高卒サラリーマンが脱サラして田舎でスローライフするだけの話

らいお

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本よりも鮮やかな世界①

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「……なんだ、君たちは」

 神宮寺氏は、不快感を隠そうともせずに眉根を寄せた。
 その視線の先――玄関の土間には、この場違いな高級スーツの夫婦とは対照的な、あまりにも統一感のない集団がひしめき合っていた。

 泥のついた長靴に作業着姿の老人。
 割烹着姿の老婆。
 派手なアロハシャツに革ジャンを着て、金ネックレスを光らせたスキンヘッドの巨漢。
 革ジャンを羽織り、フルフェイスのヘルメットを小脇に抱えた爽やかな青年。
 そして、片手にスマートフォン、もう片手に三脚を持ったジャージ姿の男。

 まるで何かの冗談のような組み合わせだが、その全員が、鋭い眼光で神宮寺夫妻を睨みつけていた。

「近所の者だよ。見慣れない黒塗りの車なんぞが停まってりゃあ、田舎の野次馬根性が騒いでな」

 先頭に立った猫村さんが、飄々とした口調で言う。
 手には使い込まれた鍬が握られている。農作業の途中だったのだろうが、その鍬が今は、歴戦の武具のような無言の圧力を放っていた。
 その隣では、飯田さんが心配そうに、しかし毅然とした態度でサクラコの方を見ている。

「お、おい喜多! なんか随分と湿っぽい空気じゃねぇか。BBQの時のバカ騒ぎはどうしたよ」

 ドカドカと遠慮のない足音を立てて、土足のまま上がり込んできそうな勢いで入ってきたのは、松田さんだ。
 その背後から、青央さんが苦笑しながら続く。

「松田さん、土足厳禁ですよ。……やぁ喜多くん。SOS信号を受信したから、愛車を飛ばしてきちゃったよ」
「松田さん……青央さん……!」

 俺は安堵で膝が抜けそうになるのを、歯を食いしばって必死に堪えた。
 実は、あの一通のメール――『至急確認乞う』という脅迫めいたメールを受け取った夜、俺は居ても立っても居られず、松田さんに相談の電話を入れていたのだ。さすがの俺も誰かに打ち明けたくてね。小心者と、笑ってくれ。

『もし相手が強硬手段に出てきたら、俺一人じゃ守りきれないかもしれないんです……相手は、社会的地位も権力もある人たちで……』

 情けない話だが、無職の俺が、世界的な学者相手に太刀打ちできる自信がなかった。法的なことを持ち出されれば、俺に勝ち目はない。
 そんな俺の弱音に対し、松田さんは電話口で豪快に笑い飛ばしてくれたのだ。

『馬鹿野郎。困った時がお互い様だろ。……ま、ちょうど有給消化したかったし、ツーリングがてら様子見に行ってやるよ。青央も誘ってな』

 まさか本当に、しかもこんな絶妙なタイミングで駆けつけてくれるなんて。
 街からここまで、バイクでも数時間はかかるはずだ。俺からの連絡を受けて、すぐに動いてくれたに違いない。

「……野蛮な。部外者は立ち去りたまえ。これは家庭内の問題だ」

 神宮寺氏は、虫を追い払うかのように冷たく言い放つ。
 彼にとって、ここにいる面々は取るに足らない有象無象。議論する価値もない存在なのだろう。
 その侮蔑の色を隠さない態度に、サクラコがビクリと肩を震わせる。

 だが、彼らは一歩も引かなかった。

「家庭内の問題、ねぇ。だとしたら尚更、俺たちも混ぜてもらわねぇとな」

 てんちょーが一歩前に出た。
 普段の飄々とした態度はそのままに、その手にあるスマホのレンズは、真っ直ぐに神宮寺夫妻の顔を捉えている。

「著名な考古学者である神宮寺先生が、嫌がる娘さんを無理やり連れ去ろうとしている……なんて動画が拡散されたら、先生の『高潔な』イメージに傷がつくんじゃないですか?」
「……脅しかね? 肖像権の侵害で訴えることもできるんだぞ」
「まさか。ただの『記録』ですよ。僕たちは動画クリエイターですからね。……あぁ、ちなみに今はライブ配信の待機画面です。この『配信開始』ボタンをポチッと押せば、先生のその立派な態度は、リアルタイムで世界中に配信されますよ?」

 てんちょーが画面をチラリと見せる。そこには確かに、配信プラットフォームのインターフェースが表示されていた。

 神宮寺氏の顔色が、初めて変わった。
 彼は「論理」と「評価」で生きている人間だ。世論という、制御不能で感情的な不確定要素を何よりも嫌うはずだ。学術的な正しさが、ネットの炎上には通用しないことを、彼は知っている。

「それに、部外者とは心外だねぇ」

 猫村さんがゆっくりと歩み寄り、俺とサクラコの前に、盾になるように立った。
 その背中は、農作業で鍛え上げられた分厚さと、年長者としての威厳に満ちていた。

「この町じゃあ、隣近所は家族みたいなもんでね。孫みたいなサクラコちゃんが泣いてりゃ、じじい達が出てくるのは当たり前の道理ってもんだ」
「非合理的な……。そんな前時代的なコミュニティがまだ残っているとは。嘆かわしい」
「合理的かどうかなんて知ったことじゃねぇよ!」

 ドオンッ! と、松田さんが玄関の柱を掌底で叩いた。
 家全体が揺れたかのような衝撃音に、夫人は「ひっ」と小さく悲鳴を上げて後ずさる。

「ガキが帰りたくねぇって言ってんだ! それを無理やり引っ張っていくのが親のすることかよ! あぁ!?」

 松田さんの剣幕は凄まじかった。
 元ヤンキーの噂は伊達じゃない。だが、その怒りは暴力的なものではなく、理不尽に対する純粋な憤りだった。
 彼は俺の元上司であり、人生の先輩だ。会社で理不尽な評価に苦しめられた俺を、一番近くで見ていてくれた人だ。だからこそ、権威を笠に着て弱者を踏みにじろうとする行為が許せないのだろう。

「……話にならん。野蛮人どもめ」

 神宮寺氏は吐き捨てるように言ったが、その目には明らかな焦りの色が浮かんでいた。
 論理が通じない相手。社会的地位を気にしない相手。失うものがなく、ただ感情で動く集団。
 彼が最も苦手とする状況が、ここにあった。

『……もしもし? 聞こえてるー?』

 その時、てんちょーが持っていたもう一台のスマホから、スピーカー越しに凛とした女性の声が響いた。



●あとがき
クロエ「皆、カッコいいわね……!」
烏骨隊長「いいぞ、やってしまえであるっ!」
作者「これ、孝文くん達には庭先でメェメェコケコケ何か言ってるようにしか聞こえないんだろうなぁ……」
クロエ「いいのよ、それでも。応援が伝われば良いんだもの」
烏骨隊長「そうである。それではいくぞ、皆の衆。せーのー……」
クロエ、烏骨隊長、烏骨鶏集団、鷺ノ宮「「「がんばれぇぇぇぇ!」」」
作者「うんうん、皆んなで応援っていいよね……あれ、なんか人間混じってない?」
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