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五作目
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「確かに受け取ったわ。ご苦労様。来月には出版できると思うから。」
都築がそう言って原稿を持っていこうとすると春樹は呼び止めた。
「待ってくれ。1冊でいい。それ本にしてくれないか。できれば早いうちに。」
明日香のために読ませてやりたい。1週間前に退院した時、明日香は「完成するのを楽しみしてますね」と言ってくれた。隣にいた両親は苦い顔をしていたが。
「そんなことできるわけないでしょう。印刷所がやることで私がどうこうできる話じゃないんだから。」
断られると春樹は土下座までした。今まではプライドが邪魔をして惨めに頭を下げるようなことはしなかったが、そういう体裁などはとっくに捨てていた。
「確かに無茶なことを言っているのはわかってる。でも発売されるのは早くてせいぜい1ヶ月くらいするだろう。もしかしたら間に合わないかもしれないんだ。そうなってからじゃ遅いんだ。生きてるうちに読ませてやりたい。初めてリクエストをくれてそれで作った話なんだ。1冊だけでいいんだ。頼む。」
春樹の必死の願いに都築は頭を掻きむしりながら「もうわかった。」と返事をした。
「なんとか頼んでみる。1冊くらいならプレ出版とかなんとか言って誤魔化せるから。全くこんなに手を焼かせる人は初めてだよ。」
そう言って都築は原稿を持っていってくれた。
5日後、1冊だけ単行本にした本を持ってきてくれた。表紙のデザインが決まる前に印刷したため白紙だったが、都築がタイトルを書いてくれた。
「本当にありがとうございます。ありがとうございます。」
「良いからさっさと病院に行きなさい。読ませてやりたいんだろう。タクシー読んであるから早く行きな。」
「わかった。本当にありがとう。」
タクシーに乗って病院に行った春樹を都築は見送った。
(安心しな工藤先生。あの本は今までにないくらいヒットするよ。あの娘と同じくらいあんたの本を読んだ私が保証する。)
都築はそう思いながら春樹を見送っていた。
病院に着くと明日香の病室は個室に変わっていた。教えてもらった病室に行くと泣き声が聞こえてきた。
「なんで?なんでこんな目に遭わないといけないの?」
「明日香落ち着きなさい。」
「なんで?私何かいけないことでもした?」
「そんなわけないだろう。明日香は何も悪くない。」
一緒の病室にいた時には聞いたことがないほどの弱音が聞こえた。だった2週間程度で明日香はここまで弱ってしまった。居た堪れなくなってしまい春樹は本を渡すのを諦めてしまった。
病院の椅子に座って悩んでいた。どれくらい酷いのかは実際に見ていないからわからないが、相当参っていることはわかる。本を渡すことはできてもかける言葉が見つからない。
「あれ、工藤さん。どうかされたんですか?」
以前春樹を担当していて明日香が白血病だと教えてくれたナースが声をかけた。
「それは確かに難しいですね。工藤さんが退院されてから一気に症状が重くなって自力じゃ歩けないほどになったんですよ。」
「そんなにですか?」
「はい。もしかしたら工藤さんが書いてくれた物語が本当に彼女に生きる力をくれていたのかもしれませんね。」
病気は明日香の意思とは無関係に体を蝕んでくる。確かに明日香が叫びたいほど弱気になるのはわかる。
「宣告された余命まであと2週間ほどですけど、」
「正直、あれくらい動けるのが奇跡に近いんです。彼女の生きたいっていう気力がそうさせたんだと思います。でも、それもいつまでもつか。」
そう聞いた春樹はナースに本を渡した。
「彼女に頼まれた本です。渡してやってください。」
「え?でもせっかくですから会ったらどうです?」
その言葉を無視して春樹は病院をあとにした。せっかく出来上がった本を渡そうにも明日香に会う気にはなれなかった。
「え?会わなかったの?」
「ああ。」
1ヶ月後、春樹は都築と次回作の打ち合わせをしていたが、今の春樹には上の空だった。
「まあ本の2~3ヶ月の付き合いだったんでしょう。そんなに気にする必要ないんじゃない。」
春樹には返す言葉が見当たらなかった。
話を進めようとすると都築の携帯が鳴った。
「春樹、あんた宛だよ。」
携帯を受け取ると相手は明日香の両親だった。
「もしもし。」
「突然電話してすみません。明日香の父の大介です。先生の連絡先を把握してなかったので、出版社経由で教えてもらいました。」
大介からの連絡で春樹は妙な胸騒ぎがした。春樹の聞きたいことに大介は答えてくれた。
「先程、明日香が息を引きとりました。」
やっぱりか。宣告された余命よりかは長く生きれたみたいだが、自分のやってきたことは苦しめる時間を長くしただけなのかもしれない。春樹はそう思っていた。
「先生、これから明日香の遺品を整理するのですが、お渡ししたいものがあるので病室まで来ていただけますか?」
正直行きたくはなかったが、せっかく呼び出されたのだから最後に挨拶だけでもしておこうと思い春樹は了承した。
病室に着くとすでに片付いたのか真っ白な空間だった。取り替えたばかりのシーツと机とテレビだけの個室に大介が待っていた。
「先生、来ていただきありがとうございます。」
「この度はご愁傷様です。それと勝手なことをしまって申し訳ありません。」
春樹が頭を下げると大介も頭を下げた。
「謝るのはこちらの方です。明日香のためにたくさん作品を作ってくださってありがとうございます。それなのにあんなことを言ってしまって申し訳ありません。」
大介は春樹の作品のおかげで明日香が生きる気力を持っていたことを亡くなった後知ったのだ。それが証拠だと言わんばかりの本を渡した。それは明日香のために作った恋愛小説だった。
「これは?」
「この本は明日香の火葬に入れようか迷ったのですが、先生にお返しします。」
やっぱりいらなかったのか、そう思った春樹はしぶしぶ受け取った。
「明日香の火葬にはしっかりと単行本化されたその作品を入れます。先生にその本は先生が持っているべきです。先生が明日香にできた最後の友人ですから。」
そう言って頭を下げた大介は病室を出た。最後に言われた言葉が引っ掛かり本を開いた。パラパラとページをめくると物語が終わった次のページが「こんな恋愛してみたかった。」と書かれていたメッセージとところどころ濡れていた。
明日香からもらった最後の感想だった。栞から始まった感想戦はこれで終わったのだ。そして何より明日香は春樹が書いた物語をしっかりと読んでくれた。それまでのやりとりが走馬灯のように蘇り気付けば春樹は泣き崩れていた。
(ありがとう。今までありがとう。)
春樹は明日香の存在が自分自身にも大きかったのだと思い知った。
後日、明日香の葬式が行われた。春樹は最後に顔合わせたいと言い参列することを許してもらった。写真に写っていた明日香は眩しいくらいの笑顔だった。それなのに棺桶に入ってる明日香は白くて無機質のようだった。
棺桶に花を入れる。この後火葬場に運ばれ、明日香は骨になる。春樹は明日香のそばに本を置いた。大介が火葬の為に買った本だった。その本に春樹は自身のサインとありがとうとメッセージを書いたのだ。それが春樹なりのお別れの仕方のだと思った。
「来ていただきありがとうございました。あの娘もきっと喜んでると思います。」
「こちらこそ許していただきありがとうございました。顔を見れて良かったです。」
すると大介と栞里が本を出した。
「あの娘の思いが籠った作品だと思い買ってしまいました。不躾なお願いですが、あの娘に渡した本と同じようにサインをいただけませんか?」
春樹はもちろんと言わんばかり本にサインをした。近くにいた人は何をもらっていたのか不思議そうな顔をしていたが、1週間後、同じものを求めに大勢の人が詰め寄ることはこの時の春樹すら予想はしてなかった。
都築がそう言って原稿を持っていこうとすると春樹は呼び止めた。
「待ってくれ。1冊でいい。それ本にしてくれないか。できれば早いうちに。」
明日香のために読ませてやりたい。1週間前に退院した時、明日香は「完成するのを楽しみしてますね」と言ってくれた。隣にいた両親は苦い顔をしていたが。
「そんなことできるわけないでしょう。印刷所がやることで私がどうこうできる話じゃないんだから。」
断られると春樹は土下座までした。今まではプライドが邪魔をして惨めに頭を下げるようなことはしなかったが、そういう体裁などはとっくに捨てていた。
「確かに無茶なことを言っているのはわかってる。でも発売されるのは早くてせいぜい1ヶ月くらいするだろう。もしかしたら間に合わないかもしれないんだ。そうなってからじゃ遅いんだ。生きてるうちに読ませてやりたい。初めてリクエストをくれてそれで作った話なんだ。1冊だけでいいんだ。頼む。」
春樹の必死の願いに都築は頭を掻きむしりながら「もうわかった。」と返事をした。
「なんとか頼んでみる。1冊くらいならプレ出版とかなんとか言って誤魔化せるから。全くこんなに手を焼かせる人は初めてだよ。」
そう言って都築は原稿を持っていってくれた。
5日後、1冊だけ単行本にした本を持ってきてくれた。表紙のデザインが決まる前に印刷したため白紙だったが、都築がタイトルを書いてくれた。
「本当にありがとうございます。ありがとうございます。」
「良いからさっさと病院に行きなさい。読ませてやりたいんだろう。タクシー読んであるから早く行きな。」
「わかった。本当にありがとう。」
タクシーに乗って病院に行った春樹を都築は見送った。
(安心しな工藤先生。あの本は今までにないくらいヒットするよ。あの娘と同じくらいあんたの本を読んだ私が保証する。)
都築はそう思いながら春樹を見送っていた。
病院に着くと明日香の病室は個室に変わっていた。教えてもらった病室に行くと泣き声が聞こえてきた。
「なんで?なんでこんな目に遭わないといけないの?」
「明日香落ち着きなさい。」
「なんで?私何かいけないことでもした?」
「そんなわけないだろう。明日香は何も悪くない。」
一緒の病室にいた時には聞いたことがないほどの弱音が聞こえた。だった2週間程度で明日香はここまで弱ってしまった。居た堪れなくなってしまい春樹は本を渡すのを諦めてしまった。
病院の椅子に座って悩んでいた。どれくらい酷いのかは実際に見ていないからわからないが、相当参っていることはわかる。本を渡すことはできてもかける言葉が見つからない。
「あれ、工藤さん。どうかされたんですか?」
以前春樹を担当していて明日香が白血病だと教えてくれたナースが声をかけた。
「それは確かに難しいですね。工藤さんが退院されてから一気に症状が重くなって自力じゃ歩けないほどになったんですよ。」
「そんなにですか?」
「はい。もしかしたら工藤さんが書いてくれた物語が本当に彼女に生きる力をくれていたのかもしれませんね。」
病気は明日香の意思とは無関係に体を蝕んでくる。確かに明日香が叫びたいほど弱気になるのはわかる。
「宣告された余命まであと2週間ほどですけど、」
「正直、あれくらい動けるのが奇跡に近いんです。彼女の生きたいっていう気力がそうさせたんだと思います。でも、それもいつまでもつか。」
そう聞いた春樹はナースに本を渡した。
「彼女に頼まれた本です。渡してやってください。」
「え?でもせっかくですから会ったらどうです?」
その言葉を無視して春樹は病院をあとにした。せっかく出来上がった本を渡そうにも明日香に会う気にはなれなかった。
「え?会わなかったの?」
「ああ。」
1ヶ月後、春樹は都築と次回作の打ち合わせをしていたが、今の春樹には上の空だった。
「まあ本の2~3ヶ月の付き合いだったんでしょう。そんなに気にする必要ないんじゃない。」
春樹には返す言葉が見当たらなかった。
話を進めようとすると都築の携帯が鳴った。
「春樹、あんた宛だよ。」
携帯を受け取ると相手は明日香の両親だった。
「もしもし。」
「突然電話してすみません。明日香の父の大介です。先生の連絡先を把握してなかったので、出版社経由で教えてもらいました。」
大介からの連絡で春樹は妙な胸騒ぎがした。春樹の聞きたいことに大介は答えてくれた。
「先程、明日香が息を引きとりました。」
やっぱりか。宣告された余命よりかは長く生きれたみたいだが、自分のやってきたことは苦しめる時間を長くしただけなのかもしれない。春樹はそう思っていた。
「先生、これから明日香の遺品を整理するのですが、お渡ししたいものがあるので病室まで来ていただけますか?」
正直行きたくはなかったが、せっかく呼び出されたのだから最後に挨拶だけでもしておこうと思い春樹は了承した。
病室に着くとすでに片付いたのか真っ白な空間だった。取り替えたばかりのシーツと机とテレビだけの個室に大介が待っていた。
「先生、来ていただきありがとうございます。」
「この度はご愁傷様です。それと勝手なことをしまって申し訳ありません。」
春樹が頭を下げると大介も頭を下げた。
「謝るのはこちらの方です。明日香のためにたくさん作品を作ってくださってありがとうございます。それなのにあんなことを言ってしまって申し訳ありません。」
大介は春樹の作品のおかげで明日香が生きる気力を持っていたことを亡くなった後知ったのだ。それが証拠だと言わんばかりの本を渡した。それは明日香のために作った恋愛小説だった。
「これは?」
「この本は明日香の火葬に入れようか迷ったのですが、先生にお返しします。」
やっぱりいらなかったのか、そう思った春樹はしぶしぶ受け取った。
「明日香の火葬にはしっかりと単行本化されたその作品を入れます。先生にその本は先生が持っているべきです。先生が明日香にできた最後の友人ですから。」
そう言って頭を下げた大介は病室を出た。最後に言われた言葉が引っ掛かり本を開いた。パラパラとページをめくると物語が終わった次のページが「こんな恋愛してみたかった。」と書かれていたメッセージとところどころ濡れていた。
明日香からもらった最後の感想だった。栞から始まった感想戦はこれで終わったのだ。そして何より明日香は春樹が書いた物語をしっかりと読んでくれた。それまでのやりとりが走馬灯のように蘇り気付けば春樹は泣き崩れていた。
(ありがとう。今までありがとう。)
春樹は明日香の存在が自分自身にも大きかったのだと思い知った。
後日、明日香の葬式が行われた。春樹は最後に顔合わせたいと言い参列することを許してもらった。写真に写っていた明日香は眩しいくらいの笑顔だった。それなのに棺桶に入ってる明日香は白くて無機質のようだった。
棺桶に花を入れる。この後火葬場に運ばれ、明日香は骨になる。春樹は明日香のそばに本を置いた。大介が火葬の為に買った本だった。その本に春樹は自身のサインとありがとうとメッセージを書いたのだ。それが春樹なりのお別れの仕方のだと思った。
「来ていただきありがとうございました。あの娘もきっと喜んでると思います。」
「こちらこそ許していただきありがとうございました。顔を見れて良かったです。」
すると大介と栞里が本を出した。
「あの娘の思いが籠った作品だと思い買ってしまいました。不躾なお願いですが、あの娘に渡した本と同じようにサインをいただけませんか?」
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