笑顔は最大の特効薬

長津九季

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プロローグ

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 あの頃は輝いていた。自分にできないことはないんじゃないかと錯覚するほど。小説の新人賞を総ナメした工藤春樹は自惚れていた。
 デビュー作の「人魚の住処」が飛ぶ鳥を落とす勢いで売れ、重版が4回も決まった。そのまま2作目、3作目も勢いは劣るどころか加速していき、本の印税だけで10年は食うことに困らなかった。
 しかし、この勢いはわずか3年ほどで収束を迎えた。その後に発売された作品は泣かず飛ばすの売り上げで、今では過去の栄光に縋っている小説家と揶揄されている。
 こんなはずじゃない。ゆくゆくは映像化もされ、テレビや雑誌のインタビューに何回も載り、輝かしい人生を送るはずなのに。
 発売された本のレビューはひどい言われようだった。
「いつの時代の話だよ。」
「設定変わっただけで中身いっしょ。」
「ワンパターン作者。」
「待望の新作とかwww」
「もう一度勉強し直した方がいいんじゃないの?」
 春樹はパソコンを閉じ、ベッドへダイブした。いつもならこんなレビュー、気にしてないのに。なぜかすごく心に刺さる。
「そんなレビューを気にして、病んで書けませんなんて、通じると思ってるの?」
 スマホからガミガミ怒鳴られて耳がキーンとなりそうだ。担当編集者の都築美香は春樹の一回り以上年上でその分、多くの小説家の編集者を務めていた。もちろん春樹もその中の1人なのだが。
「慰めの言葉くらいかけても悪くないだろう。心折れる寸前まで耐えてるんだから。」
「10年飯食える分稼いでるんだから、文句の前に原稿を早く提出したら?来月締め切りなんですけど。」
「ハイハイわかったよ。書けばいいんだろう、書けば。」
 春樹は文句言いながらスマホを閉じてベッドへ投げ捨てた。6畳一間、ベッドとパソコンを置く机。電子レンジくらいのテレビしかないワンルームで白紙の画面を睨んでいても思いつくわけがない。春樹は頭を掻きむしって天井を見上げる。
「何を書けばいいのかわからねーよ。」
 春樹は完全なスランプに落ちていた。
 ネタ探しなんて滅多にしないが、部屋にこもっていても仕方がない。適当に外の景色を見て回ることにした。
 周りの目なんか気にせずぺちゃくちゃ喋る女子高生の集団。しわひとつないスーツと手首に金色の腕時計をはめているサラリーマン。道路の整備を行なっている土木作業員。
 歩道橋で周りを見渡してもいつもと変わらない日常を目の当たりにするだけだ。春樹はため息をつき歩道橋を降りようとする。その時、足元を見ていなかったためか、一段飛ばして降りようとしてることに気づかず、バランスを崩して勢いよく階段から落ちてしまう。両手はズボンのポケットに入れていたため、受け身も取れずそのまま地面まで転がり落ちる。右足がやけに痛む。起き上がろうとしても左足だけでは不可能だった。
 救急車に運ばれ診察を受ける。結果は右足首から膝までの骨が派手に折れて入院することになった。リハビリも込みで4~6ヶ月ほど病院にいないといけない。
「腕じゃなくてよかったじゃない。これで何の問題もないわね。」
「来て早々それかよ。少しは怪我の心配してくれよ。」
「なんで?私、あんたの母親でもないのに。」
「ビジネスパートナーだろ。」
「今のところ仕事には何の影響もなし。腕が使えるなら原稿は書ける。書き終わったらいつも通りメールで送ればいい。それなのに何を心配する必要がある?」
 悔しいが都築の言う通りだ、いつものようにガミガミと文句を言うが、間違ったことを言ってないから余計に腹が立つ。
「とりあえず締め切りは1か月延長してあげたんだから、それだけでも感謝しなさい。怪我して書けませんなんて通用しないから、じゃあねー。」
 憎たらしい笑顔を浮かべ都築は帰って行った。こんな自分に見舞いに来てくれたのが都築だけというのも嫌だった。両親は他界して8年くらい経つ。自分の小説や活躍を生きているうちに見せられなかったのが心残りだ。もちろん独身のため心配してくれる相手もいない。落ち込んでいると隣からクスクスと笑い声が聞こえる。盗み聞きなんて趣味が悪い。
 文句を言ってやろうと思いカーテンを開けると若い色白の女性が笑顔を見せていた。
「え?なんで?」
「この病院は思ったより小さいですから基本男女混合ですよ。個室なんてありませんから我慢してください。私の隣に男性が来たのはあなたを入れて3人目なんで珍しいことでもないですよ。工藤春樹さん。」
「なんで俺の名前を。」
「ベッドに名札があるじゃないですか。私は田崎明日香。よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく。」
 どう見ても田崎は年下だ。自分がもし結婚して子供がいたら田崎くらいの年齢でもおかしくない。執筆以外に仕事がないため、都築以外に会話するのは結構久しぶりだった気がする。
「工藤さんは足の骨折。大体半年くらいで退院ですね。リハビリをサボらなければの話ですが。」
「サボらないですよ。病院なんて嫌いなんで。」
 そう言って春樹は田崎に背中を向けた。この歳で人見知りなんてしないが、会話が苦手なためついそっぽを向いてしまう。
「私を拒絶するのは結構ですけど、お仕事しなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。明日からやりますから。」
「いつかやろうはバカやろうですよ。早いうちにやって困ることはないと思いますけど。」
 何も知らないくせにバカ呼ばわりされるのは腹が立つ。横になったまま田崎に顔を向けた。
「お嬢さん。あまり大人をからかうなよ。足が動かないからって何言っても良いわけではないからな。」
 春樹並みにドスを効かせて脅したつもりだったが、田崎は笑っていた。
「やっとこっち向いてくれた。初めましてどうしなんですから仲良くしませんか?」
 田崎の返しに春樹は戸惑ってしまう。天真爛漫はまるで田崎のような人にある言葉だ。
 疑うことや汚れを知らない少女に翻弄される春樹だった。
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