コガレル

タダノオーコ

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幸福論

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その日の夕食は、准君と二人で食べた。
和乃さんは料理を作り終えると帰ってしまったから、配膳は私がした。
専務と圭さんは仕事で外食するそうだ。


ちなみに私の元勤め先の洋菓子メーカーは、専務のお父さんが立ち上げた。

庶民的な価格設定なのにケーキは1ピースが大きくて、中でもシュークリームがこれまた大きめで、ネームバリューと合わせてお土産に喜ばれる物だった。
今では全国のデパートでも大型スーパーでも当たり前のように店舗がある。

前社長だった専務のお父さんは亡くなられて今は、弟である専務の叔父さんが社長に就いてる。
現社長が会長に退けば、次の社長は専務だろうと噂は聞いたことがあった。

専務は家業を継いだけど、どうやら圭さんは今は別の仕事をしてる。
職場で圭さんを見たことがないし、あの出勤の服装は普通のサラリーマンには見えなかった。


「圭さんは何の仕事をしてるの?」

ダイニングのテーブル、斜向かいに座る准君に問いかけた。

「マジか…」

准君の箸は止まった。

そんな二人だけの夕食を済ませると准君は、シャワーを浴びてから勉強する、って上に行った。
結局圭さんの仕事は教えてくれなかった。

「直接本人か親父に聞きなよ 」

そう言って話題は変えられてしまった。
何だか含みのある笑顔が憎たらしかった。


私は後片付けを一通り終えると、またテーブルに着いた。
ノートを二冊、自宅から持って来た。
一冊は家事用、もう一冊はレシピ用。
今日教わったことのおさらいをノートにまとめた。

料理は和乃さんに
「弥生さんの味付けでいいんですよ」って言われた。

それでも教わった料理に関しては、和乃さんの味付けでいこうと思ってた。
きっとこの家の人達は、その味に慣れ親しんでるだろうから。

その時、静かな屋敷の中で金属の音がした。
玄関のドアが開く音もかすかに聞こえた。

時間が経つのも忘れて、ノートに書き込んでた。
ハッとして時計を見たら、22時を過ぎてた。
立ち上がって玄関へ出向くと、帰ってきたのは専務だった。

「お疲れ様です。お帰りなさい」

鞄を受け取った方が良いかと腕を伸ばしたけど、専務は手の平を向けてそれを断った。

「自分でやるからいいよ。それより少し話をしよう、待ってて。」

そう言って専務は二階へ上がって行った。

「荷物は運んだの?」

しばらくして降りてくると、スーツのジャケットとネクタイがなかった。

専務はテーブルの、私の隣に腰掛けた。
朝も専務はここに腰掛けてたし、准君は専務の向かい、圭さんは斜向かいと決まってるみたい。

「必要なものだけ。圭さんが手伝ってくれました」

「そう」

専務からは少しお酒の匂いがした。
でも足取りも、呂律もしっかりしてる。
きちんと話し合いはできそうだった。

「あの、お部屋なんですが、家政婦には豪華すぎるかと」

「表向き婚約者なんだから、良いんじゃない?」

やっぱり婚約者設定は継続中らしく…

「なんで私が婚約者なんでしょうか?」

「葉山君を守るためでもあるかな」

「…」

専務の考えはなかなか理解し難いもので…反応に困る。
そんな私にポツポツと解説をつけてくれた。

「ここは男所帯だからね。あいつらに牽制しておかないと」

あいつらとは、真田兄弟で間違いないと思われた。

「お嬢さんをお預かりするのに、親御さんにも申し訳ないからね」


親子ほど年の離れた有名洋菓子メーカーの専務と婚約、しかもご家族と同居なんて、うちの家族が聞いたら腰を抜かします…

「というのは、俺の調子の良い建前」

専務、今自分を「俺」って呼んだ。
やっぱり少し酔ってるのかも。

「うちはよく見張られてるから、言動には注意して。家政婦、と答えても葉山君じゃ恐らく信じてもらえないだろう」


一体誰に見張られて、誰に何を聞かれるの?

「あの、よく分からないんですけど…
家事に慣れたら、なるべく早く仕事と住まいを探しに行きます」

あまり深くこの家族のプライベートに関わらない方が良い気がしてきた。
私は私のやるべきことをしっかりこなそう。

「しばらくの間、ご厄介になります。よろしくお願いします」

私が立ち上がって頭を下げると、専務はうんと頷いた。


「ところで専務、スイカ食べませんか?」

「スイカ? あるなら、もらおうか」

さっき准君と食べたら、今季初のスイカは甘くてみずみずしくて美味しかった。
キッチンで食べやすくカットして運んだ。
もちろん食卓塩も添えて。

隣で見てたら、准君の言った通り専務は塩をかけて食べ始めた。
私も准君も塩はかけない、って言ったら

「食べてみたら?」

塩のかかった一切れを渡された。

「うん、やっぱり、かけない方が美味しいですよ」

そんななんでもない話をしてるところに、圭さんが帰ってきた。
リビングに顔をのぞかせた圭さんに、スイカを勧めたけど
「今はいらない」って上に行ってしまった。



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