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【寝室】
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◆◆◆
気がつくとそこは見覚えのあるベッドの上。
見覚えのある天井。
ああ、刻が遡ったのね、そう安堵する。
飾り気はない小さな部屋。アリシアが日常を過ごしていた寝室。
公爵家の屋敷としてはかなり小さい部屋だけれど、それもそのはず元々ここはアリシアの母の衣装部屋だった。
元々の、母と一緒に暮らしていた寝室は今はマリサの部屋となっていた。
他にももっと部屋はあったはずだけれど、その母の寝室は女性らしい彫刻やシャンデリアの装飾、壁紙の作りなどが贅を凝らしたものになっていたため、マリサがこの部屋を欲しがったのだ。
衣装部屋に追いやられたことには特に何も思わなかった。
それよりも、母の衣装の匂いに包まれている事が嬉しくて。
窓も小さな出窓があるだけの本当に小さな部屋。ベッドも使用人が使うような質素なもの。
家具、と言えば母が使っていたタンスが一応一棹残されていたからそれを使っていた。ドレスも、母のお古だけしか無かった。
当然、アリシア専用の使用人などはいなかった、はずだった。
「おはようございます。お嬢様」
そうノックして入室するのは男の人。
執事服に身を包みいかにも執事然としているけれどアリシアには見覚えがない。
「え? あなた、誰?」
ベッドから半身だけ起こし、思わずそう言い放っていた。本当にお屋敷の従業員だったらものすごく失礼だろう。でも。
(こんな男性、わたくしは知らない……)
そう思って、毛布で体を隠しながらその彼を見つめる。
「俺のこと、もう忘れたの?」
そう、ウインクする彼。
漆黒の髪、浅黒い肌に切長の瞳。
口元は真一文字に開くけれど、妙に色っぽいその赤い唇。
——まさか!
「あなた、魔王? 魔王ウィルヘルムなの?」
「は。やっとわかった? 俺、君付きの侍従ってことになってるからよろしく」
「ちょっと待ってよ。だって、わたくしこれでも未婚の女性なのよ? それなのにこんな部屋の中まであなたみたいな人が入ってきたらどう思われるか」
「そっか、一応そんなこと気にするんだ。じゃぁ、こうしようか」
そういうと。
彼の周囲にブワッと黒い霧が巻きおこる。
一瞬ののちに現れたのは、今度は黒いメイド服に身を包んだ女性だった。
「これなら、いいでしょう? この姿の時はヴィルヘルミーナ、ね」
そう、怪しく笑うその顔。真っ赤な唇の口角をニッとあげ、妖艶にその場でくるっと回る、彼女?
スカートが円形に膨らんで、閉じる。
少し見えた足元も、完全に女性のそれに見える、そんな姿。
「お父様や他の皆が怪しんだりは、しないのよね?」
「ええ。その辺は任せておいて。あたしの存在は認識阻害の魔法で目立たなくなっているし、それに。周囲の人たちの記憶には少しだけ干渉しておいたから。周りにはただのモブにしか見えないから」
「ただのモブって、あなた……」
「ふふ。楽しいわ」
「なんだか、まるでロマンス小説の登場人物のような言い草ね」
「ふふ。だってそうでしょう? あなただって、こんなふうに人生をやり直しているんだもの」
そう言って。フワッとアリシアに向けて魔法をかける。
一瞬で身支度が整うその奇跡に。
「今は、いつなのかしら?」
窓の外を眺め、今更ながらにそう呟く。
「うーんとね。今はちょうどあなたの十五歳の誕生日。春生まれのあなたがこれから貴族院最後の一年間を送る、そんな、刻、よ」
「そっか。ミーナ。ありがとう」
そう、少しだけはにかんで。
アリシアは、ウィルヘルムに右手を差し伸べた。
「そうね、ミーナ。いい響きだわ。あたしのことはこれからそう呼んでちょうだい。あくまであたしはあんたのメイドのミーナ。それで行きましょう」
そう言って、ミーナもアリシアの手を握る。
——卒業パーティまでは一年、ないか。ううん、それまでにやれることをやるのよ。
もう二度と、あんな思いをしないために。
アリシアはそう決意を胸にして、窓の外の青い空を眺めた。
気がつくとそこは見覚えのあるベッドの上。
見覚えのある天井。
ああ、刻が遡ったのね、そう安堵する。
飾り気はない小さな部屋。アリシアが日常を過ごしていた寝室。
公爵家の屋敷としてはかなり小さい部屋だけれど、それもそのはず元々ここはアリシアの母の衣装部屋だった。
元々の、母と一緒に暮らしていた寝室は今はマリサの部屋となっていた。
他にももっと部屋はあったはずだけれど、その母の寝室は女性らしい彫刻やシャンデリアの装飾、壁紙の作りなどが贅を凝らしたものになっていたため、マリサがこの部屋を欲しがったのだ。
衣装部屋に追いやられたことには特に何も思わなかった。
それよりも、母の衣装の匂いに包まれている事が嬉しくて。
窓も小さな出窓があるだけの本当に小さな部屋。ベッドも使用人が使うような質素なもの。
家具、と言えば母が使っていたタンスが一応一棹残されていたからそれを使っていた。ドレスも、母のお古だけしか無かった。
当然、アリシア専用の使用人などはいなかった、はずだった。
「おはようございます。お嬢様」
そうノックして入室するのは男の人。
執事服に身を包みいかにも執事然としているけれどアリシアには見覚えがない。
「え? あなた、誰?」
ベッドから半身だけ起こし、思わずそう言い放っていた。本当にお屋敷の従業員だったらものすごく失礼だろう。でも。
(こんな男性、わたくしは知らない……)
そう思って、毛布で体を隠しながらその彼を見つめる。
「俺のこと、もう忘れたの?」
そう、ウインクする彼。
漆黒の髪、浅黒い肌に切長の瞳。
口元は真一文字に開くけれど、妙に色っぽいその赤い唇。
——まさか!
「あなた、魔王? 魔王ウィルヘルムなの?」
「は。やっとわかった? 俺、君付きの侍従ってことになってるからよろしく」
「ちょっと待ってよ。だって、わたくしこれでも未婚の女性なのよ? それなのにこんな部屋の中まであなたみたいな人が入ってきたらどう思われるか」
「そっか、一応そんなこと気にするんだ。じゃぁ、こうしようか」
そういうと。
彼の周囲にブワッと黒い霧が巻きおこる。
一瞬ののちに現れたのは、今度は黒いメイド服に身を包んだ女性だった。
「これなら、いいでしょう? この姿の時はヴィルヘルミーナ、ね」
そう、怪しく笑うその顔。真っ赤な唇の口角をニッとあげ、妖艶にその場でくるっと回る、彼女?
スカートが円形に膨らんで、閉じる。
少し見えた足元も、完全に女性のそれに見える、そんな姿。
「お父様や他の皆が怪しんだりは、しないのよね?」
「ええ。その辺は任せておいて。あたしの存在は認識阻害の魔法で目立たなくなっているし、それに。周囲の人たちの記憶には少しだけ干渉しておいたから。周りにはただのモブにしか見えないから」
「ただのモブって、あなた……」
「ふふ。楽しいわ」
「なんだか、まるでロマンス小説の登場人物のような言い草ね」
「ふふ。だってそうでしょう? あなただって、こんなふうに人生をやり直しているんだもの」
そう言って。フワッとアリシアに向けて魔法をかける。
一瞬で身支度が整うその奇跡に。
「今は、いつなのかしら?」
窓の外を眺め、今更ながらにそう呟く。
「うーんとね。今はちょうどあなたの十五歳の誕生日。春生まれのあなたがこれから貴族院最後の一年間を送る、そんな、刻、よ」
「そっか。ミーナ。ありがとう」
そう、少しだけはにかんで。
アリシアは、ウィルヘルムに右手を差し伸べた。
「そうね、ミーナ。いい響きだわ。あたしのことはこれからそう呼んでちょうだい。あくまであたしはあんたのメイドのミーナ。それで行きましょう」
そう言って、ミーナもアリシアの手を握る。
——卒業パーティまでは一年、ないか。ううん、それまでにやれることをやるのよ。
もう二度と、あんな思いをしないために。
アリシアはそう決意を胸にして、窓の外の青い空を眺めた。
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