだとしたら、お姉様にも、父や母にも報告しなくてはなりません」
カトリーナの瞳がギョッと見開き、周囲の令嬢や令息の顔をキッと見渡す。
何か言ったら承知しないわよとでも言いたげなそのお顔を見ていたら、笑えてきた。
「クスッ。そんなに心配しなくても大丈夫でしてよ。あなたは誇り高きアイゼンベルク侯爵家のご令嬢なのですもの。そのように誤解を招くようなことはなさっていなかった、のでしょう?」
「ええ、もちろん、ですわ」
「では、このお話はこれで終わりにしましょう。クリスト様も戻って参りましたし、楽しい会に水を刺してはいけませんわ」
わたくしは、クリスト様にカーテシーをしてお席に戻っていただくよう促した。
そう。まだこのパーティは始まったばかり。
このような些細なことでみなさまの楽しみを奪うわけにもいきませんしね。
「マリサ」と名前こそ出してはいないけれど、ブランドー家やアリシア姉様のお名前を出し、妹と言ったのだ。これはもう取り繕うつもりも何もない、口撃、だ。
「あらら。黙り込んでしまいましたわ」
「お可哀想に、貴族としての誇りもお持ちでないのかしら」
「わたくし、聞きましたわ。あの方幼い頃は平民街で育ったのですって」
「どうりで。あの方からは貴族らしい素養も感じられませんもの」
きっと、この場にルイス殿下もルドルフ様も、クリスト様もいないからだろう。
言いたい放題に言われてしまっている、もうほんとどうしよう。
でも、ここで怒って反論しても、彼女らの思う壺だ。
わたくし、は、すくっとその場で立ち上がると、極力冷静に彼女らに向かって微笑んだ。
「あら、カトリーナ様。随分と楽しそうにお話しされていらっしゃるのね。わたくしもご一緒させてくださらない?」
カトリーナとその取り巻きたちがギョッとした顔でこちらを見ている。
「マリサ、様。残念ですが、あなたとは関係のないお話しですの」
とぼけるカトリーナ。いいえ、逃すものですか。
「あら、先ほど『ブランドー』と聞こえてきた気がしましたのに。わたくしの家がどうかしましたか?」
「いえ、ブランドー公爵家は流石に筆頭公爵家だけのことはありますわ、と、話題に出しただけだと思いますわ」
「そうですか。それならばいいのですけど、万が一にもブランドー家を貶めるような言葉を見逃してしまったとしたら、わたくしアリシア姉様に合わせる顔がございませんもの」
「そんなことは……」
「ええ。あなた方は立派な貴族令嬢ですものね。他家を貶めるようなご発言をするはずがございませんでしたわ」
「それは、もちろんですわ」
「そうですね。万一にもそんなご発言をなされていたとしたら、それこそ貴族としての品位を疑われてしまいますもの」
わたくしは、より一層の笑みを作って彼女らに微笑みかける。あくまで冷静に。しかし彼女らには逃げ道を与えないように。
「あら、お顔がこわばっておりますわ。カトリーナ様のお美しさは以前から伺っておりましたけれど、もう少し微笑んでくださった方がその美しさがいっそう際立ちますわね」
「あ、ありがとうございます……」
「ご安心ください。わたくしの耳には当家を乏しめるようなお声は届いてはおりません」
「それは、もちろん、そんな失礼なこと申し上げるわけがありませんわ」
「そうですわね、ですが、念のため——」
周囲を見渡すとこわばったお顔のカトリーナと、ソワソワしている取り巻きたち、そしてこれらのやり取りを遠巻きに眺めている貴族の子女らの顔が見える。
クリスト様もちょうど戻ってきたのか、何事かとテーブルでの出来事をご覧になっている様子。
「万が一にも誤解を招くようなご発言があったのだとしたら、お姉様にも、父や母にも報告しなくてはなりません」
カトリーナの瞳がギョッと見開き、周囲の令嬢や令息の顔をキッと見渡す。
何か言ったら承知しないわよとでも言いたげなそのお顔を見ていたら、笑えてきた。
「クスッ。そんなに心配しなくても大丈夫でしてよ。あなたは誇り高きアイゼンベルク侯爵家のご令嬢なのですもの。そのように誤解を招くようなことはなさっていなかった、のでしょう?」
「ええ、もちろん、ですわ」
「では、このお話はこれで終わりにしましょう。クリスト様も戻って参りましたし、楽しい会に水を刺してはいけませんわ」
わたくしは、クリスト様にカーテシーをしてお席に戻っていただくよう促した。
そう。まだこのパーティは始まったばかり。
このような些細なことでみなさまの楽しみを奪うわけにもいきませんしね。
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