コガレル

タダノオーコ

文字の大きさ
13 / 75
幸福論

2

しおりを挟む


その日の夕食は、准君と二人で食べた。
和乃さんは料理を作り終えると帰ってしまったから、配膳は私がした。
専務と圭さんは仕事で外食するそうだ。


ちなみに私の元勤め先の洋菓子メーカーは、専務のお父さんが立ち上げた。

庶民的な価格設定なのにケーキは1ピースが大きくて、中でもシュークリームがこれまた大きめで、ネームバリューと合わせてお土産に喜ばれる物だった。
今では全国のデパートでも大型スーパーでも当たり前のように店舗がある。

前社長だった専務のお父さんは亡くなられて今は、弟である専務の叔父さんが社長に就いてる。
現社長が会長に退けば、次の社長は専務だろうと噂は聞いたことがあった。

専務は家業を継いだけど、どうやら圭さんは今は別の仕事をしてる。
職場で圭さんを見たことがないし、あの出勤の服装は普通のサラリーマンには見えなかった。


「圭さんは何の仕事をしてるの?」

ダイニングのテーブル、斜向かいに座る准君に問いかけた。

「マジか…」

准君の箸は止まった。

そんな二人だけの夕食を済ませると准君は、シャワーを浴びてから勉強する、って上に行った。
結局圭さんの仕事は教えてくれなかった。

「直接本人か親父に聞きなよ 」

そう言って話題は変えられてしまった。
何だか含みのある笑顔が憎たらしかった。


私は後片付けを一通り終えると、またテーブルに着いた。
ノートを二冊、自宅から持って来た。
一冊は家事用、もう一冊はレシピ用。
今日教わったことのおさらいをノートにまとめた。

料理は和乃さんに
「弥生さんの味付けでいいんですよ」って言われた。

それでも教わった料理に関しては、和乃さんの味付けでいこうと思ってた。
きっとこの家の人達は、その味に慣れ親しんでるだろうから。

その時、静かな屋敷の中で金属の音がした。
玄関のドアが開く音もかすかに聞こえた。

時間が経つのも忘れて、ノートに書き込んでた。
ハッとして時計を見たら、22時を過ぎてた。
立ち上がって玄関へ出向くと、帰ってきたのは専務だった。

「お疲れ様です。お帰りなさい」

鞄を受け取った方が良いかと腕を伸ばしたけど、専務は手の平を向けてそれを断った。

「自分でやるからいいよ。それより少し話をしよう、待ってて。」

そう言って専務は二階へ上がって行った。

「荷物は運んだの?」

しばらくして降りてくると、スーツのジャケットとネクタイがなかった。

専務はテーブルの、私の隣に腰掛けた。
朝も専務はここに腰掛けてたし、准君は専務の向かい、圭さんは斜向かいと決まってるみたい。

「必要なものだけ。圭さんが手伝ってくれました」

「そう」

専務からは少しお酒の匂いがした。
でも足取りも、呂律もしっかりしてる。
きちんと話し合いはできそうだった。

「あの、お部屋なんですが、家政婦には豪華すぎるかと」

「表向き婚約者なんだから、良いんじゃない?」

やっぱり婚約者設定は継続中らしく…

「なんで私が婚約者なんでしょうか?」

「葉山君を守るためでもあるかな」

「…」

専務の考えはなかなか理解し難いもので…反応に困る。
そんな私にポツポツと解説をつけてくれた。

「ここは男所帯だからね。あいつらに牽制しておかないと」

あいつらとは、真田兄弟で間違いないと思われた。

「お嬢さんをお預かりするのに、親御さんにも申し訳ないからね」


親子ほど年の離れた有名洋菓子メーカーの専務と婚約、しかもご家族と同居なんて、うちの家族が聞いたら腰を抜かします…

「というのは、俺の調子の良い建前」

専務、今自分を「俺」って呼んだ。
やっぱり少し酔ってるのかも。

「うちはよく見張られてるから、言動には注意して。家政婦、と答えても葉山君じゃ恐らく信じてもらえないだろう」


一体誰に見張られて、誰に何を聞かれるの?

「あの、よく分からないんですけど…
家事に慣れたら、なるべく早く仕事と住まいを探しに行きます」

あまり深くこの家族のプライベートに関わらない方が良い気がしてきた。
私は私のやるべきことをしっかりこなそう。

「しばらくの間、ご厄介になります。よろしくお願いします」

私が立ち上がって頭を下げると、専務はうんと頷いた。


「ところで専務、スイカ食べませんか?」

「スイカ? あるなら、もらおうか」

さっき准君と食べたら、今季初のスイカは甘くてみずみずしくて美味しかった。
キッチンで食べやすくカットして運んだ。
もちろん食卓塩も添えて。

隣で見てたら、准君の言った通り専務は塩をかけて食べ始めた。
私も准君も塩はかけない、って言ったら

「食べてみたら?」

塩のかかった一切れを渡された。

「うん、やっぱり、かけない方が美味しいですよ」

そんななんでもない話をしてるところに、圭さんが帰ってきた。
リビングに顔をのぞかせた圭さんに、スイカを勧めたけど
「今はいらない」って上に行ってしまった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

皇帝陛下!私はただの専属給仕です!

mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。 戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。 ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。 胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

愛するということ

緒方宗谷
恋愛
幼馴染みを想う有紀子と陸の物語

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

処理中です...