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しおりを挟む既に宴が始まっているのか城内はとても賑やかだ。
どこからか音楽が流れて、それに乗って男女の楽しそうな声が聞こえてくる。
今回は騎士だけではなく騎士の身内も宴に招待してあるらしい。
一年という決して短くはない間、彼らは戦地で命を懸けて戦った。
故に命を懸けて戦ったもの、そんな彼らの無事を願い続けたもの達の為にこうして宴を開くのだ、と。
自分が部屋に籠っている間にオルテガと騎士達は命を懸けて戦っていた。
バロンにそんなつもりがない事は分かっている。
それでも、ラニエラにしてみたらそんな労いの席に自分なんかが居てもいいのだろうかと思わずにはいられなかった。
俯いた先、首元に輝くネックレスがラニエラの目に映る。
いつだったか、これもオルテガから贈られたものだった。
夜灯の光を反射して輝く、傷一つないルビーが自分には見合わない気がしたが、ドレスに合うでしょうとロバンが薦めてきたのだ。
結局断れずに付けてきたが、これは彼らの命がけの日々の対価で得たお金で買った物だ。
此処での暮らしも、食事も、何もかもが。
考えると怖くなった。
彼らの前に立つことが。
緊張して、息が苦しい。
ーーーこんな役立たずが領主の妻だなんて
今、自身が晒されている状況を想像すると足がすくむ。
そのせいで中途半端に踏み出していた捻った方の足がつまずいて、ラニエラは膝をついてしまった。
前を歩いていたロバンが「奥様⁉」と驚いた様にこちらに向かって来るのがちらりと見えてラニエラは俯いて視線を遮るが、突然グッと引き上げられた腕に釣られて視線が開けた。
「ぁ、」
昨夜と違って正装に身を包むオルテガは一層迫力があった。
「中々広間に来ないから来てみればー…お前は足を怪我している妻に、手も貸さないのか」
その声には昨夜の様に怒りが籠もっている。
あぁ、まただ。
また、悪くないロバンが責められている。
頭を下げるロバンを一瞥し、ラニエラが自分の足で立った事を確認したオルテガは「手を—…」と、短く言ってラニエラに手を差し出すオルテガに、ロバンの様に断るなんて出来る訳もなくおずおずといった調子でその自分よりもひと回りもふた回りも大きな手に掌を重ねた。
支えられながらもまだ足に上手く力が入らないせいかおぼつかない足取りのラニエラに「やはり迎えに行くべきだった」とオルテガが舌打ちをする。
その舌打ちに、ラニエラの身体は強張ってしまう。
『違うんです。ロバンは手を貸してくれようとしたのに、私が断ったんです』
そう言わないと、いけないのに。
そう思うのに、喉が引き攣る様な感覚に阻まれて、声が出ない。
「…っ、」
声を出さないとと強く思うのに比例して、ラニエラの呼吸が荒くなる。
無意識に胸元を抑えたラニエラに、広間に続く扉を開けてラニエラ達を待っているロバンが心配そうな視線を寄越すので、慌てて手を離す。
これ以上、オルテガの前で醜態を晒すのは控えたい。
ロバンも、きっとそうだ。
ラニエラが醜態を晒す度、オルテガに責められるのはロバンなのだから。
もう大丈夫、という意味を込めて軽く頷いて見せるラニエラに、ロバンも安心したようだった。
「いってらっしゃいませ」
ロバンの送る言葉を聞きながら、ラニエラは今から自身に向けられるであろう冷たい視線を思うと身震いがした。
「寒いですか」
そんなラニエラに気が付いたのオルテガが言う。
帰還後、久しぶりの夫婦の会話だった。
フルフルと頭を横に振って否定したラニエラにオルテガは足を止めた。
「もし…—もしも、あなたが宴に出たくないと言えば、俺は今から貴女を部屋まで送り届けます」
「…」
ラニエラは横に立つ、オルテガを見上げた。
「貴女は此処から逃げられない。その代わり、ここから逃げる事以外の、貴女の願いは全て叶えます」
それは結婚式で、オルテガが言った言葉だ。
「貴女が嫌だと思う事はしなくていい」
別に妻の役目なんて、果たさなくていい。
オルテガはそう言っているのだ。
「…っ」
これはラニエラを思っての事なんかじゃない。
この結婚は、政略結婚だった。
離縁されてはアンシルヴィア伯爵家という後ろ盾が無くなってしまう。
妻の真似事なんてしなくてもいい。
ただラニエラ・ルファンフォーレとして、伯爵家との繋がりとして生きていればいい。
それ以外、貴女には何も望んでいない。
そう言われているみたいだった。
オルテガの、夫であるこの男の、自身に向けられる視線はいつでも冷たく、その視線だけでラニエラを突き放す。
この重なっているだけの手は、いつ払われるんだろう。
払われるくらいならいっそのこと……
そっと重なっていた手を引いたラニエラに、分かっていたようにオルテガは「部屋まで送ります」と平坦な声でそう言うと踵を返す。
戻ってきた領主とその妻にロバンは何か言いたげな表情を浮かべたが、何も言わず、二人の後を追うだけだった。
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