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四作目
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春樹のリハビリが2日後から始まるため退院の手続きが始まった。正直まだ病院に居たかったがワガママを言ってはいけない。
リハビリ室の見学を終えて荷物の整理をすると明日香が検査から戻って来た。
「そろそろ退院ですか?」
作り笑いが前より酷くなっていた。前より少しやつれたような気がした。
「ええ。そろそろリハビリに取り掛かるので、退院するようにって言われたんです。」
病室はとても心地いいとは言えないが、明日香と話す1日はとても楽しかった。
「笑顔にする作品は次で最後にします。都築さんから締め切りって催促がひっきりなしに言われるんです。」
春樹の言葉に明日香は寂しそうな顔を見せた。
「そうですか。寂しくなりますね。でも退院できて良かったじゃないですか。」
良いわけがない。明日香を笑顔にするために執筆してきたのに、退院するとはいえ途中で投げ出すようなことをして。
「本当にすみません。新しい物語が採用されたら真っ先にお渡しします。」
ベッドに座った明日香は少し考えていた。そして閃いたような顔をして春樹に聞いてきた。
「次回作の案は考えているんですか?」
春樹はもちろんと答えると明日香はそれを本にして欲しいと言われた。
「できれば、純粋な恋愛小説が読みたいです。」
恋愛小説。春樹が何度か書いたことはあるが、純粋な恋愛小説となると難しい提案だった。
「最後になるんですよね。だったらそれを本にしてください。タブレットは正直読みづらいんですよ。お願いします。」
明日香は手を合わせてお願いした。春樹は渋っていたが了承した。
入院中、明日香のために書いた物語の五作目が完成した。「聖なる夜に」。タイトルの通りクリスマスに向けた人たちの翻弄する姿を書いた作品だった。完成した作品を読んでもらいたいが、肝心の読者が見当たらなかった。リハビリの帰りにテレビが見れる場所があるが、そこで明日香は数人の子供と一緒にサッカーを見ていた。Jリーグのファンファーレ東京対横浜アーリアとの試合だった。結果はスコアレスドローで終わり、テレビ中継も終了した。子供たちが帰るのを見送る明日香と目が合って会釈をした。明日香は帽子をかぶっていた。
「いつもここで子供たちと?」
「はい。あの子達も私と同じ病気と戦っているんです。生きがいって言うと大袈裟かもしれないですけど、楽しく過ごせされるように元気づけてるつもりなんです。」
松葉杖をつきながら病室に帰ろうとするが、春樹は明日香の帽子が気になって仕方なかった。しかし、帽子をかぶっている理由は知っている。薬を変えた話を聞いてからもう2週間経つが、ここまで酷くなるほど副作用は強いものなのか。
「ふふ、気になりますか?この帽子。」
「あ、いや別に。」
「無理しないでください。顔に書いてありますよ。」
春樹は謝ったが明日香は笑って許してくれた。
「別に見たかったらいいですよ。でもここは人が多いので病室に戻ってからにしましょう。」
病室に戻ると明日香は帽子を脱いだ。テレビや映画では見たことあるが、本当にここまで副作用が強いとは考えもしなかった。
「ひどいですよね。女の子にとって髪は命の次に大事なものなのに。」
薬の副作用は嘔吐、怠み、髪の毛が抜ける諸々あるが、それでも初めて会った2ヶ月前とは別人に見える。
「すみません。なんて言葉をかけていいか。」
「構いませんよ。もう慣れたんで。」
笑顔を見せてはいるが、声と腕が震えている。死ぬかもしれない恐怖と戦っている。こんな時こそ物語だと思った。
「そうだ。書けたんです、新しい話。良かったら読んでください。今データ送りますね。」
「すみません。また別の日にしてくれますか?」
春樹は驚いて顔を上げた。明日香を笑顔にするために書いた作品を読まずに拒否された。なんでと理由を聞いても明日香はそっぽ向いて横になった。初めて会った時と立場が逆転した感じがした。
次の日も明日香は読んではくれず、歌を歌いながらSNSを開いては閉じてを繰り返していた。歌っている歌も囁き程度で何を歌っているかわからなかった。
その夜春樹がそろそろ寝ようかとした時に明日香から声をかけられた。
「春樹さん、今いいですか?」
春樹がカーテンを開けると明日香がこっちを見てくれた。
「すみません。今日はあいさつもしなくて。」
「構いませんよ。俺も声をかけなかったので。」
明日香は少し笑うと春樹の話を読みたいと言ってくれた。
明日香のタブレットにデータを送ると明日香は話を読んでくれた。
「どうでした?」
「最初に比べるとすごく良くなりました。継続は力なりなんて本当かもしれないですね。」
明日香はクリスマスか、とそっと呟いた。あと3ヶ月ほどで12月を迎える。その頃にはもう春樹のリハビリは終わり、元の生活に戻るが明日香はどうだろうか。まだこの病室にいるのかそれとも。
「恋愛小説ねー。あれこれ手を広げるのは勝手だけど、ちゃんと締め切りは守りなさいよ。」
「あんたは口を開くと締め切りが出るのか?言われなくたって守るもんは守るよ。」
「せいぜい頑張りな。」
都築はわざと春樹の肩を強く叩いた。退院間近とはいえ、くっついた骨に結構響くから叩かないでほしかった。春樹は文句でも言ってやろうと思ったが、都築が後ろ手にひらひら振ってるから舌打ちしてそっぽ向いてやった。
もう2週間もすればリハビリに完全に移行し春樹は通院になる。明日香とも頻繁に会えなくなる。それまでに完成させなくては。
「なかなか苦戦してるようですね。」
声のする方を見ると明日香がニヤニヤしながら春樹を見ていた。明日香の帽子は見慣れたが、入院着から見える腕は骨の形が見えるほど細くなっていた。顔を見ると少しやつれているのがわかる。毎日いるからわからなかったが、改めて見ると彼女の体を病魔が蝕んでいる。
「どうしたんですか?人の顔じっと見て。もしかして見惚れちゃいました?」
春樹は慌てて首を振った。少しでも哀れと思ったなんて口が裂けても言えない。
「明日香さんをモデルにした話を書きたいんですよ。」
春樹は思わず嘘を吐いた。明日香は驚くと笑顔を見せてくれた。
「私がモデルなんて嬉しいな。でも知っての通りほぼ入院生活ですから彼氏なんていないんですよ。」
だから書きたいんだ。完治した先の希望を明日香に見せてあげたい。活字のみでも、ここから出られなくても少しでも生きる糧にしてほしい。春樹は文字を打っては消しての繰り返しをしていた。
やっとの思いで書き始めた2日後。明日香の母、栞里と父の大介が春樹に頭を下げた。
「もうこれ以上物語を読ませないでください。」
「は?」
思いかけず春樹は空返事をしてしまった。これからも明日香のために物語を書き続けたい。それの何がいけないのか。
「明日香にこれ以上期待を持たせたくないんです。一瞬でも我に返って恐怖を増やすだけです。それより今を大事に生きてほしい。だから本を読む時間よりこの瞬間を感じて体と心に刻んでほしんです。わかってください。」
春樹にはますますわからなかった。いつ死んでもおかしくない。そんな時だからこそ生きる希望を与えたいんだ。
「あなたはいいですよ。所詮骨折ですし、物語のいいネタになるかもしれないし、」
「僕は別に、」
そんなことはないと言おうとした春樹の言葉を栞里は遮った。
「でもあの娘は、あの娘は、」
続きの言葉と涙が混じってしまい、大介に寄りかかりながら泣いてしまった。
「すみません。明日香は持って1ヶ月だと余命宣告されたんです。私も栞里も仕事を休んで明日香のために時間を費やしようと決めたんです。家族団欒の時間を過ごすためにもお願いします。」
「何してるの?」
声のする方には明日香が立っていた。いつもの明日香ではないくらい怖い顔をしていた。
「明日香、あのね。」
「もしかして春樹さんに物語を書くななんて言いに来たの?」
「いや、別にそういうことじゃ、」
「帰って。いいから帰って。」
明日香は声を荒げて2人を追い出した。呆気に取られていた春樹の方を見て薄く笑顔見せた。
「新しい話、なる早でお願いしますね。」
そういうとベッドに横になり、布団の中に顔を埋めてしまった。
春樹は良かれと思って話を書いていた。しかし、残り少ない命を家族で過ごしたいと言った大介と栞里の気持ちもわかる。ここまで来て春樹は自分のやっていることが正しいのか間違っているのかわからなくなってしまった。
結局、一行も書けずに退院の日が決まってしまった。2日後に春樹は退院し、通院に切り替わる。もしかしたら明日香に会えるのは残り2日しかないのかもしれない。
「良かったじゃない。思ったより早く退院できて。これで執筆に専念できるね。」
都築はなんだかんだでほぼ毎日見舞いに来てくれる。しかし、春樹の頭の中はそれどころじゃなかった。
「春樹先生。おおかた新しい話、書けてないんでしょ。」
鋭いところついてくる。その通りだ。それどころか物語を作ることに疑問を持ってしまった。何のために物語を作ればいいのか。明日香のためにと思った話はもしかしたら迷惑だったのか。
すると都築は一冊の本を春樹に向かって投げた。
「私が1番好きな恋愛小説。タイトルくらいは聞いたことあるかもしれないけど、悩むのはせいぜいそれを読んでからにしなさい。やったことないジャンルならまずは参考になる本をいくつか読まないと。売り上げに響くからね。」
「ありがとうございます。」
春樹は礼を言ったが、気がつくと敬語で返事をしていた。都築も春樹のことを先生と言っていた。
「悪いけど、先生があの娘に読ませた本を読ませてもらったわ。今まで書いた本よりよっぽど内容いいじゃない。これなら再ブレイクはできるかもね。見舞いは今日で終わりだから早く書いてちょうだいね。」
今まで見せたことのない笑顔でそういうと都築は帰って行った。
都築の渡した本はマンガ化もされて、アニメや実写版も作られた大ヒット作だ。1ページ目を読み始めると止まらなくなり、夕方になると読み終えてしまうほど読破してしまった。
そして春樹はパソコンを開いて思いつく限りの文字を打っていた。誰になんと言われてもいい。明日香のために物語を書く。1番近くにいる読者1人喜ばせられなくてヒット作が書けるわけがない。
(君の未来はこんな風な未来になるんだ。こんなところに居ていい人間じゃない。)
そう思いながら春樹は明日香の為の最後の話を作り上げた。
リハビリ室の見学を終えて荷物の整理をすると明日香が検査から戻って来た。
「そろそろ退院ですか?」
作り笑いが前より酷くなっていた。前より少しやつれたような気がした。
「ええ。そろそろリハビリに取り掛かるので、退院するようにって言われたんです。」
病室はとても心地いいとは言えないが、明日香と話す1日はとても楽しかった。
「笑顔にする作品は次で最後にします。都築さんから締め切りって催促がひっきりなしに言われるんです。」
春樹の言葉に明日香は寂しそうな顔を見せた。
「そうですか。寂しくなりますね。でも退院できて良かったじゃないですか。」
良いわけがない。明日香を笑顔にするために執筆してきたのに、退院するとはいえ途中で投げ出すようなことをして。
「本当にすみません。新しい物語が採用されたら真っ先にお渡しします。」
ベッドに座った明日香は少し考えていた。そして閃いたような顔をして春樹に聞いてきた。
「次回作の案は考えているんですか?」
春樹はもちろんと答えると明日香はそれを本にして欲しいと言われた。
「できれば、純粋な恋愛小説が読みたいです。」
恋愛小説。春樹が何度か書いたことはあるが、純粋な恋愛小説となると難しい提案だった。
「最後になるんですよね。だったらそれを本にしてください。タブレットは正直読みづらいんですよ。お願いします。」
明日香は手を合わせてお願いした。春樹は渋っていたが了承した。
入院中、明日香のために書いた物語の五作目が完成した。「聖なる夜に」。タイトルの通りクリスマスに向けた人たちの翻弄する姿を書いた作品だった。完成した作品を読んでもらいたいが、肝心の読者が見当たらなかった。リハビリの帰りにテレビが見れる場所があるが、そこで明日香は数人の子供と一緒にサッカーを見ていた。Jリーグのファンファーレ東京対横浜アーリアとの試合だった。結果はスコアレスドローで終わり、テレビ中継も終了した。子供たちが帰るのを見送る明日香と目が合って会釈をした。明日香は帽子をかぶっていた。
「いつもここで子供たちと?」
「はい。あの子達も私と同じ病気と戦っているんです。生きがいって言うと大袈裟かもしれないですけど、楽しく過ごせされるように元気づけてるつもりなんです。」
松葉杖をつきながら病室に帰ろうとするが、春樹は明日香の帽子が気になって仕方なかった。しかし、帽子をかぶっている理由は知っている。薬を変えた話を聞いてからもう2週間経つが、ここまで酷くなるほど副作用は強いものなのか。
「ふふ、気になりますか?この帽子。」
「あ、いや別に。」
「無理しないでください。顔に書いてありますよ。」
春樹は謝ったが明日香は笑って許してくれた。
「別に見たかったらいいですよ。でもここは人が多いので病室に戻ってからにしましょう。」
病室に戻ると明日香は帽子を脱いだ。テレビや映画では見たことあるが、本当にここまで副作用が強いとは考えもしなかった。
「ひどいですよね。女の子にとって髪は命の次に大事なものなのに。」
薬の副作用は嘔吐、怠み、髪の毛が抜ける諸々あるが、それでも初めて会った2ヶ月前とは別人に見える。
「すみません。なんて言葉をかけていいか。」
「構いませんよ。もう慣れたんで。」
笑顔を見せてはいるが、声と腕が震えている。死ぬかもしれない恐怖と戦っている。こんな時こそ物語だと思った。
「そうだ。書けたんです、新しい話。良かったら読んでください。今データ送りますね。」
「すみません。また別の日にしてくれますか?」
春樹は驚いて顔を上げた。明日香を笑顔にするために書いた作品を読まずに拒否された。なんでと理由を聞いても明日香はそっぽ向いて横になった。初めて会った時と立場が逆転した感じがした。
次の日も明日香は読んではくれず、歌を歌いながらSNSを開いては閉じてを繰り返していた。歌っている歌も囁き程度で何を歌っているかわからなかった。
その夜春樹がそろそろ寝ようかとした時に明日香から声をかけられた。
「春樹さん、今いいですか?」
春樹がカーテンを開けると明日香がこっちを見てくれた。
「すみません。今日はあいさつもしなくて。」
「構いませんよ。俺も声をかけなかったので。」
明日香は少し笑うと春樹の話を読みたいと言ってくれた。
明日香のタブレットにデータを送ると明日香は話を読んでくれた。
「どうでした?」
「最初に比べるとすごく良くなりました。継続は力なりなんて本当かもしれないですね。」
明日香はクリスマスか、とそっと呟いた。あと3ヶ月ほどで12月を迎える。その頃にはもう春樹のリハビリは終わり、元の生活に戻るが明日香はどうだろうか。まだこの病室にいるのかそれとも。
「恋愛小説ねー。あれこれ手を広げるのは勝手だけど、ちゃんと締め切りは守りなさいよ。」
「あんたは口を開くと締め切りが出るのか?言われなくたって守るもんは守るよ。」
「せいぜい頑張りな。」
都築はわざと春樹の肩を強く叩いた。退院間近とはいえ、くっついた骨に結構響くから叩かないでほしかった。春樹は文句でも言ってやろうと思ったが、都築が後ろ手にひらひら振ってるから舌打ちしてそっぽ向いてやった。
もう2週間もすればリハビリに完全に移行し春樹は通院になる。明日香とも頻繁に会えなくなる。それまでに完成させなくては。
「なかなか苦戦してるようですね。」
声のする方を見ると明日香がニヤニヤしながら春樹を見ていた。明日香の帽子は見慣れたが、入院着から見える腕は骨の形が見えるほど細くなっていた。顔を見ると少しやつれているのがわかる。毎日いるからわからなかったが、改めて見ると彼女の体を病魔が蝕んでいる。
「どうしたんですか?人の顔じっと見て。もしかして見惚れちゃいました?」
春樹は慌てて首を振った。少しでも哀れと思ったなんて口が裂けても言えない。
「明日香さんをモデルにした話を書きたいんですよ。」
春樹は思わず嘘を吐いた。明日香は驚くと笑顔を見せてくれた。
「私がモデルなんて嬉しいな。でも知っての通りほぼ入院生活ですから彼氏なんていないんですよ。」
だから書きたいんだ。完治した先の希望を明日香に見せてあげたい。活字のみでも、ここから出られなくても少しでも生きる糧にしてほしい。春樹は文字を打っては消しての繰り返しをしていた。
やっとの思いで書き始めた2日後。明日香の母、栞里と父の大介が春樹に頭を下げた。
「もうこれ以上物語を読ませないでください。」
「は?」
思いかけず春樹は空返事をしてしまった。これからも明日香のために物語を書き続けたい。それの何がいけないのか。
「明日香にこれ以上期待を持たせたくないんです。一瞬でも我に返って恐怖を増やすだけです。それより今を大事に生きてほしい。だから本を読む時間よりこの瞬間を感じて体と心に刻んでほしんです。わかってください。」
春樹にはますますわからなかった。いつ死んでもおかしくない。そんな時だからこそ生きる希望を与えたいんだ。
「あなたはいいですよ。所詮骨折ですし、物語のいいネタになるかもしれないし、」
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「でもあの娘は、あの娘は、」
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「すみません。明日香は持って1ヶ月だと余命宣告されたんです。私も栞里も仕事を休んで明日香のために時間を費やしようと決めたんです。家族団欒の時間を過ごすためにもお願いします。」
「何してるの?」
声のする方には明日香が立っていた。いつもの明日香ではないくらい怖い顔をしていた。
「明日香、あのね。」
「もしかして春樹さんに物語を書くななんて言いに来たの?」
「いや、別にそういうことじゃ、」
「帰って。いいから帰って。」
明日香は声を荒げて2人を追い出した。呆気に取られていた春樹の方を見て薄く笑顔見せた。
「新しい話、なる早でお願いしますね。」
そういうとベッドに横になり、布団の中に顔を埋めてしまった。
春樹は良かれと思って話を書いていた。しかし、残り少ない命を家族で過ごしたいと言った大介と栞里の気持ちもわかる。ここまで来て春樹は自分のやっていることが正しいのか間違っているのかわからなくなってしまった。
結局、一行も書けずに退院の日が決まってしまった。2日後に春樹は退院し、通院に切り替わる。もしかしたら明日香に会えるのは残り2日しかないのかもしれない。
「良かったじゃない。思ったより早く退院できて。これで執筆に専念できるね。」
都築はなんだかんだでほぼ毎日見舞いに来てくれる。しかし、春樹の頭の中はそれどころじゃなかった。
「春樹先生。おおかた新しい話、書けてないんでしょ。」
鋭いところついてくる。その通りだ。それどころか物語を作ることに疑問を持ってしまった。何のために物語を作ればいいのか。明日香のためにと思った話はもしかしたら迷惑だったのか。
すると都築は一冊の本を春樹に向かって投げた。
「私が1番好きな恋愛小説。タイトルくらいは聞いたことあるかもしれないけど、悩むのはせいぜいそれを読んでからにしなさい。やったことないジャンルならまずは参考になる本をいくつか読まないと。売り上げに響くからね。」
「ありがとうございます。」
春樹は礼を言ったが、気がつくと敬語で返事をしていた。都築も春樹のことを先生と言っていた。
「悪いけど、先生があの娘に読ませた本を読ませてもらったわ。今まで書いた本よりよっぽど内容いいじゃない。これなら再ブレイクはできるかもね。見舞いは今日で終わりだから早く書いてちょうだいね。」
今まで見せたことのない笑顔でそういうと都築は帰って行った。
都築の渡した本はマンガ化もされて、アニメや実写版も作られた大ヒット作だ。1ページ目を読み始めると止まらなくなり、夕方になると読み終えてしまうほど読破してしまった。
そして春樹はパソコンを開いて思いつく限りの文字を打っていた。誰になんと言われてもいい。明日香のために物語を書く。1番近くにいる読者1人喜ばせられなくてヒット作が書けるわけがない。
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