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脱サラ編 第五話
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会議室は薄暗く、圧迫感を感じた。先に来ていた他の発表者達は皆自分の資料と向き合ってブツブツと微かに聴こえるか、聴こえないか分からない程度の音量で資料を読み上げていることが分かる。ピリピリとした緊張感が、私の肌をそっと撫でてくるような感覚だ。
自分の鼓動が速くなっていることが分かる。ひどく、ひどく緊張しているようだ。先に来ていた発表者達に当てられたのだろう。私は深呼吸して気持ちを落ち着かせながら席へと座った。
発表者達の上司も私が座ったタイミングでぞろぞろと室内に入ってきた。その中に清水さんと須藤さんの姿もある。二人して私に親指立てて遠巻きに頑張れよ、と応援してくれていた。
会議室内は正面に大きくスクリーンがあり、その向かいに社長、本部長達の席がある。そして我々発表者である若手社員と直属の上司の席はそれらを囲むように配置されていた。
こういった緊張感は嫌いだ。さっさと終わらせて帰りたい。
自分の資料を眺めていると、社長と本部長達が入ってきた。全員立ち上がり、バラバラに頭を下げる。
「「お疲れ様です。」」
「いいよいいよ、まだ時間はあるから座ってて。」
社長は優しく微笑むと、そう告げる。
確かにあと5分程時間はあるな。私は周りの様子を伺いながら再度席に座りなおす。
隣の発表者は顔が青くなってるな。吐かないでくれよ。
「少し早いですが、全員集まっているので始めるとしましょうか。」
総務部の人がスクリーン横に立ってそう告げる。私的には早く始まって嬉しいものだ。早く始まれば早く終わる。さっさと終わらせて帰りたいからね!
「皆さん、お忙しい中お集まり頂き有難うございます。それでは、成果発表を始めさせて頂きます。まず―――」
さぁ、始まったぞ。引き締めていこう。
◇
発表者は全員で5名、若手社員のみ。管理職は別日に行うらしい。
発表の順番は私は4番目。そして今3番目の発表が終わろうとしている。私以外の発表者のプレゼンは、実に興味深いものだった。なんといっても、内容が薄い。〇〇を作りました、〇〇を行いました。あくまでも何を行ったかを言っているだけだった。それを経て、何を学んだか、何を失敗したか、今後はどのような目標を持って業務に取り組んでいくか。それらがまったく無かったのだ。
「―――それでは、発表を終わります。有難うございました。」
3人目の発表が終わったようだ。さて、私の番だ。席を立ち、スクリーン横に進む。
プレゼン資料をスクリーンに映し、手元に資料をひろげる。さぁ、やりますか。
「品質評価部の喜多です。それでは、私の成果発表を始めさせて頂きます。」
社長、本部長達を見ながら、私はハキハキとした口調で告げた。社長、本部長達は私の方を見ず、事前に配っていた資料を手元でパラパラとめくっている。じろじろと私を凝視されるよりはマシだ。
「まず、私の発表内容は昨年上旬にありました不具合―――」
◇
どのくらい時間が経っただろうか。ひどく、ひどく長く感じる。だが、練習通りに進んでいる事から所要時間は経過していないだろう。視界が眩む、汗が噴き出る。足も若干震えているだろうか。今は、しっかりと喋れているだろうか。発表者達の上司の方を見ると、うんうんと頷きながら私の発表を聞いているようだ。その中に、発表内容の不具合を一緒に解決するために奔走した人もいる。その人の顔色を見るからに発表内容に不備は無いように感じる。
だが、社長と本部長達はどうだろうか。まったく私の事を見ないのだ。相変わらず手元の資料をパラパラとめくり、コソコソと何かを耳打ちしている。そういった態度を取られるたびに汗が噴き出た。何なんだこいつら、ちゃんと聞いてるのか?
不安に押しつぶされそうになりながらも、私の発表は終盤に入った。後は纏めと締めを言えば終わりだ。もう知ったことか、練習通りに進んでいるんだ。このまま押し切ってやる。
「―――以上で私の発表を終わらせて頂きます。ありがとうございました。」
なんとか喋りきった。私は一礼し、席に戻る。終わったことで不安感は消え、安心感が湧いてきた。疲れた。はやくタバコでも吸いながらゆっくり休みたい。
一安心した所で、ふと先ほどの疑問を思い出す。社長や本部長は私が確認した限りだと数回程度私をチラ見していたが、それ以外はほとんど手元の資料を見ているか耳打ちをしているかだった。あれはいったい何だったのだろうか。
清水さんと須藤さんを見てみると笑顔で私に向かって親指を立てている。良い発表だったようだ。温度差が謎すぎる。
その後は、特に何も無く成果発表会は終わり、解散となった。事務所に戻る途中清水さんや須藤さんに散々褒められたが、早く休憩したい私は足早に事務所に戻っていった。
汗で作業着がベトベトだ。時刻ももうすぐ昼休みになるので、私は替えの作業着に着替えにロッカーへ寄り、そのまま食堂へと向かうのだった。
◇
その日の午後は特に何もなく、穏やかだった。
いつも通り通常業務をして、試験日程的に今日しか試験設備が取れなかったので残業してなんとかしてその日のうちに業務を終わらせ、帰宅した。いたっていつも通り。
帰宅後は極度の緊張から疲れてしまい、夕飯を食べ、風呂に入り、布団で横になるとすぐに寝てしまった。
翌日は、前日の疲れを残しつつも普段通り出社した。
いつも通りロッカーで作業着に着替え、事務所へ行き、PCを起動してメールチェックをする。成果発表に関するメールは届いていない。流石に昨日の今日では何も無いか。少し安心しつつも朝礼の時間になったので席を立って部長の元へと集まる。いつも通りの特に何も報告の無い朝礼が終わったので試験棟へ移動しようとすると、
「喜多、ちょっといいか?」
「はい、今なら時間ありますよ、清水さん。」
「ちょっと部長が呼んでるから一緒に事務所裏の小会議室に来てくれ。」
部長から呼び出しをくらった。
自分の鼓動が速くなっていることが分かる。ひどく、ひどく緊張しているようだ。先に来ていた発表者達に当てられたのだろう。私は深呼吸して気持ちを落ち着かせながら席へと座った。
発表者達の上司も私が座ったタイミングでぞろぞろと室内に入ってきた。その中に清水さんと須藤さんの姿もある。二人して私に親指立てて遠巻きに頑張れよ、と応援してくれていた。
会議室内は正面に大きくスクリーンがあり、その向かいに社長、本部長達の席がある。そして我々発表者である若手社員と直属の上司の席はそれらを囲むように配置されていた。
こういった緊張感は嫌いだ。さっさと終わらせて帰りたい。
自分の資料を眺めていると、社長と本部長達が入ってきた。全員立ち上がり、バラバラに頭を下げる。
「「お疲れ様です。」」
「いいよいいよ、まだ時間はあるから座ってて。」
社長は優しく微笑むと、そう告げる。
確かにあと5分程時間はあるな。私は周りの様子を伺いながら再度席に座りなおす。
隣の発表者は顔が青くなってるな。吐かないでくれよ。
「少し早いですが、全員集まっているので始めるとしましょうか。」
総務部の人がスクリーン横に立ってそう告げる。私的には早く始まって嬉しいものだ。早く始まれば早く終わる。さっさと終わらせて帰りたいからね!
「皆さん、お忙しい中お集まり頂き有難うございます。それでは、成果発表を始めさせて頂きます。まず―――」
さぁ、始まったぞ。引き締めていこう。
◇
発表者は全員で5名、若手社員のみ。管理職は別日に行うらしい。
発表の順番は私は4番目。そして今3番目の発表が終わろうとしている。私以外の発表者のプレゼンは、実に興味深いものだった。なんといっても、内容が薄い。〇〇を作りました、〇〇を行いました。あくまでも何を行ったかを言っているだけだった。それを経て、何を学んだか、何を失敗したか、今後はどのような目標を持って業務に取り組んでいくか。それらがまったく無かったのだ。
「―――それでは、発表を終わります。有難うございました。」
3人目の発表が終わったようだ。さて、私の番だ。席を立ち、スクリーン横に進む。
プレゼン資料をスクリーンに映し、手元に資料をひろげる。さぁ、やりますか。
「品質評価部の喜多です。それでは、私の成果発表を始めさせて頂きます。」
社長、本部長達を見ながら、私はハキハキとした口調で告げた。社長、本部長達は私の方を見ず、事前に配っていた資料を手元でパラパラとめくっている。じろじろと私を凝視されるよりはマシだ。
「まず、私の発表内容は昨年上旬にありました不具合―――」
◇
どのくらい時間が経っただろうか。ひどく、ひどく長く感じる。だが、練習通りに進んでいる事から所要時間は経過していないだろう。視界が眩む、汗が噴き出る。足も若干震えているだろうか。今は、しっかりと喋れているだろうか。発表者達の上司の方を見ると、うんうんと頷きながら私の発表を聞いているようだ。その中に、発表内容の不具合を一緒に解決するために奔走した人もいる。その人の顔色を見るからに発表内容に不備は無いように感じる。
だが、社長と本部長達はどうだろうか。まったく私の事を見ないのだ。相変わらず手元の資料をパラパラとめくり、コソコソと何かを耳打ちしている。そういった態度を取られるたびに汗が噴き出た。何なんだこいつら、ちゃんと聞いてるのか?
不安に押しつぶされそうになりながらも、私の発表は終盤に入った。後は纏めと締めを言えば終わりだ。もう知ったことか、練習通りに進んでいるんだ。このまま押し切ってやる。
「―――以上で私の発表を終わらせて頂きます。ありがとうございました。」
なんとか喋りきった。私は一礼し、席に戻る。終わったことで不安感は消え、安心感が湧いてきた。疲れた。はやくタバコでも吸いながらゆっくり休みたい。
一安心した所で、ふと先ほどの疑問を思い出す。社長や本部長は私が確認した限りだと数回程度私をチラ見していたが、それ以外はほとんど手元の資料を見ているか耳打ちをしているかだった。あれはいったい何だったのだろうか。
清水さんと須藤さんを見てみると笑顔で私に向かって親指を立てている。良い発表だったようだ。温度差が謎すぎる。
その後は、特に何も無く成果発表会は終わり、解散となった。事務所に戻る途中清水さんや須藤さんに散々褒められたが、早く休憩したい私は足早に事務所に戻っていった。
汗で作業着がベトベトだ。時刻ももうすぐ昼休みになるので、私は替えの作業着に着替えにロッカーへ寄り、そのまま食堂へと向かうのだった。
◇
その日の午後は特に何もなく、穏やかだった。
いつも通り通常業務をして、試験日程的に今日しか試験設備が取れなかったので残業してなんとかしてその日のうちに業務を終わらせ、帰宅した。いたっていつも通り。
帰宅後は極度の緊張から疲れてしまい、夕飯を食べ、風呂に入り、布団で横になるとすぐに寝てしまった。
翌日は、前日の疲れを残しつつも普段通り出社した。
いつも通りロッカーで作業着に着替え、事務所へ行き、PCを起動してメールチェックをする。成果発表に関するメールは届いていない。流石に昨日の今日では何も無いか。少し安心しつつも朝礼の時間になったので席を立って部長の元へと集まる。いつも通りの特に何も報告の無い朝礼が終わったので試験棟へ移動しようとすると、
「喜多、ちょっといいか?」
「はい、今なら時間ありますよ、清水さん。」
「ちょっと部長が呼んでるから一緒に事務所裏の小会議室に来てくれ。」
部長から呼び出しをくらった。
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